05

 どうやらこの世界の住民は町と城を同じものとして考えているらしい。というのも、歩きに歩いて辿り着いた「町」である敷地の外には、蟻も侵入できないほどきっちりとした高い壁が張り巡らされていたからである。こんなことをするのは普通、城とか大事な建物くらいであるはず。それを分かっているのかどうか知らないが、この町を作った人は何を間違ったのか、ご丁寧にも外壁を造ってくださったようだ。
 まあ俺から言わせてもらえれば、何やってんだよここの住民、って思うけどな。
 そしてその住民は俺の横に立っている。立派な外壁を顔を上に向けて見上げ、何やらいろいろと考えているようだ。どうでもいいから早く休ませてほしいんだけど。
「この壁の中が我らの町、レーベンスだ」
「ふうん。で、入口は?」
「こっちよ」
 自慢げに町の名を紹介したキーラを無視し、入口まで案内してくれるだろうサラについて行く。俺たち二人がさっさと歩いているのを見て大僧正様は慌てたらしく、後ろからばたばたと子供のように走ってくる音が聞こえてきた。なんだかお茶目だ。いろんな意味で。
 二十歩くらい壁沿いに歩くと入口が見えてきた。壁には天まで届きそうな高い壁によく似合っている巨大な扉がはめ込まれている。サラはその面前に立つと、両手でぐっと扉を押し開けた。いかにも古そうな音を立てながら扉はゆっくりと開いていく。
 さてさて中はどんな田舎なのか。どれ、ちょっと覗いてやろう――。
「って……何じゃこりゃ!」
 俺は町だなんて言っても、砂漠の中にあるような干からびた集落なのだと思っていた。それなのに、目の前に現れたのは緑あふれる庭園さながらの繁華街! 大地にはヨーロッパ風の敷石が敷き詰められ、街道だとか街路だとかいう言葉がポンポンと浮かんできそうな光景だった。いやちょっと待ってくださいよそこの大僧正様。壁一枚隔てただけでこんなにも世界は変わるものなのか!
「どう考えても非常識だ! おかしいだろ、これは!」
「ど、どうしたのだアカツキよ」
「どうかしてるのはお前らだー!」
 この光景に慣れすぎた二人は俺の困惑を分かってくれない。ああ俺は絶対こんな奴らみたいにはならないぞ、たとえどんなことが起きようと、天地がひっくり返ったとしても!
「まあまあ落ち着きなよアカツキくん」
「嫌だ、お前らみたいになりたくない! 俺は一般の社会の中に生きる現代っ子なんだ!」
 こうなったらこのまま逃げ出してやろうか。いや、それは駄目だ。逃げ出したら休憩できる場所がなくなっちまう。しかしこの明らかにおかしな場所の中に押し込められるのは俺の良心が許さないだろう。休憩を求めるか、良心に従うか。なんという判断が難しい分かれ道なのだろう! 選択肢は二つのみ。常識を取り戻すか、非常識に埋もれるか。さあ、どっちを選ぼうか?
「君が驚くのも無理はないな。外と中とではこんなにも環境が違っているのだから」
 ありゃ、大僧正様は意外にも俺の困惑の原因を理解しているらしい。それはよかった。よかったけど。
「しかし怒らないでくれたまえ。私にもこの町だけが生き残り、この町の中にだけ緑が生息する原因は分からないのだ。そしておそらくそれを知っている者はこの世界にはいないだろう」
「厳密に言えば、知りかけてる人ならいるんだけどね」
 二人がかりでの説明大会。あーもう、わけ分かんね。つーか知らないことを自慢げに語るな、そこの大僧正。
 毎度のことながらだんだん面倒臭くなってきたので、もう静かにしておくことにしよう。
「とりあえず座りたい。寝たい。話はそれからってことでよろしく」
「ふふふ、最初からそうしていればよかったものを」
 げっ、今この大僧正様笑いやがったぞ! しかも悪役並みの怪しげな笑い方で! こっちは疲れてるってのに。変なものを見せられた気分だ。
「それでは、レーベンスの町へようこそ、アカツキ」
 扉の両側に立った二人は俺を歓迎でもするかのように、町の中へ入るよう大げさに手で促した。これじゃまるで王族、いや店に入るお客様か? とにかくそんな感じだ。どちらにしろ悪い気はしない。
 町の中に入ると緑の匂いがした。これこそ俺の求めるものだったのだろうか、と考えると果てのない迷宮に入りそうだったので、これ以上は無駄なことを考えて疲れないようにしようと腹で決めたのであった。

 

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