閉鎖

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5.休暇 - 05

 

 流れていく景色を窓越しに眺めている。目に見える色は緑と茶色がほとんどであり、それらが徐々に灰色へと変化していく様が少しだけ煩わしかった。
 俺の隣では居眠りをしている青年がいる。これと同じ光景をつい先日にも見たことがあることを思い出し、だけどそれだけでは微笑むことすらかなわなかった。
 あれは昨日の夜だったか――俺は確かに彼と寝たんだ。それがまだ信じられない。あの時のことはもうはっきりと覚えていなくて、どうしてあんなことになってしまったのかさえ思い出すことができなかった。
 おかげさまで身体は疲れ果て、そのくせ居眠りをする勇気もなく無理矢理目を開けている状態だ。のんきに寝ている相手を見ると腹が立ってくるが、そのすぐ後に昨夜のことを意識してつい目をそらしてしまう。
 彼は慣れてるから何も思ってないんだろう。変に意識することもなく、ただの遊びの一環としてああいうことをして、そこに罪悪感だの不自然さだのは全く持ち合わせていないんだ。でも俺は違う。あんなことは知らなかった俺にとって、昨夜の行為は特別な意味を持つものになっていた。だからこそ信じられなかった。俺がこいつとあんなことをするなんて、何か役者が間違ったんじゃないかというレベルで不自然なことだったんだ。
 だいたいあんなの、普通は恋人同士とか夫婦とかがすることじゃないか。それを何が悲しくて友達と――しかも同性の野郎としなきゃならないんだ。やっぱり俺には亮介の考えが分からない。
 それでも彼の姿を見ると思い出してしまう。きっと俺は昨夜、相手のことを本物の女の子みたいに思っていたんだろう。いくら頭の中で否定しても過去だけは変えられない。この事実は俺が死ぬまでつきまとってくるのだろうか。
「はあ……」
 朝からため息ばかりが出ていた。亮介の顔を見ると変に意識してしまうし、疲れた身体はだるいし、心身ともに早いとこ休息したかった。
 気が付けばバスは目的地に着いており、ちょうどいいタイミングで目を覚ました亮介と共に大地の上に立つ。できることならずっと行き場のないバスで彷徨っていたかっただなんてネガティヴな願望もあったものの、結局は現実に呼び戻され学園への道を二人で歩いた。
「お前朝から辛気臭い顔してんな。もっとスマイル作れよ、この地球に降り立った天使である亮介君のように」
 隣を独占している亮介の自画自賛は絶好調だった。俺もこいつほど気持ちいいくらいに自信が持てればここまで悩むこともなくなるんだろうか。
 ちらりと横を見ると彼の顔が見える。それが昨夜の暗闇に紛れていた顔と重なって、やっぱり長時間見ていることができなかった。
 頭の中では無意味な単語だけが渦巻いている。どうしてだとかなぜだとか、それは口の外に出ないから永遠に価値を与えられない。そうさせているのは俺だった。俺が優柔不断で弱いから、生かされるべきものが次々に殺されてしまうんだ。
 そしておそらく俺は期待をしている。隣を歩く亮介が俺の悩みに気付いてくれないかと、気付いて笑い飛ばして「そんなことを気にする必要はない」と言ってくれないかと願ってるんだ。だけどそれだって口にしない限りは実現しないだろう。だって俺と彼はそれぞれ別の人間なんだから。
 ――別の人間、二つの存在。それらが繋がり、影が一つになることを、どうして人は恐れないのだろう。なぜ彼らは時に強くそれを求めるのだろう。俺はまだガキだから理解できない。大人になれば嫌でも理解してしまうのだろうか。
 思考が揺らぎ始めたこの刹那、急激に襲いかかってきた過去の出来事が身体じゅうを駆け巡ったが、もうそれは見ないことにした。亮介に気付かれないよう小さく首を横に振り、しっかりと目を開けて目の前にある道だけを見る。
 吹き付ける風は夏なのにとても冷たく感じられた。

