前へ  目次  次へ

 

09

 森のちょうど中心部分に一際目立つ岩のようなものがあった。それはまるで周りの景色に溶け込んでおらず、明らかに怪しい雰囲気を醸し出している。そしてその岩には何やら穴が開いていて、いかにも中に何かありそうだった。
 俺とグレンはその目の前で立ち尽くしていた。
「樹。俺が今どんなことをしているか分かるか?」
 唐突に何やら抽象的なことを聞いてくるグレン。どんなことって言われても。
「呼吸?」
 俺の答えを聞いてグレンはよろけた。
「お前ってとことん変な奴だな……俺、お前のこと嫌いじゃないぜ!」
 怒られるかと思ったが、やたらポジティブな意見を言われてしまった。嫌われるよりはマシだけど、なぜだか腹が立つ。お前なんか嫌いだと言ってやりたくもなったが、さすがにそれは酷いのでやめておいた。
「じゃ、どう答えて欲しかったんだよ?」
 立っているとでも言ったらよかったのか?
「まあまあ、そんなにすねないでくれ樹君。俺は職業のこと言っただけなんだよ。で、もう言っちまうけどよ、俺は今フリーターなんだ。アルバイトしますぜ! ってやつ」
 グレンは無駄に元気になった。フリーターねえ。仕事してないのかよこのお調子者は。
「で? そのフリーターがなんでこんな森の中にいたり、崖に登ったり、人を突き落としたり、鎧集団を一人で倒したりしてるんだよ?」
「ふふふ、聞きたいかい? 樹君」
 一気にグレンの瞳が怪しい光を放ち始める。お前は悪人かよ。
「別にお前の事情に興味はない」
「聞きたいか! 聞きたいんだな! さすがは俺の見込んだ男!」
「いや無視かいっ!」
 リヴァといいグレンといい、俺の周りにはろくな奴が寄ってこない。お前ら自分勝手もいいところだぞ。勝手に勘違いしたり自慢話するのはいいけど、俺を巻き込むんじゃねぇよ、まったく。
 そんなことは少しも気にかけない様子でグレンは一人で喋り出した。
「この岩の中にな、さっきの鎧集団のボス的存在の奴がいるんだ。奴らの名前は『ガーダン』。人間じゃない。物だ」
 聞き慣れない単語に俺は耳を澄ましてみた。なんだ? 人間じゃないって一体何だよ? 何も分からない俺には少しも話が見えてこない。
「やっぱお前知らなかったんだな。俺の思った通りだ。まあ、この辺りに住む人しかまだ知らないだろうしな。無理もないか」
「まだ? って何が?」
 俺には目の前にいる男が言っていることの意味がさっぱり分からない。グレンはちょっと前とは打って変わって、何やら真面目そうな顔をした。
「今はまだ奴らの危険度を人は軽く見ている。いや、奴らがいること自体を知らない人が多すぎるんだ。ガーダンってのは危険物だ。だから騒がれる前に俺が潰す」
「……」
 俺はまたこの目の前にいる男から痛いほどの覚悟を感じ取った気がした。あの時と同じような、まるで何かを背負っているような覚悟。いつものお調子者のような顔からは決して感じられないもの。そんなものが今のグレンにはあった。
「ま、そういうわけでだ」
 グレンはぱっと顔を元に戻し、いつものお調子者の表情になった。
「君にも手伝って欲しいなあ、樹君!」
 どさくさにまぎれてそんなことを言ってきた。ふん、その程度で騙されるかってんだ。
「嫌だ。俺が手伝う義務なんてどこにもないのに、なんでそんなことをしなければならないんだよ」
 きっぱりと言ってやった。俺はそんな危なっかしいことに付き合うほど丈夫じゃないんだよ。というか早く帰りたいのに。
「なんだよお前、心の狭い奴だな! じゃあこの森をどうやって抜ける気でいるんだよ?」
「は? どうやって抜けるかって? そんなもん元来た道を戻ればいいだろ。これでも俺はちゃんと道を覚えてるんだからな!」
 嘘ではない。あんなに逃げ回ってたけど道だけはちゃんと覚えている。そんなところは妙にしっかりしていて我ながら頭が下がる思いだ。これにはグレンもびっくりだろうな。
 しかしグレンは全く予想外のことを言ってきた。
「いや別に道のことを言ってるんじゃねえんだよ。道くらいなら俺様だって覚えてらあ。俺が言いてえのはな、この森はすでにガーダンの集団に支配されてて、そこいらへん連中がうろうろしてっからお前一人で出られるわけねえって言いたいわけ。ドゥーユーアンダースタンド? オーケイ?」
 うわなんだこいつ! いきなり英語使ってきた! てかここって英語なんかあるのか? しかもかなり棒読み!
「おい、本当に分かってんのか樹? つーかお前聞いてないだろ」
 俺はその言葉を聞いてやっと我に返った。やべえやべえ、お調子者のグレンの英語で意識が飛んでいくところだった。あぁ危なかった。で、何の話だったっけ。
 あ、そうか。森にさっきの鎧集団がいっぱいいるって話か。
「見つかったら逃げればいいじゃん。俺一人なら逃げ切る自信あるけど?」
 お前がいなければな。
 グレンはそれを聞いて一つため息を吐いた。目の前でされたら腹が立つ行為だ。
「そんなこと言って樹君、さっきびびりまくって俺を頼りにしていたのはどこのどいつなのかな? んん?」
 人をバカにしているような目でこちらを見てくる。なんだよお前。俺が情けないって言いたいのかよ。相手は俺が何か言う前にまた口を開いていた。
「まあまあ。でもな、樹。お前は気付いてないだろうけどなあ、この森の中には結構な数がいるんだぜ? まず見つからずに出るのは無理だろうな。ここはもうかなり奥の方だからなあ。そこで、だ」
 グレンは俺の前に詰め寄ってくる。人差し指を一本立てていつものお調子者の顔で言ってきた。
「このボスを倒しちまえば楽に出られるってわけだ。なあに、戦いは俺に任せればいいんだ。お前はちょっと手伝ってくれればいい。お前はほっとんどなーんにもしなくていいって言ってんだよ。こんないい話ないだろ?」
 いい話と言われても。元はと言えばお前がこんな奥まで連れて来たくせによ。
 なんてことを言ってもきっと意見は変えないだろうなこいつは。
 はあ。仕方ない。
「じゃあ、俺は何もしなくていいんだな?」
「違う違う。ちょっとは手伝って欲しいことがあるんだって。それ以外はしなくていいぜ。この俺様に任せておきな!」
 相変わらずのお調子者顔である。そんなに自分の強さを自慢したいのかよ。というか、俺は一体何を手伝わせられるんだろうか。気になるがなんだか怖くて聞けない。危なっかしいことじゃねえだろうな。
「よし! そうと決まれば早速ボスを叩きに行くか! 行くぞ樹!」
 いきなりグレンは元気になって岩の穴の中に入っていった。おいおいもう行く気かよ。そんなに簡単なのか、ボスを倒すことってのは?
 俺はそう考えていたが心のどこかでグレンの強さに期待していたので、あまり心配せずにお調子者の後を追って岩の中に入っていった。

