23

 知らねばならないのは真実?
 救われるべきなのは、被害者側?

 

 服装と背景が怖ろしいまでにミラクルフィットしている大僧正様によって得られた客人用の部屋は、これまた無駄にきらきらしていて目が痛く、泥にまみれた靴で赤い絨毯を汚すことに対して後ろめたさを覚えずにはいられなかったことを白状する。
「なーんでこんなことになったのかなぁ、キーラくん」
「さあアカツキよ、情報収集に出かけるぞ!」
「人の話を聞け!!」
 こいつのわがままもいいところだ。少しは他人のことも考えろっつーの。はあ。
 司教様のお悩み相談の後、死体運びの兄ちゃんはそそくさと自分の部屋に帰っていった。そして部屋の場所も教えないままで、「何かあったら俺の部屋まで来てくれよな!」と爽やかな笑顔でおっしゃっていたのであった。
 司教様は右も左も分からない俺とキーラの為に客人用の部屋を与えてくれたのだが、これがまた高級ホテル並みの煌びやかさなんだ。俺の隣に置いてあるタンスらしき物体なんか、天井にぶら下がっている『しゃんでりあ』の姿を綺麗に映すほどピッカピカだ。しかも何を勘違いしているのか、床には一面に真っ赤な絨毯を敷いている。さらに部屋の角には豪華なお花。入口には無口な門番。ここは一体どこなのかしら? 少なくとも俺には、ここが大聖堂のようには思えない。
「アカツキよ、このような場所でのんびりしていても何も始まらないぞ。さあ、ラットロテス大聖堂見学ツアーといこうではないか!」
 隣のお荷物は一人で張り切ってるし。
「見学つあー? 何だよそれ。俺は興味ないね。一人でやってきたら?」
 おかしなことに、この部屋にはベッドがなかった。部屋の中央に白いテーブルクロスのかけられた机はあるものの、寝転がれるような物体は何一つとして存在しない。ここって客人用の部屋じゃなかったのかよ? 客をなめてんのか、コノヤロー。いちゃもんつけてやるぞ!
「ん?」
 俺がきょろきょろと目だけを動かして部屋を観察していると、誰かが部屋の入口に立っているのに気づいた。もちろん門番もいるけど、そいつ以外にもう一人いる。
 どうやらこの大聖堂の制服はまっ黒けらしく、部屋の入口に立っている奴も黒い服を着ていた。年齢もまだ若そうなので、ヴィノバーと同じテストに悩む修道僧ってところだろうか。……しかしどこの世界にもテストってもんはあるんだな。へっ、ご愁傷様だ。
「むっ。何用か」
 相手に気づいたキーラが偉そうに聞く。誰がどう聞いても偉そうな言葉遣いなのに、本人は全くと言っていいほど気づいてないんだろうな。そのせいなのかどうか知らないが、相手はほんのちょっとだけ顔を歪ませ、何やら敵意丸出しの表情でこっちを見てきた。
「お前たちはあいつの知り合いなのか」
 ごく静かな声が広い部屋に響く。
 よく見てみると相手は女の子だった。綺麗な銀髪を頭の上で束ねている。ぱっと見ると可愛らしそうな格好をしているのに、その表情は恐ろしいことこの上ない。
「あいつって誰だよ」
「厄介者ヴィノバーに決まっているだろう」
 俺の問いにも即答してくる。なんか男みたいに思えてきた。
「彼のどこが厄介者なのだ。とてもいい人ではないか」
「いい人? はっ、笑わせる!」
 あぁ、この人もヴィノバーのことを嫌ってるってことか。まったくこの大聖堂の中にはろくな奴がいないよな。あの死体運びの兄ちゃんのことを嫌いすぎだろ。どこにそんなに嫌われる要因があるのか、俺にはさっぱり理解できないんだけどな。
 確かに俺はまだ彼とは知り合ったばかりで、彼のことなんて何一つとして知らない状態だ。けどああいう人種って他の場所では好かれるはずなのに、ヴィノバーには何か性格以外に嫌われる原因でもあるんだろうか?
「お前たちは何も知らないからそんなことが言えるんだ。あいつはいい人なんかじゃない。あいつはこの大聖堂の恥だ、人間のクズだ。あいつは人間なんかじゃない。あいつは悪魔だ――最もたちの悪い人殺しだ!」
