第三話  迷子の未来探検記

 

21

『お前のせいで』
 誰かの言葉が反響する。
『お前が止められなかったせいで』
 指をさされ、真正面からの叱責。
『お前が任せろと言ったから――』
 やり場のない感情が内に溜まっていく。
 俺は。
 私は。

 

 

「げふっ!」
 はっと気がつくと、顔の上に何かが降ってきた。思わず咳きこんでしまう。落ちついて周囲を見てみると、視線の先には綺麗なお空が見えるんだ。そのまま目を隣に向けると、何やら土の壁みたいなものがある。ってことは何だ、さっき降ってきたのは土だとでも言うのか?
「ごほっ!」
 またさっきと同じものが降ってきた。今度のでよーく分かった。これは間違いなく土だ。そして俺は、どうやら地面に掘られた穴の中で寝転んでいるらしいぞ。
 地面に開けられた穴。その中で気を失っていた現代っ子。そして空から降ってくる少量の土。これらから推測される未来とは――。
「は、墓!?」
 一気に目が覚めた。ああもう間違いないぞ、どこぞの馬鹿が俺が気を失っているのをいいことに、こうなったら死んだことにしようとか考えて生き埋めにするつもりなんだな、この野郎!
 がばりと起き上がってからふと考える。俺は確か、キーラと一緒にあのルイスから変な魔法を食らった気がしたんだが、隣にいたはずの大僧正様がいらっしゃらないのは何故だろう。つーかあいつがいてくれたらこんな、生き埋めにされそうになることもなかったはずなのに、あのモヤシな不健康召喚師はどこで何をしているのやら。
 ……いや、ちょっと待てよ。俺はあの変な魔法を食らった後、確かにこの目で綺麗な青空を見たはずだ。しかしその後の記憶がぽっかりと空いている。そもそもなんで俺は気を失ってたんだ? なんとなく、変な夢を見たような気がしたけど、その内容もさっぱり覚えてないし。
 いやいや今はそれどころじゃなかった、とにかくこの穴から脱出せねば。
 立ち上がると穴の深さが分かってきた。どうやら俺の背丈の三倍はありそうな穴だ。これは一般人の努力ではそう脱出できるようなものではないぞ。あいや、困った困った。
「ぶへっ!」
 のんきに穴を観察していると土が降ってくる。頭の上に乗っかった土を振り払うと、ぐっと首を空の方へ向けた。小さく閉ざされている空。そこに重なる一つの影。
「おいこら! どこの誰だか知らねーが、俺を勝手に殺すんじゃねー!」
 こうなったらヘルプミーだ。自力では絶対に登れないので、穴の上にいる憎き殺人未遂犯に助けを求めることにした。しかしこの場合、相手が敵だと意味がないんだよな。敵だとしたら俺の言葉なんて無視して土を入れ続け、無事に生き埋めにしてはいさようなら、ってか。いや冗談じゃないし! そもそも俺の敵って誰だ?
 などと考えていると、上で誰かが何かを言っていることに気づいた。でも正直、声が小さくて何を言っているのか分からない。もうちょっとでかい声で話せよ。
 そうかと思うと今度は声がぴたりとやんでしまった。小さな囁きすら聞こえなくなり、逆に不安感だけが増大していく。おいおいちょっと待てよ、変なことをするつもりじゃないだろうな?
 目を凝らして穴の上を見つめていると、何やら一瞬だけ光がぱっと煌めいた。げっ、魔法! と思って身構える暇もなく、土よりも大きな何かが俺のすぐ隣にぼとりと落ちてきた。
「つかまれ」
 それは物じゃなくて人だった。全然知らない顔だ。そいつが手を差し出して、つかまれと言ってきている。ということは助けてくれる、と解釈してもいいのかしらん。知らない人についていっちゃいけません、とよく小学校で言われてたけど、こういう場合なら別にいいよな。俺の生死にかかわる問題だし。
 とりあえず握手。ぎゅっと相手の手を握ると、そのままぐいと引っ張られてしまいました。そしてまばたきをしていると、土の壁がぐんぐん下へ吸い込まれるように移動しているように見えた。要するに俺が上へ向かって上昇しているんだ。なんでかは知らないけど。
 ひとつ、ふたつと数える余裕もなく、俺は無事に穴から生還することができたらしかった。太陽の光があたたかく降り注ぐ。清々しい風の慎ましい抱擁を感じる。そう、これこそ俺の求めていた大自然だ。人の手によって作られたものじゃなく、自然そのものが何から何まで管理し育んできたもの。うーん、やっぱり自然は素晴らしい! こういう場所にいると、身も心もすっかり洗い流されたように感じられるから不思議だよ。
「アカツキ!」
「ってお前かよ!!」
 せっかく大自然を堪能していたのに、横から無駄に聞き覚えのある声が聞こえてきたので思わずつっこんでしまった。その声の主がいる方向を見るまでもなく、相手がモヤシであり薄情でもある大僧正様だということがよーく分かったのである。
「お前なあ、俺を一人にしてふらふらと出歩くなよ! おかげで俺は可哀想なことに生き埋めにされるところだったんだから……って、あれ」
「生き埋め?」
 首をひねる大僧正様の周囲には誰もいなかった。さっきのあの俺を穴から引っ張り出してくれた人の姿もない。そんなことされたらとんでもなく気になるじゃないか。それに、俺を生き埋めにしようとしていた奴の姿も見えない。
