03

「おお、ここにいたか」
 聞き覚えのある声が背後から聞こえる。そちらに目をやると、さっきの偉そうな野郎が歩いてこっちに来ていた。こいつ、もしかしなくても俺のことを追いかけてきたんじゃなかろうか。なんで野郎なんかに追いかけられなきゃならねーんだよ。
「一人で先に行ってしまったから心配したぞ。しかし無事で何よりだ。それはよかったが……アカツキ、君は一体どこの魔物に襲われたのだ」
 相手は俺の姿をじろじろと見ている。魔物に襲われたって、そりゃまたゲームによくありそうな展開だな。でも残念ながら俺はそんな劇的な出来事に直面したわけではない。
「別に魔物なんて知らねえし。つーかなんでいちいちお前に報告しなけりゃならないんだよ」
「あ、ごめん、この人の怪我はあたしのせいなの」
 ふむ、童顔少女は常識ある人物らしい。あの一瞬の暴走は顔のことに触れられたからなのだろうか。だとしたら今後は気をつけねば。
「おや、君も一緒だったのか」
「あんた気づくの遅すぎ」
 まったくその通りである。こんな淋しい景色なんだから、普通はすぐに気づくだろ。このどこぞの大僧正様のように偉そうな男は目でも悪いのだろうか。
「ならば話は早い。アカツキよ、この人は私と同じ目標を持つ同志であり、名をサラ・ペインという。言うならば、君の仲間だ」
 勝手にぺらぺらと喋り出す相手。わたくしの意見は無視ですか大僧正様。自分勝手な野郎だな。
「俺、あんたらに協力するなんて言った覚えないんだけど」
「まだそんなことを言っているのか。しかし安心したまえ。君には隠された力がある! ……はずなのだ」
「何だよその隠された力ってのは」
「それは私にも分からん。だが異世界からの私の声を君は聞くことができた。それだけで何らかの力を匂わせていると思わんか?」
「ん?」
 今、相手の口から聞き慣れない単語が出てきた気がする。そりゃ夢だからなんでもありなんだろうけどさ、なんつーか、これ……なんか変だ。妙に思えるほど妙な気がする。
「ちょっと待ってよキーラ、この人、ウラノスの住人じゃないの?」
「何を言うか、サラ! 百二十六日前から召喚の儀式を行なっていたではないか」
「召喚? あー、あれ、やっと成功したの。もうずいぶん昔のことだから忘れてたわ」
 むむむ。ますます話が分からなくなってきた。こいつら、俺の知らない話題で俺を困らせようとしているんじゃないだろうか。冗談じゃねえや。
「アカツキよ、君の住んでいた世界の名を何という?」
「は? 名前なんて知るかよ」
 偉そうな大僧正さながらの男は変な質問ばかりしてくる。そもそも世界って言われてもピンとこない。地球って言えばいいのか、宇宙って言えばいいのか、あるいは日本と言えば納得するのか。それ以外の単語を俺は知らない。
 しかし俺の適当な答えに対し、相手はにやりと口元を歪ませた。
「やはりな。アカツキよ、君は私の睨んだとおりの人間らしいぞ。君の住む世界では魔法の類や魔物は存在しないのだろう? だとすれば、だ。私の召喚呪文に反応した君は、それ相応の力――つまり魔法の力を有するというわけだ。召喚呪文は魔力を持つ者にしか反応しない。これではっきりしただろう、君はやはりアカツキの名にふさわしい人間なのだ!」
 やたら熱く語ってくれた大僧正様だが、はっきり言ってかなり早口で、そのせいで内容はあまり聞き取れなかった。一体何がしたいんだこいつは。
「んー、だからつまり、君は魔法が使える数少ない人のうちの一人だってことよ」
 横から口を挟んで教えてくれた童顔少女。へぇ、なるほど俺が数少ない人のうちの一人――だって?
 現実と夢の感覚が絶妙に重なりすぎていて、今のこの状況がよく分からなくなってくる。吹きつける風はいつか感じたことのあるものに似ているし、妙な二人組の会話は夢のようでもあるがつじつまが合っている。思い返せば矛盾だらけのように見えたこの夢、実は全部本当のことでした、なんてことがありそうな気が。
