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15

 寒々とした冬島にある洞窟の中、何かの目印のように燃え続けているグレンは子供二人を連れて周囲の探索に向かっていた。彼が言うには近くにガーダンがいないか調べに行くらしく、俺とリヴァは休憩という名目で留守番をさせられていた。もしかするとグレンは気を遣ってくれたのかもしれない。俺とリヴァはまだまだたくさんのことを話さなくてはならないから。
「詳細なら後でいくらでも説明してあげる。今は君の実力を見せてほしいんだけど、いい?」
 ふと外人の口から出てきたのは強い意思が込められた言葉だった。それが空気に触れた瞬間から、俺でも分かるほど場の静寂が変わっていた。
 俺は相手を睨むように見る。
「どういうことだよ」
「そのままの意味だけど、分からない?」
 つまり彼は、俺に戦えと言っているのだろう。
「やだよ」
「なんで」
「だって俺はそんなに強くないし、それに戦いなんて嫌だし」
「嫌だって?」
 正直に答えるとリヴァは顔をしかめた。見慣れた苛立ちの表情を惜しげもなくこちらに見せ、俺を威圧してくる。
 そうだよ、俺は戦いなんか本当は嫌なんだ。たとえ相手が悪い奴らで、意志を持っていないコピーだったとしても、戦いなんていいものじゃない。そりゃ楽をしたいという思いもあるけど、戦いの勝ち負けで全部決めるなんて、なんだかそれって戦争みたいじゃないか。少なくとも俺は今まで一度も戦争をしたいなんて思ったことはなかった。戦争を実際に体験したことのない俺が言えることではないのかもしれないけど、見る人によっては幸福な生活しかしたことのない俺でも、やっぱり戦争――即ち戦いなんてやっちゃいけないんじゃないだろうかと思う。綺麗事のようにしか聞こえないかもしれないけどさ。
「じゃ、聞くけど!」
 柄にもなく外人は声を張り上げて言ってきた。腕を組み、見るからに偉そうではあったが、彼は決して威張っているわけではなかった。真剣な眼差しが俺をまっすぐ捉えているんだ。
「君は戦わないであいつらを止められるとでも思ってるの? 戦わないであいつらを止められる方法でも知ってるっていうの? 戦いを避けて意志の通じない敵を相手にして、それで一体どうやって奴らの暴走を止めるつもり? 話し合い? 意志が通じないのに? 説得? 考える頭すらない相手に? ……ばっかじゃないの!」
 彼の口から出てきた言葉はあまりにも俺の考えと違っていて、そしてなんだか強かった。だから俺は自分がものすごく小さく見えてしまったのかもしれない。
「でもそんなこと言ったって、俺なんかもともと運動は得意じゃないし、力もそんなにないし、足も速くないし、実際俺、そういうのには向いてない気がするし、それに――」
「それに何」
 相手は睨んできた。まるで子供を叱る親か先生だ。そして怒られてる俺は、情けないけど格好悪いけど子供のようにしか見えない。
「樹。ぼくはね、君のそういう妙にお人好しなところは嫌いじゃない。うん、嫌いじゃないよ、何回も言うようだけど。でもね」
 そこまで言って一呼吸置き、外人はいくらか声の調子を和らげて続けた。
「あのね。君、そりゃいきなり異世界に来て戦えなんて言われて、いい気分にならない気持ちは分かるよ。誰だって自分からそんな、明らかに危険なことに首を突っ込もうなんてことはしないさ。そこに何の利益もないのなら尚更ね。でもね、でもね? 君さ、じゃあ何の為にここにいるの? なぜこんな場所でこんな話を真剣にしてるわけ? あいつら――鎧集団を止めたいんでしょ? 君のせいで連中が暴走してしまうかもしれないから、他の誰でもなく自分の力で止めたいんでしょ? 違う?」
 相手の言葉には説得力があった気がした。彼が言っていることはよく分かる。でも理想の影に隠れている俺の姿は、悲しいほど何もできない子供なんだ。
「いいかい、弱気になっちゃ駄目だよ樹。そして君のそのお人好しを捨てろとまでは言わないけど、君の甘さ――つまり、敵に対する同情心を少しはこの世界の人々に向けてみることだ。それからもう一つ。強くなりたいなら自分で頑張るしかないんだよ? あまり人に頼りすぎないように」
