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 自分が誰であるか、どうして他人に決められるだろうか。

 

 

04

「樹ー、起きなさい! いつまで寝てんのよ!」
 姉貴の声が聞こえる。なんだよ、もう朝なのか。
 まったくなんで俺がこんな朝早くに起きて家事をせねばならないんだよ。朝早くから起きてるんなら姉貴がすればいいじゃんか。今日は休みだっただろ。
 ベッドの中で寝返りを打ち、ごろんと転がる。これがなかなか気持ちがいい。ついでに時計の針も見えた。
 六時前。ずいぶん早いお目覚めだな姉貴の奴。仕事休みとか言ってたくせに。
 まだ眠い。だけど。
「早く起きなよ、樹」
 その声と共に俺が包まっていた布団を取り上げられた。
 誰がそうしたかなんて、そんなものは一人しかいない。俺の布団をくるくると巻きながら相手はまた話しかけてきた。
「ほらほらぁ、早くしないと君の仕事増えるよ? それでもいいの?」
 それはあの図々しい外人だった。名前はリヴァセール・アスラード。俺がこいつと一緒に暮らすことになって、すでに一週間以上は経っていた。
 この外人は俺が散々言ったおかげでとりあえず家事は手伝ってくれている。しかしそれは最低限のことであり、俺に対しては文句は言うわどうだこうだとうるさいったらありゃしない。まったくいい迷惑だな、こりゃ。
「起きなっての。今日は学校の入学式とやらなんでしょ?」
「分かってるって、そんなこと。――って、え?」
 外人の言葉に、一瞬耳を疑った。
 入学式? 学校――高校の?
「やっばー、忘れてた」
 外人に聞こえないように呟きながらゆっくりと体を起こした。床の上に足を立たせるとそこからカレンダーが見える。
 ううむ、確かに今日だな。最近いろいろあって日付なんて気にしてなかったからなあ。
「何ぼーっとしてんの? そんなんじゃあ遅刻するよ?」
 すかさず外人は口を挟んでくる。へいへい分かっとりますよ。でも完全に俺が失念したのはお前のせいなんですよ。
 そんなことを考えながら俺は服を着替え始めた。外人は相変わらず黒い服を――って、あれ?
「あのー、リヴァセールさん。その服は一体……」
「ああ、これ?」
 外人は自分の服を指でつまみ、俺に見るように促した。その服はいつものように黒かったがそれはまあ置いといて、ちょっと待てって感じのものだった。
「制服じゃん、それ」
「そう。制服。ぼくも君についてくんだよ。離れたりしたらいつ君が逃げ出すか分かったもんじゃないからね」
「逃げ出しませんから絶対ついてこないでくださいリヴァセール・アスラード様」
「嫌だね」
 ……まじかよ。
 こいつとことん俺の邪魔をしたいみたいだな。
 俺はこの上なく大きなため息を吐き、制服に着替え始めた。

 

 + + + + +

 

 永遠のものなんて何もない。
 流れを無理に変えて作っても、それだって限界はある。
 だけど、嘘でも永遠を語る人がいる。
 その中には俺も含まれているのかもしれない。
 偽りの永遠の中で、その意味も知らないまま生きてきた。
 そして自分の中にいる裏の自分が言う言葉を、ただぼんやりと聞いていただけだった。
 それが誤りだった。
 間違ったことをしてしまった。
 でももうどうしようもない。
 誰かに頼ることしか、俺にできることはないのだろうか。

 

 + + + + +

 

 俺とリヴァは姉貴の車に乗って家を出て、俺がこれから通うことになる高校へ向かった。俺の家からは結構遠く、通学方法は自転車で約四十分弱。思い描いただけでも疲れる話である。でも実はこの高校が俺の家から一番近いんだよな。俺の家って田舎にあるから。
 しかしなんでリヴァまでついてくるかなー。っつーかこいつって一体歳いくつなんだよ? いや、それ以前に外人だから目立つよな。ということは、俺が隣にいでもしたら俺まで目立つのか。
 俺は昔から目立ちたがり屋ではなかった。どっちかというと大人しい方だったし、目立ちたいなんて微塵も思ってもいない。つーか、はっきり言って嫌だ。
 よし、学校ではできるだけリヴァから離れていよう。
 俺はそう心に決め、高校に入学したのであった。

