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12

「ん……」
 ゆっくりと目を開ける。そうして初めに視界に現れたのは――。
「あ、気が付いた?」
「わっ、なんだお前! あいつの仲間か?」
 目の前にいたのはまたしても子供だった。しかもあいつ――つまりあの無愛想な奴と同じで男の子。でも同じなのはそこまでだった。
 今目の前にいる奴は髪が緑だった。あいつは藍色であり、全くと言っていいほど違う。それに目の前の奴には表情があった。俺が目を覚ましたのが嬉しかったのかにっこりとしている。やっぱ子供はこうでなくちゃな! とにかくあいつは変だった!
 勝手に結論を出すと俺は身体を起き上がらせる。そもそもあの藍色の髪の子供、一体俺に何をしたんだ?
「あ、もう起きても大丈夫なの?」
 横から子供が聞いてきた。誰だか知らないが俺のことを心配してくれているらしい。なんていい奴なんだ。あの自分勝手な外人やお調子者のグレンとは大違いだ!
「心配するなよ。俺なら大丈夫だからさ。ええと」
 そう子供に言い、辺りをぐるりと見回してみる。
「……は」
 ぽろりと声が落ちるように俺は思わず口を開いていた。
 目の前に広がるは白。そしてその先には先の見えない海が広がっている。更に風の音が頭上で響き、全身の体温を一気に奪っていた。そう、白いものとは雪であり、この周辺はどこを見ても雪が隙間なく積もっている。
 俺は下を見た。自分の服装を見ると一気に鳥肌が立った。
「さ、さささ寒っ!」
「お兄ちゃんそんな薄着で一体何しに来たの? しかも倒れてたし。もしかして迷子?」
 子供に迷子呼ばわりされたかないわ! とここで怒るのも大人気ないような気がするのでとりあえず我慢する。相手はまだ小さい子供なんだしさ。
「あのーここって、どこ?」
 とりあえず素直に聞いてみた。子供はじっと俺の顔を見てくる。何だよ、何か言いたいなら言えよ。なんか困るじゃん。
「ここは名前もない小さな冬島だけど、お兄ちゃん知ってて来たんじゃないんだ?」
 真面目そうに聞いてくる少年。その様子はなんだか普通ではないようだった。
 しかし冬島って、俺はなぜこんな場所にいるのやら。
「うーん」
 子供は頭を掻きながら俺から視線をそらした。なんだか困っているように見えなくもない。仕方ない、ちょっと声かけてみるか。こう目の前でそんな態度されちゃあ、ねえ。
「どうしたんだよ、何か困ってんのか? 言ってみろよ」
 俺の声を聞き、子供は顔を上げてまた俺の顔を見た。その顔はまるで何か驚くべきものを見たようなそれだった。俺の善意が嬉しかったのか? なんてな。
 そんなことを考えていると子供は表情を変えないままで口を開いた。
「聞いても無駄だと思ったから言わなかったのに。お兄ちゃんって意外と積極的な人なんだね」
 一気に気分が冷めた。気分だけでなく周囲の空気も冷めている。なんというか、虚しい。
「ここにぼくと同じくらいの年の女の子が来なかったかって聞きたかったんだけど。知らないようだね、その様子じゃあ」
「そっすね……」
 そりゃあ知りませんよそんなお方は。俺が目を覚ましたのはついさっきなわけだし。知ってたら奇跡だ。
「そんなことより俺どうすりゃいいんだ? これから」
 誰に言うでもなくぽつりと呟く。いやそもそも俺がこんなところに来たのって明らかにあいつのせいだよな。あの藍色の髪の少年、彼が犯人だということは分かり切っている。そこで俺はあいつの言っていたことを思い出してみることにした。
『いちいちうるさい人だね。君みたいな人は嫌いだな』
 はっきり言ってどうでもいいことを真っ先に思い出してしまった。これじゃないって。もっと前のを思い出せよ俺!
『じゃあ可愛げがないついでに、面白いものを見せてあげるよ』
 そうそう、そんなことも言ってたな。確かに可愛げがなかったよな、うん。納得。
『大丈夫。仲間も一緒に飛ばしてあげるからさ。それに、君は今世紀最大最強の勇者様なんだから。これくらいのことでやられないでね、川崎樹君』
 最後に思い出した言葉に俺は首を捻る思いをした。
 彼は仲間も一緒にと言っていた。その仲間というのはもしかしてグレンのことなのか? だとしたらあのお調子者もここにいるということになるが、やっぱりまた捜すしかないのだろうか。
「仕方ねえかな……」
 そう言ってため息を吐く。なんだかため息が久しぶりによく出そうだ。あの崖にいた時以来だな。
「何が仕方ないの?」
 子供は首を突っ込むことが好きらしい。なんだか乗り気はしなかったが、黙ってても聞いてきそうなので先に説明しておくことにした。
 とりあえず地面に座り込み、例の藍色の髪の可愛げのない奴の話をする。なんだか知らないが子供は真剣に聞いてくれたので、話してて嫌になるようなことはなかった。
「ふーん。そうなんだ。へえ」
 話を一通り聞いての感想がそれかよ、と言いたくなるほどの返事が少年から示された。せっかく話してやったんだから、もっと気が利いたことを言ってくれてもいいのにさぁ。
「じゃあこうしようよ」
 すっと男の子は立ち上がり、今度は俺を見下ろすように見てくる。口ににこりと笑みを浮かべ、そのままの体勢ではきはきと言葉を続けた。
「ぼくこれから人捜ししようと思ってたから。お兄ちゃんも一緒に行かない? 山」
 は? 山?
 男の子の言葉に一瞬だけ疑問が浮かんだ。しかしそれはすぐさま消されることとなった。なぜなら、なんと俺の目の前、つまり男の子のバックには巨大な山がそびえているではないか。というわけだからである。
「じゃあ行こうか」
 そう言って男の子はさっさと歩いていく。いやちょっと待て、俺を置いて行くなよ!
 俺は仕方がなかったので男の子についていくことにした。

