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13

 俺は平凡な高校生であった。
 なぜ過去形なのかというと、今は違っているからだ。
 ではなぜ違うのか。
「びっくりしたなあもう。いきなり殴るなんて、君、友達なくすよ?」
「余計なお世話だっ!」
 俺が平凡な奴でなくなった理由。それはこの、目の前でおどけるような態度をして話しかけてくる外人のせいに決まっている。しかも相手は勝手な思い込みで俺から離れず、人違いだというのに聞く耳も持たないし。こいつのせいで俺が一体どんなに苦労したことか!
 とにかくだ。
「おいリヴァ」
 俺は苛立ちを抑えつつ外人に話しかける。こうなったらもう何もかも聞いてやるんだ。
「一体これはどういうことなのか、俺にも分かるようにきちんと説明してくださいませんかねぇ? なぜ俺は崖の上に放置されたり、変な鎧集団に襲われたりしなければならなくなったんですかねぇ? そもそもお前は俺を無視して今までどこで何をしていたんでしょうかねぇ? ええ? おい!」
 外人に詰め寄るように言い放つ。なんだか今までため込んできたものが爆発しそうな勢いだった。我ながら自分の中にあったものに驚いてしまいそうだ。
 そして相手はというと、なんだかぽかんとしている。それは今まで見てきた表情とは少し違うように感じられた。なんだ、彼は反省でもしているのか? だったらもっとしろ。むしろしてくれ。
「あの、お兄ちゃん。その人は?」
 背後から少年の声が響く。忘れてたが俺の後ろには緑の髪の男の子がいるんだった。思えば俺はまだこいつの名前すら知らないんだった。今更だけど聞いておいた方がいいかな。
「ええと、話せば長くなるんだけどな。それよりお前、名前は?」
「お兄ちゃんは?」
「俺?」
 質問をすると質問が返ってきた。先にこっちから名乗らなきゃ駄目ってことかよ。
「俺の名前は樹」
 今度は余裕があった為か、わけもなくフルネームで答えることを避けられた。これでやっと変な顔されずに済むってわけだ。
「ふうん。ぼくはルク。で、その人は?」
 おお、普通に通じてるぞ! なんてすばらしいコミュニケーションなんだ! 名前のみ万歳!
「こいつはなぁ、リぶばべ――っ」
 いきなり途中で口を塞がれてしまった。おかげで変な声が出た。そんなことをしてくる奴は一人しかおらず、口を塞いできたリヴァの手を押しのけ俺は相手に反発してやる。
「何すんだよお前! 俺がせっかくお前のことを紹介してやろうとだな――ん?」
 外人の方を見ると何やら手招きしている。なんだあいつは。そんなにルクに聞かれたくないことでもあるのだろうか?
 俺が外人の隣に行くと、相手は小声で囁くように言ってきた。
「あんまり好き勝手に喋ってくれるなよな。自分の正体を隠さないのは構わないけど、こっちの正体は黙っててよ」
 何なんだこいつは。相手は子供だってのに、何を必死に隠そうとしてるんだよ。ちょっと考えすぎなんじゃないのかと咎めたくなってくる。
「ところで樹、君さっき言ってたよね? 鎧集団に襲われたって」
 瞬時に態度を改め、ルクにも聞こえる声で外人は訊ねてきた。
「それがどうかしたのか?」
 もしかして心配してくれてるのか?
 ちょっとだけそんな夢のような期待をしてみたが、それは一分もしないうちに破壊されることとなった。
「どうして君はそう厄介事を持ち込んでくるわけ? 君は大人しくできないのかよ! さあもう、何かに巻き込まれる前にさっさと帰るよ!」
 相手はさっきより声を張り上げ、苛立っているように言ってくる。別にそんな、怒るように言わなくたっていいだろうに。
「ほら、ぼけっとしてないで!」
 彼は俺の腕をがっちりと掴み、ぐいぐいと引っ張ってくる。
「まあ聞けよ、リヴァ」
 今にも歩き出しそうな外人に声をかけ、とりあえずその動きを止めた。まずは話し合ってこっちの状況を説明しなければならない。
「お前は気に入らないかもしれないけど、俺ってばもう何かに巻き込まれてるんだよな、これが。だからまだ帰れないんだ。俺には嫌でもやらなきゃならないことがあるから」
 その為にあの時泣いたんだ。今ここでそれをやめてしまったら、あの時の気持ちは全部嘘になっちまうから。それはとてもじゃないが許せない。
「ま、そんなわけでさ。俺は帰らないけど、お前は好きなことしてろよ。お前まで巻き込む気はないからさ」
「ちょ、ちょっと待ってよ樹!」
 外人は今度は両腕を掴んできた。かなり驚いている表情をして、細かった目を丸くしている。心なしか声も高くなっているようだ。
「何だって? 巻き込まれた? それは一体どういうことだよ? 何の力もない君が一体どうやれば巻き込まれるようなことになるんだよ!」
 何気に腹の立つ言葉も混じっていたがここでは目をつぶっておいてやる。それよりも言わなきゃならないことがたくさんあった。
「別にお前には関係ないからいいじゃん。これは俺だけの問題なの。そういうわけだから、お前もう家に帰っていいからな」
 むしろもう帰れ。これ以上話をややこしくしないでくれたら嬉しい。
「……ああもう!」
 相手は吐き捨てるように呟いていた。近くにいたのでそれは必要以上に伝わってきてしまう。
「関係ないわけないじゃないか。君はあいつの知り合いなんだから、勝手に行動されたらこっちが困るんだよ。じゃあ何? 一体どういう事なのか最初から説明してくれない?」
 まるで何かを諦めたかのように頭を押さえ、それでも苛々した様子で外人は言ってきた。そんな態度をされても、こっちだって好きで巻き込まれたわけじゃないんだ。でも自分の責任に背を向けるつもりはないから。
「つまり、こういうことさ」
 そうして俺は過去を振り返り、リヴァとそれを共有することに決めたのだった。

