42

 絶対的な存在って何だろう。
 決して叶わない夢を覆すほどの存在って。

 

 俺の世界には靄がかかったかのように、視界の端々に黒いものが現れ始めていた。それは最初は小さく揺れながら集まってきたが、徐々に姿を大きく変化させていき、確実に俺の目で見る世界を縮小しようとしていた。最初は特に気になったりしなかったものの、こう何度も出てこられると嫌でも気になってしまう。これらは一体何なんだろう。俺に何をもたらそうとして、わざわざ俺の邪魔をしてくるんだろうか。
 などと考えたところで俺に答えが与えられるわけでもない。分かっている。そんなことは昔から分かっているはずだった。それでも一度気になり出したらもう止まらないから、俺はどうしようもないことに時間を費やさねばならなかったんだ。そうやって神経を尖らせていても世界は回り続け、目の前では何やらよく分からない劇が展開されている。金色の光が二つ。青い色彩が隣に佇み、中央には自分とよく似た黒い煌めきがこの場を支配していた。
「レーゼ、帰ったなら私に報告しろと言っていたはずだ」
 偉そうな声が部屋中に静かに響く。
「申し訳ありません。しかし、一刻も早く調べなければならないことがあったので」
 その声の主にひざまずいているのはレーゼ兄さん。
「お母さん……」
 部屋の中央に突如として現れた女性に対し、王女様は不安げな瞳を向けていた。胸に手を当て、何かぞっとするものを見ているかのような表情をしている。
 そこに立っていたのは黒く長い髪を持つ女性だった。明らかに王女様と髪の色が違うのに、王女様はこの人のことをお母さんと呼んだ。つまりこの人はこの国を支配する女王なんだろう。この国の中で最も偉く、レーゼ兄さんが決して逆らえない相手なんだ。
 ヴィノバーのバケツを抱えたキーラは黙って俺の隣に座っていた。こちらもまた不安そうな目で、いかにも何か言いたそうに目をきょろきょろと動かしている。しかし何かがこいつを抑えるストッパーとして働いているようで、普段通りの場違いな台詞は出てきそうで出てこなかった。それにはいくらかほっとさせられる。
「まあ、いい。それより大聖堂はどうなった?」
「無事です。エンデ教信者は攻め入ってきましたが、被害は少なく司教も無事です」
 兄さんの機械のような言葉にどきりとした。
 ……何と言えばいいんだろう。なんだかよく分からない感情が俺の中で渦巻いている。それは悲しみなのか、悔しさなのか、安堵なのか、後悔なのか。誰にも理解できないだろう感情だけが溢れてきて、頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
 被害という言葉が脳裏で何度も再生されている。
 なあ、あんたたち。俺の隣でキーラが抱えてるものが一体何なのか、俺が今この場で教えてやろうか。
「そうか、ならばいい。それよりレーゼ、私は客を招いた覚えはないのだが」
 何も知らない女王様は平気そうな顔をしていた。
「彼らは女王に対する客ではなく、私個人が独断により連れてきた者たちです。……しかし邪魔だとおっしゃるなら、今すぐにでも追い出します」
 頭を上げないまま兄さんは恐ろしいことを言っていた。
 追い出すだって? 冗談じゃない。相手側から誘ってきたことなのに、なんでここまで来て捨てられなきゃならないんだ。いくらのんきそうな大僧正様だってこれには反論するだろう。そんな身勝手が許されるものかって。
 それでも俺は何も口出しできなかった。もし本当に追い出されそうになったとしても、口が動かなかったかもしれない。だってそこには確かに威圧感があって、王女様の不安げな瞳が物語っている何かを感じられ、兄さんさえ敵に回っているように思えてならなかったんだ。俺とキーラは二人でいるはずなのに、なぜか孤独感が俺を苛んでいる。
「では何の為に連れてきた?」
 短い女王の問いに、兄さんはさっと顔を上げた。そこには普段通りの無表情な顔があるだけで、それ以上に装飾されたものなど一つもない。なんだ、震え上がってるわけじゃなかったんだ。だったらいざという時には助けてくれるかな。
「そちらの――青い髪の青年が抱えているバケツの中に、精霊の卵の青年が水となって入っています。彼を人間の姿に戻す方法を調べる為に、そこにいる二人を私がここへ連れてきたのです」
「なるほど」
 兄さんの話を聞き終えた女王様はこっちを見てきた。黒い瞳がじっとヴィノバーのバケツを見つめている。何だろう、この女王様もヴィノバーの精霊の力を欲しがってるんだろうか。でも魔法王国だなんていかにも偉そうな国名を掲げてるんだから、精霊の力なんかなくたって満足していられるんじゃないだろうか? それ以前に俺にはこのおばちゃんがすごい魔法使いのように見えないんだけどな。
 なんて、俺の主観はどうでもいいとして。
「彼を人間の姿に戻す方法、女王は知っていますか?」
 ふと聞こえてきた兄さんの言葉。なんか急に馴れ馴れしくなってない? 大丈夫か?
