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10

 黒い壁の中から青い色の鎧が出てくる。それも一体ではなく、十や二十と、止まることなく次々と出てきた。全て同じ動きですぐに剣を構え、一斉に斬りかかってくる。
 何かが壊れるような音が響き、床に鎧が転がった。その数は全体の半分程度で、残りの半分はまだ動いている。連中は体勢を立て直し、また斬りかかってくる。それも全て同じ動きで。
 また同じように物が壊れる音が響き、鎧が床に落ちた。もう動く鎧はいなかった。落ちた鎧の上に剣を持ったままのグレンが立っている。
「まったく単純な奴らでつまんねえな。同じ動きしかできねえのかよ」
 そう言いながらグレンは剣を鞘に収める。
 そこから離れたところで俺は最初から全てを見ていた。
 何から何まで普段のお調子者からは考えられないことだった。グレンはただ乱暴に剣を振っているのではない。まるで風が吹くかのように刃が流れ、鎧集団を次々と転がしていった。その時の瞳は真剣そのもので少しの隙も見逃さないような鋭い視線だった。
 それに比べて鎧集団はどいつもこいつも皆同じ動きしかしなかった。素人の俺でも分かるくらいなんだから、やっぱり奴らは一つのコピーか何かなのだろう。でないと動きが単調すぎる。
 だからと言って俺が手を貸すということもなく、鎧集団の相手は全てグレンがしていた。俺にはそんな力も体力もないんでね。仕方ねえだろ。
 連中は何回か俺たちの前に現れたが、そんなに頻繁に出てくるようなことはなかった。一団を倒して十分ほど進んでからまた現れる、といった感じだった。そんなに何回も出てこられたらそれはそれで嫌だけどな。そしてその度にグレンが全て倒していた。
 鎧集団、つまりガーダンはあからさまに変な奴らであった。一度動かなくなった鎧の中を見てみたが、中は空っぽで何もなかった。物が勝手に動いているのには驚いたが、俺にはそれよりも別のことが頭から離れないようになっていた。
 その別のこととは祭りをしている広場で会ったアレートのことである。アレートは確か俺を追うと言っていた。もし今俺を追ってこの森の中に入っていたら彼女が危ない。でも俺にはどうすることもできない。だから、とりあえずこのガーダン集団をグレンが早く倒してくれるのを待っているのである。
「よーし。敵は近いぞ樹! 気合い入れていけよー!」
 俺が気合い入れたって仕方ねえだろ。相手すんのはグレンなんだし。
 そんなことを考えつつも、先に歩いていくグレンの後を追った。

 

 +++++

 

「疲れた……。ちょっと休憩しようぜ」
 一体どのくらい歩いただろうか。ボスとやらの元には一向に辿り着かない。いい加減疲れて、俺の身体は限界だと悲鳴を上げ始めていた。
 そのまま倒れるように床に座り込む。床はひんやりしていて妙に気持ちいい。これは鉄じゃなくて石でできてるのかもな。そんなどうでもいいことを考えながらごろりと横になった。
「なっ? 樹! おいこら起きろ! 寝てる場合じゃねえだろうが! こら! 聞こえてるだろ!」
 上からグレンの声が聞こえてきたが、そんなこと言ったって仕方ないだろ。俺はもともと普通の平凡高校生だったんだ。そんな奴が鎧集団と戦ったり何十分も黒い廊下を歩くもんじゃねえんだよ。平凡高校生には睡眠だって必要不可欠なんだ。
 だってお前よお。俺は最近勉強しまくって疲れてんだ。毎日毎日受験受験って。
 ――ん、受験?
 俺はがばりと起き上がった。やばいやばい、頭が過去に遡っていた。受験はもう終わったっつーの。
「お。起きたな樹君。さあ行くぞ!」
 そんな声と共に背中の服を掴まれた。グレンはそのまま俺を引きずっていく。
 やばい。まじで眠い。お調子者に反発する気力もない。引きずられてる。でも頭がぼーっとする。
 畜生、俺を引きずりやがってグレンめ。後でまた蹴り飛ばしてやる!
 そうして気が付かないうちに俺は意識を手放してしまっていた。

