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『あなたは何もかもを拒んでばかりいるのね』
 少年は頭を悩ませていた。
 それでも歩き続けていた。目的の場所だけは決して見逃さないよう気をつけながら、幾分か落ちついた早さで地面を踏みしめていた。その度に小さな音が辺りに響く。
 空は暗黒に包まれていた。星の光もない漆黒の夜空の下で、ただ風が周囲の木々を恐ろしい化け物のように見せかけていた。そんな空間の中を通っていく人の姿は滅多に見えない。
 少年は周りで何が起きているかなど少しも気にせずに歩いていた。誰かが声をかけてこようと、目の前の障害物にぶつかろうと、ただ邪魔な物を避けながらひたすら前へ進んでいた。
 いくら前へ進もうと、疑問に対する答えは少しも見つからなかった。そうしてまた深い所へ落ち込んでいくとなかなか這い上がってこれなくなった。そんな自分の様子に気づくと、実生活ではすぐに這い上がってこれるのに、と小さくため息を吐く。
 ふと少年は足を止めた。そのまま前を見上げるように顔を上げる。
「あぁ、ここか」
 人気のない夜空の下、少年は大きな城を見上げていた。

 

 +++++

 

「あなたは何もかもを拒んでばかりいるのね」
 静かな声が少年の体を打つ。
 その言葉を発した少女は顔に何一つ浮かべることなく、ただ目の前にいる少年に話しかけているだけであった。
「拒んでばかり? 僕が一体何を拒んだと言うのさ」
 まるで作り物のようなぎこちない笑みを見せながら、少年は独り言のように呟く。
「何もかもを。あなたは何も見ようとしない。何も知ろうとしない。今の状況に満足を示しすぎて、何も望もうとしない。何も与えない代わりに何も得ようとしていない。それはただの人形に過ぎないわ」
「人形? へえ! 上手いこと言うね」
 少女はそれでも感情を表に出さない。
「私はこれから人を呼ぶわ。あの人達には黙っていて。私は逃げるの。あなた達から逃げるから。一緒に来てもいいわ。来ない? 大事な用なの。必要なことなの。今まで捜していた人が、ようやく見つかったの。私はその人を呼ぶ。来ない? 来てみない?」
「ずいぶん自分勝手な理由で呼ぶんだね。その方がよっぽど人形みたいじゃないか」
 呆れた表情を見せながら少年は腕を組む。そこにしばしの沈黙が訪れ、冷たい風が二人の間を通り過ぎていった。
「そうね」
 唐突に少女は口を開くとそれだけを吐き出した。少年はそれをまるで興味がないと言わんばかりの瞳で見た。
「でも、きっと来て頂戴。見に来るだけでも構わないから。あなたは少し他のものにも目を向けるべきよ」
「何故あんたにそんなことを言われなければならないわけ? 僕はあんたの何だって言うの? 僕は今から仕事に行く。誰かを呼ぶんだろうと何だろうと、勝手にやってりゃいいさ」
「また、そんなことを――」
「うるさいな、黙れよ。あんたに僕の何が分かる? 分かりゃしないだろ、分かるんなら言ってみな」
 普段通りの体裁を見せつけられた少女はそこで口をつぐんだ。もう何を言っても無駄だと思った。相変わらず自分の言葉は彼には届かないものだと思い込んだ。しかし少年は見かけ以上に興奮していた。
 そのまま少年は少女に背を向ける。周囲の木々が風でざわめいた。その居心地の悪さに追われていると思うと苛立(いらだ)ちが襲い、逃げるようにその場を去っていった。
 残された少女は別の方向へと足を向ける。

 

 +++++

 

 銃声が響く。
 床に何かが崩れ落ちる。
 それを見て絶望を貼り付けた顔をしている人間がいる。
 そしてそれを彼は見ていた。
「ああ」
 城から抜け出した後、美しい夜空を見上げながら、彼は一人で呟いた。
「僕はただ、安堵が欲しかっただけなのに」
 彼の背後は混乱に包まれている。

 

 

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