「いいや、私も神ではないからな。……しかしレーゼよ、この者たちをルピスの森に連れて行ってはどうだろうか」
「へ?」
「なんと!」
 思わず声が漏れてしまい、慌てて両手で口を塞いだ。俺と同じようにキーラも「あ、しまった」と言わんばかりの顔をしている。
 ていうか、この女王様、今なんて言った? ルピスの森って聞こえたんだけど。ルピスって確かあれだよな、キーラたちが闇の意志って呼んでたヤツ。そいつが復活するのを阻止する為に大僧正様が俺を召喚し、おかげで帰れなくなってしまったという全ての原因を作った恨めしい敵役だったはず。それがなんで未来に出てきて、しかも勝手に森になってるんだよ。過去で何か変なことでもしたのか? それとももともと俺たちは森を相手に戦いを挑んでたのか? なんかそれって……間抜けだ。
「どちらにせよ、レーゼ、お前にはルピスの森へ行ってもらうつもりだった。森の封印を解き、ルピスを解放してくるのだ」
「はい」
 二人の魔法使いの話はどんどんあらぬ方向へと進んでいる。なんだなんだ、こいつらルピスを解放するだとか言ってるけど、そんなことしたら世界が崩壊するんじゃなかったのか? つーか俺らってそれを阻止しようと奮闘してたのに、なんでこんな展開になってるんだよ。未来ではルピスの脅威なんかすっかり忘れられちまったってオチか? それともこっちでの意見の方が正解なのか?
 言うことを言った女王様はちらりとこっちを見てきたが、ふっと顔に笑みを浮かべるとさっさと部屋を出ていってしまった。兄さんはドアが閉まるまで頭を下げ続け、王女様は不安そうな目で女王様の動作を眺めていた。そして俺とキーラは部外者のごとく忘れられた存在となり、目の前で起こった劇をぐるぐるする頭で必死になって理解しようと努めていたんだろう。
 横からくいと服を引っ張られ、顔をそっちに向けてみる。青い髪の大僧正様は何やらおろおろしたような目でこっちを見ていた。いや、そんな顔されたってさ。俺にどうしてほしかったんだよ。
「アカツキよ……」
「んだよ」
 問い返してみてもすぐに返事が返ってこなかった。あれ、いつもはあんなにうるさいのに、なんで急に静かになってんだろ。そんなにびっくりしたのか?
