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2.支配 - 02

 

「だからバカ山、お前が生徒会長になれ」
「……あのねぇ」
 生徒会演説が終わった翌日、何かを決意した亮介に連れられて俺は絹山幾人の部屋を訪れていた。
 机の上には茶菓子が乗せられ、亮介の前にもそれは存在する。なんと彼は菓子を食べることよりも話の方を優先しているのだ。それだけ彼が本気なんだってことがなんとなく伝わって、俺は嬉しくなってしまう。
「分かってるのかい、加賀見君? 俺は立候補なんかしてないし、生徒会演説が終わってから立候補するなんてことは認められてないんだ。だから俺が生徒会長になることはどうあっても無理なんだよ」
「無理じゃねえよバカ。俺が学園長のジジイに掛け合ってやる。そしたら何だって思い通りだ」
「でも生徒たちがそれで納得すると思うか? 特に加賀見君派の勢力は黙っていないぞ」
 呆れた顔をした絹山幾人は亮介の攻撃をのらりくらりとかわしていた。
 ここへ来るまでに聞かされた亮介の考えとしては、聡史兄さんを生徒会長にしない為には別の人間が生徒会長になればいい、というごく普通の提案だった。俺はそれには頷けたものの、その夢を実現する為の方法はあまり堅実性の感じられない絹山幾人に頼むという曖昧なものだった。そうして今に至るわけだが、相手は全く乗り気じゃないことが傍から見てもよく分かる。
「俺のファンどもが納得しないのなら、俺が直々に黙らせてやるさ」
「だから、君のファン以外の人も納得しないだろうと言ってるんだよ」
「うっせぇな、そいつらも黙らせればいいじゃねえか!」
 相変わらず亮介は絹山幾人に攻撃的で、おかげでまともに話ができていなかった。何の為にわざわざ彼に頼みに来たんだよ。というか本当にこいつは自分の権力を乱暴に扱おうとするよな。
「とにかく無理なものは無理だ。俺だって水瀬君の為に協力したいとは思うが、学校を敵に回したら厄介だからな。それ以上の頼みは聞けない」
「ああそうかよ、だったらもうてめえには何も頼まねえ!」
 子供のように舌を出し、亮介はふいと絹山幾人から顔をそらした。どこの小学生だお前は。
「まあ落ち着け。なにも別の人間が生徒会長になるということだけが、高原和希を生徒会長にさせない道じゃないだろう? もっと単純に考えればいいじゃないか。君たちの目的は要するに、彼を選挙に勝たせなければいいというだけなのだから」
 渋い緑茶を一口飲み、相手はふっと不敵に口元を歪ませる。その表情はひどく亮介に似ていた。
 そう、それは、悪戯を思い付いた悪魔の微笑みだったから。
「なんだよ、いい案でもあるのか」
「つまり、こうすればいいってことさ」
 ぴんと人差し指を立てて口を開いた彼が、とても楽しそうにしていたことだけがよく分かってしまった。

 

 