 そう、この場にいるのは、被害者の俺と傍観者であるはずのキーラくんの二人のみ。
 これらから導かれるべき答えはというと。
「キーラ、お前まさか――」
「お、落ちつけアカツキよ! これはただの勘違いだ! 君がいきなり気を失って倒れたから、私はてっきり」
「てっきりで人を殺すな!!」
 憎き犯人は他でもない、本来なら助けてくれるはずであったキーラ殿でありました。なんだよテメー、俺をアカツキだ何だと担ぎ上げておきながら、ちょっと気を失っただけで勝手に殺しやがって。そう簡単に死んでたまるかよ。もし本当に生き埋めにされて死んだりしたら、先祖代々呪い続けなきゃ俺の気がすまなかっただろう。
「つーかさっきの人は?」
「あの者は私が召喚したのだ」
「えっ、なに、召喚って人も有効なの?」
「いや、あの者は人に有らざる者であり――」
 要するに人に似てるけどそうじゃないんだよ、ってヤツか。なんか面倒臭い設定だなー。もう何でもいいから一まとめにすりゃいいのにさ。人ってのは分けることが大好きだからなぁ。
「しかしアカツキよ、どうやら我々は大変な場所にいるらしいぞ」
「本当に罪悪感ゼロなんだな、この大僧正様は」
「そんなことを言っている場合ではないのだ! ここは我々のいた時代ではなく、おそらく――」
 肝心な言葉を話す前に、よくゲームや漫画では邪魔が入るものだ。そしてその展開を読者は待ち望んでいる。しかしこういうのってさ、主人公にとっちゃ鬱陶しいだけだよな。
 ため息が出るような典型的な展開が俺の前で繰り広げられていた。俺とキーラの後ろの方から、わざとらしいほどの足音が聞こえてきたんだ。なんか気分が乗らなかったので振り返らずにいたが、キーラの奴が俺の服をぐいぐいと引っ張ってきやがったので、仕方なしにそっちを見てやることにした。
「何だ、お前らは」
 後ろにいたのは若そうな兄ちゃんだった。とっても不思議そうな瞳でこっちを見ている。青なのか水色なのかよく分からない髪と目を持っており、背中に何かを担いでいるようだ。かなり大きなお荷物らしい。一体何を運んでいるのか、どれどれちょっと覗いてやろう。
 …………。
「ギャー! し、死体!」
「あぁ?」
 なんとこの兄ちゃん、平気な顔して死体を運んでるんだ。これまた物騒な! いや不吉な! 俺の運がどんどん逃げていくことはもう明らかだ。なんでこんな連中ばっかりがいるんだよ、異世界ってところは!
「何を驚いているのだ、アカツキよ。ここは墓場なのだから死体を運んできても不思議ではないだろう」
「ハカバ?」
 ハカマの間違いじゃなくて?
 キーラの言葉の真偽を確かめる為に、今まで自然しか見ていなかった周囲をよく観察してみることにした。そこには、はたして、ええもうきっちりと、黒い色の墓石やら白い色の十字架やらがたくさん並んで整頓されていたのでありました。なんという見落とし! 自然に現(うつつ)をぬかしていると、こういうことがあるから怖ろしい。もうちょっとで白河夜船さんになるところだったよ、マジで。
「おいちょっと待て、お前ら」
 新発見だの何だので騒いでいたから、死体を運んでいる兄ちゃんのことをすっかり忘れていた。この兄ちゃん、どうやらご機嫌斜めのようだ。その証拠がむっとしている顔。
「ここはラットロテス大聖堂の裏の墓地。ここに入るには大聖堂を通らなければならないはずなのに、一体どこからどうやって入ってきたんだ」
 ああ、この周辺には大聖堂ってのがあるのか。ふうん。
「驚かないで聞いてほしい。実は我々は、ある者の魔法により未来に飛ばされてきたらしいのだ」
 へえ。ここはあの滅びかけの世界の未来ってことかよ。ずいぶん立派に成長してるじゃないか、あの何もない世界がさ。
「そっか……じゃあ、墓泥棒じゃないんだな」
「当然だ」
 あれっ。何か変だぞ。
 俺が黙っているうちに話は勝手に進んでいたが、一つ非常に気になる点が出てきてしまった。そうなりゃもう黙ってはいられないのが常であって。
「なんで疑わないの?」
 この死体運びの兄ちゃん、キーラの言うことを疑いもせずに肯定している。普通なら過去からやって来たので墓泥棒なんかじゃないヨ! と明るく言ったところで疑われるはずなのに、この兄ちゃんはなんにも言ってこない。ただ墓泥棒じゃないことの確認だけをして、相手の言い分を素直に受け止めている。
 見方によってはいい人だけど、こーいうのって騙されやすいとも言うんだよな。
「なんで疑わないかって? そんなの決まってるだろ」
 俺の瞳をまっすぐ覗き、兄ちゃんはどさりと死体を地面に下ろした。そうして空いた手でどこからか分厚い本を取り出す。
「神の教えにあるんだ、疑心暗鬼は心の汚れである……ってな」
 それだけを言うと相手は、口元をにっと緩ませて、とても自然な笑顔を俺に見せてくれた。

 

 

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