 

 ふと目を開けたら俺は床の上に放り出されていた。酷えなグレンの野郎。俺はお前の荷物かよ。そんなことを考えながらも、しばらくぼんやりした頭で周りの状況を見てみる。
 どうやらここはもう廊下ではないらしかった。相変わらず壁や床は黒いが、狭苦しくなく広々としている。俺はその片隅に放り出されていた。天井の電気もぴかぴかと光っている。
 なんだ、もうボスとやらのところに着いたのか? しかしグレンの姿を探してみてもどこにも見当たらない。なんだよあいつ、俺が邪魔だからってここに置き去りにしやがったのかよ。とことん酷い奴だな、まったく。
 俺はとりあえず立ち上がった。仕方がないからグレンの野郎でも捜すか。置き去りってのはさすがに気分が悪いし。
 寝ぼけた眼で部屋の外へと続く道を探す。壁と壁の間を一つずつ視界に放り込んでいき、必ず伸びているであろう狭い空間だけを求めた。
 黒い壁はきっちりと行く手を阻み、この部屋には道がないようだった。
「…………」
 ない?
 え? いやちょっと待てよ、道がないって? じゃあ何なんだよ俺は? なんで、いや、どのようにしてこのフロアに侵入したわけ?
「樹」
 いきなり背後から声が響き、思わず肩が跳ね上がってしまった。あのなあ、人が考え事してる時に話しかける奴があるかってんだ。まったくどこのどいつだよ、その礼儀知らずな野郎は。
 俺は相手の正体を確認する為に振り返った。
 そして、驚く。

 

「な、なんだありゃあ」
 俺の目の中に真っ先に飛び込んできたもの。それはガーダンだった。いや、正確に言えばそれはまだ『ガーダン』ではなかった。大きなよく分からない機械が置いてあって、その中でガーダンが作られていたのだ。作られるとはいっても普通に作るのとはわけが違う。何が違うのかというと、別の一体からコピーされているというのもあるが、もう一つ異常なことがあったのだ。
 同じ空間の中に一体だけ鎧が動いていた。そいつは機械の外に出ていて俺に背を向けており、鎧の色や形が他の奴らと違っていた。ご丁寧に背中にはマントを羽織っている。きっと奴が鎧集団のボスなのだろう。
 そしてそのまま俺の視線は奴の腕に落ちる。
 それを見て俺は絶句した。
「――グレン!」
 そう、鎧野郎の腕の中にはグレンがいたのだ。身体には多くの傷を負っていて、眠っているように目は閉じられている。しかしまだ息はあるらしく胸が上下していた。
「……樹」
 小さな、今にも途切れそうな声が聞こえた。あまりにも俺が知っているものと違いすぎてさっきは気付かなかったが、それはグレンの声だった。まだ意識があることが分かってほっとする。
「お前は逃げろ! 俺が甘かった。奴ら、増殖するために人の命を使うみてえだ」
 相手の元へ駆け寄ろうとする前に、そんな声が聞こえてきた。
 人の命?
 ……使う?
「お前はまだ逃げられる。俺はもう助からねえと思――」
 辺りに物質が立てるうるさい音が響く。グレンは鎧野郎の手によって機械の中に放り込まれた。
 ゆっくりと鎧野郎がこちらを振り返ってくる。赤いマントがふわりと翻り、小さな音を立てた。
 俺が今まで会ったことのある青い奴らの倍はある大きさに、黒ずんだ赤い絨毯のようなマント。それより黒ずんだ赤い鎧は金属ならではの光沢で煌めいており、天井の電気がそれを怪しく照らしていた。
 そんな奴が俺の前に立ち塞がっている。
 信じられなかった。あんなに強かったグレンがやられるなんて俺には信じられなかった。
 頭が真っ白になった。何も考えられなかった。怖かった。怖くて怖くてどうしようもなかった。足が震えた。全身が寒くもないのにがたがた揺れた。歯ががちがちと音を立てた。どうしたらいいか分からなかった。
 死ぬかと思った。俺はここで殺されるのかと思った。あの機械の中に入れられて、ただのコピーになるのかと思った。グレンのように。グレンのように。
 違う。
 まだだ。まだそうと決まったわけじゃない。グレンはまだ生きている、生きているに違いない。
 そうだ。
 俺が諦めない限りグレンは生きられる。まだあの機械は動いていない。まだ間に合うはずだ!
 あいつを、あの鎧野郎さえ倒せばいいんだ。あの偉そうにマントなんか羽織っている、馬鹿みたいに巨大で見るからに動きの鈍そうなあいつを!
 怖い。怖くない。怖い。怖くなんかない!
 くそ、震えよ止まれ、みっともない! それでも男か、川崎樹!
 震える手でズボンのポケットの中を探る。中で何か金属のようなものに触れた。それをぐっと掴み、目の前に引っ張り出す。
 それはグレンに貰った短剣。短剣と言えども短すぎるためほとんどナイフのように見えた。それを片手で握り締め、顔の前に持っていく。
 駄目だ。まだ震えが止まらない。相手が目の前にいるから怖い。身体が震える。相手が目の前にいるというのに!
「……お、してやる」
 喉の奥から声を絞り出す。その声もまた震えていることがよく分かった。
「お前らなんか、俺がた……倒してやる」
 必要なのは自己暗示だけ。
「い、いいか! 俺は、さ、さっきの奴のことを知っているんだ! 俺は、俺は、比べものにならねえほど、強いんだぞ!」
 嘘だ。
 分かっている。でも止められないんだ。止まらないんだ。
 鎧野郎はやたらと格好つけて腰の剣を抜いた。
 俺、情けねえ。まだ震えが止まらないんだ。
「う……」
 鎧野郎が地面を蹴ったのが見えた。
「おぉぉおおっ!」
 気が付けば、俺は相手に向かって走っていた。