 目の前に置かれたまんじゅうを口に運びつつ俺は頭をひねらせる。過去への扉を開く作業はとても簡単だったが、そこから必要な物だけを取り出すことは思ったよりも難しかった。
「兄貴の嫌いな食べ物は?」
 メモ帳とペンを握り締めた亮介が脅迫めいた目つきでこっちを見ている。その隣で優雅にお茶を飲んでいるのは絹山幾人で、彼は俺と亮介にお菓子を提供し続けていた。この部屋には一体どれほどのお菓子があるんだ。しかしそれは全て和菓子で、正直言ってそんなにいらない。
「辛いものが苦手だった……気がする」
「それじゃ分かんねえよ。キムチとかか?」
「うーん。とにかく辛いのが駄目ってことくらいしか」
「つくづく使えねえ弟だな、てめえは」
 ちょっとカチンときたが、それには気付かないふりをしておこうか。俺は渋すぎる緑茶を一口頂いた。
「じゃ苦手な虫は?」
「む、虫? そんなのあったかなぁ……」
 そもそも俺は兄さんの弟とはいえ、兄さんの全てを知り尽くしているわけじゃない。こんな質問を重ねられても無意味なんじゃないかとふと思ってしまった。俺は知らないことが多すぎるんだ、きっと。
「どんなタイプの人間が嫌いなんだ?」
「ええと――」
「嫌いな音は?」
「うーん――」
「嫌いな色は?」
「それは――」
 なんだか妙に疲れてしまった。
 一通り答え終えると亮介は満足げにメモ帳を眺めていた。こっちは今日一日のエネルギーを使い果たしたような気分で、満足感など微塵も残っていない。その隣で絹山幾人は怪しく微笑んでいた。
「これで材料はそろったわけだ。後は奴を貶める罠を造ればいい」
「ど、どうやって」
 全く乗り気になれなかったが、おかしなことをされると困るので一応聞いておいた。
「そうだな……造り方はいろいろあるが、それを全部俺らでするのは無理だろう。だから助っ人を造る作業から始める」
「はあ」
 聞くまでもなくおかしなことをしようとしている気がしたが、それは気にしちゃ負けなんだろうか。
「まず俺のファンどもを味方につける。バカ山はお前のファンを使え。言っておくがどんくさい奴だけは絶対に使うなよ、そいつのせいで計画が潰れるのだけは避けたいからな。それから――そうだな。キアランと陰にも頼むか」
「なんでその二人なんだよ」
「キアランは菓子が作れるし、陰は頭がいいから使いやすそうだからだ。それくらい分かれバカ」
 亮介が他人のことを褒めるのは珍しいことだったが、それでもやっぱり自分の方が上に立っていることだけは覆そうとしなかった。それが彼らしいと言えばそうなのだが。しかし相変わらず他人を手駒のように扱うよなぁ。その辺もうちょっとどうにかならないんだろうか。
「キアランは知っているが、陰って誰だ? そんな名前の奴、この学園にいたかな……」
「はあ? 何言ってんだ、陰は――」
 言いかけてから亮介は慌てて口を手で塞いだ。そう、今まですっかり忘れていたが、晃以外で陰の存在を知っているのは俺と亮介だけだったんだ。当然絹山幾人だって知っているはずがない。
「あ、あだ名だよ。晃の」
「晃って――ああ、学園長の息子か。おかしなあだ名を付けたもんだな」
 咄嗟に思い付いた俺の「理由」で相手は納得してくれたらしかった。やれやれ、慣れ過ぎると恐ろしいことが待ち受けてるもんだ。それを当然のように思っているのは自分たちだけであって、知らない人がいることも当たり前なんだから、気を付けなきゃならない。
「いいか? 俺たちの目的はただ一つ、高原和希を生徒会長にさせないことだけだ。それ以外のことに気を取られてはならない。失敗は許されないと思っておくんだ」
「分かっているよ」
「う、うん」
 どうしてだかやたらと気合いが入っている亮介の威圧に負かされ、俺はすっかり彼の手下に成り下がってしまっていた。反面、絹山幾人は余裕綽々の表情をしている。むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えて、やはり彼は亮介とよく似ていると感じられた。それを言ったら双方から怒られるんだろうけどさ。
「計画実行は明日からだ。今日はこれにて解散!」
 なんだか妙なノリになっている気がしたが、一番頑張らなければならないのは俺だったから、協力してくれる二人に感謝せずにはいられなかった。

 

 +++++

 

