いつか信じられるであろう、あなたへ。

 

 

 

 あなたの中に答えが出たのだと信じ、この手紙を書いています。

 

 あなたにこの手紙が届いたということは、僕はもうこの世にいないのでしょう。そしてあなたはそれをよく知っているうえで、この手紙の内容を頭に入れようとしているのでしょう。だから僕はあなたに、僕の思っていることを全て伝えます。今となっては隠す必要もなくなってしまったので、これ以上にあなたにとって都合のいいことはないでしょうから。

 

 僕は今まで人を非難してきました。一族と自分を人より優れたものとして扱ってきました。あなたはそれは違うと言うでしょう。人も一族も僕もあなたも、全て同等の価値があるのだと。僕はそんな綺麗事が大嫌いでした。綺麗事の全てを嫌悪していました。だって綺麗事だなんて、最後にはいつも儚く乱暴にかき消されてしまうのだから。そうするのはいつだって、人の手によるものでした。思想を持たない自然には成すすべがなく、ただ支配されるだけ。理不尽だって思った。可哀相だと思った。だけど本当は、そうやって思うことができる僕自身が、理不尽で可哀相だったんですね。
 僕は可哀相だ。弱くて馬鹿で情けなくて可哀相だ。だけどそれは僕だけに言えることじゃない、見方によればあなたにだって言えることではないですか。一体何を悩む必要がありますか? あなたはすでに答えを手にしていたんですよ。その答えが何を指しているのかは、今ならきっと分かっていることでしょう。

 

 僕はなんにも知らない子どもです。いつまでも子どものままです。あなたの記憶に刻まれた僕の姿は、一生変わることはないでしょう。だからずっと子どもなんです。止まった過去の遺物なんです。
 前に進まなければならないと思えば思うほど、意志が強くなっていきました。自分で自分が分からないほど、何かを恨み続けていました。そうしなければ僕は生きることができなかったでしょう。生きるためには、常に何かを強く意識しなければならなかったのです。
 でも、それももう終わりました。もはや僕の中には何も残されていません。昔のような強い意志もあなたによって消され、生きるすべを失った僕には、死ぬことの他に道がなかったのです。しかし自分を責めたりしないでください。あの日、あの時、強い意志と共に世界を消そうと初めて試みた時、その時から僕の命は終わるものだと決められたのです。僕はただ、その道をそれずに、決められた道を歩んでいっただけなのです。自分で決めた運命を、当時は何も知らずに、今は全てを理解しながら。

 

 本当はずっと、淋しかった。ずっと誰かに理解されたいと思っていた。自分に正直になれなくて、作った壁を壊せないでいた。だけどこの壁を壊してしまったら、後戻りできないことを知っていた。そしてそれは一族を裏切ることになるということも分かってたから。だから、僕は自分一人だけを大切にし、自分のためだけに他人を利用してきた。辛かったけど強がりで笑っていた。自分の感情に嘘をついていた。誰も理解してくれないと勝手に思い込んでしまって。――僕らの思考は全て同じだ。人に笑われたくないから強がって、いい人のように見られたいから我慢して。以前はそれが気に入らなくてひどく嫌悪していたけれど、僕自身も同じだと知って悲しくなってしまった。そうして全てに愛想を尽かしてしまいそうになった。どうして人は思ったことを言えないんでしょう。いつも出てくるのは二番目に言いたいものばかり。弱い自分を隠すため? 自分を自分として保つため? だけど、それってそんなに大事なものなの? 所詮は作り上げた偽物の仮面でしかないのに。そしてそれから何を見出だす? いくら自分を他のものから隠していても、自分の中にある本当の自分は消えることはない。隠したいと思う負の思い、罪、過ち、孤独。それらは正直に自分に向かい合ってくる。それらから逃げてばかりでは、何も得られるものはない。
 なんてことはない、簡単なことだったのに、どうして今まで気づかなったんだろう。今更だけど、なんとなくその意味が分かったような気がする。――分かるまでに、時間をかけすぎてしまったけど。だけどこうだとも思いませんか、分かるまでにかけた時間は関係ないのだと。大切なのは過程じゃなくて、得られた結果なんじゃないでしょうか。これから臨んでいく姿勢。そのために形成された、小さすぎる結末。……
 小さすぎる結末はこれで終わりです。結局、一族のためにと思って行動したことも、自分のために行動したことも、全てあなたのためのものに変わってしまった。つまり僕は、僕という存在は、僕のためにあるのではなく、ただあなたのためにある存在だったのですね。