 これじゃあ本当に先生と子供だ。俺は怒られてばかりだな。それでもやっぱり外人は俺のことを心配してくれていたんだとはっきり分かった。そうでなきゃ、普通はこんなことは言わないだろうから。
 なんだか嬉しかった。怒られているはずなのに、全力で励まされている心持ちになってくる。
「分かったよ。お前の言いたいことはよーく分かったぜ、リヴァセール・アスラードさんよぉ。お前はつまり、相手が相手だから戦うしかないって言いたいんだろ」
「……」
 相手は何も答えない。それでも俺にはその通りだという彼の意志が伝わってきたように思えた。どちらにせよこの道を選ぶなら――つまりガーダンを止めるのならば、俺に選択の余地はないというわけか。何気に酷いもんだな。
「ならいいさ。お前がそう言うなら俺はあの鎧集団を粉々に粉砕するまでだ。いいか? 俺がこうすると決めたのはお前のせいだからな! だからお前ももう俺を止めたり、勝手に逃げ出したりするなよ!」
 もう開き直ってやった。この際話がおかしくても知るものか。何がどうなっているのか知らないが、こいつは俺から離れようとしないのだ。だったら俺は彼を受け入れてやって、そして危険が迫ったらこいつの後ろに隠れるんだ。
 ……いいよな別に。俺って弱いし。
「じゃあそうと決まれば早速だけど、力の程を見せてもらおうか。樹、君って何を使うの?」
 気付けば外人はいつものような態度に戻っていた。なんだかちょっと拍子抜けしたりした。真面目になった時の彼は少し怖いから。
「俺は呪文ってヤツを使ってみたい」
「君じゃ無理でしょ」
「そんなもん、やってみなけりゃ分からないだろ!」
 早々に否定されてしまったが、相手に俺の何が分かるというんだろう。試しもしないで諦めてどうするんだ。なんて、楽ができる方へどうにか進めないか必死になるのも滑稽だけどな。
「樹、君、呪文を覚えてどうするつもり?」
 なんとも微妙な質問をされてしまった。どうするかと言われても、そうだなぁ。
「グレンやリヴァの後ろに隠れて、こそっと援護をしたりしてさ。そして危なくなったら一番に逃げる。どうよ? いい作戦だろ」
「駄目だよ樹、それは駄目だ」
 外人は今度は両肩に手を置いてきた。そしてまっすぐ目を見てくる。なんだか今までより真面目な顔付きにも見えなくはない。
「な、何が駄目なんだよ」
「それは」
 外人は一度言葉を切り、少し黙ってから言った。
「それはぼくの役割だから」
「は?」
 何言ってんだこの外人は。
「それに、やっぱり今の君じゃ呪文を使うことはできないと思うよ。そういうわけだから君が使う武器のことを教えてよ」
「俺の武器だなんて、お前さっきも見てただろ? まさか俺の腰にある物が見えないのか?」
 俺のベルトにはほぼ無理矢理グレンに買わされた剣が吊るされている。グレンが持っていた片方の剣も吊るしており、左右に一本ずつぶら下がっていた。これが見えないわけじゃないだろうに、なぜそういうこと聞いてくるかなあリヴァの奴は。
「え、だって二本あるし」
「二本使うんだよ、文句あるか?」
「いや文句なんて言わないけど……それじゃあ君、防御できないじゃん。いいの?」
「へ?」
 いつものことながら、外人は俺には理解できないことを言ってくれる。防御だなんて言われても、今までは剣を使って自己防衛していたのに、他に一体何があるっていうんだ。
「もしかして君、何も分かってないんじゃあ」
 その言葉と共に外人の顔がむっとしたように歪んだ。まるでまた怒っているみたいだ。よく怒る奴だなこいつは。その矛先はいつも俺に向けられている気がするが、それはもう知らないふりをしておこうか。
「君みたいな運動音痴でびびり屋な奴には身を守る為の盾があった方がいいと思うんだけど、剣を二本使うなら当然そんな物持てないでしょ? 盾を持っている方が断然防御しやすいし、ぼくはそっちをおすすめしたいんだけど……」
