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 キーラは『召喚師』とやららしい。召喚師とはつまり、よその世界から生物を呼び寄せる人のことだ。現に俺がこいつのせいで変な世界に連れ込まれたので否定はしない。しかし他の世界から呼び寄せるだけなら誰だってできることなんだそうだ。
 こいつが召喚師とか言って偉そうに自己紹介する理由。それは、外界の生物と契約を交わすことができるからだ。
 契約を交わすと外界の生物はキーラにいつでも呼び寄せられることになる。言うなら、キーラが主で外界の生物が僕。どこの世界にも職業にも付きものの主従関係が成立するわけだ。そうなったら最後、外界の生物たちはこの自分勝手で高慢ちきな大僧正様の言いなりだ。ああ! 可哀想に。俺ももう少しで同じ道を歩むところだったんだ。そう考えると他人事とは思えない。
 キーラは魔物を倒した。というか、殺しちまった。でもそれはこいつが自分の力で殺したわけじゃない。どっかの世界の生き物を召喚して、そいつに魔物を炎で包ませたんだ。そしたらどうなるかって、そりゃ魔物は黒コゲさ。頑丈そうな鱗を持った竜だったけど、ゲームでよくある設定の『炎に強い!』というものは持ち合わせてなかったらしく、本当に一瞬でむくろとなってしまったんだ。そうしてキーラの奴、こっちを見てきた。なんにも表情を乗せてなかった顔だけど、俺はちょっとぞっとしちまった。つーか――なんで生き物殺して平気そうにしてるんだ? 自分でやったわけじゃないからってさ。おかしいんじゃねえの?
 そんなことを一人で考えながら歩いていると、ソルがぴたりと足を止めた。再び町を回る旅を始めていたわけだが、どうやらもう半分以上は終えられたらしい。やれやれだ、と思っていたらお決まりのハプニングくん。運の悪い俺にはゆっくりできる時間は残されていないらしい。はあ。不幸って、損だ。
 などと嘆いていても仕方がないので周りの様子を見てみることにした。しかしきょろきょろと目を動かして植物園もどきの町を見てみても、どこもかしこも同じにしか見えないので困る。とりあえず目の前には一軒の家があった。ヨーロッパっぽい煉瓦造りの家。扉の真横に大きな穴が開いており、いかにも魔物に襲われたような形跡が残っていた。
 なーんかやだなー。行きたくないなー。
「ここはコクの家か。サラはどうしたのだろう?」
 一人で勝手に呟き、大僧正様はさっそうと家の中に入っていく。さようなら大僧正様。どうかお一人で頑張ってくださいまし。
「何をしているんだ豊、お前も来い!」
「な、なんでそうなるの!」
 俺がぼーっとキーラの後ろ姿を見ていると、ソルにどやされた。いや、君、見た目は子供なんだからもうちょっと愛想よく言ってくれたっていいじゃないか。
 文句を言う暇さえ与えてくれず、結局俺はソルにずるずると引きずられながら家の中に入っていった。えーと、コクだっけ、この家の主人は。壁が壊れて大変そうだけど、他の空き家を使えば大丈夫ってことで許してくれないかな。
 っていうかさぁ、やっぱり俺って「君、何しに来たの?」ってやつじゃねえ? キーラやソルと一緒にうろついてても魔物を退治できるわけでもなく、かと言って的確なアドバイスを送ることができるわけでもない。むしろ超が付くほどのお邪魔虫で、家で寝てる方が何十倍も役に立つという悲しき立ち位置にいるんじゃなかろうか。いや、そうに違いない。これはきっとなんかじゃない、絶対にそうなんだ。だから俺は帰りたい。帰りたいけど、帰してくれないんだよこの人々が……。
「アカツキ!」
「へ?」
 ――風が舞う。
 耳元で大きな音が聞こえた。そして気づけば、目の前の景色が一変していた。
 何故だか天井が見える。天井。天井って――俺は寝そべってるってこと?
 あれ、じゃあ、寝てもいいんでしょうか。
「豊、無事か!」
「ん?」
 今度はソルの顔が天井より近くに現れた。ますますわけが分からなくなってくる。無事かって、俺はいつだってネガティヴながらも無駄に健康なんだぞ。そんな俺に無事かどうか聞くなんて、ソル、あんたは非常にナンセンスだ。
「心配するまでもなかったか」
 俺が何か言う前にソルは全てを悟ったらしい。つーか切り替え早っ! それならもっと心配してくれよ!
 とりあえずわけが分からないので起き上がってみよう。床に両手をぴたりとくっつけ、よいしょと力を込めて体を起こす。軽々と起き上がって床に座ると、何とも妙な光景が見えた気がした。