「どうしたんだよ」
「わ、私はわけが分からないのだ」
 それは俺だって同じだっつーの。
「ルピスは闇の意志であり、目覚めさせてはならぬ存在ではなかったのか?」
「俺に聞くなよ」
 そもそもこいつらからルピスのことを聞いたんだから。俺の知識はこいつらの知識であり、それ以上のことなんか知ってるわけがない。知ってたら逆に怖いだろ。
「なあ、兄さん」
 金髪のレーゼ兄はすっと立ち上がり、こっちを見てきた。なんだか普段より眼光が鋭くなっている気がする。しかしそんな些細なことに怖気づいている場合じゃないんだ。
「お前たちはルピスのことを知っているのか」
「確かに知っているが、我々の時代のルピスとこの時代のルピスとでは異なる点が多く、もしかすると別の存在なのかもしれぬのだ。私の時代でルピスといえば闇の意志であり、ルピスを目覚めさせると世界が崩壊してしまうと言われているのだが――」
「ならばこちらは逆だ。ルピスは闇ではなく光の意志。その力はあらゆる生命に活力を与えるものと伝えられている」
「うむぅ……」
 兄さんの話を聞いたキーラは余計に悩み込んでしまった。まあその気持ちは分からなくもないけどさ。もしこれでレーゼ兄の言ってる説の方が正解だとしたら、俺らは一体何をしてたんだって話になるもんな。
「レーゼ様!」
 などと二人して悩んでいると、バンと勢いよくドアが開いた。それが非常にうるさかったので必要以上に驚いてしまった。
 開かれたドアの前に立っているのは、この王国の入口付近で出会った魔法使いの姉ちゃんだった。兄さんに本を手渡そうとして拒まれた人だ。
「レーゼ様、女王様からの伝言です。えっとですねぇ……」
 しかし勢いよく部屋に入ってきたわりに、相手の姉ちゃんはゆっくりと話を始めてしまった。急いでないならあんな大きな音なんか立てないでくれたまえよ。変な姉ちゃんだな。
「そうそう! 女王様がおっしゃるには、ルピスの森の大がかりな封印は解けたけど、根幹となってる封印はまだ解けてないから、森に行く前にまずそれを解かなきゃいけないそうなんです! それでその封印の解き方はですねぇ、森を守ってる山奥の村の住人が知ってるとか知らないとか……言ってたような……そんな気がしたんですけど、えーと……と、とにかくそーいうことですから、まずは山奥の村へ行かなきゃならないってことですよ! よかったら私もご一緒しましょうか? ここ最近は研究ばっかりしてて体がなまってるような気がするんですよ! たまには気分転換に――」
「連れならもう決まっている」
 よく喋る姉ちゃんを制止させたのは兄さんの一言だった。たったそれだけで姉ちゃんは顔を真っ赤にし、口を閉ざしてしまう。
「用件はそれだけか」
「あ、あの、……そうそう! レーゼ様に手伝ってほしいことがあるんですよ。ついさっき、あの落ちこぼれがシレラ・サファートルを連れて王国を脱走したんです。それでみんなで探してるんですけど、なかなか見つからなくって。――よかったらレーゼ様も一緒に探してくれませんか?」
 さっきよりいくらか落ち着いた口調で姉ちゃんは何やら頼んでいた。俺とキーラにとっては意味不明な話だけど、兄さんや王女様には何か心当たりがあるらしく、その話を聞いた途端に両者ともさっと表情を変えていたのが見て分かった。やっぱりこの魔法王国でもいろいろと問題が山積みになってんだろうなぁ。大きな国となるとそれも仕方がないことなのかもしれないけど、一般庶民の意見としては巻き込まれたくないってのが本音であって。
「落ちこぼれ……あいつのことか」
 確かめるように声を漏らす兄さん。そして壁に立て掛けられてあった杖をさっと掴み、入口で立ったままだった姉ちゃんを押しのけて部屋を出ていってしまった。
「あっレーゼ様! 私も一緒に――」
「お前はそこにいろ」
 叫びとはとれない大声が廊下から返ってきた。いつか聞いたことのある、怒鳴りつけて相手を脅すような声とは全く異なった響きが感じられる。ということは、兄さんはこの姉ちゃんのことを嫌ってはないってことだろうか。
 部屋に取り残された姉ちゃんは素直に上司の命令に従うことに決めたらしい。少し悲しそうな顔をしてため息を吐き、ぱたんと虚しくドアを閉めた。その音が無駄によく響いていた。