 翌日、俺は朝から亮介の計画とやらに付き合わされていた。
 二人並んで廊下で待ち伏せをし、懸命に作成した罠で相手を釣る。そんな単純な計画ではあったものの、それが上手くいくかどうかは分からない。
 そしてなぜだか亮介は変装をしていた。
「か、加賀見君? その格好は……?」
「しっ! 静かにしてください、先輩!」
 おかしな変装のせいで余計に目立っている亮介と俺はすぐに上級生たちに囲まれてしまっていた。これって変装の意味ないんじゃないのか? しかし亮介はこれでいいと言わんばかりの顔でこっちを見てくるので困る。
 頭に黒い帽子を被り、顔には大きな黒眼鏡、そして鼻から顎までをすっぽりと覆う白いマスク――そんな泥棒も顔負けの怪しいファッションをした加賀見亮介殿は、俺の隣にしゃがみ込んで一つの教室の入り口を張り込んでいた。
 とりあえず俺にまでその変装を強制してこなかった点は助かったが、こんな奴が隣にいられるとこっちが恥ずかしくなってくる。本当に天才ってのは何を考えてるか分かったもんじゃないな。
「む、来たぞ!」
 一通りの人払いを終えた後、ようやく目的の人物が俺たちの視界に入ってきた。
 すらりと背が高く、黒い髪は艶やかで美しい。大きな手はたくさんのものを守ってくれそうで、だけど同時に多くの犠牲を必要としているようにも見える。
 俺と亮介の前に現れた人物は高原和希――つまり、俺の兄である水瀬聡史だった。連れはおらず、ゆったりとした歩幅で廊下を歩いている。
 彼の姿を見ても俺は何も感じなかった。横におかしな奴がいるせいだろうか、相手のことに夢中になれないおかげかもしれない。再会して目が合った時なんかは酷い有様だったけど、気持ちの持ちようでここまで変わるだなんてな。俺が抱えている問題ってのは案外簡単なことなのかもしれない。
「手筈通りだとそろそろあいつが来るはずだが……」
 亮介の呟きと共に教室のドアが勢いよく開いた。時間ぴったりだな。
「高原君!」
 風のように現れたのはキアランで、彼は兄さんの前に立ち塞がる。そして昨日話した通りの科白を唇の上に乗せた。
「クッキー焼いたんだけど作りすぎちゃって、よかったら食べて欲しいんだ。いいかな?」
 兄さんは少しだけ戸惑っていたようだが、やがて表情をやわらげて綺麗な微笑みをキアランに見せた。
「構わないよ」
 その声が必要以上に優しく聞こえてしまう。
 俺はつい耳を塞ぎたくなってしまった。それをぐっと我慢して成り行きを見守る。
「いっぱいあるからたくさん食べてね。あ、こっちはオレンジのジャムを乗せてるやつなんだけど――」
 遠くから見ていて俺もクッキーが欲しくなってしまった。後でキアランからもらおう。
 かごの中に大量に放り込んでいたクッキーを相手に渡し、キアランはその場で食べるように促していた。根負けした兄さんは立ったままクッキーを口に運んでいく。俺と亮介の間に緊張が走った――気がした。
 それを口に入れた瞬間、兄さんはぐっと目を見開いた。
「ど、どうしたの?」
 演技を感じさせない態度でキアランがおろおろと聞く。しかし相手はなかなか答えず、口元に手を当てていた。それでも一度食べた物を吐き出したり、食べ残しを押し返したりはしない。
「いいや。予想外の味でびっくりしただけだよ」
