月のない夜に

 

 

番外編
 〜居候の受難〜

 

 ぼくは土曜日が嫌いだ。
 朝起きた時に今日が土曜日だと認識する瞬間が嫌いだ。カレンダーの日付を見ると力が抜ける。また恐ろしい日が来てしまったのだと落胆するのだ。
 眠い身体を起き上がらせて部屋のカーテンを開け、まず顔を洗う為に廊下へ出て行くが、そこまではどの日だろうと変わり映えしないので平気でいられる。その日が食事当番なら樹とお姉さんの朝食を作り、そうでない場合は陰鬱な気分を紛らわす為に上官やアレートの写真を眺める。そして食事を終えたなら、補講に出る樹を見送り、ぼくはガルダーニアへと向かう。そこでアレートの手伝いをしている時間は確かに幸福に近いものがあるが、彼女はぼくの欲しい言葉を決して言ってくれないので、いつもがっかりしながら家に帰ることになってしまう。彼女はぼくの気持ちを知っておきながらわざとそうしているんじゃないかという疑惑まで出てくる始末だが、そんなことを聞くほどの度胸を持ち合わせていない自分が情けなくて悲しくなってしまうのだ。
 そうして家に帰って来た後に恐怖が訪れる。
 土曜日には必ず樹がラザーを家に連れ込むことになっていた。いつの間にかそうなっていた。どうしてそうなったかなど知らない。しかし、それだけなら何ら問題はないのだ。ラザーはぼくの友達だし、数学の答えを見せてもらったりすることもある。彼が家に来て困ることなんてないはずで、ぼくだって彼と仲良くしたいから全然構わないのだ。
 それがなぜ恐怖へと変貌するのか? 簡単だ、彼が家に来ることによって、樹が異様に張り切るからだ。
 もともと小食だったはずなのに豪華な夕食を準備したり、ぼくの部屋まで押し掛けて二人でベランダを占領したり、ぼくやお姉さんまで巻き込んで夜中までトランプをしたり。そして部屋や廊下や風呂の掃除ができていないと後で文句を言われる。ごみ箱にごみが入っていると文句を言われる。飲み物を零してそれを拭いた雑巾をその辺に置いていると文句を言われる。とにかくだらしないことをしていると文句を言われるのだ。そりゃ確かにきつい言い方はしないけど、後からねちねち言われるのは鬱陶しい。
 ただそれだけならまだ我慢できる。我慢できるのだが――
「聞いてくださいよ上官! ぼくはね、毎週土曜日に寝ることを許されなくなってるんですよ!」
「……そりゃ災難だな」
 ぼくの前で立派な椅子に座っている上官は目を合わせてくれなかった。まるで気まずいことがある時のように、あらぬ方向へと視線を投げ掛けている。
「ぼくはね、確かにラザーのことは好きですよ! 彼とはもう一年以上の付き合いになるわけだし、樹がラザーと仲良くするのを邪魔するつもりなんて毛頭ありませんよ! だけど、だけど――」
「お前の言いたいことは大体分かる。分かるから、今日ここに来た要件を言えって」
「上官っ!」
 目に一杯の涙を浮かべて縋りつくも、素敵な表情でさらりとかわしてしまう上官はぼくの憧れだ。だからぼくはもう彼に愚痴を言うことができなくなってしまった。
「……ぼくの部屋に怪しげな忘れ物があったんです。多分ラザーの物だと思うんですけど」
「ほう、何だそれは」
「分からないから上官に聞きに来たんです」
 ぼくは懐から小さな箱を取り出す。それを上官の前に広がる机に置き、相手の瞳が注がれる瞬間を待った。
「これがラザーラスの忘れ物なのか?」
「おそらく、ですけど」
 手のひらサイズの小さな箱には文字の類が一切書かれていない。箱の色は真っ白で、上下に揺らしても音もせず、中に何も入っていないのではないかと思うほど軽い。上官はまじまじとそれを眺めることもなく、さっと手に取ってすぐに開けてしまった。
「なんだ、薬か?」
 箱の中には袋に詰められた白い粉が入っていた。その袋も単なる透明なもので、中身の説明や名称などは書かれていない。
「もしかして麻薬かもって思って」
「ふむ」
 上官は物怖じせず袋を破いた。それを机の上に置いてあったコップの中に流し込み、更にその中に隣にあったポットから湯気の出ているお湯を入れる。そうしてコップの中にある全ての物をよく混ぜた。
「よし、アスラード。これを飲め」
「――は」
 あれ、ぼくは耳がおかしくなったんだろうか。
「飲め」
「いやその」
「命令だ」
 ぐいとコップを押し付けてくる。ぼくはそれを手に取った。
「早く」
「上官……あなたはぼくを麻薬漬けの低俗野郎にしたいって言うんですか!」
「麻薬じゃないから安心しろ」
「へ」
 わけが分からなくて相手の顔を見る。そこにあるのは見慣れた顔だけだ。
「これが何なのか分かってるんですか?」
「分からない。分からないから飲めと言っているんだ」
 つまりぼくは実験台ということですね。
「うう……」
 目の前のコップがぼやけて見える。こんないかにも怪しげな薬を飲まされて、それでもぼくは上官のことが大好きなんだ。だからこの涙は嬉し涙に違いない!
 思い切ってコップの中の液体を飲み干す。普通のお湯の味しかしない。
「で、どうだ?」
 身体の中をお湯が流れていく。しかしそれだけで特に変わったことは感じられなかった。
「別に何も……」
「この袋と箱には見覚えがある。これはスイネ――エダの作った薬で間違いないだろう」
 突然大きな咳が出た。きっとぼくの身体が薬を拒否して勝手に反応しているんだ。こんな怪しすぎる薬なんか飲むべきじゃないと警告してるんだ。
「まあ毒じゃなさそうだし、そいつはラザーラスに返してやれ」
「う、わ、分かりましたよ……」
 いつだって上官は何事もなかったかのような顔でぼくに的確な命令を与えてくる。そうやって納得できない命令を受け、逆らえないぼくは大人しく家に帰ることにした。