 

 

 寮の部屋に戻るといつもの空間が俺たちを出迎えてくれた。見慣れた景色はそこにあるだけでほっとするもんだ。それが目に入ると身体の疲れも癒されたような心地に陥った。
「やっと帰ってこられたなぁ。うー、疲れた」
 あまり似合っていない科白を吐き出し、亮介は荷物を床に放り出してベッドの上に寝転がる。そしていつもの調子でごろごろし始めた。
「弘毅君弘毅君、僕の荷物を片付けてくれると嬉しいな」
「……言うと思った」
「ん? 何か言った?」
「別に」
 予想していた範囲でのご命令が飛んできたので、俺は素直に彼の荷物を片付けることにした。
 小さな鞄の中に手を入れ、パンの袋やら宿題の問題集やら筆記用具やらを一つ一つ片付けていく。中には何の為に持って行ったのか理解に苦しむ物や、見たことのない怪しいビンや箱が入っており、それらはとりあえず机の上に置いておいた。
「おっともうこんな時間か。午後のティーを嗜まねば。というわけで弘毅、キアランの部屋に行くぞ」
「え、ちょ」
 ベッドの上でくつろいでいたかと思うと唐突に亮介は起き上がった。ぐいと腕を引っ張られ、片付けが終わっていないままで部屋の外へ連れ出される。もう慣れているとはいえ、本当にやりたい放題のわがままちゃんだなコイツは。
 夏休みの寮の廊下は深夜の如く静かで、ただ歩いているだけでも靴音が周囲に響き渡っているような気がした。そのせいか廊下がいつもより長く感じられる。
 ふと遠くの方から別の足音が耳に届いた。意識して聞いているとそれはこちらに近付いていることが分かり、相手の姿が見えた時に驚くことはなかった。胸に付けているバッジは青く、どうやら相手は二年生らしい。
「こんにちは」
 すれ違う前に亮介が営業スマイルで挨拶をした。相手の人はそれまで何やら堅い表情をしていたが、後ろにお花が咲いている亮介の笑みを見てちょっと顔を崩したようだった。亮介さん、さすがです。
「あれ、もしかして君――」
「え?」
 一歩踏み出そうとすると腕を掴まれた。相手の方へ振り返ると少しだけ目を大きくしている様が見える。
「もしかして君は水瀬弘毅君かい?」
 俺の名前を知っている相手は背が高く、そのせいでなんだか威圧感を覚えてしまった。
「えっと、あの」
「……あなたは細田孝明(ささだこうめい)先輩ですよね。弘毅のことを知っているのですか?」
 立ち止まって横から口を挟んできた亮介は顔から笑みを消していた。それを隣で見ていた俺は意味も分からないままに悪寒が走った。相手の顔は確かに見覚えがなかったんだ。それなのになぜ彼は俺のことを知っているのか?
「弘毅君のことは話に聞いただけで知り合いではないよ。ただ俺のルームメイトである高原和希が君に逢いたがっているんだ。もしよければ俺たちの部屋まで来てくれないだろうか」
 また同じ名前が俺の前で踊っていた。知らないはずなのに知っているかのように振る舞っている。できれば俺もまたその人のことを知っておきたかった。だけどなんだか胸騒ぎがして、彼と会ってはならないという忠告が聞こえているような気がしているんだ。
「すみませんが、僕たちは今から友人の部屋に行こうと考えているんです。だから今からというのは無理ですね」
「そうか、ならば仕方がない。また暇な時にでも来てくれ。部屋はちょうどここをずっと行ったところの端だ。君が来てくれるときっと和希も喜ぶだろうからね」
 それだけを言い残し、細田孝明は背を向けて廊下を歩いていった。
「お前、美人でもねぇくせに有名人なのな」
「こっちは全然知らないのに知られてるって、結構気味が悪いもんだよな……」
「ま、とにかく今はキアランの部屋に行くぞ」
 ぽん、と背中を叩かれる。
 さっきまでは一緒にいることが後ろめたかったのに、今は亮介がいてくれて良かったと感じていた。だからこそ俺はすぐに歩き出すことができたのだろう。
 疲れることも癒されることも同じように俺の元へやってくる。きっとそれが生きるってことなのだとようやく分かったような気がした。

