閉鎖

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7.重奏 - 02

 

「うーん……」
 本日の授業が全て終了した後、俺は図書室で唸っていた。目的はもちろん「歌が上手くなる方法」を探すことだ。
 亮介の歌訓練が始まってから既に三日が経過したが、彼の音痴はびっくりするくらい改善しなかった。そもそも俺だって歌が上手い方じゃないし、そんな奴が歌の先生をしたって生徒が上手くなるはずがないのだ。だからこうして書物という知識の宝庫に頼ろうと考えたわけだが、歌が上手くなる本なんか簡単に見つかるわけがなく。
 かれこれ図書室を三周はしたかと思われるが、勉強用の本とか科学者向けの本などが本棚でひしめき合う中、歌だなんて世俗的なものを扱う本なんか影も形もなかった。俺はきっと頼る相手を間違えたんだ。しかし本が駄目だとすると、次はどうすればいいのやら。
「弘毅、何やってんだ?」
「へっ」
 色とりどりの本と睨めっこしていると隣から声をかけられた。そこには何冊かの本を抱えた陰が立っている。今日は晃が授業に出て居眠りをしてたはずだけど、一日の間に二人が入れ替わることもあるんだな。
 しかしこれはいい出会いだったかもしれないぞ。こうなったら頼る相手を本から陰に変えるまでだ。
「いやぁ、ちょっと、音痴を治す方法を探してて……」
「ふうん、弘毅って音痴だったのか」
「あ、えっ」
「……違うのか?」
 まいった。実にまいった! もしここで音痴は俺じゃないとでも言おうものなら、自動的に音痴な奴は亮介だという認識が相手の中で形成され、そうなれば亮介との約束を破ってしまい、後に俺は心優しき天才の加賀見殿に悪魔も顔負けの嫌がらせをされるに違いない! でもそれを避ける為にはここで俺が音痴だという嘘をつかねばならなくなり――ああ、こんな罠が潜んでいたなんてっ!
「ま、まあ、いろいろあるんだよ……」
 友人の為に自ら汚名を被る度胸もなく、結局は曖昧な返事をしてその場をやり過ごすことにした。幸い陰はそれほど興味がなかったらしく、「ふうん」とだけ言って納得してくれたので助かった。
「それで、その音痴を治す方法は見つかったのか?」
「見つからないんだよ、これが。陰は何かいい方法とか知らないか?」
「もし知ってたら晃に使ってやりたいくらいさ」
 何やら黒い表情に変わった陰は不思議なことを言っていた。晃はやたら張り切って音楽祭の練習をしていたが、陰がこう言うということはやはり晃より陰の方が歌が上手いってことだろうか。亮介と違ってこっちは本当に完璧なんだな。
「陰は音楽祭に出ないのか?」
「晃が無駄に張り切ってるから出られないんだよ。俺は彼の代わりだしねー、彼が嫌がることしかさせてもらえないってわけ」
「そ、そうか……いろいろ大変なんだな」
「分かってくれる? この大変さ! 最近じゃ部屋の中でも音楽祭の練習をしてるせいで、聞きたくもないヘタクソな歌を聞かせられる羽目になって……こうして気分転換でもしてなきゃ身が持たないんだよなー」
 初めて会った時は大人しい奴だと思ってたけど、何気に陰って性格が亮介寄りだよな。一見するといい奴そうだけど、実は腹黒かったり嫌味な奴だったり。それでも亮介より何倍もいい奴なことに変わりはないけどさ。というか亮介が異常すぎるんだ。
「あ、そういえば。風呂の中で歌の練習すれば上達するとかいう話を聞いたことがあるよ」
「風呂?」
「なんか声がよく響くから改善点が見えやすいんだとさ。俺も今度晃を風呂の中に沈ませてみようかな……」
