07

 植物園さながらの繁華街の外れ。人里離れたような場所に、大僧正様のお宅は存在していた。
「じゃ、おやすみ」
「待て、アカツキよ!」
「うるせー、俺は寝たいんだ! 疲れてるんだ! 寝かせろや!」
「寝るのは話を聞いてからでも構わないだろう! とにかく私の話を聞いてくれ!」
「だー! うるさいうるさい! 寝なきゃ話も頭に入んねえっての!」
「アカツキ! 駄目だ、話を聞いてからにせよ!」
 このように俺は家に入るや否や、家主と壮絶な喧嘩を巻き起こしたのであった。結果は俺の敗北。この野郎、絶対に俺を寝かしたくなかったらしい。まず机に突っ伏して寝ようとしたけど、見事に椅子を引っ張られてしまったのだ。さらに追い打ちをかけるように話を聞いてから寝ろと言う。分かってない奴だよな、眠い時に聞いた話なんざ、起きたら全部どっかにすっ飛んでいってるものなのにさ。
 仕方なしに身を起こし、机に座り直してみる。家の中は典型的な木造建築で、一昔前の外国の家の中みたいだった。これが異世界ってものなんだろうか。あまりに普通すぎて胸もときめかない。
「で、話ってのは?」
 キーラとサラは俺と向かい合う形で座る。今から尋問でも始まりそうな気がした。
「まず君がこの世界へ呼ばれた本来の理由を説明しておこうと思う」
 偉そうな口調で大僧正様はおっしゃる。前置きはいいから手短に願いたい。
「君に知らせたとおり、この世界は今、『闇の意志』の脅威に怯えているのだ。このままでは世界は確実に壊滅する。君も見ただろう、荒廃したこの世界の大地を」
 確かに大地は淋しかったよなぁ。でも闇の意志って一体何やねん。もうちょっと分かりやすく説明してほしいところだ。
「闇の意志の名前はルピスと言って、詳しいことは何も分かっていないの。だけど外の世界から来た誰かによってここへもたらされたことだけは確かなのよ」
 キーラの隣からサラが言う。つーかこの世界の他にも異世界ってあんの? 随分と面倒臭い場所なんだな、異世界ってのは。
「ルピスがこの世界にもたらされた時、ルピスは地中に潜って世界を飲み込む準備を始めた。それを見つけた過去の英雄アカツキは、ルピスを封印することに成功したのだ」
「なんだよ、だったらそのルピスってのはなんでまた暴れ出したんだよ?」
「暴れ出してはないぞ、アカツキ。ルピスは今もまだ封印されている。だが、ある人物のある行為がその封印を壊してしまっているのだ」
「ある人物のある行為? じゃ、そいつを止めたらいいんじゃねえかよ」
「まだ分からないのか、それができないから君を召喚したのではないか」
「は?」
 話を聞いていればえらく無茶苦茶な理由だということがよく分かった。要するに俺は、こいつらの力不足のせいで無理矢理巻き込まれた可哀想な人間らしい。
「我々にはもうあまり時間が残されていない。早く彼女を止めなければ本当に世界は消滅してしまう。もう君だけが頼りなのだ、アカツキよ。どうか我々と共に戦ってほしい!」
「やだ」
「まだ言うのか、君は!」
「うるせー、なんで俺が全然関係ない世界の為に疲れなきゃならねーんだよ、わけ分かんねー!」
「それは分かっている、だが!」
「だがもクソもねーっつの!」
 そもそも俺はそんな、自分と関係のない人の為に頑張れるようなお人好しじゃないんだ。どこぞの小説やゲームの主人公のように劇的な選択なんてしないからな。
「自分たちの世界くらい自分たちで守れなくてどうするんだよ」
 がらにもなく悲しくなってきたことは秘密。俺の住んでた世界だって、本当は助けを求めたい気持ちでいっぱいなんだから。それでも魔法なんか使えないから、自分たちでどうにかするしかない。そういう苦労を見せられてきたから、こいつらが簡単に異世界からの助けを得ようとする姿が腹立たしくなったんだ。ま、こいつらには俺たちの気持なんか分からないだろうけどさ。
「だから俺は、あんたらには協力しねえよ。俺は俺の世界に帰る方法だけを探すからな」
 二人は静まった。無駄に静まった。痛いくらい静まった。
 ……あのー、そんなことされたら逆に気まずいんですけど。
「確かにその通りだな」
 聞こえてきたのはキーラの声でもサラの声でもない。誰か知らない人の声だった。そちらに目をやると、なんだか知らないがまたどっかのガキが部屋の中に入ってきていた。この町の住民はガキばっかりかよ。
「己の世界は己で守る。考えてみれば当然のこと、誰かに教えられるまでもないことじゃないか。だから言っただろ、異世界に助けを求めるようなことはやめろと」
 ガキはキーラとはまた違った感じで偉そうに言った。何なんだこいつらは。偉そうな奴ばっかじゃねえか。ここは「偉そう村」かよ。
 なんてことを考えていると、ガキはとことこと歩いて俺の隣に立った。そうして顔を上げ、俺の目をまっすぐ見てくる。相手はキーラと同じで青い髪と青い目を持っていた。キーラよりも少しばかり濃いような気もする。
「迷惑をかけて申し訳ない。君はおれ達が必ず元の世界に帰すと約束する」
 次に出てきたのはとても丁寧な言葉。
「あ、どうも……」
 とりあえず返事をしておいた。
 しかし、キーラやサラよりも常識が分かってる子供だな。これだとあの二人組の方が子供みたいに見えてくる。へっ、いいザマだ。
「お前の名は何という?」
 子供は俺に質問してくる。確かに常識は分かっているようだが、あくまで偉そうなのは変わらないらしい。いや、常識があるなら別にいいんだけどさ。
「豊。白石豊」
「そうか。おれはソルという。そして――」
 突然相手は俺をぐいと引っ張った。おかげで椅子から距離があき、すっ転びそうになる。それを気合いで防いで足を踏ん張ると、ソルと名乗った子供は俺の耳元で囁いてきた。
「こんな姿だがキーラの兄だ」

 

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