「ご……ごめんなさい。どんな味なのか説明してた方がよかったよね」
「大丈夫」
 ぽんとキアランの肩に手を置き、兄さんはふっと微笑んだ。
「ありがとう。美味しかったよ」
 それはどう考えても嘘だった。
「駄目だなありゃ。次だ、陰」
「よし来た」
 いつの間にか接近していた陰が俺たちの背後で立ち上がる。彼は落ち着いた様子で廊下の角を曲がり、退散したキアランの代わりに兄さんの前に立ち塞がった。
「おはようございます、先輩」
「ああ、おはよう」
 兄さんの笑顔がどこかぎこちないように見える。あのクッキーを食べたせいだろう。よくもまああんなものを食べさせようとしたもんだ。
「先輩は生徒会長になりたいんですよね? 僕応援しちゃうなぁ」
 とんでもないぶりっ子な態度を見せつけ、陰は後ろ手で何かを床に放り投げた。その黒い物体はこそこそと動き回り、ちょうどいい感じに兄さんの方へ近付いていく。
「うわあ先輩、でっかい蜘蛛がー!」
「危ない!」
 わざとらしく大きな蜘蛛を指差した陰を兄さんが押し倒す。それに驚いたのか蜘蛛は廊下の隙間に入り込み、すぐに姿が見えなくなってしまった。
 しんと静まり返り、何事かと野次馬連中が集まってくる。その真ん中で陰は兄さんに押し潰されていた。どこか驚いている表情で彼の整った顔を見上げている。
「大丈夫か?」
「あ……は、はい」
 そして俺の隣の亮介殿はぐっと唇を噛み締めていた。
「あんなんじゃむしろ好感度アップに貢献したようなもんじゃねえかよっ、陰のドアホ! 次だ次!」
 慌てた様子で陰がこちらに戻ってくる。それと入れ替わるように今度は後ろから絹山幾人がやってきた。そして隣を通り過ぎる際になぜかこっちにウインクしてきた。何なんだあいつは。
「あーあー、マイクのテスト中。皆さまご迷惑をおかけします、でもマイクのテスト中でーす」
 懐から突然取り出したスピーカーで妙な放送を始める絹山は、悠々とした態度で兄さんのすぐ傍を通り過ぎる。
 そしてそのまま廊下の先に消えてしまった。
「……は?」
 少しの間だけ待ってみたが、絹山幾人は戻ってこなかった。本当に霧のように消えてしまったらしい。
「おい、お前の兄貴は人に迷惑をかける奴が嫌いなんじゃなかったのか!」
「あれは迷惑じゃなかったって判断したとか……」
「ええい、使えない連中どもめ! こうなりゃこの亮介様が直々に成敗してくれるわ!」
 ぱっと立ち上がった亮介は台風のように廊下へ飛び出した。
「貴様ら大人しくしろ! 俺は強盗だぞ、死にたくなかったら金をよこせ! うははは――」
「加賀見君、何してるの? あ、もしかして演劇の練習? だったら俺も手伝うよ!」
「俺も俺も!」
「ち、違う! これはあいつを――っていねぇし!」
 あまりにものんきに遊び過ぎていたせいか、廊下からは既に兄さんの姿が消えていた。そもそも俺の仲間たちは一体何がしたかったのか。まともに頑張ってたのってキアランだけじゃないのか? よくもまあこんなので計画だなんて言えたもんだな。
 俺はとりあえず自分のファンたちに邪魔されて怒っている亮介を連れてその場を去った。しかしまだ計画は始まったばかりだそうで、亮介と絹山幾人の目から炎が消える刹那はずっと先のようだった。

