前へ  目次  次へ

 

04

 顔を上に向けてみると青い空と白い雲が見えるものの、世界に光をもたらす太陽の姿は視界の片隅にも映らなかった。それなのにこの場所は昼間のように光に満ちて明るく、どこからか光が与えられているのは確かだった。
 今度は足下を眺めてみる。私は今、装飾の施された道の上に立っているらしく、薄茶色に彩られたそれはずっと遠くの方まで続いている。道の両端の向こう側は短い草が生えており、単純に考えて美しい場所だった。だが、ただ一つ不思議なことがあるとすれば、この場所には幾つかの建物があったのだろうけど、それらが全て壊れてしまっているということだろう。それと同じように私が今立っているこの道も、所々欠けていたり、瓦礫の下敷きになったりしている。
 後ろを振り返ってみると先ほど自分が通ってきたのだろう扉の姿が見えた。開いたまま放置されているが、輝きを放つことは忘れていない。あの中に飛び込めば自分の部屋へ帰れそうだった。
 私は特に深く考えることなくそれを実行する。扉に向かって歩き出した。しかしそんなにも簡単に相手が帰還を許してくれるわけがなく。
「待て、どこへ行く」
 また腕を掴まれて行く手を阻まれる。なんだかため息が出てきてしまった。
「説明くらい聞こうと思わないのか、お前は」
「思いませんよ。聞いてどうなるってものでもないし」
 金髪の青年は私を扉の前から遠ざけ、光を放っている扉をばたりと閉めてしまった。少しだけ風が舞う。
「私は一般人なんです。平和に暮らせたらそれで満足なんです」
「ええい、そんなことは分かっている!」
「分かってるなら帰らせてください」
「分かっているから帰らせないんだ。確かにお前は一般人だが、お前にしかできないことがある。他の人間では代わりがきかないんだ。だからこうして連れてきたんだ」
 相手はどうにも納得いかないことばかりを語る。私にしかできないとはどういうことなのか。私は一般人とは違うと言いたいのだろうか。しかしそれでは矛盾がむき出しになってくる。一体何が言いたいんだろう、彼は。
「少しは説明を聞く気になったか?」
「なりません。どうせ連れてくるならうちの自転車にしてください。私は帰ります」
「ああっ、くそ! だったらその魂を呼んでやる!」
 苛々した顔のまま相手は黒い服の中から白い手を出す。そこから眩しいほどの白い光が煌き、おまけに少し強い風まで吹いてきた。それは彼の周囲に向かって放たれたようで、地面の草が静かな音を立てる。
 そうして気がつけば、見知らぬ少年が彼の隣に佇んでいた。
「あれ、真――」
「あんた誰?」
 相手は黄緑色の髪と同じ色の瞳を持っている。今までにこんな人に会った記憶など少しもない。むしろ会ったら忘れられなくなりそうな容姿である。
「誰って……キコ、ですけど」
「あー」
 言われてみれば声が似ているような気がする。以前までは彼の声は口から放たれるものではなく、頭に直接響いてくる感じのものだったので少し違和感があった。しかしこうして普通に話しているのを聞くとほんの少し違いがあったりするものでもある。しかし魂ってのは人の姿にもなれるのか。なんて便利な。
 本当に異世界ってのは何でもありなんだなと思った矢先、金髪の青年の顔が視線の中に飛び込んできた。額と額が触れそうなほど近づけられている。その表情は少しとして変化することはなく、相変わらず不満そうである。
「これで満足か、ああ?」
 そしてそんなことを言ってくるし。
 やはりため息が出てくる。それを見てか、相手はさっと顔を引っ込めた。そして腕を組み、視線を別の方向へ向ける。
「貴様、名は何という」
「名前を聞く時って普通、自分から名乗るものじゃなかったっけ?」
「ああそうだったな、俺はアスターだよ!」
 ようやく静かになったかと思ったらまた怒った。本当に怒りっぽい人なんだから。
「私は河野真。職業は一般人。こっちはキコ。職業は自転車」
 とりあえず一つ礼をしておく。
 そうすると相手――アスターはちらりとこちらを見た。しかしそれだけで、また別の方向へ顔を向ける。