 

 +++++

 

 今日は土曜日だ。ぼくの嫌いな土曜日、恐ろしい夜がある土曜日なのだ。
 しかしどういうわけか今日は家に帰ってもラザーの姿がなかった。樹に聞いてみると、なんだか知らないがラザーは疲れていたらしく、だから師匠の家で別れて来たらしい。それを聞いてぼくはほっとせずにはいられなかった。幸運なことにこの土曜日はぼくの為に微笑みを与えてくれるらしいのだ。
 そんなわけでぼくは平穏なる夜を手に入れることができた。できたのだが――
「……」
 眠れない。
 なぜか? 知らない。悩み事があるからか? それはむしろいつもの土曜日のことではないだろうか。じゃあ眠くないから? 頭の中は早く寝たいと何度もコールしているというのに?
 これはきっとあれだ、土曜日は眠れない日という認識がぼくの中で構築されてしまったが故に引き起こされた悲劇なのだ。ぼくは土曜の夜は眠れない体質になってしまったに違いない。それを誘発した諸悪の根源である隣の部屋の青年に静かな殺気が芽生えてくる。
 ベッドの中から抜け出し、そっと部屋の扉を開ける。なるべく音を立てないようひたひたと歩き、樹の部屋の扉の前に立った。
 ドアノブに手を掛けると話し声が聞こえてきた。今日は一人でいるはずなのになぜ話し声がするのか。簡単だ、彼は電話をしているのだ。ぼくは扉に耳をくっつけることもせず、勢いよく音を立てて扉を開けた。
 びっくりした顔があった。それをもっとぐちゃぐちゃにしてやりたくて、勢いのまま相手に向かって体当たりをぶちかます。
 彼の手の中にあった携帯電話が床の上を転がった。
「な、何するんだよリヴァ!」
 携帯を拾って電話を切った樹は予想通りぼくに怒ってきた。しかしその感情は怒りよりも困惑の方が大きいようだ。そののんきさがぼくを苛立たせることを知らないのだろうか。
「ふん、いいよね君は楽しそうでさ。どうせさっきの電話もラザーと話してたんでしょ? 学校でも家でも町なかでもいちゃいちゃいちゃいちゃ……」
「あれ、まさか嫉妬してんの」
 彼に向かって小規模な風魔法をぶっ放す。
「冗談だってば!」
「君たちのせいでぼくは寝れなくなったんだ、どうしてくれるんだよ!」
「寝れなくなった?」
 やはり彼は分かっていないらしい。恋は盲目とはよく言ったもんだ。
「君らが土曜の夜中にいちゃついてるせいで、隣の部屋まで声が聞こえてきてうるさくて眠れないって言ってんだよこの色魔」
「色魔って……仕方ないだろ。師匠の家じゃ、ラザーが嫌がるし……」
「ぼくだってやだね! そんなにやりたいんなら誰もいない公園ででもすればいいじゃないか! どうせ夜中なんだし、誰も見ていやしないさ!」
「夜中でも外は駄目だって! は、恥ずかしいんだから……」
「ハア?」
 ずいと彼との距離を縮める。身体を強張らせた相手はすっかり小さくなってしまっていた。そんな彼をぼくは容赦なく眼光で焼き殺そうと努める。
「こっちは聞きたくもない男どもの喘ぎ声だとか何だとかを聞かされてんだよ、そのせいで寝不足で日曜のガルダーニア復興作業に支障が出て、それでもアレートに呆れられるのが嫌で必死こいて気力だけで頑張ってるってのに、恥ずかしいから嫌だぁ? 人のことを考えもせず自分のことだけを優先しやがって……もう我慢ならんっ!」
「わー待て待て、早まるな!」
 彼に向かって握り拳を振り上げるが、それは相手の中に眠る兵器の力により阻止されてしまった。おかげでぼくはバランスを崩してしまい彼の身体へと倒れ込んでしまう。
 ふと視界にベッドの下の情景が映った。暗くなっているそこには何やら見覚えのある小さな箱が潜んでいる。闇色に染められているそれはどうやら白い物らしく、ぼくは唐突に嫌な予感で胸を引き裂かれそうな心地に陥った。
「あの箱――ていうか薬! スイネから貰った物なんだろ」
「へっ、な、何」