 

「最悪だね」
 俺の説明を聞いての第一声は黒い色をした音だった。心なしか睨まれているような気もする。ルクといいこいつといい、ろくな答えが返ってこないな。
「まあでも、これで一つはっきりしたよ」
「何が?」
 俺は好奇心から聞いてみる。情報量が少ない今、得られるかもしれないものは全力で捉えるべきだ。
 外人は驚くほど素直に答えてくれた。
「ぼくは完全に君に巻き込まれたということ」
 しかもとてつもなく嫌味のこもった声で。
「なんでそうなるんだよ」
 巻き込まれたのは彼じゃなく俺のはずだろう。相手が勝手に俺を捜しに来たのだろうに、こっちに文句を言われても困る。
「君も会ったんじゃないの? あの子供に」
 まるで理不尽な返答に機嫌を悪くしていると、次に聞こえてきた外人の言葉に耳を疑うこととなってしまった。彼の言うあの子供とは、まさかあいつのことなのか? 俺にちょっかいを出してきたあの変な子供が、リヴァの前にも姿を現したってことか?
「それって藍色の髪の子供?」
「うん、そう。やっぱり君も会ってたんだね」
「子供のくせに大人も顔負けの変なことを言う子供?」
「え? ま、まあそうなんじゃないの?」
「俺のこと馬鹿にしてきたあの腹の立つ子供?」
「いやそれは知らないけど」
「お前もあいつのせいでここに飛ばされたのか?」
「そうさ」
 最後の答えは自信があったのか、瞳の中に迷いは見られなかった。
 なるほど。これで一つの疑問が解決したことになる。あの子供が俺をここに飛ばす前に言っていた「仲間」とは、グレンではなくリヴァのことだったんだ。なんだかんだで知り合いが傍にいてくれると安心できるような気がする。
「いいかい? ぼくはね樹。何かに巻き込まれたり、しなくていい余計なことまでやらされるのは嫌いなんだよ。必要以上のことをしてごたごたに巻き込まれて、それで最初の目的が果たされなかったら元も子もないでしょ? だから嫌なんだよ。分かった?」
 まるで問題の回答を述べるかのように外人はすらすらと話す。聞いてないことまでご丁寧に言ってきたが、それはもう嫌味以外には聞こえなかった。そんなにも巻き込まれることが嫌なのかこいつは。
「でも仕方ねえじゃん。全部――ではないけど、少なくとも俺にも責任はあるんだから」
 何度も言うようだけどここで責任をなすりつけようとも思わないし。というよりも、そんな奴にはなりたくなかったから。
 ほんの少しでもいいから俺は正義が欲しかったんだな、きっと。今思うと馬鹿げてる気もする、だけどそれは嘘ではなかったから。
「まあ、君の言い分も分からなくはないよ」
 幾らか声色がやわらかくなり、外人はまた続けてくる。
「だけど君はお人好しすぎる。聞いてりゃそれって明らかにグレンって奴の責任じゃないか。それを全部背負えるほど君は強くないだろ? 自分の力量くらい分かってるよね?」
 まるで的を射るように相手は俺の考えていたことを言ってくれた。相変わらず侮れない性格をしている奴だ。
「はん、お人好しで結構さ! どうせ俺はお人好しの甘ちゃんだよ! それが嫌ならさっさと帰れよ!」
 俺のやり方が気にくわないなら、無理してまで俺についてくる必要はない。それで互いに疲れてしまったら元も子もないから、こういうことは最初からはっきりさせておくべきだと思ったんだ。
「そういうところが甘いんだって、どうして分からないかな」
「何とでも言えよ」
「だから――」
「あの、お兄ちゃんたち」
 今にも始まりそうな喧嘩を止めたのは俺たちの後ろで立っているルクだった。何やら心配そうな目でこっちを見上げている。
「どうしたんだ、ルク」
「あっちの方で何かが燃えてるみたいなんだけど……」
 ゆっくりと視線をルクの言う『あっち』に向ける。岩の影から見えるのはほのかに明るい赤色で、気が付けばこの周辺にも煙の苦い匂いが漂ってきていた。そういえばガーダンに襲われる前に黒い煙を見たんだっけ。あれがまだ続いているということか?
「……」
 沈黙の中、この場にいる三人で顔を見合わせる。
「火、だよね。あれって」
 最初に口を開いたのはルク。
「そうは言っても、この岩しかないような洞窟で何が燃えるんだよ」
 今度は俺が言う番だった。
 そして最後にリヴァが言う。
「気になるなら見てくれば?」
 俺たちは素直に己の欲望を満たす為に動くことにした。

