06

「こらぁ!」
 レーベンスとかいう名前の世界に一つしかない町の中に入った途端、叱られてしまった。
「そこを踏むな!」
 聞こえるのは子供の声。相手の姿を探すより先に足元を見てみると、なるほど綺麗に装飾された敷石が並べられてある。どうやら俺がこいつを踏んだことに対して、どこぞのガキがお怒りになってるらしいな。ふむ。
「おいガキ――じゃなかった、少年。俺が踏んでるのは敷石って物であって、踏むために作られたものだから踏んだって全然大丈夫なんだぞ」
「は?」
 せっかく説明してやったというのにこの反応。いささか反抗されたようにも感じられる。なんだよ、何か間違ったことでも言ったのか、俺は?
 相手の少年は茶色い目と髪を持っていた。生粋の異世界人なのだろう。頭には大きすぎる帽子を被っており、下手すりゃ頭が全部消えそうなほど不安な要素を乗せているように見える。
「こらこら、ディトよ、客人に対してそのような態度は失礼だろう」
 相変わらずの偉そうな口調でキーラが口を挟んでくる。つーかこのガキ、ディトっていうんだな。
「違うって、あんちゃん! この黒髪の兄ちゃんは僕の大事な物をふんづけてるんだよ」
「大事な物?」
 ガキの言葉を聞き、視線をこちらに向けてくる大僧正様。おまけに横に立っているサラまでこっちを見てくる。
 あーもう、視線が痛い。言いたいことは分かってますよ、はいはい。
 渋々と足を上に上げてみると、ちょうど俺の靴の下らへんにきらりと光る何かがあった。形からしてコインだろうか。コインということは即ちお金。……なのか?
「ほらね、ふんづけてたでしょ?」
 悪戯っぽく笑うディト。ガキだから許せるけど、こんな顔を見せられたら俺は際限なくむかつくんだ。自分に非がある場合なら尚更。まあ今回はそういうわけでもなさそうだけどさ。
「本当にさ、パンが買えなくなるところだったよ」
 コインを拾い上げながらディトは言う。意外と庶民的な台詞だな、おい。ありふれた小説のワンシーンみたいだ。
「っていうかお客さんなんて珍しいね。で、誰なの、兄ちゃんは?」
「……今更かよ」
 どっと疲れが押し寄せてきた。説明するのも面倒臭い。
「彼はアカツキの後継者で、私が召喚したのだ」
「へぇ、今更!」
 言葉まで真似された。このがきんちょめ。
「なあキーラ、こんな奴どうでもいいから早いとこ休みたいんだけど」
「そう焦るな、アカツキ。彼――ディトはこの町の立派な住民なのだ、きちんと紹介しておかねばならない」
 なんだかため息が出てきそうなことを大僧正様はおっしゃった。あのなぁ。そんな町の住民一人一人にいちいち紹介していったら日が暮れちまうだろ。もっと常識的に考えろよな、偉そうなんだから。……いや、偉そうなのは関係ないか。
「サラ、俺はもう休みたいんだ」
 こうなったら大僧正様は無視。童顔の少女に助けを求めることにした。
「うん、分かってる。でも自己紹介はきちんとしておかなきゃ」
 だからなんでそうなるんだっつーの。
「あ、説明してなかったっけ? この町の住民は私とキーラを含めても、たった六人しかいないのよ」
 俺が露骨に嫌そうな顔を作ったからか、サラは何やら取って付けたような設定を口にした。世界に町が一つしかなかったら、町には人が六人しかいないってか。なんとも淋しいことで。
「でも町自体はそんなに人が少ない感じはしないけど」
 外壁で囲まれているせいか、町の外観はなかなか見ごたえのある植物園――じゃなかった繁華街だった。無駄に緑が多いが、それに負けないほど綺麗な家々など、それなりの発展が窺えることだけは事実。家の数もかなり多く、六人だけで暮らしているような町には見えない。
「その話は家でゆっくりすることにしよう。ディトもついて来るか?」
「僕はいいよ。まずパン買って、コクさんのとこに行かなきゃならないし」
「そうか」
「そうそう!」
 それだけを言ってディトは子供ならではの走り方で去って行った。やれやれ、これでやっと落ち着けるぞ。
「あ、間違えた七人だった」
 再び歩き出そうとした瞬間におっしゃるサラ殿。
「は?」
「いや、さっきのこの町の住人の話」
 別に一人増えたからってそんなに変わることなんてないような気がする。でもそんなことは言わない。だって疲れそうだし。「自縄自縛」に陥るのは嫌なんだよ。
「その話も後でしようではないか。まずは私の家へ向かおう」
「よしきた」
 今度こそ邪魔者もなく話は進んだ。やっと休憩できる場所に届くらしい。よかったよかった、運が尽きなくてよかった。
 さっそうと歩いていこうと思ったが、さっきのディトの事件を思い出したのですぐにやめた。またコインか何かをふんづけて怒られるのは嫌だったので、足元ばかりに気を取られ、どこぞの暗い奴のようにうつむいて歩く羽目になってしまった。
 へっ、まあいいさ。この先に待つのは休憩所。俺はそれがあれば、他には何もいらないんだからな。とにかく休憩できるのが嬉しい。歩き続けることは、引き返したい衝動を消す為だけにある行為なんだから。

 

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