決められた道しか歩めないはずがない。
05
気が付けば、そこは異世界だった。
「……は?」
+ + + + +
自分が何の為に存在するのかとか、自分に与えられた役割は何なのかとか、そんなことは考えるだけ時間の無駄だ。
俺はただあの人の為に、あの人の意志を受け継いでここにいる。
それだけで充分だ。
あの人の成すべきことを邪魔するなら、たとえ誰であっても許さない。
あの人が望んだことを代わりに俺が行う。
その為には俺が何かを望んだりして、決して途中で投げ出してはいけない。
どんな障害が起こっても、それを乗り越えていかなければならない。
しかし何の因縁か、障害は既にあった。
構うものか、このまま進めてやる。
たとえそれで自分を見失ったとしても。
+ + + + +
「……えーと」
なんだろうこれは。
俺、何か変なことしたっけ?
混乱する頭で昨日の夜のことを思い出してみた。
昨日、寝る前に確かリヴァが変なことを言っていた。
俺を雇い主に会わせるとかなんとか。
で、その雇い主ってのはどこにいるのかって聞いたら、確か、ここじゃない世界だとかなんとか。
ということは、何だ? 俺、あいつの言う『ここじゃない世界』……要するに、異世界とやらに来ちまったってことか?
「じ、冗談じゃない! リヴァ! こらリヴァ!」
必死になってあの外人の名前を呼ぶ。しかし返事はない。
冷静になれ、冷静になれ川崎樹! もっと周りをよく見てみるんだ!
そう自分に言い聞かせ、目をしっかり開けて周りの様子を見回してみた。
+ + + + +
世の中の人間は皆、自分勝手だ。
自らの目的の為に人を平気で使う。
何を言っても聞かない。
使い終わったら捨てる。
ただいいように使われて、そして塵のように捨てられて。
そうされた人がどんな気持ちになるかなんて分からないだろ?
そりゃそうさ、だってそれが分かったら、あんたはあんなことをしなかったはずだもんな。
……気に入らない。
あいつは親のように振るまい、あいつは何も知らずに笑い、そしてあいつは出来損ないのくせに生きている。
俺はどうすればいい。
どうすればこの気持ちを伝えられる?
世界がどうなろうと知るものか。
俺は俺のまま、この世で……。
+ + + + +
俺は周りをぐるりと見回した。
どこを見ても、空と雲。
……。
ゆっくりと視線を下に落とす。
ごつごつとした岩。俺は今、その上に座っていた。
いや、これは岩じゃない、つまり……崖?
崖。
空。雲。
「…………」
それで、俺にどうしろと?
+ + + + +
この思いをどこにぶつければいいだろう。
何の力もないのに、どうやって怒ればいいだろう。
あの力さえあれば。
あの全てを消し去ることのできる力さえあれば。
憎悪も、悲しみも、後悔も――何もない状態にすることができるのに。
……どうして、あなたは、あんな真似をしたのですか?
あなたを信じていた僕は、
僕は、僕は、僕は――。
+ + + + +
『大切な人を守ることのどこがいけないって言うんだい?』
誰だ?
『淋しくなったら誰かを呼べばいい。俺はいつだって答えてやるよ』
誰の声だ?
『守るべきものを守ること、それが俺の答えだ』
この声、聞いたことがある。
聞いたことがあるけど思い出せない。
ああ、一体誰なんだ?
昔、俺は姉貴の両親に拾われた。俺は姉貴の本当の弟ではなかった。両親の本当の子供じゃなかった。
それでも父さんや母さんは本当の息子のように俺と接してくれ、姉貴も本当の弟のように俺と話をしたりしてくれた。俺だって血は繋がっていないことは知っていたけど、彼らと本当の家族のように暮らしてきた。
両親は二人とも俺と出会ってすぐに死んだ。父さんは事故で、母さんは病気だった。
そして俺たちは二人で生きることを強要された。もし俺がいなかったら姉貴は一人だった。
それでも俺は自分がどこで生まれてどこで生きていたのか、何一つとして覚えていなかった。それが気になって姉や両親に聞いたりしたが、誰も俺の本当の故郷は知らなかった。そして俺がそれを探っているのを両親は悲しそうに見ていたので、俺はそれからは何も探ろうとはしなかった。
かすかに記憶に残っているのは真っ白の色のない、何もない風景だけだった。それが一体何なのかは分からないが、忘れようと思っても忘れられなくて、かえって不気味だった。そしてそのことは誰にも話さなかった。
俺は十五歳になり、高校生になった。近い将来に高校を卒業して、職に就いて、金稼いで――俺はこれからも皆と同じように生き、皆と同じように死ぬんだろう。少なくとも俺はそう思っていた。
でも俺だって意見は持っている。
俺だって、自分の頭で考えることができるんだ。
自分の意思を。
+ + + + +
俺はずっと待ち続けている。
早く来い。
そっちでの名前は知らないが、お前の名前を俺は知っている。
……ヴェイグ。
早く来い、ここまで。
Silent World
辿り着いた先の要に。
存在する意味を探して。