 

 +++++

 

 三人でこそこそと泥棒のように忍び足で前へ進み、ぱちぱちと炎が燃えている音が聞こえるほど近付くとぴたりと止まった。その行列の先頭はなぜか俺で、真ん中がルクで外人は最後尾となっている。それは俺の知らない間に勝手に決まっていたことだった。
 耳を澄ませば声が聞こえてきた。しかし比較的静かな場所である筈なのに、やはり以前と同じように話の内容までは理解できない。俺は警戒しつつも更に近付くことにした。
「お兄ちゃん、早く先に進んでよ」
 ゆっくりとしすぎていたのか、後ろからルクに急かされてしまった。いや、今から進もうと思ってたんだけどな。なんてタイミングが悪いんだ。
「進むにしてものろのろしすぎ。そんなびびってばかりで本当にガーダンを倒せるの?」
「うっさいな、今から行こうとしてたんだよ!」
 外人相手にはなぜか怒っているような口調になってしまう。だってあの野郎、嫌味な言い方してくるんだもんよ。
「だったら早く行きなよ」
「じゃあお前ちょっと黙ってろよ!」
「なんで黙らなきゃならないのさ? ぼくは君に行動を規制される覚えはない。なのになんでそんなことを言われなきゃならないわけ?」
「いちいちうるさいなぁお前は! なんでそう、わざわざ腹の立つ言い方しかできないんだよ!」
「あの」
「はぁ? 腹の立つ言い方してんのは君の方なんじゃない、樹?」
「なんだよお前、俺に楯突こうってのか? ああ?」
「ねえ!」
「楯突く? 楯突いたら何? 君はぼくを打ち負かす自信でもあるっていうの? 何の力もない平凡で甘い甘い君が?」
「ああそうさ、俺は平凡だったさ! でももう違うんだよ、俺はもう非平凡なんだからな! それもこれも全部お前のせいだって分かってるのかよ!」
「ちょっと――」
「いい加減人のせいにするのやめたら? 見苦しいよ、樹」
 たったそれだけの言葉でつまらない喧嘩は中断された。その声は俺のものでもリヴァのものでもなく、ましてや間に挟まれていたルクのものでもない。
 リヴァも俺と同様はっとして顔を上げ、声が聞こえてきた方に視線を向けた。
 そこに立っていたのは藍色の髪を持った無愛想な少年だった。