 

「おや」
 暗い影の向こうに二つの人影が見えた。どうやら彼らは話をしているようだ。ここからなら話し声もかろうじて聞こえてきそうである。
 そしてなぜ俺が暗いところにいるのかというと、それはこの山の中にいるからだ。山の表面にぽっかりと穴が開いており、そこから洞窟が奥に続いているのである。そう、まさにRPGで言うダンジョンってやつ。俺は子供に連れられてその未知なる世界に足を踏み入れていた。そして俺をそこまで導いた少年はというと、今は俺のすぐ後ろにいる。
 ここまでは俺の知るRPGと同じだった。でも現実ではその先が少し違うようだ。通常ならダンジョン内には魔物やらモンスターやらがうじゃうじゃ出てきて、チキンなプレイヤーならレベル上げに勤しむはずなのにそれがここにはない。そりゃ俺だってそれが一番願ったりなんだけど、なんだか落ち着かないというか、逆に不気味に思えて仕方がなかった。
 なんて、いくら俺が考えたって現実は何も変わりはしないんだけどな。
 そこで思考を止めると、見えない場所にいる誰かの声が耳に入ってきた。
 しかしそれはどうにか声色が分かる程度で、単語の一つ一つを聞き取ることはできなかった。声のトーンからして、一人は小さな女の子のものかと思われる。
 そしてもう一人が発した声は、俺にとってなんだか聞き覚えのあるものだった。
「気を付けてね、お兄ちゃん。この洞窟にはたくさんのガーダンが徘徊してるんだ。ガーダンって知ってる?」
「ガーダンだって? 知ってるも何も、俺はそいつらを探してたんだ。奴らこんなところにいたのか!」
 後ろから囁くように男の子が教えてくれたことは、俺を動かすには充分な要素を孕んでいた。
 これは思わぬ拾い物のような気がした。まさかこんなところにいるなんて、探す手間が省けてよかった。でも嬉しい半面どうしても疑ってしまう面もある。なんだか話ができすぎてないか? 俺が訪れた場所に探し物があるなんて、上手い具合に事が進み過ぎている気がする。
 いいや、よく考えれば、俺がここに来たのは俺自身の意思ではなかった。あの藍色の髪の子供に飛ばされたからこの冬島に辿り着いたのであり、だとするとこの偶然はあの子供の望むシナリオ通りの展開になっているということではないだろうか。彼は一体何者なんだ? 俺の名前も知っていたようだし、何の目的があって俺に近付いてきたのだろう。
 考え込んでいると足が止まってしまっていた。後ろにいる少年はきょろきょろと周囲を見回しており、どうやらガーダンを警戒しているらしい。また歩き出そうとすると人影が見えた方角から大きな音が響いてきた。そちらに目をやると、黒い煙が発生していることが分かった。
 まさかこんな洞窟の中で火事か? 外に負けないくらいひんやりとした場所なのに、何を燃やす必要があったのだろう。
 のんきに頭をひねっていると凄い勢いで何かがこっちに飛んできた。反射的にそれを避けると、俺の背後に広がる壁にさっくりと突き刺さる。
「げっ」
 それは折れた剣だった。銀色に光って俺の顔を映している。こんなものが飛んでくるなんて危ない洞窟だな。いや、さっきはよく避けることができたなぁ。
「これ……ガーダンの剣だよ! 近くに奴らがいるんだ、お兄ちゃん気を付けて!」
「ま、まじで?」
 男の子の言葉を聞き一気に緊張してきた。以前はグレンがいたからなんとかなったものの、今ここであの鎧集団に会ったなら俺は全速力で逃げなければならなくなるのだ。戦って勝てる相手じゃないことはもう分かり切っているし、おまけに今は俺の後ろにいる男の子という守るべき存在がある。いくら情けないとはいえ、俺の方が年上なんだから、いざという時には俺が彼を守ってやらなければならないのだ。それができるかどうかは別として。
「あれ? そういえば」
 ふと思い出したことがあって俺はぽつりと呟く。
「俺の剣……どこいった?」