 

 僕はあなたに姿をさらしました。僕の全てをあなたに見せました。僕という人をあなたに教えました。僕はなぜあなたに注目していたのか、ようやく分かりました。あなたは納得いかないと言うかもしれない。もっと他の方法があるはずだと言うかもしれない。しかし、そんなことは言わないでください。あなたの行動は、たとえ決められた形であったとしても世界を救った。それで充分ではありませんか。何も望むものなどないではありませんか。そうだと分かっているのに、どうして僕なんかのために時間を潰す必要がありますか?
 僕はあなたのために生きました。だからと言ってあなたは僕のために生きる必要は少しもありません。どうか自分のために生きてください。だけど今のままで、その他人に対する思いやりの気持ちを忘れないでいてください。あなたがそれを忘れないでいてくれて初めて、僕という人が存在した理由が理解できるでしょう。

 

 ねえ、存在理由って、そんなに大切なものなのでしょうか。僕には分かりません。僕には何一つ分からないのです。分かったと思っていることも本当は間違っているかもしれないし、万人が納得する答えでも間違っているものはある。――僕らは悲しいです。あなたも悲しいです。そして僕らにとって世界は、あまりに無慈悲すぎます。だけど、そんな世界が僕は好きです。いとおしいです。美しいです。守りたいんです。なのに僕はそれを壊そうとしました、自分の存在理由のために。
 存在理由には人を変える力が充分あります。それは魔法なんかよりもずっと恐ろしいものです。自分に定められた立場というものはいつも、その人の全てを奪い去ります。その人がその人でなくなってしまいます。しかしそのことに気づいた時にはすでに本当の自分はなく、ただ都合上の仮面をつけた人が立っているだけ。その人はもはや自分ではありません。しかし紛れもなく自分です。世界はその人を自分だと認めます。そうするうちに、本当の自分は跡形もなく崩れてしまうのです。そうなってしまった後には一体何が残りますか? 確かに都合上の仮面はとても素晴らしいものとして人々の目に映るでしょう。腹の底で納得できなくとも、人々は嬉しそうな目であなたを見るでしょう。あなたはそれは違うと感じながらも、自分にできることはこれしかなかったのだからと言い聞かせ、無理にでも納得してしまう。それにこの道はたとえ計画上のものだろうと、最後には自分で選択したものなのだからと。いいえ僕はあなたを非難するつもりはありません。むしろあなたに敬意を払いたいと思うほどです。だってあなたのその考え方は、何一つ間違っていないのだから。どうぞそう思っていてください。それが自分なんだって信じていてください。そうしてくれると僕はとても嬉しく思います。そうしてくれると、あなたの中から僕の面影は消えてしまうけれど。

 

 だから、ねえ、あなたはどうか、いつまでも光でいて。そして光を見失った人のために、その道を示してやって。きっといつの日か、そんな人が現れるだろうから。それこそがただ一つの誠。それこそがあなたという命。

 

 全ては全てであるのと同じように、僕らは僕らでしかないのです。僕らは、僕らという存在はいくら否定しようとも人と共に暮らした生命であり、いつかは色あせ消えてしまうものであって、決して切ることのできない鎖に縛られた、人という存在なのです。細かく見れば違うと言うことも可能でしょうが、それでも今までに過ごしてきた過去は正直なもので、過去に染められた人らしさというものを持った僕らは、紛れもなく人だと呼ばれるものなのです。

 僕らは僕らである。それが意味するものは、僕らは人であり、人は僕らだということです。

 

 

 

 樹さん。

 

 あなたは、僕らにとっての光でした。

 

 その輝きがずっと続くよう、僕らはいつまでも祈っています。

 

 

 

 

 あなたが進む道に光が満ちますように。

 

ラス・エルカーン

 

 

 

 

 

 

 

 

Fin.

 

 

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