 

 光が見えた。刃物が煌めく美しい光が。
 それを間近で見たのはまだ二回目。一回目はリヴァが俺の家に転がり込んできた時。そして二回目は今。俺に向かって振り下ろされる銀色に光る重そうな長い剣。
 光が消えた。いや、消えたんじゃない、通り過ぎたんだ。俺の目の前を。
「――な」
 体がだるい。よろける。うまく力が入らない。そのまま二、三歩後退し、尻餅をついた。
「痛――?」
 同時に肩に痛みが走った。思わず手で押さえてみるとまた痛みが走る。手を離して手のひらを見ると、べっとりとした血が少しだけついていた。
 血?
 俺、斬られたのか。
 俺ってもう平凡高校生じゃ駄目なのかな。自己紹介の時はどう言おう。
 ああ、まだ余計なことを考えられる頭はあるんだな。さすがは俺。誰か褒めてくれよ。なあ。
 鎧野郎は距離を詰めるように歩いてやって来る。余裕だな、お前はよ。俺なんか成すすべもないのに倒してやるなんてでっかいことを言ったのに。
 その時俺はふと、自分の下に何かがあるのを感じた。今まで下に敷いていたのに気付かなかった。身体を動かしてその上から離れる。
「これは」
 思わず口が開いた。床の上に転がっていたのは白銀に光る長い剣。間違いなくそれはグレンが使っていたものだった。
 だが剣は折れていた。半分くらいのところで真っ二つになって。
 無意識のうちに手が伸びていた。折れた剣の柄を掴み、拾い上げる。
 俺は右にはナイフのような短剣を、左にはグレンの折れた剣を握り締めていた。
 そのままゆっくりと立ち上がる。
 前方には鎧野郎。赤いマントを翻して何も言わずに、何も感じられない兜を俺の方に向けている。その鎧の手には剣が握られていた。
 倒してやりたかった。いや、壊してやりたかった、あの鎧野郎を。
 でも見るからに無理だ。俺にはそんな力はない。グレンのように強くもないのに、倒すなんて、壊すなんて無理だ。だから俺は頭を使わなければならない。何かいい方法を考えなくてはならない。
 力任せに突っ込んでいってもやられるのがオチだ。だったら『倒すこと』よりも『壊すこと』を優先させればいい。
「――へっ」
 俺しかいない。それに人助けだ。壊しちまってもいいよな?
 俺が立ったまま動かなかったので相手側は俺に向かって走り出してきた。俺は両手に持った頼りない二つの刃物をぐっと握り締める。
 そしてそのまま俺も相手に向かって走り出していた。