「いや、沈ませたら死ぬって!」
「冗談だよ」
 そう言って微笑むんだから怖い。表情だけ見るとどこまでが冗談でどこからが本気か分からない奴だな。
 しかし風呂か。ただでさえ長風呂な亮介にはぴったりの練習法かもしれないな。これはなかなか有用な情報を得られたんじゃなかろうか。
「じゃあ今日は風呂で特訓でもしてみることにするか。情報ありがとな、陰」
「効果が出なくても恨まないでねー」
「そんな亮介みたいなことするわけないじゃんか」
 言ってしまってから気が付いたが、図書室の至る所から痛いほどの視線を感じた。この独特な感触のある視線は間違いなく亮介のファンさん達のものだ。忘れてたが俺ってまだ彼らから注目されてるんだっけ。亮介と別行動してる時でも気を付けなきゃならないとか、俺が一体何をしたっていうんだよ。
「と、ところで陰は図書室には何の用があって来たのかな!」
 とにかくこの視線を消す為には別の話題にすり替える必要があった。何冊かの本を抱えている陰の方に話題を振ってみることにする。どうせ晃に頼まれて宿題の答えになるような本を探してるんだろうけど。
「ちょっとした趣味の範囲だよ」
 彼の持っている本に視線を当ててみると、俺の想像していたものの斜め上を行くような本を持っていることに気付いた。何だか知らないが彼は辞書だとか小説っぽい本だとかばかりを集めているようだ。晃がそんな本を欲しがるはずがないし、これは陰の趣味ってことだろうか。
「文学とか好きなのか?」
「まあ……部屋にこもってることが多いし、昔からこういう創作はよくしてたんだよ。絵や音楽も好きだけど、具体的に表現できる文学が一番好きかもしれない」
 突然陰が芸術家っぽく見えてきた。キアランの時も思ったけど、こういうふうに趣味に打ち込んだり、自分の好きなことを自覚してそれを楽しんでる人って羨ましいんだよな。俺にはそんなものがないから。
「そもそも晃が絵や音楽に興味を持ったのも俺の影響を受けたからなんだ。ただ文学に関しては今でも無関心で腹が立つくらいだけどね」
「あー、そういうことか。晃って絵とか歌とか似合わないのになんで好きなんだろうって思ってた」
「ははっ、確かに似合わないな!」
 何気に酷いことを言っている気がするが、それは気にしないことにしておいた。
「いい関係なんだな、二人って」
「え」
 俺の言葉に陰は目を丸くした。何を言っているのか分からないとでも言いそうな顔で、逆にこっちが驚くことになってしまった。
「そういうふうに互いに影響を与え合えるって、いい関係だと思ったんだけど」
「ああ……そう見えるんだ」
 ふっと陰は目をそらして呟いた。これは何か言ってはいけないことを言ってしまった感が半端ないぞ。なんてこった。
「気に障ったならごめん! 俺、いつも適当なことばっかり言っちゃうからさ……」
「あ、気にしないで。あんまり自分の立場を忘れるようなことしたら怒られるから、もっと大人しくすべきかなって思っただけだから。実際そういうこと言われると嬉しいところもあるしね」
「……マジで大変なんだな、お前って」
「分かってくれる? この大変さ!」
 どうやら俺の言葉に気を悪くしたわけではないらしかった。それにはほっとしたものの、改めて相手が普通の人間じゃないことを思い知らされたような心地がして気持ち悪かった。いつか亮介が言っていた「子供に罪はない」という科白を思い出す。
「じゃあ俺はこれで」
「ああ」
 いつもと変わらない表情をした陰と別れ、俺は何も見つけられないまま図書室を後にした。