 

 入学式は型どおり終わり、ホームルームも大したことをせずに終わった。俺は結局リヴァと同じクラスになったが、席はリヴァからかなり離れている。よしよし。
 リヴァはリヴァで、外人だからかなり珍しがられていた。そんなことを気にしながらも俺は今日はあの外人に無視を決めこんでやった。
「まったく高校は疲れそうだなー」
 帰り道、姉貴の車の中で俺はぼやいた。もしこの横で座って物珍しそうに景色を見ている外人がいなければ俺の疲れは半分以上に減っただろうに。
 家に帰ってからはいつもの生活に戻った。姉貴は仕事に行って、俺は家事をする。そしてリヴァはというと、部屋に篭ったきり出てこなかった。
 何してんのか知らないけど、家事くらい手伝えってもんだ。
 しかしこっちはこっちで忙しかったので、そうやって文句を言うことも忘れてそのまま夜になった。

 

 夜、いつまでたっても部屋から出てこないリヴァがさすがに心配というより怪しく思えて、リヴァの部屋のドアをノックしてみた。
「おーい、何やってんだ? 入るぞー?」
 とりあえず声をかけたものの返事はなかった。そんなことされたら余計に気になるだろ、お前。
 とにかくもう一度声をかけてみる。
「リヴァ、聞いてんのかー? もう入っちまうぞ? いいのか? 知らねえぞ、俺は?」
「……樹、入ってきて」
 聞こえた声色にどきりとする。ドアの向こうから聞こえたあいつの声は、なんだかいつもと様子が違っていた。急に真面目になったというか、あのおどけた感じがなくなって別人になったみたいだったのだ。
 俺は言われた通り外人の部屋へ入っていった。この部屋は元々俺の父さんの部屋で、長い間使われていなかった部屋だ。それを今はリヴァが使っている。
 その相手は壁に寄りかかって座り、一枚の薄っぺらい紙を持っていた。それを読んでいたみたいに見えたが、当の本人はなんだか別の方を見ているようにも思える。
「あのー、何してたんだ? お前」
「樹。聞いて欲しいことがある」
 外人は俺の質問をまるで無視して話し始めようとした。
「なんだよ、そんな改まって」
 相手は姿勢こそ変えなかったが、その顔は真面目なものだった。こっちがびびるような鋭い瞳で俺を見て真剣そうに語りかけてくる。
「樹、君に雇い主に会ってもらう。雇い主が君と話をしたいって言ったからね」
 はい?
「何ですかそれは」
「だから。君と直接話がしたいんだって、雇い主が」
 おいおいちょっと待てよそれ! なんかいきなり話が飛んでないか? そもそも俺がその雇い主さんとやらに会ったなら、すぐに俺がただの一般人であることがばれちまうんじゃないのか?
「で、その雇い主ってのはどこにいるんだよ?」
 何はともあれ、この言い出したら聞かない相手に反発しても仕方がない。物事を穏便に進める為に聞いておくべきことを口にした。その答えが外国とか言ったら承知しないからな。
 しかし相手が答えたものは、外国よりももっと容赦ない場所だった。

「……ここじゃない世界、とでも言うのかな」

 俺は、これからどうなるんでしょう。
 自分でも全く予期しなかったこの外人の答えに、しばらく放心してしまった。

 

 + + + + +

 

 求めるものは沢山あるのに、手に入れられるものはほんのわずかしかない。
 それだって簡単に手に入れられる人がいれば、いつになっても手に入れられない人だって何人もいる。
 これを運と呼ぶならまだいい。
 だけど、これを運命と呼ぶのは間違ってる。

 

 違いは壁を作るものじゃない。

 

 

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