 

 

 部屋を訪れると、キアランは掃除をしているようだった。
「二人ともいらっしゃい! もうちょっとでパイができるから紅茶でも飲んで待っててね」
「早くしろよ」
「お邪魔します……」
 片手にゴミ袋らしき物体を持っているキアランは俺たちを快く迎え入れてくれる。亮介は普段のように図々しい態度で部屋に上がり込み、俺は若干の申し訳なさを感じながら部屋に入っていった。
 椅子に座って待っていると焼きたてのパイが運ばれてきた。机に置いてあるだけでも甘い香りが漂ってくる。それまで紅茶で我慢をしていた亮介はキアランが何かを言う前にパイにかぶりついてしまった。
「弘くんも、遠慮せずに食べてね」
「お、おう。それじゃ、いただきます」
 亮介の頭の中には遠慮という単語など無いに違いないと思うほど、隣に座っている彼の食べっぷりは気持ちが良かった。本当に甘いものが好きな奴だな。バレンタインデーとか大好きなんだろうな、きっと。
 とりあえず亮介のことは無視し、俺もパイを食べてみることにした。一口サイズに切ってあるパイを一つだけ掴み、口の中へと誘導する。
「おー。美味いじゃん」
「えへへ、ありがと!」
 さすが将来パティシエになりたいと語っていただけあって、キアランはクッキー作りもパイ作りも得意らしかった。夢に向かって努力してることが分かる美味しさで、なんだか眩しく感じたりもする。俺にはそういう具体的な夢ってないからなぁ。
「ところでキアラン、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。細田孝明って誰なのか知ってるか?」
「へ?」
 試しに訊ねてみると、相手は予想以上に驚いている反応を示した。亮介も知ってたみたいだし、もしかしてあの人って有名人だったんだろうか。
「知ってることは知ってるけど、別にボクあの人と仲がいいわけじゃないよ。クラスも一緒になったの一回きりだったし。でもあの人とは関わらない方がいいと思うけどな」
 何やら不吉なことをキアランは言っていた。もう関わってしまった場合はどうすればいいんだろうか。
「なんで関わらない方がいいんだよ。あんな奴、ケチな不良でも俺のファンでもねぇだろ」
「そういうことじゃなくて、あの人はボクの店を利用してるんだよ。つまり薬をやってるから、あんまり近寄らない方がいいと思ったんだ。それに……結構悪い噂も多いし」
 俺に近寄ってくる人はどうしてこう変なモノを抱えてる人ばかりなんだろう。亮介もそうだし、晃や陰もキアランも普通とは違うモノを抱えている。ついでに絹山幾人とか高原和希とかも同類だろうな。円先生は知らないけど。
「表向きは真面目で優しい優等生なんだけど、裏ではいろいろやらかしてるみたいなんだ。下級生には手を出してないっぽいけど、上級生や同級生は虐められたり暴力振るわれたりした人がいるみたい。というか――その、ボクも一度だけゴーカンされたことがあって」
「えっ?」
 キアランの話を聞いていると一気に不安が押し寄せてきた。虐めだの暴力だの強姦だの、相当やばい人に目を付けられたんじゃなかろうか。いや実際は細田孝明じゃなくて彼と同室の高原和希に目を付けられてるんだろうけどさ。
「お前はハーフってだけでいちいち襲われすぎだろ。この俺を見習って護身術でも身につけたらどうだ?」
「だ、だってあの時は仕方なかったんだもん! 細田くんと衛藤のヤローが二人がかりで押さえ付けてきたんだから!」
 相手の口から名前が出たおかげで思い出したが、どうやら今日はこの部屋のもう一人の住人はいないらしかった。確か衛藤光雄って人だっけ。球技大会以来姿を見たことはないけど、今もまだキアランとの仲は最悪なんだろうか。
「まあテメーの恥ずかしい話はどうでもいいな。それよりキアラン、もう一つパイをよこせ」
 のんびりとキアランの話を聞いていると、いつの間にやら亮介の前に置いてあった皿がまっさらな状態になっていた。そして偉そうにおかわりまで求めるとは、見ているこっちが謝りたくなってくる。
「パイはこれで終わりだよ。亮ちゃん食べすぎ」
「じゃあ弘毅、お前のよこせよ」
「えっ、やだよ! 紅茶でも飲んで我慢してろって」
「いいじゃねえか少しくらい。また仲良く半分こでもしようぜ」
 なぜかニヤニヤしながら亮介は俺のパイを半分奪い去ってしまった。こんなに食べててよく太らないなぁ。
 ふと昨夜見た彼の裸を思い出してしまった。間近で見たのはあれが初めてだったけど、少し力を込めれば折れてしまいそうなほど細くて――なんとなく亮介が人気になった理由も分かったような気がしたんだ。そんな彼のことを俺は昨夜、一人占めしていたんだ。
「……弘くん、もしかして怒っちゃった?」
「え」
「顔が赤くなってるよ。ほら亮ちゃん、弘くんに謝りなよ」
 自分の顔なんて見えないから分からないけど、どうにも昨日のことを考えるのはやめた方がよさそうだった。別に独占できたことが嬉しかったとかそういうことじゃないけど、やっぱりあんなことをしてしまったら嫌でも意識してしまうようになるんだな。
 ああ、でも、それだって経験したことがあったはずだったっけ。
「残念だなー、弘毅。もうパイは腹の中だ」
「お前って奴は……」
 変わらず意地の悪いことをしてくる亮介は、今の俺にとって悩みの種でもあり救いでもあることは確かだった。