 

 

「水瀬弘毅君」
 部屋に戻ろうと廊下を歩いていると呼び止められてしまった。振り返ると知っているような知らないような、よく思い出せない顔がそこにあった。
「えっと」
「久しく会ってないから忘れたかな? 細田孝明だよ」
「あ」
 微妙なタイミングで微妙な人と会ってしまったもんだ。確か高原和希と同室の二年生で、キアランの話によるとあまり近付かない方がいい人だっけ。そういえばこの人に会うのって夏休み以来だな。
「な、何か用ですか?」
「用というほどではないけど、見かけたから声をかけただけだよ。今なら和希も部屋にいると思うし、来てくれないかい?」
 高原和希は俺に会いたがっているらしい。でも俺は正直言って会うのが怖かった。特に今は一人きりだから余計に怖い。前回は亮介が一緒にいてくれて、それだけで救われているところがあったから。
「その、俺、今からちょっと用事があって――」
 喋っている途中で腕を掴まれた。反射的にそれから逃れようとしたが、年上の男の力には敵わない。
「離してください、部屋に行く気はないから!」
「大丈夫、怖くはないから。すぐ済むよ」
「やめろって!」
 ぐいと腕を引っ張られる。身体ごと引きずられるように歩き、廊下の隅の方へと追いやられてしまった。一つの扉にどんどんと近付いていく。
 細田孝明は扉に手をかけた。その扉は何の障害もなく開いていくが、俺はそれに入ってはいけないのだ。そこに入れば全てが終わる。彼が言ったようにすぐ済んで、そして新しいものが始まる――まだその時期ではない。受け入れられない子供など、そこへ入った途端に崩れ落ちるのが目に見えて分かっているから。
 背を押されよろめいた。ただそのすぐ後で後ろから誰かに引っ張られた感覚があった。
「何をしている?」
 聞き覚えのある声が上の方から響いている。俺を後ろから引っ張り、扉から遠ざけてくれた相手は意外な人物だった。入りかけていた足が廊下の方へと戻っていく。
「邪魔をしないでくれ、絹山君」
「こうも嫌がっている子を部屋に連れ込む場面を見せられて、邪魔をしない奴は人間ではないだろう? 離してやれ」
 高圧的な科白を吐き出したのは絹山幾人だった。どうして彼が俺を助けてくれるのかは分からないけど、彼の言葉を聞いた細田孝明は素直に手を離してくれた。
「やっと始められると思ったのに、残念だ」
 様々な含みを持たせた声を置き去りに、細田孝明は部屋の内側から扉を閉めた。それがきちんと閉まった後にようやく平穏が訪れてくれたようだった。ほっとして胸を撫で下ろす。
「一人で出歩くなど、危険だとは思わなかったのか」
 先程よりもやわらかくなっている声が上から降ってきた。絹山幾人は静かな瞳で俺を見下ろしている。ただ彼は怒っているようだった。
「危険って、なんで――」
「ここは君が思っているほど安全な場所ではない。薬も暴力も金も蔓延している。傷付けられたくないのなら、一人きりでの外出は控えるべきだ」
「だってここは、学校の寮じゃないか! それがどうして危険な場所になるんだよ、おかしいだろ!」
「……加賀見君から何も聞いていないのか」
 絹山幾人は何か知っているようだった。そしてそれは亮介の知っていることと同じ類の知識らしかった。知れば絶望することでも知っておくべきだろうか? 知らなければ良かったと後悔することにはならないだろうか、亮介のように未来に失望することにはならないだろうか。
「そう堅くなるな。俺が知っていることでよければ話してやるよ、ただ君が俺の部屋へ来てくれればの話だが」
 相手はさっさと歩き出してしまった。知りたければ追って来いということなのだろう。俺はちょっと立ち止まっていたけれど、自らの罪を消す覚悟で相手の背を追った。自分から踏み出さなければ何も変わらないことを知っていたんだ。
 三階にある絹山幾人の部屋はどうやら一人部屋らしかった。プレートには相変わらず達筆な字で絹山幾人の名前が書かれているが、もう一人の名前は真っ白に消されて何も書かれていない。亮介と同じ商売をしている彼にとっては都合のいいことだろうな。
