それははるか昔の物語。

 世界に『世界』が創られる前に起こった出来事。

 これは始まりの物語。

 三人の小さな命が織り成す、後の世に響き渡る物語――。

 原点物語

01

 高い山々の間から、赤く光る太陽が昇る。
 辺りには草が隙間なく生い茂り、自分以外には誰もいない。
 どこまでも広がる草原。遥か彼方へ続く高い空。
 まるで夢のような、幻想的な世界。
 こんな場所に行けたらいいのに。
 こんな世界を自由に旅することができればいいのに……。

 

 少年は目を覚ました。
 目の中に飛び込んできたのは見なれた高い天井。高いと言っても限りのある、つまらない空間。
 ゆっくりと体を起こすと、日の光が窓の外から入ってきているのに気づいた。カーテンも窓も開いているのだ。
 少年はそれらをすべて閉めようと手をのばす。
 窓の外に見えるのは色のない空間。黒と白だけのつまらない世界。
 少年はこの世界が嫌いだった。
「いつか、この世界の表の世界へ行くんだ」
 それは少年の夢。
 そしてそれは絶対に叶わない夢だった。

 少年の夢が叶わない理由は簡単なものだった。
 この世界は二つの世界から成り立っている。表の世界と裏の世界。表は光が満ち溢れ、色鮮やかな夢のような世界だった。それに対し裏の世界には色彩がなく、白と黒だけの静かな世界だった。
 少年が暮らしているのは裏の世界だった。
 裏の世界からも、表の世界からも、世界を自由に行き来する方法はなかった。表で生れたなら表で、裏で生れたなら裏で一生を終える他はなかった。
 これが少年の夢が叶わない理由である。

 少年は目を閉じた。
 すると情景が浮かんでくる。初めはぼんやりと、だがだんだんと確実に鮮明さを増してゆく。
 描かれたのは表の世界の情景。少年がずっと憧れ続けたもの。
 一日に何度か少年は夢を見る。立ち止まっては目を閉じ、表の世界の情景を自由に想像するのだ。
 赤い太陽。彼方へと続く空。視界を遮る山々。そして限りなく広がる草原。
 少年はこれだけのものを創ってきた。しかしそれは想像だけのものであり、決して現実ではない。
 それでも少年はそれが好きだった。こうやって何度も思い描いているといつかは本当にそこへ行けるような気がしたのだ。
「よお、起きたのか」
 現実から聞こえてきた声にはっとする。目を開けると、そこには見知った人物の姿があった。
「まーた夢想してたのか? 憧れんのは分かるけど、もうちょっと現実を見ろよ、現実を」
「……五月蝿いよ」
 相手の目を見ずに少年はそっぽを向いた。
 少年に話しかけたのは年上の青年であった。背中に大きな荷物を担いでいる、短い青い髪が特徴的な若い人だった。
 そんな青年とは対照的に、少年は赤い髪を持っていた。しかしその髪の色とは打って変わって、少年の瞳は藍色をしていた。
 それはこの世界では珍しいことだった。この世界の住人には色というものがなかった。髪の色も目の色も白か黒しかなく、様々な色彩を持つ少年や青年は異世界の者として違う目で見られてきた。
 もちろん、なぜ自分たちがこんな色を持って生れてきたのかは二人にとって考えても分からないことだった。あまりそのことは考えずに生きてきたが、周囲からの目は冷たいものになるばかりだったので青年は少年を連れて遠くへ向かうことを決めたのだった。
 あてのない旅はまだ始まったばかりで、この日はその一日目だった。
「ロウ、ねえロウ。あそこに僕らの町が見える」
 少年は窓の外に見える黒い塊を指差した。ロウと呼ばれた青年もそれを見る。
「あそこにいても、何も変わりはしないんだ。つらいことばかりが漂っている。お前にはそんな経験してほしくなかったから誘ったんだけど……、帰りたいか? アクロス」
「いや。僕はロウについて行くよ」
 景色を眺めながら少年、アクロスは首を横に振った。
 まだ幼いと言えどもアクロスは理解していた。自分の異常さを、他人の視線の理由を。だから彼は知り合いの青年について行くことを決めた。
「アクロス、どこへ行きたい?」
 青年は少年に問う。アクロスは視線を青年に向け、はっきりした口調で言った。
「表の世界へ」
 それは夢だった。
「よし、じゃあ行こう。表の世界へ」
 それは決して叶わない夢だった。
「行けるの?」
「行けるのか、じゃない。行くんだよ」
 青年は笑って見せる。
 本当は分かっていた。それはただの気休めでしかないということを。
 それでもそれが事実になるように、少年と青年は信じ続けていた。

 崩壊した建物の中から二人の少年と青年の姿が現れた。
 白い空はそんな二人の色彩を際立たせ、世界はこの二人に視線を集めた。
 二人は歩いた。どこか遠くへ向かうために。
 否、『表の世界』へ向かうために。
 色のない道を、崩壊した道を二人は歩き続ける。

 

 こうして創造の物語は始まる。

 

 

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