09

 見つけたものは白い楔(くさび)。
 その意味すら知らないままで、夢から目覚めた。

 

「アカツキ!」
 すっかり聞き慣れてしまった声が俺を呼ぶ。本当は俺の名前じゃないけど、なんだか知らないが勝手につけられたニックネームで呼んでくる。だから俺も半ば腹いせに、相手にニックネームをつけてやった。それこそが「大僧正様」。
「何なんだよ、俺の安眠を妨害しやがって……」
 やっとのことで手にした休息は、キーラの大声によってどこかにすっ飛んでいってしまった。まったく冗談じゃねえや、この世界の住民は俺をそんなにも休憩させたくないというのか。
「そんなのんきなことを言っている場合ではないのだ、魔物が町に侵入してきたのだ!」
「へぇ、そう。じゃ、おやすみ」
「待て、寝るな、アカツキ!」
 あーもう、うるさい。
 嫌々ながらも体を起き上がらせ、相手の顔を睨みつける。そこには非常に慌てた表情を乗っけてある大僧正様の顔があった。おまけにその斜め下辺りにソルの顔もある。兄弟二人揃って、俺に何を押しつけようとしているのかと思うと怖くなった。
「魔物が町に侵入したのだぞ、これは一大事ではないか!」
 だからなんでそれを俺に言うかなー。俺が魔物を退治できるとでも思っているのだろうか。どうせ現場に赴いたって、見学くらいしかできることはないんだろうし。
「この町は人が少ない上、我々以外の住民は『弱者』と呼ばれる立場の者ばかりなのだ。我々が行かないでどうするというのだ! さあ、アカツキよ、早く準備を整えるのだ!」
「キーラ、お前は少し黙っていろ」
 熱っぽい大僧正様の演説を冷めた言葉でソルが遮る。青い髪の下に見え隠れする彼の瞳は、少しの熱も帯びていない冷酷なものだった。
 やはりどう見てもソルは子供に見えない。むしろキーラの方が子供に見える。なんでソルじゃなくキーラが子供にならなかったんだろ。その方がずっと似合っているはずなのにさ。
「豊、魔物は一体のみとは限らない。現在分かっている時点で魔物はコクの元にいるらしい。そこへはサラが向かった。おれたちは他に魔物がいないか、町中を調べることにしよう」
「よし、分かった」
「なっ、アカツキ――」
 大僧正様は何か言いたげな瞳でこっちを見てくる。そんなに見つめるな。俺は自分の気持ちに正直になっただけなんだから。
 不思議とソルに言われると納得してしまうし、ソルの言うことは正しいって思えてしまうんだよな。だから自然と彼に従おうって気持ちになって、何の抵抗もなく体が動いていく。これは、何だろ……リーダーみたいな存在ってことかな? じゃー俺は部下ってか。へっ、まあいいや、目立たないなら何だって構わない。面倒なことに巻き込まれるのはいつもリーダーって決まってるもんな。
 さてソルの言うとおりに外へ出て行こうとベッドの上から下りたわけだが、疲れはあまり取れていないことに気づいた。そりゃそうだ、どこぞの大僧正のせいでゆっくり眠れなかったんだから。そんな状態のまま魔物とやらの徘徊していそうな町中に突入するなんて、相手側に生殺与奪の権を握られそうで危険だと思うんだけどなぁ。まあいざという時には頼りになるリーダーが助けてくれるだろう。たった一人で敵地に赴いたことのある、勇猛果敢なリーダーが。
 しかし異世界に来てからそんなに時間がたたないうちに魔物に襲われるとか、世間一般に広まるゲームだの小説だのによくありそうなストーリーだな。王道、と呼んでいいのか。俺はそいつにはかかわりたくなかったが、今俺が進んでいる道はもう疑いようのないほど王道であったりする。ねえ、勘弁してよ。
 キーラの無駄に広い家から外に出ると、町は静まり返っていた。ここに初めて来た時はディトってガキが俺にうるさく何やら言ってきたっけ。あいつはどこにいるんだろう。確かパンがどうのこうのって言ってた記憶がある。っていうかそんな記憶しかないのか自分。
「コクの家があるのはここから東側だから、おれたちは西側を回ろう」
「へーい」
 気の抜けるような答えと共に俺は歩き出す。ついでに後ろにはキーラがくっついて来ていた。どうやらじっとしていられないらしく、そわそわと周囲を見回したりして落つきというものが皆無だった。
 本当に大丈夫なのか、この大僧正。
 などということを考えつつも、俺はとにかく面倒なことはさっさと終わらせたかったので、黙って大人しくソルの後を追うのであった。

 

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