14

 その日は静かながらも慌ただしい一日となった。しかし慌ただしいと言っても俺が走り回っていたわけじゃない。どたどたと忙しそうにしていたのはレーベンスの町の住人四人だけ。つまり、大僧正様と童顔少女とソルとディトってガキが壊れた町の修復作業をしていたのだ。そして俺はその生き生きとした輝かしい姿をぼーっと見ていた。
 普通ならこういう場合、俺も手伝うものと決められているんだろうけど、俺の中にそんなお人好しな精神は存在しない。なんで他所の町の修復作業を手伝わなけりゃならんのだよ。それで俺が幸福になれるかどうかなんて、考えたら分かることなのにさ。何より第一に面倒臭い。そんなことをする暇があるなら、大僧正様の家の中でごろごろする方がよっぽど有意義なことのように思えるんだ。
 だから俺はキーラの家にこもっていた。キーラやサラやソルに手伝えと言われたけど、完璧に無視して梃子(てこ)でも動かないよう踏ん張ったのであった。そしたら時間が惜しいとか何とかで三人は諦めた。ぬふふ、今回ばかりは俺の勝利だな。ざまぁみろや。無理矢理変な世界に飛ばされた仕返しさ、受けて当然の報いと思って作業に専念するがよい!
 ……というふうに休息を満喫しようと思っていた矢先、客人が訪れた。それはこのレーベンスの町の住人だったけど、あのディトってガキではなく、じいちゃでもない。今まで名前だけは聞いたことのあったトンネル親父のコクって人だった。ノックもなしに入ってきたので、またキーラかサラが俺を連れ出そうと企てて戻って来たものとばかり思っていた。それなのに見えるのは全く違う人。これをどう対処すれば驚かずにすむというのか。
 普段のように「あんた誰?」と聞くと、相手は自分の名前を名乗った。それだけで俺は妙に納得してしまい、素敵な休息時間をぶち壊されたことも忘れて相手の観察を始めてしまった。
「ディトから聞いたよ、君がアカツキの後継者なんだってね」
 いわゆる好青年というやつなんだろう。コクって人の説明はそれだけで充分そうだった。
「俺はアカツキとかいう奴の後継者になんかなるつもりはないっての。勝手に勘違いしないでくれよ」
「おや、そうなのか。しかし君がこの町を守ってくれたんだろう? ソルがそう言っていたよ」
「ソルが?」
 いや別に何もしてないけど。とは言わなかった。だってなんか、嬉しかったから。
 相手は白い髪をしていた。まるで白髪(しらが)のように見える髪。よっぽど苦労しているのか、その髪は肩よりも長い。苦髪楽爪を絵に描いたような人だ。
「見ての通り、この世界は今とても危うい状況に立たされている。これを救えるのは我々だけなんだ、しかし私やディト、リガーじいちゃは弱者と呼ばれる立場。自由に動け、かつ力強い者は、今となってはキーラとサラとソルの三人だけだ。だからキーラは幼い頃から召喚術の勉強を始め、そして君を召喚することに成功した。それは全てこの世界を守る為なんだ。……強制はしないが、私からも頼ませてほしい。この町を守ったことと同じように、この世界も守ってはくれないだろうか」
 とてつもなく真面目そうに言ってくる相手。けどあんたらは勘違いしてるんだ。俺は確かに自由に動けるだろうけど、力強いってのは間違いだぜ。この世界の「強い」の基準がどこにあるかなんて知らないけど、どうせ怪物並みの力を持ってないと太刀打ちできないんだろう。だからと言ってそいつらについていく為に修行なんてことを始めようとも思わない。そもそも俺はこの世界を救うなんて約束した覚えはないし?