「あの、カピラさん……」
 悲しげな姿を見かねたのか、おずおずと王女様が姉ちゃんに声をかけた。さすがは王女様、一人一人の魔法使いの名前すらきちんと覚えてるんだな。俺は人の名前覚えるの苦手だから尊敬するよ。
「その声はセティナ様……ってあれ? なんか人、多くないですかぁ?」
 そしてようやく俺たちの存在に気づいてくれたようだった。何それ。俺とキーラは空気かよ。酷いな、おい。
「何なんですかー? あなた達は! レーゼ様のお部屋で悠々とくつろいだりなんかして! しかもレーゼ様のご本を端に押しのけてベッドに座ったり、その上得体の知れないバケツなんかを大事そうに抱えたりして! お部屋を汚したりしたら承知しませんよ? そもそも、あなた達はレーゼ様とどういう関係なんですか? 二十文字以内で説明せよ!」
 あーもう、うるさいうるさい。
 無視されることは確かに気に食わないことだけど、注目されたら注目されたで言葉の鉄砲が飛んでくるから鬱陶しい。これじゃ耳を塞ぎたくて仕方なくなるんだけど、そんなことしたらまたごちゃごちゃ言われそうで結局何もできないんだよなぁ。なんで兄さんはこいつをここに残したりしたんだよ、もう……。
「何ですかその目は」
 カピラと呼ばれていた姉ちゃんはやたらと俺に好戦的だった。いかにも俺を嫌ってそうな目で睨みつけてくる。別にそんなに変な目で見てるつもりはないんですが。ていうかさっさと向こう行ってほしい。
「あの、カピラさん。彼らはレーゼさんのお客さんなんですよ。それにそのお水は彼らのとても大事なお友達なんです。だから、そんなふうに悪く言わないであげてください」
 心優しき王女様は俺を助けてくれるらしい。いやただ単に心配性なだけか? とにかく横から口出ししてくれて助かった。さすがに王女様の言葉ならこの姉ちゃんだって逆らえないだろうしな。
「お客様って言っても怪しいもんですよ。もしかしたらレーゼ様を騙してこの王国を滅ぼそうと考えているのかも!」
「カピラさん!」
「あーはいはい、分かってますよ。本当にセティナ様はお人好しなんだから……。そんなんだからいつになってもレーゼ様の妹さんを見つけられないんですよ」
 兄さんの妹?
 なんだかさらにわけの分からない話になってきた。兄さんの妹がどうかしたんだろうか。
 王女様はさっきよりさらに表情を曇らせ、今にも泣きそうな顔をして立っていた。レーゼ兄の妹のことを話に持ち出されたくなかったのか、下っ端の魔法使いに馬鹿にされたのが悔しかったのか、俺には分からない理由からそんな表情を形作っていた。そしてちょっと顔を上げてこっちを見て、ふっと微笑んだかと思うと、ゆっくりとした動作で部屋の外へ出ていってしまった。それはまるで取り残されたらもう何もできないことを知っているかのようで。
「あー……怒らせちゃったかも」
 ぱらぱらと埃が落ちる。
 気がつけば魔法使いの姉ちゃんが隣に立っていた。ベッドの上に乗せられた本のタワーを一つ崩し、空いた隙間に容赦なく入り込んで俺の隣に陣地を確保した。
 すぐ近くで呼吸の音が聞こえる。
「あなた達は知らないと思うけど、レーゼ様の親のこととか、兄弟のこととか、そういうことは全部ここにいる人たちは誰も知らないんです。唯一分かっていることといえば、レーゼ様には年の近い妹さんがいたということだけ。今も生きているかどうかも分からないし、妹さんの名前すらレーゼ様は教えてくださらない。レーゼ様はその事実を隠そうとしているかのようで、私たちももうそのことを聞けなくなったんです。だって可哀想でしょ? 隠したいことを無理矢理聞くだなんて。でもセティナ様はすごく心配性で、人が好くって、他人を放っておけないような人だから、もし今も妹さんが生きているのなら、レーゼ様と会わせてあげたいと思ってるらしいんです。まあそれがレーゼ様の幸福に繋がるかどうかってことは分かんないんですけどね。それでもこのまま会わずに年を重ねるより、何らかの方法でけじめをつけなければならないって考えは私にも分かります。……だけどそれって、いきすぎた正義――要するにお節介ってヤツじゃないかなぁって、私は思うんですよねぇ」