 

 俺がいる場所。それはコクって人の家の中。ここには俺だけじゃなくソルもキーラもいて、ついでにサラもいた。あの童顔少女もいたんだ。だけど、そうじゃなくて、それだけじゃなくて、彼女は――。
 また風が切れる音が聞こえた。今度は耳元ではなく、前方で。そして強い風が吹き付けてくる。目も開けていられなくなって、思わず閉じると真っ暗闇だけが俺を支配していた。
 突然ぎょっとして目を開けると、かすかな鉄の匂いを感じた。嫌な味を思い出した。胸の辺りが重い。そこに手を当てようと思ったら、何かがあることに気づいた。目で追うより先に手が触れていた。あたたかい。呼吸の音が聞こえる。細い髪の毛が束になっていた。ゆっくりと視線を落としていく。
「うわっ」
 大僧正様は白い服を偉そうに着ていた。その白が赤に染まった状態で、俺の体をふんづけていた。いや――倒れているのか、これは?
 おいおい、何の冗談だよこれは。またどこかの勇者様伝説の始まりか? 異世界から呼び出された勇者様は、見事に仲間のピンチを救ってみせました。なんて、美しくも格好良くもない話を演じろと?
「豊、キーラを連れて外へ出ろ!」
 飛んできたのはソルの命令。子供に命令されるだなんて、俺ってどれだけ馬鹿にされてるんだ。そりゃ俺は魔法とやらも使えないし、力がずば抜けて強いってわけでもない。だから俺は何もできないって思っていた。そんな俺に命令するって? 一体何を? あ、キーラか。この大僧正様を連れて外へ出てほしいとな。うん、その気持ちは分かる。なんでかは知らないけど怪我してるからな。でもソルは? そしてサラは?
 前方に紺色の髪が見える。短く切られたソルの髪だ。その傍らにサラが倒れていて、ソルの奥には魔物にしか見えない変な生物が場所を確保していた。キーラもサラもあいつにやられたんだろう。しかし、魔物みたいな奴は、はっきり言って物凄く気色悪かった。
 じっと観察してみると鳥肌が立ってくる。体はどこも真っ黒で何の変哲もないが、その体から出ている手足――と呼んでいいのか微妙だけど――が大量に存在していた。それはほとんど白で構成されており、中には目玉が付いているものがあったり、なぜか口が付いてて舌を出してるものがあったり、人間の手そっくりなものがくっついているものまであった。それだけならまだしも、ヒドラやキノコみたいなのが付いていたり、ボルボックスってやつのそっくりさんがいたりしている。そんなものが大量に黒い体から出ていて、うにうにと気色の悪い動きを繰り返しているんだ。こんなことなら見なきゃよかった、と思うほどの悪役だ。吐き気を誘う要素はたっぷりです。しかしなんでこんな場所に、こんな妙ちきりんな生き物が入って来たんだろう? この家の中に何かあるんだろうか。
「何をぼんやりしているんだ、豊、早くキーラを連れて外へ出ろ!」
 事は急を要するようにソルは大声を上げる。そんなことをされたらさすがに焦ってきて、言われたとおりにキーラを抱えて立ち上がろうとした。しかし、この大僧正様、見た目より遥かに重い。なんてこった。こんなところで俺の非力が表に出てくるとは!
「ソルさん重くて連れてけません」
「馬鹿か、引きずってでも連れて――」
 途中で途切れる台詞。なんだよ馬鹿って、そんなことを言わないでくれよ。常にマイナス思考百パーセントの俺でもさすがに凹むぞ。でも、途中で途切れちゃったんだ。どうして? どうか教えて。いいや、俺は見た。見えてしまったんだ、きっと。