 

 

「お前の兄貴ってさ、嘘が得意なんだな」
 夕日が沈みかけた頃、廊下を歩きながら亮介が囁くように呟いた。
 結局俺たちの計画は失敗したらしい。兄さんの苦手なものを押し付けて彼の駄目な姿を見つけ、それを写真に撮って学内にばら撒くという悪質な計画だったわけだが、あれから聡史兄さんは何をされてもさらりとかわしてしまったのだ。計画に乗り気だった亮介と絹山幾人はがっくりと肩を落とし、亮介はなぜか逆ギレしていた。ついでに協力してもらったキアランと陰もまた落ち込んでいるらしい。
 だけど俺はちょっとだけほっとしていた。
「えっと、聡史君だっけ? 彼は弘くんと違って完璧主義っぽいんだね。決して人に弱みを見せないというか、そんな雰囲気が漂ってる」
「……キアラン、それは俺が駄目だって言いたいのか?」
「いやいや弘毅、完璧な人は人間らしくないだろ? 弘毅の方がずっと魅力的だって言いたいんだと思うよ。まあそれを俺が言うのもどうかと思うけど」
「お前ら何をのんきにしてんだよ! 次の計画を練るぞ!」
 いつの間にか俺たちは一つの扉の前に立っていた。どうやら今度はキアランの部屋に来たらしい。せっかくだからオレンジジャムのクッキーを頂きたいところだ。
 五人でずかずかと部屋の中にお邪魔すると、パソコンの前に座っていた衛藤光雄がぎょっとした表情でこっちを見てきた。その気持ちは分かるので何とも言えない。しかしこの場にいる誰もが衛藤光雄のことなど完全に無視していた。
「さて、次の作戦だが……」
「もう普通にやっていいんじゃないの? イメージダウンなんて面倒なだけだし、きっと効果もそんなに出ないと思うよ」
「うるせぇな、てめえは黙って菓子でも作ってろバカ!」
 変装したままの亮介殿はすこぶる機嫌が悪かった。こいつのことだから当初の目的など忘れ去り、今は自分の欲望を満たす為だけに動いているように思えなくもない。俺のことを思っての行動だと思っていたけど、結局はそういうことなんだろうなぁ。
「もう残り期間も短い。ここは俺と加賀見君のファンに呼び掛けて、高原和希以外の人間に票を入れるよう催促するのが一番手っ取り早いと思うんだけどね」
「俺もそれに賛成。つーかそれ以外に何か方法あんの?」
 すっかりくつろいでいる絹山幾人と陰は、キアランが今朝兄さんに渡した激辛クッキーを頬張っていた。俺は二人の隣で普通のオレンジジャムクッキーを頂戴している。これがとてつもなく美味しくて病み付きになりそうだった。
「なあ亮介。そんなに頑張らなくても大丈夫だって。お前と絹山幾人のファンって大勢いるんだろ? だったらそいつらに呼び掛けるだけでも――」
「お前は何も分かっていないんだ」
 目の前に置かれたお菓子に手を触れることもなく、亮介は声を震わせていた。その振動に初めて気付き、俺ははっとする。
「あいつはヤバい。本気でヤバい。なんていうか、目がイってんだよ。優しそうに振る舞ってるけど皮の下は完全に爛れてて、狂気の山を一つ通り越してるように感じるんだ。今日一日観察しててよく分かった。あいつは――マジでヤバい」
 彼がどれだけ本気なのかということを俺は知らなかった。
 相手は俺の実の兄貴で、数年前まで憧れていた人で、多くの思い出を共に過ごしてきた人だった。だからなのか俺は彼をまだ信じているんだと思う。彼が亮介の言うような人間ではないと思っていたくて、どこか色眼鏡を掛けたままでその姿を見ていたんだろう。そのせいで俺は兄さんのことを亮介と同じようには感じられなかった。普通の、どこにでもいそうな、誰にでも優しくできる人――それが相手の本当の姿だと思っていた。
 でも亮介はそれを否定する。何の感情も持たない彼だからこそ感じられた真相は、俺にとってとても残酷なものだった。それでも俺はどちらも嫌いになりたくなかった。俺には兄さんが必要だったし、亮介も必要だから。
 だからこそぞっとするんだ。もし兄さんか亮介か、そのどちらか一方しか選べないような状況に立たされたら――俺は何もできないんじゃないかって。どちらを見捨てることもできず、最後には自らの身を滅ぼしてしまうのではないかって。
「ねえ亮ちゃん。そんなに聡史君を生徒会長にしちゃダメなの? 生徒会長になった後でも、弘くんを守ることはできると思うけどなぁ」
「心配事は一つでも消しておいた方がいいんだよ。逆に一つでも相手に有利な権利を与えたら、それのせいで暴走が止まらなくなる可能性もあるだろうが」
「もしそうなっても、ここにいる我々が全力で水瀬君を守ればいいじゃないか」
 いつの間にか俺は悲劇のヒロインになっていたらしい。いや、そりゃまあ人より悲劇に遭遇した率は高いとは思うけどさ。でも男なのにこのポジションなのは正直恥ずかしいんだけど。
「……とにかくだ。俺とバカ山のファンだけじゃ足りないかもしれないから、キアランのところに来る客にも呼びかけてもらう。一人でも多く高原和希の票を減らしたい。分かったな?」
 真剣になった亮介はとても頼もしそうに見えて、だから俺はもう彼に文句を言ったりしなかった。

 

 

 

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