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 俺は後悔していた。
 なぜかってそりゃ、妙なところでお人好しになってしまったからだ。
「何をしてるのアカツキくん。急ぐから頑張ってついて来てって言ったじゃない!」
「無理なこと言うなや! 俺は一般人の中の一般人なんだぞ!」
 荒涼とした淋しい大地の上を歩く二人は、さぞたくましく見えたことだろう。しかし実際は全然そうじゃなくて、ただ疲れだけがうんと重くのしかかってくるのみだった。

 

 それは今から一時間前のこと。
 コクってトンネル親父が血を吐いたことで薬を探しに家を出た俺は、様々な事柄を考え抜いた挙げ句、走って誰かを探そうとした。そして漫画のように見事に童顔少女にぶつかった。これこそ劇的な展開だなんて考える暇もなく、俺はサラに事情を説明した。
 そしたらなんだ、サラの後ろからディトがとことこと歩いてきて話に加わってきやがったんだ。ディトは話の内容がコクのことだと分かると血相を変えて俺から詳しいことを聞き出そうとしやがった。俺がコクの状況をしぶしぶ伝えると、ディトは薬はこの町にないからどこぞから取ってこなければならない、なんてことをぬかしやがる。へえそりゃ大変だねぇ頑張ってね、と言おうとした矢先、サラが俺と一緒に薬を取ってくるからディトはコクの看病をしてろとか言い出すんだ。なんで俺が、と文句を言っても通じる相手ではなく、結局サラに引きずられて町の門をくぐり抜けてしまったのであった。
 そして今に至るわけであるが。いまだに納得できない点が幾つもあって、歩けと言われても歩きたくなくなる始末だ。つーかなんで俺まで一緒に行かなきゃならないんだよ。サラ一人で充分なんじゃないのか?
「アカツキくん! ぼーっとしないの!」
 ぼんやりしてたら叱られるし。なんかこの世界に来てからろくなことがないな、俺って。本当にもう、腹の底から日本に帰りたいよー。泣いてやろうか。
「そもそもさぁ、あのレーベンスって町にはなんであんなに人が少ないんだよ」
 嫌々ながらも歩き出し、気を紛らわせる為に話をすることにした。サラってば歩くの速いんだ。急いでるからなんだろうとは思うけど、それについて行かされるこっちの身にもなってよね、君。
「もともとはここも栄えた世界だったのよ。でも過去に闇の意志がこの世界を飲み込もうとした時、レーベンス以外の町や村、城なんかが崩壊したの。もちろんそこに住んでた人たちだって。レーベンスだけは奇跡的に傷一つ付かずに済んだんだけど、町の人たちは闇の意志を怖れて別の世界へ逃げていったのよ。だからこの世界には数人しか残っていないの」
 うえぇ。そりゃまた大胆な設定だな、おい。
「じゃあなんでサラやキーラたちはここに残ってるんだよ。町の住人たちと一緒に別の世界にでも行けば、苦労することなんてないのにさぁ」
「分かってないなぁ。私たちはこの世界を闇の意志から守る為に残ったのよ」
「わけ分かんね。なんでこんな崩壊寸前の孤城落日な世界を守る必要があるんだよ」
 サラは少し眉根を寄せた。あぁ、そういやこの世界には四字熟語ってないんだっけ。でも説明すんのは面倒臭い。だからあえてそこにつっこんだりはしないんだ。
 しかし俺の考えとは裏腹に、サラは四字熟語について悩んでいたわけではないらしかった。なぜならその後に出てきた言葉の群れが、まるで異なる類の心情だったから。
「自分の住んでる世界を守りたいって思うのは、私は当然のことだと思っていた。だからこの世界から逃げ出した人たちのことは臆病者だって思ってた。ずっとそうやって生きてきて、ソルやキーラと力を合わせればきっと大丈夫だって信じていたの。でも……キミはそう言うんだね。町から逃げた人たちと、同じことを言うんだね」
 なんだか俺がさらに悪者のような扱いを受けているような気がしてきた。けどさ、何度も繰り返すようだけど、俺みたいな立場になったら誰だって俺と同じことを言うはずだって。要するに、サラやキーラやソルたちは、無駄に正義感が強すぎるだけなんだろう。そんなことをしていたら息が詰まる。俺には絶対に真似できそうにないことだ。
「悪かったな、俺も『臆病者』と同じでよ」
「あ、いや、そういうことじゃなくて。最初はそうだと思ってたけど、今はなんとなく違う気がするのよ」
「違うって、何がだよ」
 サラは幼い顔をこちらに向け、ぎこちなさのない微笑みを俺に見せてくれた。
「だってキミはあの時、アナから町を守ってくれたじゃない。いや、町って言うかキーラだったわね。あいつ、昔から召喚術の勉強ばっかりしてて、体力なんかこれっぽっちもないのよね。だからあんまり悪く思わないでやってね」
「はあ」
 そういやアナも不健康だ不健康だって言いまくってたよな。あれはこういうことだったんだろうか。
「私は今までこの町とこの世界の為に闇の意志を復活させないよう努力してきたつもり。でもあの時のキミを見て、なんだか違うなって思ったの。私は結局、この町やこの世界を守りたいんじゃなくて、ただ単純に、大切な人を――アナを守りたいんだってことに気づいたんだ」
 そうして出てきた本音は嘘か誠か。なんだか知らないが悪役のあの姉ちゃんの名前がポンと出てきてしまいました。どうなってんのこれは。俺にも分かるように説明してよ、ねえ。
「あはは、分からないって顔してるね。まあ当然か。えーとね、彼女は私の幼馴染みなのよ」
「幼馴染み? あの姉ちゃんが?」
「そうよ。だから私にとって、とても大切な人なの」
 じゃ、サラはその『大切な人』に刃向かっているってことなのか。それはまた。酷なことで。
「そんなことより今は急がなきゃ。ほら、走るよ!」
 ころりと表情を変えて急に凛々しくなる童顔少女。ぐいと腕を引っ張られ、また俺は引きずられるようにして走らなければならなくなったのであった。

 

 キーラを守った、ねえ。
 そんな気なんてなかったはずなのに、俺はいつから、あいつを守るほど仲良しになったんだろうか。
 今から考えても少しも分からない。けど、あの状況がもう一度目の前にやって来たとしたら、同じことを繰り返しそうな気がするんだ。
 それが俺にとっての幸福なんだと認識したからだろうか。

 

 分からないことばかりだと疲れる。

 

 

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