 

 短い藍色の髪の毛に、少し鋭い大きな藍色の瞳。俺より遥かに低い背丈で体つきは小柄であり、なんとも偉そうというか人を馬鹿にしているような無表情が顔に張り付いている。服は黒と白と藍色しか色がない闇に溶け込んでしまうような色合いで――そんな少年が俺たちの前に立っていた。
「……」
 藍色の髪の少年は無言のまま感情を見せずおもむろに歩き出す。彼が向かっている場所は俺たち三人が立っている地であり、ゆっくりとだが距離を縮めてくる。
 彼は一体何なんだ。なんでわざわざあっちから出てくるんだ。しかもなんでこっちに近付いてくるんだよ? それに、なぜこの場で誰も何も言わないんだ? リヴァなんかあいつのせいで飛ばされたって苛立ちながら言ってたのに、まさか今になって怖気付いたのか? それとも――。
 空気がびりびりしている。触れてはならない糸が張り巡らされているかのように、一歩も動けなくなっていた。それでも頭の中では常に何かが回転している。彼の目を見た瞬間から、それが止まらない。
 警戒の念が自然に形成されていた。俺の中の何かが、あいつは危険だと叫んでいる。
「得体の知れない相手と対峙した際、その反応は正しいものだよ。僕が危険かどうかってことは教えてあげないけどね」
 まるで俺が考えていたことを聞いていたみたいに藍色の髪の子供は言う。以前も似たようなことがあったはずだ。またそれの繰り返しか。
「はい、これ」
 気が付くと藍色の髪の子供は俺の目の前にいた。こんなに近寄っていたことに全く気付かなかった。そうして相手は俺に何かを手渡してくる。
「これ――」
 渡されたものとはグレンに買ってもらった、俺が使うであろう二本の剣の片割れだった。
「もし元の世界に帰りたいならエフに会うことだね。大丈夫、きっと黄色い花が君を導いてくれるから」
 少年は何やら意味深なことを言ってくる。俺の隣を通り抜け、足音しか分からなくなってしまった。
 俺はなんだか糸に触れることが恐ろしくて、渡された剣を握り締めたまま振り返ることができなかった。
 そのままの姿勢で立ち尽くしていた。足音が完全に聞こえなくなってもそのままだった。
 自分ではよく分からないが、身体が意思に関係なくあいつを拒否しているみたいだった。もし身体がなく意思だけで動いていたら、あの腹の立つ子供に蹴りの一発でもかましていたことだろう。
 静寂の中で深呼吸すると落ち着いてきた。身体も自由に動くようになり、分離されていた精神と合体した心地がする。受け取った剣をベルトに吊るし、黙ったままの二人の姿を確認する為に振り返った。
「なあ」
 俺が声を出したと同時に天井が揺れた。何だか知らないが騒がしく、どたどたと誰かが走るような音が聞こえてくる。二階で暴れてる奴でもいるのだろうか。この荒れようから推察するに、犯人はガーダンではないだろう。
「あのさ、二人とも」
「どおりゃあぁぁ……」
 変な叫び声が聞こえたかと思うと、いきなり天井が崩れ落ちてくる。しかし今の声は妙に聞き覚えがあった。はてさてこれは一体どうしたことか。
「ふぎゃっ」
「きゃっ」
「いってぇ!」
 のんきなことを考えていると、なんと俺のちょうど真上から二人の人間が降ってきた。そして俺は見事に彼らに潰される羽目になる。
「何? 何? 何なんだよ急に!」
 下で必死にもがいてみた。それは全くと言っていいほど効果がなかったが、黙って潰されるのは気にくわない。
 しかし俺の上に乗っていた人々は常識をわきまえている人なのか、すぐに俺の上から下りてくれた。そうして身体を起こし、降ってきた連中の姿を確認してみる。
「よ……よお、樹」
 再び聞き覚えのある声が響き、そいつは手を挙げて俺に挨拶をしてきた。上から落ちてきた一人は俺もよく知っているグレンという名の青年であり、もう一人は知らない女の子だった。しかしグレンは俺と目を合わせようとしない。その理由は誰に言われるまでもなく理解できた。
「何やってんだ、お前は……」