 

 

「わざわざ訪ねてきてもらってすまないが、和希は今ちょっと調子が悪いみたいで寝込んでるんだ。また次の機会にしてくれないだろうか」
「そう、ですか――」
 キアランの部屋から帰る途中、高原和希と細田孝明の部屋を訪ねると門前払いを食らってしまった。相手側から誘ってきたのに酷い仕打ちだな。部屋の中さえ見せてくれず、短い言葉を置いた細田孝明はぱたりと扉を閉ざしてしまう。
「せっかく来てやったのにとんでもねえ野郎だな。茶菓子の一つでも出せっての」
「お前本当によく食うよな……」
 仕方がないので亮介と二人で自室へ向かって歩き出す。やたらと淋しい廊下に靴音を響かせ、五分もかからないうちに部屋へ帰ることができた。
 誰もいない部屋の中はしんとしている。どこか空気も冷たく感じられ、差し込んでいる陽光もオレンジに染まって哀愁を醸し出していた。そんな只中へと身体を放り投げる。
「水瀬君、加賀見君!」
 部屋に入った途端に聞き慣れた声が飛んできた。まさかと思って振り返ると、なぜか部屋のトイレから円先生がひょいと顔を出していた。
「おいおい円センセー、この部屋の主である俺がいない隙に便所を使うなんぞ、ちょいとやりすぎなんじゃねえのかい?」
「君たちが帰ってきたと聞いて部屋を訪ねたけど留守だったから、ここで待たせてもらってたんだよ。ちょっと待っててね……」
 まるで話を聞いていない先生は顔を引っ込め、しばらくするとトイレから出てきた。そして何やら興奮した様子で亮介の前へ詰め寄っていく。
「それで、どうだったんだい」
「どうって何が」
「ご両親と話はできたかい?」
「口すら利いてねえよ」
 はっとしたように先生はこっちを見てきた。しかし亮介は事実しか言っていないので反応に困る。
「ええと、その。亮介の妹さんが具合が悪くなったとかで病院に運ばれて、亮介の両親も病院へ行っちゃったから寮に帰ってきたんだよ。だからほとんど話もできなかったっていうか」
「そ、そんな……」
 亮介に代わって俺が簡単に説明をすると、円先生はへなへなと床に座り込んでしまった。そこまでショックを受けることもないだろうに。
「なんでアンタが落ち込むんだよ。別にアンタが損をするわけでもないのに」
「それでも僕は君の担任だから、君のことが心配なんだよ」
「偽善者だな、アンタ」
 ふいと先生に背を向けた亮介はベッドの上に寝転がる。そしてぱたりと目を閉じてしまった。取り残された俺たちではもうどうしようもない。
「水瀬君、もはや君だけが頼りなのかもしれない。もし今後彼が君を頼った時、きっと力になってやってくれ」
「は、はあ」
 何やら真面目そうなことを言った先生は俺に亮介を託してそそくさと去って行った。俺だって彼に信頼されてるわけじゃないのに、一体どうすれば亮介の力になれるというんだろうか。