 明らかに狼狽した相手はぼくの手のひらの上にいるも同然だ。この分かりやすさは樹のいいところでもあるんだろう。
「ぼくの部屋に忘れてたのってラザーじゃなく君だったんだね。あれの正体は何なのさ!」
「う――」
 崩れたままの身体だったので相手の顔は目の前にあった。それを更に近付け、彼の心の奥底に封じられた秘密を暴く姿勢に変換する。樹はちらちらと眼球を動かしていたが、やがて諦めたのかまっすぐこちらを見て小さく口を動かした。
「エダに無理矢理渡されたんだよ、新薬の実験したいからとか言って……何だっけ、プラシーボがどうとか言ってたような」
 いきなり怪しげな単語が飛び出し、しかしぼくにとっては救いとなる情報になるかもしれなかった。その新薬とやらがプラシーボなのだとしたら、ぼくが飲んでも何も変化が起きなかったことには納得することができる。ただぼくが飲んだ物が実は本物の薬だったとしたら――何かとても恐ろしいことが起こりそうで身体が震えてきた。
「偽薬かもしれないことは分かったけど、結局それは何の薬なのさ」
「え、これって偽薬なのか?」
「そんなことはどうでもいいから何の薬なのかって聞いてんだよ!」
「ええと……興奮剤とか精力剤とかって言ってた」
 咳が出た。本日二度目だ。ぼくの身体に溶け込んだ薬は咳なんかじゃ追い出せないのに、神経細胞が危険物をどうにかして排出しようと頑張っているに違いない。
「要するに媚薬ってことね……」
 落ち着いた後にはため息が出た。樹は何も分かってなさそうな表情をしているが、彼は本当に何も知らないのだろうか。じわじわとスイネに対する怒りが込み上げてくるが、今はそれを我慢して現実と向き合わねばならない。そう、ぼくはスイネが作った怪しすぎる媚薬を飲まされたのだ。あの時目の前にいたのが上官だったから何も起こらなかったのかもしれないが、もしあれが本物の薬で上官ではなくアレートと向き合っていたとしたら――。
「リヴァ、お前何考えてんだ?」
「何って――べ、別に何考えてようと君には関係ないじゃないか!」
「もしかしてあの薬、飲んだのか?」
 何も分かっていなさそうな樹だが、妙に鋭い時がある。でもどうして分かったんだろう? ここまでの会話の流れでそんな疑問を抱くことなんてないと思っていたけれど、まさか彼はジェラーと同じく読心術でも習得したというのだろうか?
「硬くなってるぞ、ここ」
 近付き過ぎていたのがいけなかったのだろう。ぼくはいつの間にか彼と身体をくっつけてしまっていた。
「な、な、な」
 慌てて身体を離そうとするものの、素早い相手は既に両腕を背に回してきていた。
「だ、だって飲んだのは数時間前なんだぞ! 今から効くなんておかしいじゃないか!」
「そういやエダは時差がどうとかとも言ってたな」
 最悪だ。相手はどういうわけか若干楽しそうな表情をしている。ぼくを捕まえて放さない腕にはたくさんの力が込められており、ぼくは暴れようとしても彼を怪我させないよう気を付けてしまってなかなか力を入れられなかった。
「こうなったのは俺の責任でもあるし、俺がどうにかしてやらなきゃな」
「うううっ、このサド野郎っ!」
 息が苦しくなったと思ったらキスされていて、そのまま床の上に押し倒されてしまった。もうすっかり慣れている相手は器用に舌を絡ませてきて、両手ではしっかりとぼくの身体を押さえ付けている。
「や、やめろ――」
 口が解放されると共に服をめくり上げられ、裸の腹が相手の前に露呈された。樹はそこに顔を近付け、舌を使って唾液を浸み込ませてくる。それは気色悪いはずなのにぼくの身体は興奮し始めていた。どうしてこうなったかって、それは――あの薬のせいに違いない。
「エダの薬、よく効いてるみたいだなぁ」
 油断しているとズボンを下着ごとずり下ろされ、ぼくの硬くなっているものが彼の前にさらされる。もう恥ずかしさで顔が真っ赤になったことが鏡を見ずとも分かってしまった。薬の効果なのか身体の力もどんどん抜けていき、樹がそこに口を付けることさえ止めることができなかった。