 こう言うと俺が悪役のように見えるかもしれないが、実際こんな立場に立たされたら誰だって俺と同じ意見を持つだろう。世の中そんな、小説の主人公みたいな奴がゴロゴロいるわけじゃない。現実はもっと利己主義で彩られていて、お人好しになれない人間が溢れていて、そしてそれが当たり前だと知っておきながら知らん顔をしているんだ。だから無理矢理ものを頼もうとしたり、いつの間にか記憶の中から消えていて裏切られたと思ったりするんだ。だから――ああもう! 御託はこれくらいにしておかないと。後から後悔しそうだ。
「なあコク、あんただってまだまだ若そうじゃん。俺の代わりにあんたが頑張ってもいいんじゃないのか?」
 とりあえず綺麗に話をそらすことにした。相手はちょっとのあいだ黙ってまばたきをしていたが、俺の意図を知ってか知らぬか、律儀に質問に答えるべく口を開いた。
「そうしたいのは山々なんだが……できないんだ。私は、どうにも――」
 途中で相手は咳をした。げほげほと。病人さながらに。……なんだか事情を聞かなくても分かったような気がした。
 でもなんかそれって卑怯だ。俺から見ればとてつもなく羨ましく、かつ卑怯だ。ちくしょー、俺にもその遺伝子をちょっとだけ分け与えてくれ。変な世界をうろつかされるより、勝手におかしなニックネームを付けられるより、病気で毎日ベッドの上で寝転がってる方が何倍も楽そうだ。少なくとも俺は、風邪で学校を休むというあの行為が何よりも好きだったんだ。まぁ、そういう機会は無駄に少なくて悲しかったけど。
 コクはまだ咳をしている。喘息(ぜんそく)なのかな。つーか異世界にも喘息なんかあるんだな。なんてことを考えていると、相手は床にばたりと倒れてしまった。
「お、おい」
 声をかけてみても当然のごとく返事はない。これで「ただのしかばねのようだ」と続けさせない為にも、俺は相手の体をゆすぶってみることにした。
「大丈夫か? み、水でも飲む?」
 なおも咳を続ける相手は苦しそうだ。うおお、こんな時に俺は一体何をすれば許されるというのか! やっぱり水か? 水なんだな? いや薬か! そうだ、薬がどこかにあるはずだ、そいつを持って来たらきっと。
 そうして立ち上がろうとしたら、相手は血を吐いた。赤い血が手にべっとりとついている。はっきり言って気色悪い。見てるこっちが倒れそうになった。けどそんなことをしている暇はない、とにかく誰かを呼んでこないと。
「コク、ちょっと我慢しててくれよ」
 それだけを言い残して俺は部屋を出て行った。相手を一人だけにするのはちょっと後ろめたかったが、それよりも俺が動かずにぼーっとしてる方がよっぽど危なっかしそうだったので、もう自分の幸福だとかを考えることもなく走り出したのであった。

 

 勢いだけで家を飛び出したのはいいものの、はてさてここからどこへ行けば誰かの場所に辿り着けるのでしょうか。この町って人が少ない割にめちゃくちゃ広いから、適当にうろついてみたって誰にも会えない確率の方がはるかに大きい。かといって、以前町を回った時に通った道順なんて覚えているわけもなく。どないしたらええねん。誰か教えてくーださーいなー。
 いやいや、今回ばかりは急を要することなんだ、いつもみたいに誰かがどうにかしてくれる、じゃ駄目なんだ。おお、これってちょっと主役っぽい考え。……じゃないだろ俺! うう、駄目だ。俺はやっぱり一生主役になれない病なんだ。それでもそれがどうしたってんだ、脇役でもヘタレ役でも構わない、今はコクの為に走らなければ。その為にはまず、そう――この無駄な思考をやめるべし!
 というわけで俺は適当に道を決めて走ってみた。走る、走る、こける、やる気ゼロに。いやいや駄目だ駄目だ、また立ち上がって走る、走る、ぶつかる、こける。
「アカツキ?」
 ぶつかったのはなんと人だった。逆にそっちの方が驚いてしまい、真っ先に見えてきたサラの顔を俺は呆けたように見つめてしまったのであった。

 

 

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