 ふう、と一つのため息。
 この姉ちゃんが詳しく説明してくれたおかげで大体の事情は分かった。確かにこの姉ちゃんの言うとおり、王女様はお節介が過ぎるのかもしれない。でも兄さんの姿を見ていたら、何があっても女王に逆らえないような雰囲気だったから、本当はその妹さんに会いたくて仕方がないけど諦める他はなくって、だからあんな無表情な顔をしているのかもしれないって思った。何かそこには覆せない理由が確かにあって、その縄に縛られ続けているから妹さんのことを口にできないような――なんて考えてみるけど、本当のことなんかレーゼ兄さんにしか分からないんだよな。人の考えてることなんか、人が分かるわけがないんだから。
 そしてもしその理由を俺が知り、腹の底から理解できたとして、俺は何か行動を起こすとでもいうのだろうか。そんなことが起こり得るんだろうか。それだって誰にも分からないことだし、俺自身だって分かるはずがない。人の心だとか、未来の人間だとか、世界の理だとか、物質の存在理由だとか。それらは知らなければならないことでもないし、知らなくてもいいことでもない。それでもそれらを知ったように話す人々は、何を知ったつもりで話しているんだろうな。そんなこと、いくら考えたって分かんないや。
「カピラ殿、といったか?」
「ん? はい、そーですよ」
 今まで黙ったままだったキーラが唐突に口を開く。こいつが喋り出すと大抵つまらない話が始まるわけだが、どうしてだかすばらしいことを言う時がたまにある。さて今回は一体どっちに転がるだろうか。俺はそれを見物させてもらうことにしようか。
「あなたはレーゼ殿のことを好いているのか?」
 真顔で聞くキーラ君。
 なんか、ものすごくつまらない話を始めそうな気がしてきたぞ。
「当然ですよ! 私はレーゼ様が小さい頃からずーっと見てきたんですからね!」
「小さい頃から見てきたなら、なぜレーゼ殿の家族のことを知らないのだ」
「レーゼ様は六歳の時から王国に来たんです! だからそれ以前のことはなんにも分かんないんです!」
 つまらない話というより、口喧嘩が始まりそうな雰囲気なのは気のせいだろうか。
「ならばあなたは、レーゼ殿のことをよく分かっていると思っているのではないのか?」
「そりゃ、もちろん――」
「思い込みで行動するのは危険なのだぞ。それも分かっているのか?」
「えっ?」
 息もできぬほどの沈黙が訪れる。
 キーラは真面目そうな顔で魔法使いの姉ちゃんの顔をじっと見ていた。いつもと変わらない表情だけど、その裏にはソルと同じ陰が潜んでいるようで、俺はなんだかわけもなく感心してしまった。
「思い込み、ですか。そうですね、それだけで動くのは、本当に恐ろしいことです。それでもそれに気づかない人は大勢いる。……なんだかそれって、本能とよく似たものなんですね」
 姉ちゃんは静かな独り言のような言葉を吐き出し、ぱっと煌めく笑顔を見せた。そこには嘘なんか一つも見えてこない。それはまるでキーラの言葉を全て受け止め、自分なりに解釈して納得できた喜びを表しているかのようだった。
 魔法使いってもっと高慢で、人の言うことなんか無視する人ばっかりだと思っていた。そりゃそれは俺の偏見なんだけど、この姉ちゃんを見ていると、人間もまだまだ捨てたもんじゃないって思えるような気がするんだ。
 だって人は考えることができる。それってつまり。
「そういえばアカツキよ、この時代には我々の他に誰か来ていないのだろうか」
「はぁ? なんでこの流れでその話が出てくるんだよ……」
 つーか今更かよ。遅いわ。
 ふとした瞬間にソルと重なるキーラだけど、やっぱりこいつはあくまでも不健康な駄目召喚師であり、その他の人には決してなれない一人の人間だったのだろう。だからこそ不安が積もりに積もっていくわけだが、今はそれすら許せそうな気がする。
 気がつけば外が暗くなっていた。もう夜の帳(とばり)が下りたのだろう。
 まだ見えない星の光を期待しつつも、この部屋の空気を吸うことができる幸福をゆっくりと堪能しようと俺は思った。

 

 

前へ  目次  次へ

inserted by FC2 system