「な、何してるの……?」
「こうすると気持ちいいだろ」
 ぼんやりする頭でも強い刺激はしっかりと感じ取ることができた。相手が丁寧に舐め、時に強く吸い上げてくるのでぼくは驚くくらいの快感を得る。次第に身体じゅうが火照って汗が流れ、我慢しなければ声が漏れることさえ防ぐことができなくなっていた。
 ていうかなんで樹はこんなに慣れてるんだよ! ぼくと同い年だってのに、ラザーは樹に何を教えてるんだ、ちくしょー!
「あっ! ちょ、ちょっと待って」
 衝動的に制止の声が出た。樹の頭に手を置き、それに気付いた相手はとりあえずぼくの願望に応えてくれる。
「なんだ、もう出そうなのか? やっぱり薬がよく効いてるんだな」
「そ、そういうんじゃないって――」
 体裁を気にして否定してみたものの、実際は彼の言う通り限界が近付いていることに気付いたから声が出たのだ。しかしそんなことは死んでも言いたくなかった。だって同性である男なんかに口でされて、それで気持ち良くなっただなんて……もしアレートにでも知られたら嫌われるに違いない。ぼくは樹やラザーと違ってホモじゃないんだから!
「あの、樹……なんで君、服脱いでるの」
 やっと落ち着けたかと思ったら今度は樹が自分の服を床の上に放り投げていた。それが何を表しているか考えたくなくて相手に質問してしまう。
「だって口じゃいけなかったんだろ? だったらもっと続けなきゃ」
「いらないってそんなの!!」
 失敗した、こんな解釈されるくらいなら強がらないでさっき出しておけばよかった! しかし後悔したってもう遅い。服を脱いで裸になった樹は力の抜けて動けないぼくを両手で押さえる。そうして何やらよく分からないが、ぼくの下半身にある穴へ彼の硬いそれをぴたりとあてがっていた。
「何――する気?」
「ここに入れるんだよ。でも……そうだ、ラザーに貰ったアレがあったんだ」
 姿勢を変えないままで彼は背後に腕を伸ばし、ベッドの下から白い小さな箱を取り出した。蓋を開けるとぼくの知る薬が入った袋ではなく白色の小瓶が出てくる。彼はその中に指を突っ込み、先程まで彼のそれがくっつけられていたぼくの穴にジェルみたいなものを塗りたくられた。入り口周辺から塗り始め、すぐに穴の中へまで指を侵入させて塗られる。ぼくは頭の中がぐるぐるして変な声が出てしまった。
「これくらい塗っておけば痛くないかな」
「ちょ、痛いのなんてやだからね!」
「うーん……俺、相変わらず下手だってラザーに言われてるからなぁ。痛くないっていう保証はできないな」
「な――うあっ!」
 ずい、と異物が入ってくる感触があった。はっきり言って、ものすごく痛い。
「きつい」
「あ、当たり前だろ! ぼくは君らと違ってずこばこやるような人間じゃないんだから!」
「お前それ俺とラザーのこと馬鹿にしてんだろ」
 やばい、樹の目の色が変わった。痛さでつい余計なことを口走り、相手の機嫌を捻じ曲げてしまったらしい。焦っちゃ駄目だって分かってるのになんでぼくはこうもいらないことばっかり言ってしまうんだろう。上官みたいないつでも冷静でいられる神経が欲しいっ!
「こーいうのは愛を確かめ合う行為なんだ。だから恋人同士でいくらやっても不潔なんかじゃないんだぞ」
「き、君とぼくの間には愛なんかないじゃないか」
「友愛ってもんがあるだろ?」
「そんなの屁理屈――うっ!」
 彼が動き、ぼくの奥までねじ込んでくる。どんどん中が広げられていくのが分かって怖くなってきた。思わず相手の腕にしがみ付いてしまう。
「ほら、もう全部入った」
「う……うそ」
 全部って何だよ、ていうかこんなの全然気持ち良くなんかないんだけど! なんでラザーはこれで満足できるのかさっぱり分からない。でもこの後にもまだ何かするはずで、それを経験したらラザーみたいな声が出ちゃったりするんだろうか。
