第二話  世界にたった一つの町

 

04

 赤茶けた大地の上を風が通り抜けていく。冷たくも生温かくもあるそれを全身に受けながら、俺は妙な二人組の背を追うように歩かされていた。
 二人組のうち、やたら偉そうで大僧正のような格好をしている男はキーラ・ディガードという。胸の辺りやそれより下の方にじゃらじゃらと、ペンダントなんだか飾りなんだかよく分からない装飾品を首からぶら下げており、長い髪は後ろで一つに束ねてだらしなく垂らしている。ちなみにその色は紺色で、どこからどう見ても日本人には見えなかった。
 もう一人、超が付くほど童顔な少女はサラ・ペイン。キーラに比べるとかなりすっきりした服装で、長袖の上着と長ズボンを着用していた。髪は絵の具のようにはっきりとした赤で、キーラとは逆に短く揃えられてある。こっちもまた日本人には見えない。
 しかしまあ、容姿から見てもこいつらが妙であることは明らかだな。俺からすると、キーラが女でサラが男のように見える。いっそのこと逆にしちまえばいいんじゃないだろうか。
「アカツキ」
 そして妙ちきりんなあだ名をつけてくれるし。
「何だよ」
「その手はどうしたのだ」
「は? 手?」
 いきなり変な話題になったもんだな。などということを考えつつも自分の手を見下ろしてみると、紫色の毒々しい色の液体が付着していた。こいつはあの腹の立つクモ連中から受けた攻撃の痕だ。今まですっかり忘れてたよ。痺れもなくなってるしな。
「それは毒ではないのか?」
 いかにも「毒」って感じの色だしな。そうなのかもしれない。
「で、毒だったらどうなんだよ」
「どうって……」
 大僧正様はそこでぴたりと足をお止めになった。それだけなら全然いいのに、無関係の俺の腕をぐいと掴んで引っ張りやがった。そんな二人の様子を見てか、童顔少女も少し前の方で足を止めて振り返った。
「なんと、これはクモの毒ではないか! このままではいかんぞ、アカツキよ、何故今まで黙っていた?」
 また勝手に熱くなる大僧正様。何故って聞かれても、忘れてたんだから仕方ないじゃないか。
「毒って言っても別に痛くないし、体がだるくなるってこともないし……そんなに大したことないんじゃねーの?」
「大したことがない、だと? 馬鹿なことを! 手が麻痺したりはしなかったのか」
「それはあったけど、今は普通に動くし」
 証拠として相手の目の前で手を開いたり閉じたりして見せた。キーラは目を大きくしながらそれを見ていた。ついでにサラも顔を近づけて見ている。
「確かに大したことなさそうね」
「だろ」
「しかし、万が一ということもある。私が解毒しておこう」
 世話好きというか何というか。なんとも頑固なキーラ殿はそんなことを言い出した。これはあれだな、そう、「志操堅固」ってやつ。この場合は傍迷惑かもしれないが。
「少し待っていろ」
 そして次は命令、と。やっぱり偉そうだよなぁ、こいつは。
 キーラは俺の前方に立ち、ぱたりと目を閉じた。そして手に握っていた棒を地面に突き刺し、ぐるりと回って大地に円を描いた。
 するとどうだろう、描かれた円から光が溢れてくるではないか。まるでゲームや漫画のシーンのような光景が目の前に広がり、俺は驚かないではいられなかった。そうやって驚いている隙にも相手はさっさと事を運び、俺の手を取ってぱちりと目を開いた。
「この者の毒を消し去れ、ソレイユ」
 キーラの台詞が終わるや否や、視界に光が入ってくる。何か気持ちいいものが手にまとわりついたかと思うと、ふっと軽くなったように感じられ、光が消えた時にはすでにあの毒々しい紫はきれいさっぱりなくなっていた。
 こんなものを見せられると、いくら俺でもほほうと感心してしまう。
「今のって魔法?」
「いや、魔法ではない。似たようなものだがな」
 木でできた棒、すなわち杖を手に持った姿はゲームに出てくる魔法使いそのもの。そのくせ着ている服は大僧正であるからややこしいことこの上ない。さらに今のは魔法じゃないって? いちいち反発されてるようでむかつく野郎だな。
「私は魔法は使えないが、召喚術なら使えるのだ。君を呼んだのもこの力によるもので、あらゆる種類の生物を呼び出すことができるのだ」
「前にも話したと思うけど、キミが想像してるような魔法は使える人がとても少ないの。それにこの世界では人間の数だって少ないから、魔法が使える人なんていないんじゃないかな?」
 二人揃って説明をしてくれたものの、なんだか自分が無知のように思えてうるさく感じられた。そりゃここには来たばかりだから仕方ないんだろうけど、なんとなくむかつく。
「何をそんなにすねているのだ」
「誰がすねてるんだよ」
 大僧正様、あなたはさっぱり平民の気持ちを理解していませんよ。これのどこがすねてるってんだよ。
 ……なんて。
「どうでもいいからさ、俺を元の世界に帰す手がかりとかって一つもないわけ? できれば楽な方法で」
「違うぞアカツキよ、君は闇の意志復活を阻止するべく行動するのだ」
 それはあんたが勝手に決めた目的だろ。俺はまだそいつに協力するとは言ってない。
「まあまあ、詳しい話は町に着いてからでいいんじゃない?」
 まるで俺とキーラの喧嘩を止めるような調子でサラが口を挟んでくる。確かに意見は食い違ってたけど、喧嘩じゃないんだけどな。
 しかしこのひび割れたような大地の上に町なんかあるのだろうか。とてもじゃないがそうは思えない。仮に人の集落があるとしても、所詮は村程度で町にまで発展しているとは考えにくかった。こいつら嘘でも言ってるんじゃないだろうか。俺が何も知らないからってからかってるだけだったりして。そうだとしたら、限りなく腹が立つな。蹴り飛ばしてやろうか。
「我々が向かっている町はレーベンスという名で、この世界に唯一残っている町だ。そこには私の家もある。まずは家へ案内しよう」
 隣からさらりとキーラは言ってくれたが、その内容のある部分について俺は驚かされてしまった。この世界に唯一、なんてことをおっしゃってたよな、この大僧正。かなり淋しい大地であることに変わりはないけど、だからって町がたった一つしかないなんて。闇の意志とやらの影響だろうか。つーか、こんな状況なら闇の意志の復活を阻止したってあんまり意味がないんじゃねーの? こいつらが頑張る理由が分からない。
「ほら、もう町の壁が見えてきた」
 細い腕を伸ばしてサラが前方を指差す。そこには確かに空に溶け込みそうな色合いの物体が存在していた。空とは調和しそうなのに、大地とは正反対の色彩を持っている。はっきり言って、なんか変だ。
 そもそも町って壁なんか作るもんだっけ? ここの住民の考えは俺にはさっぱり理解できない。おそらく永久に理解できないと思われるけどな。理解したいとも思わないし。
 些細な苦情はあるものの、ずっと味気のない景色の中を歩かされて足が疲れているので、今はとりあえず目的地に到着しそうだと喜んでおくことにしよう。わーい、やったー、ついに町が見えてきたぞー。
「……腹減った」
 せっかく気分を転換しようと思ったのに、空腹が唐突に襲いかかってきた。ああもう、面倒臭い。何も考えないでおこう。
 そうして俺は無言になったのであった。

 

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