「貴様をここに呼んだのは他でもない、世界を創造してもらう為だ。『創造』といっても頭で考える方の『想像』じゃないからな。そして何故それが貴様にしかできないのかというと、昔ここにはたくさんの創造主がいたが、見ての通りここは滅んだ。当然、創造主も消えた。最近になって生き残りの創造主を発見したが、その人は力を使い果たしてしまった。これ以上その人に負担をかけるわけにはいかないから、最も創造主に近しい貴様を呼んだというわけだ、分かったか」
 アスターは丁寧に説明してくれた。その話で分かったことはいろいろあったが、少しだけ気になったことがある。それは『最近発見した創造主』と呼ばれた人物のこと。相手は人を自分の思い通りに動かそうとする人なのに、なんだかその人に対しては態度が異なっているように思える。なんて、私の思い違いかもしれないが。
 それに、私が最も創造主に近しいとはどういうことなのか。一体どういう理由があって私が最も近しいのか。そういう肝心なことを彼は少しも説明してくれなかった。最も知るべき事実を隠したまま押し通そうとしている。そんなことをされたら相手を疑う他はなく、頼まれたことも速やかに却下したくなってくる。
「そういうわけで、世界を創造しろ」
 ついに命令口調になってしまった。腕を組んでこちらを見下ろしてくる。かなり偉そう。
「やっぱり帰らせて――」
「そのご命令、喜んで承ります!」
 ……はい?
 なんだか今、隣から変な声が聞こえた気がした。私の考えとは正反対の意見を言う声が。それが誰のものかだなんて考えなくても分かる。しかし、なんか妙だ。とんでもなく妙だ。だからさっきの声は聞こえなかったことにしておこう。それがいい、うん。
「じゃあ私はこれにて――」
「世界を創造するにはまずどうすればいいんですか?」
 また正反対の声が。これではもう聞こえなかったことにすることはできない。ちらりとその声の主の方を見てみると、まるでどこぞのRPGの主人公のように目を輝かせている魂さんがいた。さらに握り拳なんかも作っちゃったりしている。どこからどう見てもやる気満々で、それを見た瞬間にまた大きなため息が出てしまった。
 ああ、この魂さんがこんなにも使命に燃える熱血漢だったなんて。まだそんなに長い間共に過ごしてきたわけじゃなかったから、私はどうやら勘違いしていたようだ。こんなことならアスターとの話の最中にこいつの話題を出すんじゃなかった。そのせいで話がどんどん面倒な方向へ進んでいるのは間違いないんだから。
 なんて後悔したところで何かが変わることなどなくて。
「用意すべきはまず鍵と、媒介者、それから――」
 ふとアスターの台詞が止まる。気になって彼の顔を見てみると、まるで何かに気づいたような視線でキコの顔を見ていた。当然キコはそこにどんな意味が含まれているのか分かるわけがなく、頭の上に疑問符を浮かべているような顔で相手を見ている。
「まあ、いい。必要なのは」
 再び話が始まったかと思うとまた止まってしまった。そしてその理由は私にも分かるものだった。突然私とキコの足下から白い光が現れ、それが地面の上にさっと広がって何かの模様を形作っていったからだ。俗に言う魔法陣というものだろうか。一定の大きさまで広がると拡大は止まったが、光は消えることはなかった。そればかりか光の量が多くなっているようにさえ思える。
「これはあいつのものか」
 この事態すらアスターは理解したらしい。高慢で偉そうですぐに怒る人だけど、どうにもそれだけではないようだ。もしかしたら本当に凄い人なのかもしれない。だけどそんなことは、今となってはもう知ることのできないことであった。
「貴様ら、詳細は次に会う奴に聞けばいい。この命令から決して逃げようとするなよ。逃げ出そうものなら縛ってでも連れ戻してきてやる。そして決して寄り道をするな。お前らはただ目的のことだけを考えていればいい」
 光は時が経つにつれてその量を増し、相手の姿が煌きに埋もれて見えなくなっていく。
「……またどこかで会おう」
 その言葉を最後に何も聞こえなくなり、何も見えなくなる。視界には白なのか他の色なのか分からないほど眩しい光が映っており、自分はその中で立っているのか浮いているのか、眠っているのか起きているのか――とにかく何一つとして分かるものがない状態になっていた。
 光の中では意識すら朦朧(もうろう)となってきて、やがて私は全てを見失ってしまった。
 暗闇に飲み込まれる。

 

 

前へ  目次  次へ

inserted by FC2 system