 なんだかどきどきしてきた。ぼくはこれからどうなってしまうんだろう。
「じゃあ突くけど、痛かったら言えよ」
「へっ」
 彼が身を引いたからぼくの穴からそれが離れようとした。入口付近まで引き戻され、だけどそこで止まって再び奥の方まで入れられる。さっきの変なジェルが音を立て、それがどうしようもなくいやらしく聞こえた。そう意識したのがまずかったのか、ぼくの身体はそれを刺激と解釈してびくりと跳ね上がった。
「やっ、やめ、ちょっと待っ――」
 こんな方法なんて知らないはずなのに、薬のせいかぼくの身体は勝手に快楽で染められ始めていた。身体じゅうからありえないほど汗が流れ、樹はそんなぼくを貫くように何度も突いている。相手の口から漏れる声が普段のものとかけ離れていて驚いた。まるで大人の男が女性を抱いている時のような、興奮して理性のない、だけど艶っぽい声が吐息として溢れ出している。それが余計にぼくを高めているようで――いいや、相手は男なんだぞ、なんでそんなことがあるんだよ! こんなのは嘘だ、何もかも気のせいに違いない!
「はっ、う――ふぁっ!」
 突然内部から敏感な部分をぎゅっと握られたような感覚が襲ってきた。思わず大きな声を出してしまい、身体を強張らせてしまう。それを肌で感じたのであろう樹はぼくに入れているものをびくんと反応させたのが分かった。
「もしかして、ここがいいのか?」
「え、ちょっとやめ――ひぅっ!」
 同じところを責められ、抑制できない変な声が口から出てしまう。それを我慢しようとするせいで更におかしな声になっていることは分かるけど、ぼくのプライドが絶対に声を出しちゃ駄目だと囁くので我慢しなければならなかったんだ。樹はぼくの「いい」ところを知り、そこばかりを突くようになった。ぼくの身体はそこが好きなようで、突かれるたびに抑えのきかなくなった声が出て結果的に喘いでしまっている。これじゃ本当にいつも聞いているラザーの声の再現だ。まさか自分からこんな声が出るだなんて思わなくて、なんとも不思議な気分になってくる。
「あ、う……?」
 しばらく愉しんでいたかと思うと樹はぼくをくるりと回し、うつ伏せに寝かされた。相手の顔が見えなくなったが、そのままの体勢で今度は後ろから突かれる。彼は愛を確かめる行為だとか言っていたくせに、顔が見えないんじゃこんなの意味なんてないんじゃないだろうか。なんてことを考えるのはぼくが彼を恋人として愛していないからなのかな。
 後ろから突かれると先程までとは違った音が出てきた。おそらく肉と肉がぶつかり合って生まれる音だろうけど、これがまた必要以上に淫らに聞こえてとんでもない。本当にぼくは一体何をしているんだろうと思うけど、そんなことを深く考察する余裕なんてもう残されていなかった。
「やっぱりきついな」
「そっ、そんな不満言うならっ、やめればいいじゃんか!」
「んー、やめない」
 そろそろ長くなってきているというのに、相手はぼくを突くのをやめる気配がなかった。そればかりか身体を動かすスピードが速まっている気がする。今までは素人であるぼくに気を遣っていたとでもいうのだろうか。速く突かれるとそれだけ大きな音が出て、自然と回数も増えるから刺激が休みなく送られて気が変になりそうだった。もはや抑えようとしていた声はだだ漏れで、自分が何を言っているのか理解することすらできない。
「あ、俺、もういきそう」
「へっ、な、何だって――」
 理性の残った声を吐き出したと同時に、背筋がぞくっとするような熱いものがぼくの体内で溢れ出した。
「な――なっ」
 どろどろして気色悪い。ぼくの意思など関係なしに樹はぼくの中に出したんだ。もしぼくが女の子だったとしたらこいつって最低じゃないか!
「ふう……今更だけどこれがばれたらラザーに怒られるな……つーことで、ラザーには黙っててくれよ」
「なんてことしてくれるんだよ、この変態野郎っ!」