 そして今度は侮辱か。なんだ、よく聞いてたら、ただの子供の喧嘩じゃないか。人間のクズだとか悪魔だとか、語彙の少ない大人がよく使う文句だもんな。これじゃ司教様もヴィノバーも本気で相手をしたくないだろうな。
「なぜそのようなことを言うのだ!」
 と思ったら相手の言うことを真に受けてる人が約一名。こんな奴ほっときゃいいのに、変な正義を掲げる大僧正様には我慢するという機能が備わっていないらしい。
「こらキーラ。これ以上余計なことに首を突っ込むな」
「アカツキまで何を言う! これではヴィノバーが可哀想ではないか!」
「可哀想だぁ? 俺の心配なんかしてくれなかったくせに、こんな時だけ何言ってんだよ」
「わ、私はいつだって――」
 何か言いかけたキーラを無視し、俺は顔を別の方向へ向ける。こいつとは普通の会話ができないから困るんだ。世間知らずにも程があるよな。本当に、都合のいい奴だ。
 もしかしたらヴィノバーもこんな気持ちで皆からの文句を聞き流しているのかもしれない。もう聞くだけ無駄って感じで、周囲からうるさく響く音を耳をふさいで遮断するとか。おや、そう考えると、あの死体運びの兄ちゃんとは仲良くできそうな気がしてきたぞ。妙なところで共通点を発見してしまい、急に親近感が湧いてきたらしい。
 でもなぁ。あの兄ちゃんって、平気な顔して死体を運んだり、ぼろいドアを見事なまでに本で粉砕したりするんだよなぁ。正直言っておっかないところもあるんだよなぁ。俺は家にこもってゴロゴロしてるだけの現代っ子なのにさ。釣り合わないと言えばそれまでだ。
「くそっ、いい加減にしやがれ!」
 ……はい?
 ぼんやりと考え事をしていると、部屋の入口の方から大きな声が聞こえてきた。一気に俺とキーラと銀髪少女の視線がそちらに集中する。
「俺が言うことだからって、たったそれだけで嘘だって決めつけんじゃねーよ!」
 様子を見る為にこそこそと入口の方へ近づいていく。ふむ、どうやらこれは噂のヴィノバー殿の声らしいぞ。
「お前はいつだって出鱈目ばかりを言うじゃないか。そんな奴をどうして疑いもせず信用できるというんだ? そもそもお前が司教様の客人と知り合う機会がどこにあるというんだ」
「だから、俺があいつらを大聖堂まで連れてきたんだって言ってんだろ! そうやって頭ごなしに否定する前に、あいつらに直接聞いてみりゃいいじゃねーかよ!」
 何やら知らないおっさんと言い争いをしているらしい。いや、この状況から考えると門番かな? 頑固な石頭の門番は、皆から嫌われてる少年を司教様の客人に会わせたくないらしいな。この銀髪の敵意丸出し少女なんかはあっさりと通しちまったくせにさ。本当にここって大聖堂か? これじゃただのいじめっ子集団じゃねーかよ。
「信じてほしいなら普段からもっと真面目に過ごすことだ。普段があれでは誰もお前のことなど信用しないだろう」
「普段と今は関係ないだろ! 出鱈目を言ってんのはそっちじゃねーか!」
「そうやってすぐに怒るのもお前の悪いところだ」
 その言葉が決め手となったのか、両者の台詞がぴたりと止まった。うーん、俺にはさっぱり理解できないんだけどなぁ。
 よし、ここはひとつ俺が兄ちゃんを助けてあげようではないか。
 先陣を切ってさっそうと入口付近へ歩いていこうとすると、俺より早くに銀髪少女が入口へ辿り着いてしまった。そしてそのまま部屋を出ていってしまう。なんだかやばい雰囲気になりそうな予感がするが、それを少しでも和らげねばならない使命感がどこからか溢れ出てきた気がした。そいつに素直に従い、俺もまた部屋を出て廊下の上に立つ。
 廊下にはヴィノバーと、鉄の仮面を頭から被った門番と、さっき部屋から出て行った銀髪少女の三人がいた。やばいぞやばいぞ。今から喧嘩でも始めそうなくらい、ヴィノバーも銀髪少女もすごい形相をしているぞ。仮面門番は顔が見えないから分からないけど。
「あ、あんた……」
 いち早く俺に気づいたヴィノバーは、ただそれだけで恐ろしい顔から普通の顔に戻った。あーやれやれ。これなら大丈夫そうだな。いささか都合がよすぎる気がするが。