 

 また光が見えた。俺の目の前を通過していく。そしてそのすぐ後に身体のどこかに痛みが走る。それでも俺は止まらずに走った。
 俺が向かう先はあの機械。あれさえ壊せばグレンは助かるはずだ。あれさえ壊せば、きっと。
 しかしあと少しというところで身体に力が入らなくなる。膝ががくりと折れて、その場に前のめりに倒れた。背中に激痛が走る。痛い。とんでもなく痛くて、全身の神経がおかしくなってしまったようだ。
 いいや駄目だ、こんなところで倒れちゃいけない。俺が倒れたら全てが終わってしまう。グレンをもう一度蹴飛ばすことも、リヴァを見つけて家に帰ることもできなくなってしまう。
 歯を食いしばって起きようとするが、もう力が入らない。懸命に力を入れようとするのに身体は起き上がってくれない。思うように動いてくれないんだ。
 嫌だ。
 全身の血が一気に騒いだ。
 嫌だ嫌だ嫌だ。
「こんなところで、こんなところなんかで」
 こんなくだらない奴らの為に。
「――死んでたまるかよ!」
 俺は思いっ切りグレンの折れた剣を機械に向かって投げた。
 当たれ! 当たれよ!
 まるで吸い込まれるかのように剣は機械に向かって飛んでいった。鎧野郎が慌てて止めようとするのが見えた。しかしそれは間に合わず、剣はまっすぐ機械に突き刺さる。
 へっ、ざまあみろ。これでお前らは終わりだ!
 目の前で何度も聞いた嫌な音が響いた。そうかと思うと剣が刺さった部分から眩しくて目を開けていることもできないほどの光が溢れ出てきた。
 眩しすぎてこれ以上見えない。俺はぐっと目を閉じた。
 後に残るのは虚無への覚悟だけ。

 