 思いっ切り声を絞り出してみたが、相手は少しも動じていないようで腹が立った。力が抜けて動けないぼくからずるりと彼のものを抜き、突然淋しくなった穴の中から白い液体が零れ落ちたのが分かってしまった。
「うーん、俺が出しても意味ないんだけどな」
「も、もう何もしないからな! 変なこと考えるなよ!」
「でも硬いままじゃん。これ、どうにかしないと」
「そんなもの……自分で処理するよ、君に手伝ってもらうことなんて何もない!」
「ここまでしておいてそれはないだろ? 大丈夫、ちゃんといかせてやるから」
 機嫌がいいのかぼくをからかっているのか、相手はぱっと笑顔になってぼくのそこを手で握った。ぼくの真っ赤になった顔を見ながら彼は手を動かし始める。ラザーに教えられたであろうその動きは激しく、ぼくの精神はあっという間におかしな方向へ走り出してしまったようだった。
「それにしてもお前さ、ラザーに負けないくらい色っぽい反応するんだな。なんだかんだで気持ち良かったんだろ?」
「そっ、そんなわけ……あるかよっ!」
「俺、そうやって強がって恥ずかしさを殺してる姿って好きだよ」
「う――っ!」
 彼の手からの刺激が身体じゅうを駆け巡っている。もう限界が近くなっていたぼくは漏れ出る吐息を我慢することもできず、結局彼が間近で見ている中で頂点へ登り詰めてしまった。
「お……すごい」
 ぼくのそこに添えられていた樹の手に粘り気のある液体が絡み付く。相手はそれを自分の顔へと近付け、あろうことか舌でぺろりと舐めた。
「なっ、何してんだよ」
「うーん、ラザーのよりちょっと苦いな」
 やっぱりこいつ、変態の色魔になってんじゃないかよ。
「……もうどうでもいいや」
 疲れ果てた体では怒る気力すら湧いてこなかった。ばたりと床の上に寝転び、高い天井をぼんやりと見上げる。
 あの薬のせいで散々な目に遭った。今度スイネに会った時は日が暮れるまで文句を言ってやるんだから。
「そうそう、エダの薬のことだけどさ。一回でも出して寝てたら身体の火照りは消えるそうだから、明日には普通に戻ってるはずらしいよ」
「さいですか」
「ま、お互い気持ち良くなれてよかったな」
 思わずぼくはがばりと身体を起き上がらせる。
「言っとくけど、男なんかにやられて興奮したのはあの薬のせいだからな! ぼくは君らみたいなホモじゃないんだからな!!」
「分かってるって。でもアレートに振られて淋しくなったらいつでも相手してやるよ」
「もう絶対しないし、アレートにも振られないから!!」
 けたけたと笑う樹はいつもの様子に戻っていて、それがなんだかとてつもなく煩わしく思えた。

 

 +++++

 

 ぼくは土曜日が嫌いだ。なぜなら土曜になると樹がラザーを家に招き入れるからだ。
 もちろん友達が家に来ることが苦痛になるわけじゃない。ぼくを精神的に追い詰める直接的な原因は他にあるのだ。それは必ず夜に訪れる。そう、樹とラザーがいちゃいちゃしている声が壁一枚を隔ててぼくの部屋にまで聞こえてくることが最大の原因なのだ。
 今日もまたその時間がやって来てしまったらしい。電気を消してベッドの中に入り込んでいるぼくの耳に二人の声が届き始める。
「うっ……」
 脳内にあの光景がフラッシュバックする。樹に火照りを沈めてもらった時の感覚が甦り、それに気付いたぼくの身体が反応する。
 こうなったらもうおしまいなので、ぼくは枕元に用意していた上官とアレートの写真を手に取った。
 これはぼくの秘密。まだ誰にも喋っていない自己処理の時間だ。きっと誰かに知られると嫌われる。だから誰にも言うことができないまま、ぼくは一人きりで堕ちていく。
 などという悲壮を感じながらも、結局ぼくは上官とアレートの魅力的な何かにやられて一晩中幸せになってしまうのだった。

 

 

 

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