「なあ、門番のおっちゃん。俺たち本当にヴィノバーに連れられてここまで来たんだぜ。彼の普段の姿なんて知らないけど、偏見混じりの疑心暗鬼はよろしくないよなぁ?」
「むぅ……」
 低い声で唸(うな)る門番。へっ、いいザマだ。
「なぜそんな奴の言うことを信用する?」
 そうかと思ったら今度は銀髪少女が口を挟んでくる。ちくしょー、もうこれ以上ややこしくすんじゃねーよ!
「リザ、お前なんであいつらの部屋から出てきたんだよ」
 ごく冷静に尋ねるのは、今まで怒りで声を張り上げていた青年修道僧。そりゃ部屋の中にのこのこと入ってきてたからに決まってるじゃないですかヴィノバー殿。なんて、そういうことを聞いてるんじゃないってことは俺にだってよく分かる。
「どこから出てこようと私の自由だろう。お前に指図される筋合いはない」
「いやそれはそうだけどさ……」
 どうにも腑に落ちないといった様子でヴィノバーは目をそらす。そりゃそうだ、こんなことされたら誰だって頭にくるはず。本当のことを言ってるのに信用されず、全く関係のない人だけ簡単に許してしまう。これはもう嫌がらせ以外の何物でもない。この最低人間め! 地獄に堕ちるぞ!
 ……ということを言おうとしても、それほどの勇気と根性を持ち合わせていないのが白石豊くんなのでありました。
「何をそんなに悩む必要があるのだ?」
 まるで救世主のように後ろから現れたのは、今まで完璧に無視られてた大僧正さながらの格好をしたキーラだった。こういう時に出てくると、大抵ろくなことが起きないんだよなぁ。今度は一体何をやらかしてくれるのやら。
 キーラはすたすたと偉そうに歩き、俺を壁の方へ押しやって前へ出ていった。俺は何気に傷ついた。もう俺の舞台は終わり、キーラの独擅場になってしまっていた。この場の全ての空気を支配している。それがなんだか必然のように見えて、わけもなく突然恐ろしく思えてきた。
「何も考える必要などないではないか、答えはすでに出ているのだから。しかし君たちはそれを素直に受け止めることができないのだろう。アカツキの言うとおり、君たちの頭の中には偏見が混ざりすぎているのだ。時には疑うことも大事だが、人を信じることだけは嫌ってはならないはずだから」
 綺麗事のような汚れのない言葉が、キーラの口から飛び出すだなんて少しも予想していなかった。この時ばかりはキーラが別人のように見えた。本当に別人だったりしたら洒落(しゃれ)にもならないけど。
「……それはそうとアカツキよ、せっかく部屋の外に出たのだからこのまま情報収集に出かけようではないか」
「はぁ? なんでこの流れでそういう方向に走るんだよお前は」
 これじゃようやく構築されたキーラの見せ場が台無しだ。別に俺はそれでもいいんだけど、とりあえずこの大僧正様は俺の連れだからな。あんまりみっともないところを周囲にさらしてほしくないんだ。あほな言動は俺の前だけにしてくれ、頼むから。
「なんだ、出かけるのか? じゃあ俺も付き合うぜ」
 そしてちゃっかり話に乗ってくる死体運びの兄ちゃん。そーいやこの人、何しにここに来たんだろう。
「ちょっと待て、ヴィノバー。司教様はお前の外出を禁じているはずだ」
「んだよ、うっせーな。ちょっと町まで行ってくるだけだ。それに一人で行くわけじゃないんだからいいだろ。ほら、もう行こうぜ!」
 ヴィノバーは仮面門番と口喧嘩を始めたかと思いきや、ぼーっとしていた俺とキーラの服を掴んでさっさと歩き出してしまった。あのー、いつの間に町まで行くことになったの? 俺の意見は無視する気?
「じゃあな、リザ!」
 そして去り際に銀髪少女に挨拶する。もちろん相手は何の応答もしなかったけど。それでもヴィノバーは満足げに頷いて、明るい笑顔を俺たちに見せたんだ。

 

 

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