 寝転んだまま動かない彼の顔を覗き込むと、閉じられていた瞳は開かれていた。長いまつ毛が隠し切れていない眼はまっすぐ天に向けられている。その視線の先にあるものは何だろう。今まで考えたこともなかったけれど、彼の本当の願いとは何なのだろう。
 それを聞こうと口を開きかけた時、俺は過去に聞いた彼の言葉を思い出した。
『人間なんか、未来が存在するか否かすら知ることもできないんだから――』
 彼の言う「未来」とは何なのか。彼の中に決して話そうとはしないものが存在していることを感じる。それは俺の抱える「過去」と同等のものなのだろうか、だからあんなことを言ったのだろうか?
「亮介」
 名を呼ぶと彼はこちらを見た。俺の顔を見た。だけど相手の考えなど一かけらすら見えてこない。
「あのさ……お前の家族のことだけど」
「お前までお説教する気か? 何を言われようが仲良くする気なんかねえよ。もう家にも帰らない。わざわざ帰ってやったのにあんな待遇しかできない両親なんか、喜ばせてやる必要もない」
「それは――そうかもしれない。でも、お前さ、妹のことは嫌いじゃないんだろ? 両親とはうまくいかないかもしれないけど、妹とは仲良くできるんだろ?」
 確かに亮介は実家に帰った時、父親や母親がいくら話しかけても決して口を開かなかった。だけど唯一妹にだけは声をかけていたことを覚えている。それは強要されたから話したわけじゃなく、彼自身の意思で話していたようにしか見えなかった。
 亮介はまばたきをした。俺を見たまま何度か瞼を動かし、その後で身体を起こしてベッドに座った。足を床に投げ出して少しだけ俯き、一呼吸置いてから顔を上げてこちらを見てきた。
「案外目ざといんだな、お前」
 彼は微笑んでいた。少しだけ困ったように、やられたと言わんばかりの表情で笑みを顔に浮かべている。
「よく言うだろ、子供は親を選ぶことができないって。子供に罪はない。だから妹を許せないとか嫌ってるとか、そういう感情は持ち合わせてないんだ。よく気が付いたな」
「……両親とは口を利いてなかったけど、妹とは話してただろ。そこで分かったんだ」
「ああ、そういうこと」
 彼の家族はまだ健全だった。取り返しがつかなくなる前に、望む形へ収束して欲しいと俺は思っている。だけどその目の前にある問題を見ている彼の瞳は、俺が考え得るものよりずっと悲劇的な光を帯びていた。それがきっと彼の「未来」を意味しているのだろう。
 二人の視線は遠すぎて交わっていない。もしも平行を越えて同じ焦点を発見したならば、俺もまた彼のような目で世界を見ることになるのだろうか。
 理解できないことや振り回された疲れもまだまだあるけれど、この夏に彼の家を訪問して良かったと感じていた。そして少しずつ新しい何かを知っていったならば、いつかは二人が求めるあの場所へ辿り着くことができるのではないかと思った。

 

 

 

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