 

「……暗いな」
 岩の中は光なんてなかった。入り口付近は外からの光が入ってきていたが、奥に進んでいくとまるで真っ暗。何も見えない状態なのでその場で立ち止まってしまった。
「おい樹、お前何か火とか持ってねえのか?」
 隣からグレンが聞いてくる。
「持ってねえよ。グレンこそどうなんだよ?」
「持ってたらそんなこと言うわけないだろ。もっと頭働かせってんだ」
 何気に腹の立つことを言ってくるグレン。俺の荷物はグレンに渡された短剣だけだ。マッチもライターも何もない。そもそもそんなものを持ち歩く習慣なんて俺にはなかったし。
「じゃあこれ以上進めねえじゃん。どないせえと言うんだよ、こら!」
 なぜかグレンはこっちに向かって怒ってきた。そんなもん俺が知るかってんだよ。
「諦めて帰ろうぜ。それが一番いいって。な?」
 これ以上進んでも真っ暗だったらさすがに何もできないだろ。わざわざ危ない道を選ぶこともないし、何より俺はそんなことに関わりたくないんだよ。
 しかしグレンはやはりと言うべきか、すごい勢いで俺に怒ってきた。
「阿呆! だったら俺がここまで来た意味がねえじゃねえかよ、俺の努力を無駄にする気かお前は!」
 そう言いながらグレンは壁をばしりと叩いた。音が辺りによく響く。と同時に穴の内部が明るく――って。
「電気、ついた?」
 思わずそう呟いてしまった。
 確かに内部が明るくなっていた。天井を見上げてみるとぴかぴかと眩しく光る電気がいくつもある。壁は真っ黒で固そうな鉄みたいだったが、グレンの叩いた場所にちょうどスイッチらしき物が見られた。それがきっと電気のスイッチだったのだろう。
「お? 俺様すげえ!」
 グレンは一人で喜んでいる。何か言ってやろうかと思ったが、あまりにも嬉しそうな顔をしていたので何も言わないでおいてやった。
 俺たちがいる場所はちょうど廊下の一本道で、それはまっすぐ奥へとのびていた。この奥にガーダンとやらのボスがいるのだろうか。
「よーし。じゃあさっさと行くか!」
 満面の笑みを浮かべながらグレンは奥へと進んでいった。そして俺もグレンの後を追ってのこのこと進んでいくことにした。

 

前へ  目次  次へ

inserted by FC2 system