 部屋の中は綺麗に片付いていた。亮介の部屋が清潔感溢れるものならば、こちらはいい感じのビジネスマンの如くきっちりと整頓されているという印象を受ける部屋だった。こういう辺りを見てみても、亮介と絹山幾人は正反対のようでそっくりだということが分かる。
「適当に座ってくれ」
 以前に話した時とは違い、相手は商売用の笑顔を見せてくれなかった。言葉遣いも一般人と違わないものになっているが、きっとこれが彼の素の姿なんだろうな。俺としてもこっちの方が話しやすくて気が楽だ。
「それで、あんたが知ってることって……」
「この学園でなぜ薬や売春が放置されているか、知っているか?」
 相手の質問に俺は首を横に振った。もしかすると彼は、俺が最も知りたかったことを教えてくれるのかもしれない。
「生徒がここから逃げ出さなくなるように、だよ」
 なんだかひどく緊張してきた。
「はっきりとした目的は分からないが、この学園の教師たちは門を閉ざそうとしているらしい。その手段の一つとして薬と売春による依存を利用しているんだ。俺も加賀見君もその貢献者というわけだ」
「そうだと分かってるのに、続けるのか――あんた」
「俺は負けず嫌いだからね」
 そう言って絹山幾人はくくっと笑った。どうして笑っていられるのか分からない。
「俺の両親は銀行員なんだ。そのおかげで俺は小さい頃から妙なプライドを持っていて、何事においても一番でなければ納得できないらしい。だからきっかけは単純で、加賀見君の噂を聞いて彼に負けたくないが故に始めた商売なんだ。といっても、来年になればそれも終えようと思っているんだけどね」
「三年になったらやめるってこと?」
「ああ。来年からは受験勉強だ。今まで遊んでいた分、きちんと勉強しなければ親に怒られるからな」
 意外と庶民的なことを言う絹山幾人は落ち着いているようだった。彼の事情なんか何も知らなかったけど、まさかただの負けず嫌いだったなんて。
「……あれ、じゃあ商売で稼いだ金はどうしてるんだ? あんたも薬を買ってるのか?」
「いいや、薬はやってないよ。あれに手を伸ばせば戻れなくなると分かっているからね。だからそう分かっていながら自らの首を絞めている連中の考えは全く分からない。一時的な快楽にどんな価値を見出してるんだろうな、連中は」
「俺に聞かれても……」
 もしかしたら俺は彼を誤解していたのかもしれない。話してみると常識をわきまえたことを言っていて、なんだかますます亮介がわけの分からない奴になってきた気がした。あいつは一体何者なんだ。俺を悪の道に引きずり込む為に生まれた悪魔か?
「俺は稼いだ金は他人に貸しているんだ。君も必要なら幾らでも持っていくといい」
「えっ! 俺は別に……ていうかそれって、ちゃんと返してくれるのか? 返さない人とかいそうだけど」
「もちろん返さない奴はたくさんいるさ。でも俺に嫌われたくないからという理由で返してくれる人もいる。まあこれだけ金を貯めても使い道がないから消えてくれる方が嬉しかったりするんだがな」
「うひゃあ……」
 絹山幾人は地味に凄いことを言っていた。こんなこと、世の中の貧乏さんに聞かれたら本気で怒られそうだなぁ。でも確かに学園内でこもってたら金を使う機会も少ないし、彼の言っていることも滅茶苦茶ってわけではないんだな。
「それはそうと、水瀬君。前々から君に聞きたいと思っていたことがあったんだ」
「え、何?」
「君は高原和希とどういう関係にあるんだ?」
 ぽんと不穏な名前が飛び出してきた。そうだ、俺が絹山幾人と初めて会った時、彼は俺のことを高原和希から聞いたと言っていたんだ。そのせいで俺は球技大会を怯えて迎えなければならなくなったんだっけ。
「どういう関係って言われても、俺はそんな名前の人は知らないんだよ――実際に会ったこともないから顔も分からないし」
「しかし高原は君のことを知っていたぞ。好物は柑橘類だとも言っていた」