 いや、ちょっと待てよ。何だよそれ。そもそもなんでよりによって俺なんだよ。俺はただ貧乏な家庭で育っただけで、そんなに人に隠すような秘密やら何やらなんて持ってないんだから。とか言いつつも、最近ではゲームでも小説でも普通の一般人が急に変なことに巻き込まれるって設定が溢れてたよな。そんなものは夢物語にすぎないって思ってたけど、このままだと俺自身がその変な「波乱万丈」を体験することになりかねない。ふざけんなよ、俺のイギリス旅行を返せ。
「なんであんたらの都合で俺がアカツキとやらにならなきゃならねーんだよ。自分勝手にも程があるだろ。俺はどんなことがあろうと絶対に手伝わないからな。分かったらもう帰してくれ」
 それだけを顔を歪めながら言うと、相手側は驚いた顔をしてしばらく沈黙した。俺が断ることを予想しなかったのだろうか。だとしたら、とんでもなくおめでたい連中だ。世の中そんな、何もかもが自分の思い通りになると思ったら大きな間違いなんだよ。
「ねえ、キーラ。あたしはやりたくないことを無理矢理手伝わせるのはよくないと思う。帰してあげたら?」
 童顔少女は常識があって嬉しい。ほんの少しだけ救われた気がした。
 それに対してキーラと呼ばれた偉そうな男は、眉根にしわを寄せて難しい顔を作っていた。なんだか非常に嫌な予感がするのは気のせいでしょうか。気のせいだと言っちゃってくださいよ、ねえ、大僧正様。
「すまない」
 突拍子もなく謝ってくる相手。いや、そんなこと言われても。
「召喚呪文というものは本来、人間を対象に作られたものではないのだ。異世界の生物や魔物、あるいは精霊などを召喚する為のものであり、私が今回使ったのもそれと同等のものだ。だから――」
 ぴたりと台詞を止める相手。何だよ。さっさと言えよ。
「つまり、呼び出すことに必死で断られることを想定しないで、帰し方を知らないままで呼び出してしまった、ってこと?」
 横から解説してくれる童顔の少女。その内容は、とてもじゃないが「そうですか」で済まされるようなものではないけど。
「し、心配無用だアカツキよ! 闇の意志を復活させないよう努力していれば、そのうちきっと帰る方法も見つかるはずだ!」
 この野郎。腹の立つことを言ってくれるじゃないか。
「どちらにしろ君はこの世界に呼ばれ、この世界で何かをしなければならなくなった。そうだとしたら一人で頑張るよりも、我々と共に歩んだ方が君にとっても効率がよいだろう。……力を貸してはくれないだろうか」
 あーもう。面倒臭いことばかりだ。
「これが夢でありますように」
「夢ではないぞ、アカツキよ!」
「うっせーな、黙りやがれ、この駄目大僧正!」
「……ダイ、ソウジョウ?」
 あ。つい口に出してしまった。キーラという名の男は首をかしげている。しかしこの世界には大僧正はいないのか。こいつの容姿とか喋り方とかで判断したら、まず間違いなく大僧正だと思ったのに。
「とにかく。我々と共に来るんだな?」
「半ば無理矢理そうさせたのは誰だったっけかなぁ?」
「いや、だから、それはすまない」
 もう謝りの文句も聞きたいとは思わないし。謝るくらいなら元の世界に帰してくれよ、まったく。
 どうやらいつまでも愚痴を言っていても引き返せない状況に立たされたらしく、俺はこいつらと一緒にどこかに行くことになってしまった。一体何をさせられるのかと考えると恐ろしくなってくるので、とにかく元の世界に帰る方法だけを探していこうと胸に誓っておく。この「異世界」とやらがどうなろうと俺の知ったことじゃない。つーか、面倒なんだよ、要するに。
 せっかく自然を見るために旅立ったのに、見えたのは何の面白味もない荒野と変な二人組だけ。さらには旅は妙な方向転換をし、挙句の果てには帰れないようになってしまった。この荒野を歩くだけでも疲れそうなのに、踏んだり蹴ったりとはこんなことを言うのだということが嫌というほど分かったのであった。
 ……もういっそ、泣いていいですか。笑われたって、構いませんから。

 

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