 俺に話しかける為だったのだろう、ソルはこちらを振り返っていた。そうすりゃ当然、魔物には背を向けることになる。魔物がお人好しだとは思えない、むしろその隙を狙って攻撃してくることは誰だって分かるはずだ。分かるはずなのに、俺、ソルに話しかけちまったんだ。
 ソルは吹っ飛ばされた。もちろん俺のせいで。一撃でやられるなんて、それで本当に一人で敵地に向かって帰ってきたのか? それで本当にキーラや俺を馬鹿にできるほどの力を持っているのか? それで本当に、この町を、この世界を守ろうとしているのか? 分からない。分からない。
 分からない。何だよこいつら。キーラもサラもソルも、魔物の一匹も倒せてないじゃないか。それなのにこの世界を守ろうと、いろんなことを少人数で試していたのか。闇の意志って奴の脅威から救おうと、アナって奴を止めようとしていたのか。そしてそれが限界に近くなっていたから、異世界から力を借りようとしたのか!
 否定するかって? そりゃそうさ、俺は否定する。自分に全く関係ない場所で起こっている救済劇を、どうして手伝わなければならないんだ? そこに何の価値があるっていうんだ? こいつらを手伝えばお金が貰えるってものでもない、名誉が貰えるってものでもない。貰えるのは、内に湧き上がってくるのは、感じることができるのは、何だろうって?
「ああもう、どうだっていいや」
 気を失って倒れている大僧正様を床に放置し、俺は一歩前へ踏み出した。魔物がいる方へ向かって一歩。気色悪いうねうねが体に触れそうだった。
 ちらりと横を見てみると、つるはしがあった。つるはし。トンネルを掘る時なんかに使うあれだ。コクって人はトンネル親父なのか? とりあえずこいつを借りさせていただくことにする。
「やいやいてめー、よくも俺の可愛い子分をずたずたにしてくれたな」
 みんな気を失ってるらしいから言いたい放題だ。今だけは俺がボスさ、うわははは。
 そう、この『笑み』が。
 正面から魔物を眺めると、やっぱり気持ち悪かった。しかしあまり強そうには見えない。でもこんな変な奴に三人はやられたんだ、油断していたら俺なんか一瞬でお陀仏だぞ。
 ぐっとつるはしを両手で握り締める。こういう場面で使う武器って普通は剣なんだろうけど、この部屋のどこにもそれらしいものがないのでつるはしで我慢だ。しかしあまりに隠忍自重しすぎると、魂がお空の彼方に飛び立っていくような事態になりかねないので難しい。
 やがて魔物が動きを見せた。例の気色悪い手足を一斉にこっちに伸ばしてくる。その速度が速いのなんの。俺はあっと言う暇もなく、本能的な動作で目を閉じ両手とつるはしで顔をガードしていた。
 一瞬のことだから痛みを知らなかったのかと思った。
 どぎまぎしながら目を開けると、魔物の姿が変わらずにあった。少しも変わっていない魔物。変わっているのは魔物ではなく、俺でもなく、魔物の隣の空間だ。
「様子がおかしいと思ったら、変なのが一人増えてたわけね」
 うねうねしている魔物のすぐ傍。ぼろぼろになってすでに家としての機能を失った空間の中に、見知らぬ碧眼の女性が立っていた。

 

 

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