「……その高原って人、まさか俺のことを言いふらしてるのか?」
「そういうわけではないが、訊ねられたら何でも答えていたんだ。君は加賀見君と同室ということで注目されていたから、何人もの人間が彼に君のことを訊いていたからね」
 何でも答えていたというのはどういうことなのか。どうして高原和希は俺のことを何でも答えられたのか。適当に言っているわけじゃないことはもう充分分かっている。
「君は本当に彼のことを知らないのか」
「だから、名前は本当に聞いたこともなかったんだって――」
「だが相手は君のことを知っていた。そして君はまだ彼の顔を見たことがないと言ったな。となれば考えられる最も現実的な可能性は一つ、君の知る人物の誰かが「高原和希」と名を変えて生活しているということだ」
 背筋がぞっとした。想像ならできたはずなのに、認めたくなかった可能性が絹山幾人の手によって形成された瞬間だった。
「心当たりは?」
 俺は目をそらさなければならなかった。
「そうか」
「まだそうだと決まったわけじゃない! 顔を見ないと、推測だけじゃ――」
「じゃあ今から会ってみるか?」
 首を横に振る。何度も繰り返し振り、否定を示した。どうしても今は会いたくなかったんだ。
「知らねば不安は増える一方だぞ」
「分かってるよ! でも……怖い」
「事実を知るのが怖いのか? それとも高原和希になりすましている奴が怖いのか?」
「なんでそんなことを聞いてくるんだよ、あんたには何も関係ないことなのに!」
「君のことが心配だからだ」
 勝手なことを言う相手だった。以前は俺を襲おうとしていたくせに、なぜ今になって優しくしようとしてくるんだ。何か下心があるんじゃないのか? 所詮亮介と同じ商売をしているような奴なんだ、何か目的があって近付いてきたのかもしれないじゃないか!
「あんたに教えることなんて何もない!」
「俺は君のことが好きなんだ」
「嘘ばかり言うな――」
「落ち着け。君はまず何よりも、何によって心を乱されているか、その最大の原因を知ることが大事だ」
 最大の原因。そんなものは分かり切っている。分かっているからこそ不安になるんじゃないか、これ以上どうすればいいっていうんだよ。
「君が最も恐れていることは、何だ?」
 指先が震えていた。切り忘れていた爪が長く伸びていて、それがひしひしとした痛みを発しているような気がしてきた。
 本当は分かっているものなんて一つも存在しないのだ。だから祈るように縋っている。
「分からないならそれでもいい。焦る必要はないさ、君はまだ一年生だ。時間なら残されている。それに君には加賀見君という味方もいる」
「亮介を巻き込みたくはないよ、あいつはあいつで大変そうだし」
「君がそう考えていても、彼は自ら巻き込まれに来るはずだ。あれでも君のことを好いているようだからね」
 絹山幾人は何でも知っているのだろうか。亮介は他人であるはずなのに、なぜあたかもそれが事実であるかのようなことを言うのだろう。俺もそんな、不確定なことを言い切ることのできる度胸が欲しかった。
「そろそろ帰らなきゃ」
「部屋まで送っていこう」
 俺が立ち上がると絹山幾人も立ち上がった。そのまま部屋の外へ連れられ、扉を閉めた後も隣から離れようとしなかった。
 背の高い相手はともすれば壁のようにも見えた。俺を外部の敵から守ってくれる壁は高く、脆い盾だけを持つ俺には必要な要素なのではないかと思えた。だけど守るだけでは不完全で、この閉鎖された学園の中で生き抜くには、どうしたって相手の喉元を掻っ切る剣が必須だったのだ。
「それじゃ、俺はこれで」
「あ――」
 やがて部屋の前に辿り着き、絹山幾人は静かに立ち去っていった。唇が震えたせいで何も言葉が出てこなかった。言いたい事があったのに言えなかった。伝えなければならない事があったのに、言葉に出来なかった。

 

 

 

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