 気が付けば目の前には白い大地が開けていた。いや、白いと言ってもそこは森の中だった。地面が白くて、遠く離れたところに木々が見えている。俺がいる部分だけがまるで爆発か何かして吹き飛んだかのようだった。
 周りを見てみると黒い瓦礫のような物が幾つも転がっていた。それは太陽に照らされてぴかぴかと光っている。
 そのまま視線を横に向けると、俺のちょうど隣にグレンが座っているのが見えた。
「グレン、お前?」
 相手は平然とした顔でこちらを見ていた。あんなにきつそうだったのに、なんでそんなに平気そうな顔してるんだよ。俺なんかなあ、必死で必死でたまらなかったんだからな!
 そう、必死で必死で。
「おう、起きたかあ樹。お前大変だったなあ」
 グレンは軽く言ってくれる。俺の苦労も知らずによくもそんなことが言えるな。しかし俺はやり返せない。なぜなら彼の声があの時と同じ消えそうな声だったから。
「あの後どうなったんだよ?」
 だから話題をそらした。
 確か剣が機械に突き刺さって、眩しい光が溢れ出てきて。俺の記憶はそこで途切れている。
「ああ、お前が俺の剣投げただろ。それのおかげで機械の扉が開いてよ、俺は外に出られたんだ。で、やばそうだったから気絶したお前を担いで外に出たんだ。そしたら、どっかーん。爆発しちまったよ」
 ふざけたようにグレンは言う。しかしその声も消えてしまいそうだ。
「それでこうなったってわけか」
 一人で納得するように俺は呟く。
「じゃあもうガーダンとやらはいないんだな。もう作られることもないんだよな? そうだ、森の中の奴らは? もういねえよな?」
「まあまあ落ち着いて聞きたまえ樹君」
 グレンは俺をなだめるように言った。俺はそんなに落ち着いていないのだろうか。自分のことなのに少しも分からなかった。
「それがどうにもこうにも、やばいことになっちまったみたいなんだよな」
 返ってきた答えに俺は目を大きくする。
 グレンはばつが悪そうに頭を掻きながら言った。
「お前は知らねえだろうけどよお、ガーダンってのはまだここにしかいなかったんだ。だからほとんどの人が知らないって状況だったわけ。でもお前が機械壊しただろ。俺の剣使って。それがいけなかったんだ」
「何だよ。何がいけなかったんだ?」
 なぜだか罪悪感を覚える。何がなんだか分からないが、俺は余計なことをしちまったのか?
「俺の剣はさあ、ちょっとばかし特別だったわけ。何が特別かって言えば、まああれだ。ガーダンを封印する為にできている剣よ。で、それならよかったんだけど、途中で折れちまったじゃん。そしたらその封印の力がひっくり返って逆にガーダンを強化しちまったのね。それで奴ら、爆発と共にどっかに逃げてったみたいなんだ」
 爆発と共にって、それじゃあそれって。
「俺のせい?」
 俺が剣を投げたから? 俺が頼りなかったから?
 俺が奴らを逃がしたのか?
「まあ気にするなよ樹! 大丈夫、この俺様がすぐに奴らを見つけて倒してやるって! なあに心配すんな。俺は逃げたりなんかしねえよ。お前に責任を押しつけることもしねえって! な!」
 グレンはそう言いながら俺の肩をばしばしと叩いてくる。気付けば肩の痛みも背中の痛みも消えていた。しかし俺にはそんなことを考える余裕などもう存在していなかった。
 俺のせいだというのなら。
「俺が行くよ」
 そうしなければいけないから。
「行くってお前、そんなに楽なもんじゃないんだぞ?」
「だったら、だったらなんであんたは戦ってるんだよ? 楽じゃないならなんで俺に全部なすりつけたりしないで自分から行こうとするんだよ! 俺のせいなんだから、俺のせいだってはっきり言っちまえばいいじゃんかよ!」
 そうだよはっきり言えよ。こうなったのは全部俺のせいなんだから。俺が何も知らなかったから、俺が馬鹿で馬鹿で仕方がなかったからこんな結果になってしまったというのに!
「だから俺は行かなきゃならないんだよ! 俺のせいだから、俺が馬鹿だったから! 責任は全部俺にあるんだ! だから行くんだ、分かったか馬鹿!」
 グレンは黙って俺の話を聞いていた。ああ、俺は、どうしてこんなに情けないのだろう。グレンのことを馬鹿だなんて言う権利などないのに、なんで人にあたったりしてるんだよ。
「分かった、分かった。お前の言いたいことは分かったよ、樹」
 グレンは俺の肩をぽんぽんと叩いてくる。ようやく声に張りが戻ってきたみたいだった。そのままの口調で俺に言ってくる。
「じゃあお前は行けばいい」
 分かっているだけに何も言い返せなかった。
「でもな、俺もついていくからな」
 続いた台詞は俺の心を揺さぶった。彼が何を言っているのか分からない。
「お前の『連れ』として、だ」
 彼の言葉が頭の中を支配する。
「文句あるか?」
 俺は顔を下に向ける。
 ああ、そんなもの。
「……ねえよ」
 情けないことに、俺にはそう言うことしかできなかった。

 

 お前は卑怯だ、グレン。お前は卑怯すぎる。
 なんでそんなに正義感が強いんだよ。なんでそんなに優しいんだよ。
 それじゃあ俺、馬鹿みたいに情けねえじゃんか。いつまでたってもお前に敵わねえじゃんかよ。
 それでも今はただ、そのお調子者の優しさが嬉しかった。
 不安だったから。あんな奴らを相手にするのは不安で不安でたまらなかったから。
 だからそんなことを言ってくれる奴がいてとてつもなく嬉しかった。
 俺の隣にいる奴がそう言ってくれた時から、俺はもう駄目だった。
 みっともないほど涙が流れてきて、一向に止まる気配を見せなかった。

 

 

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