 気が付けばグレンに無理矢理買わされたあの長い剣の姿がどこにもなかった。しかし自分で自分に聞いてみても答えが出るはずもなく。俺がここに来たのはきっとあの藍色の髪の子供の仕業なんだから、あいつに聞けば分かるのではないだろうか。正直言ってかなり嫌だけど。
 頭の中では文句を言いつつも、とりあえず俺は周辺を探してみた。店で買った後はグレンが一本を持ち、俺はもう片方の一本を腰に吊るしていたはずだった。それなのに今はそれが忽然と消えている。あれでなかなか軽かったので気付くのが遅くなってしまったが、普通に考えてあんなに大きい物が自然になくなるなんて有り得ないよな。あの藍色の髪の子供は一体何がしたいんだよ、まったく。
「お兄ちゃん、危ない!」
「へっ――?」
 再び俺の隣を何かが凄いスピードで通り過ぎていく。しかし今度はそれが壁に突き刺さることはなく、俺に当たらなかったことを確認すると元の場所へと引っ込んでいった。
 俺が探し物をしている隙にどうやら見つかってしまったらしかった。男の子と二人で見据えるのは青い鎧を纏った集団であり、連中との距離もわずかとなっている。
 絶望的だ。奇しくも俺が最も恐れていたことが起こってしまったじゃないか。逃げ道を確認する為後ろに視線を送ってみたが、あろうことか鎧集団は俺たち二人を綺麗な円で取り囲んでくれていた。
「な、なんてこった」
 思わず情けない声が口から漏れてしまう。でもいくら嘆こうと現実は変わってくれそうになかった。ここは俺がどうにかしなければならないらしい。大丈夫だ、あの森の中でもどうにかなったんだから、きっと最良の答えがすぐ傍に転がっているはず。俺はそれを間違わずに選択すればいいだけなのだ。
「どうしよう、お兄ちゃん」
「心配するな」
 男の子を庇うように俺は彼の前に立った。しかし誰かの後ろに隠れたいのはむしろ自分自身だった。
 こういう展開って漫画とかでもよくあるよな。この場合、どうやって解決するのがいいんだっけ。
 いくら考えてみても俺の頭では何もいい案が思い付かなかった。そもそも漫画と現実じゃわけが違うんだ、そう簡単に解決できたら苦労はしない。
「と、とにかく、連中の隙をついて逃げるしかない。あっちの方に人影が見えたから、そこへ逃げるんだ」
「うん」
 俺と違って男の子は幾らか落ち着いているようだった。なんで年下よりうろたえてるんだ俺は。もっとしっかりしろよ、自分!
 ゆっくりと距離を詰めてきていたガーダンが一斉に剣を振り上げ始める。いよいよ俺たちに攻撃を仕掛けてくるらしい。逃げる隙があるとすれば、それは連中の攻撃を避けた時だ。ただ問題は、この大勢の攻撃を華麗に回避する技術を俺が持ち合わせていないということなのだが。
「ええい、来るなら来い! てめえらのコピー攻撃なんざ避けてやる!」
「その必要はないよ」
 意気込んで大声を出してみたものの、なぜか返事が耳に届いた。いや、今のは独り言のつもりだったんだけど。それ以前に誰が返事をしたんだ?
 ふと風に乗って焦げた臭いが運ばれてきた。
 電光のような眩しさがあり、そちらに目をやるとガーダンの一体が炎に包まれていた。唖然としてそいつを見ていると、今度はその隣にいた奴が燃え始める。次々と炎は伝道するかのようにガーダンたちを包み込み、気が付けば鎧集団は一つ残らず真っ黒の灰になっていた。
 そして動かなくなった物質の上に立っていたのは、俺にとって非常に懐かしい顔でもあり。
「やっ。お久しぶり、樹」
 にこやかな顔で俺に声をかけてきたのは、全ての始まりを引きつれてきた外人――リヴァセールであって。
「やれやれやっと見つかった。一体どれくらい捜したと思ってるんだよ?」
「い……」
「ん?」
「今更来るなっ!」
 衝動的に俺は相手の顔面をグーでパンチしていた。

 

 

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