 一体どこで何を間違ったのか、グレンは燃えていた。全身が炎に包まれており、見ているこっちが熱くなってくる。ただ彼の身体は炎の壁に挟まれているものの、髪や服が燃えて炭になっているような気配はなかった。もしかすると彼を包んでいるのは火のように見えて火じゃないのかもしれない。
「なんていうか、その、まあいろいろあったんだよ。それより樹、お前もここに来てるって言われたから捜してたんだぞ? このクミって子に道案内してもらってたんだけどよぉ、どこに行ってもお前の姿は見えないしさぁ、高かった剣をなくしたと思ったらあの餓鬼が渡してきたし、落し穴には落ちるわ燃やされるわ……」
 天上から降ってきたのは落し穴に落ちたからだったのか。燃えていて大変そうなのにグレンはよく喋っていた。思ったほど気にすることじゃないのかもしれない。
「とにかく合流できてよかったよ。でもなんで燃えてるんだ?」
「いや、それには深い訳があってだな……」
 思案顔になって顎に手を当てるグレン。うーむ、言わないつもりかこいつは。
「それより樹、ちょっと見ないうちにお前も新たな連れを加えているようだが」
 グレンは燃えたままの手で俺の後ろを指差した。彼の動作につられて振り返ってみると、そこではルクと外人が何やら話をしていた。なんだよリヴァの奴、ルクには知られたくないことがあったんじゃなかったのかよ。
「あの二人はリヴァとルクだよ。リヴァは俺をこっちの世界に連れてきた張本人で、ルクはさっき会ったばかりの子なんだけど、人捜しをしてるらしい」
「人捜し? 俺の道案内をしてくれたクミって女の子が男の子を捜してるって言ってたんだが、まさかのまさかじゃないか?」
 相手に言われて思い出した。そういえばルクは女の子を捜してたんだっけ。グレンの言うように、もしかするとそういうことなのかもしれない。
 ルクは外人と話をしており、グレンの後ろにいる女の子に気付いていないようだった。一方クミと呼ばれた女の子はきょろきょろと周囲を見回しており、何かを探しているようにも見える。こんなに近くにいるのに双方が別のものを見ているなんてなんだか悲しかった。だから俺は無意識のうちに身体が動いていたのかもしれない。
「なあ、ルク」
 俺が緑の髪の少年に声をかけた刹那、何か異様な気配を感じた。
 思わず足を止めて辺りを確認する。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや――」
 どこを見てもおかしな物は存在しなかった。俺の思い過ごしだったのだろうか。それならそれでいいんだけど、異様な気配はまだ消えていなくて気持ち悪い。
「それよりルク、あそこにいる女の子ってもしかして」
「危ない!」
 どん、と何かがぶつかってくる。俺の身体はそれに押し潰され、地面に倒れてしまった。
 よく見ると俺を押し潰しているのはリヴァの身体だった。相手はさっと立ち上がり、懐から短剣を取り出してそれを構える。
 のそのそとした動作で立ち上がると状況がよく分かった。俺たちはまたガーダンに襲われているらしい。俺の前でリヴァがガーダンの剣を受け止めていた。刃物同士が奏でる金属音が派手に散り、不意打ちのような蹴りにガーダンの重そうな身体が吹っ飛ばされる。
「樹、ぼさっとしないで!」
 雷のような声が俺を叱った。ガーダンより何よりその声色に身が縮こまる思いをしたが、俺たちを囲んでいる集団の数を見ると弱音を吐くことができなくなった。
 狭い洞窟の中を青が埋め尽くしている。グレンとクミの姿は鎧集団の壁により隠され、目が届く範囲にいる味方はリヴァとルクだけだった。俺は目を大きくしているルクの前に立ち塞がる。
「さあ、とっとと片付けるよ」
 後ろを振り向かないリヴァはそれだけを言い、懐から更に数本の短剣を取り出していた。

 

 

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