「でもグレンはそんなこと一言も言わなかったぞ。そもそも俺が二本使ってるのはあいつが決めたからだし、自分じゃよく分かんねえよ」
「あの男が?」
 相手は思案顔になり俺から目をそらした。俺はグレンの実力を知っているから彼の言葉を信じられるけど、リヴァはまだグレンのことを炎人間としか認識してないんだろうな。確かにあの性格じゃ実力を信じられない気持ちも分かるけどさ。
「一本と二本じゃ全然違うけど、本当にいい?」
 念を押すように彼は言ってくる。改めてそう聞かれても、俺に用意されている答えなんか一つしかなかった。
「いいって言ってんだろ」
「うーん」
 リヴァは頭をぼりぼりと掻き、あからさまに困った顔をした。俺は何か常識外れのことをしているとでもいうのだろうか。どちらかというとグレンよりリヴァの方が博識っぽいし、グレンは無視してリヴァの言うことを聞いていた方がいいような気がしてきたぞ。
「文句でもあんのか?」
「いいや。でも……ううん、やっぱいい」
 なんだよその思わせぶりな返答は。何が言いたかったのかは分からないが、こいつが俺に対して不満を抱えているのは確かだった。
「うん、じゃあ勝負でもしてみようか」
 若干明るくなった顔で外人は服の下から短剣を取り出した。それはちょうど二本であり、俺に合わせているように思える。
「どうでもいいけど、リヴァって強いのか?」
 ふと頭をよぎった疑問を口に出してみる。
 つい先ほどガーダンを倒していた姿は見ていたが、意思を持たない鎧集団が相手だったから強いかどうかまでは分からなかった。それにこいつって俺よりも華奢のように見えなくもないし、どちらかというと部屋の中にこもっているイメージがある。少なくとも見た目だけではグレンの方が強そうだ。
 俺の考えを察したのか否か、相手はむっとした顔になり少々苛付いたような声を出した。
「馬鹿にしないでくれる? これでも成績は良かったんだから」
 成績って、一体何の話をしてるんだこの外人は。
「自画自賛かよ」
「何だってぇ?」
 相手に聞こえないよう小声で呟いたつもりなのに、きちんと反応してくれる相手は地獄耳をお持ちのようだった。なんて奴だよこいつは。
「少なくとも君よりは強いからご心配なく。そういうわけで、早く構えて」
 無茶なこと言ってくれたもんだ。相手は完全にやる気になったようで、俺が構えるより早く二本の短剣を両手に握り締めている。
 いつまでも愚痴を言ってても仕方ないのでとりあえず諦め、両手で剣を抜いた。銀色に光る剣が俺の手の中に収まり、ずっしりとした重みが伝わってくる。
 いやちょっと待て、なんだかさっき使った時より重くなってないか? こんなに重いもんだっけ?
「じゃ、いくよ!」
 掛け声と共にリヴァはまっすぐこちらへ突っ込んできた。俺は両手の剣をぐっと持ち上げてみるが、やはり異様に重い気がする。しかし相手がそんなことに気付くわけもなく、二人の距離は瞬時に消え去ってしまった。
 ええい、もう知るもんか!
 俺は剣を握り直し、外人との勝負を開始した。

 

 ぶわっと身体が空中に投げ出される。そしてそのまま全身から力が抜け、何かの抵抗をする間もなく地面に激突した。
「いってぇ」
 そう一人呟いていると休憩する暇も与えてくれず、外人が目の前に立ちはだかった。
「もういいよ樹。君の実力は充分すぎるほど分かったから」
 相手は地面に転がっている俺を見下ろしてくる。そんなことを言われたら余計に腹が立つと分からないのだろうか。
「まだだ!」
 俺はそう叫び、手元に転がっている二本の剣を両手にしっかりと握った。立ち上がってそれらをがむしゃらに振り回す。
 外人は俺の攻撃を腹が立つほどさらりとかわし、素手でぽかんと頭を殴ってきた。
「馬鹿樹。もういいって言ってるだろ。君はそんなに疲れたいの?」
「畜生、負けるもんか!」
 相手がリヴァとなると余計に負けたくない。俺が弱いからって余裕そうにしやがって!
 俺はめげずに突っ込んでいく。さっきから同じ動きばかりだったが、俺はそれを直すつもりなど全くなかった。
「……馬鹿」
 そんな外人の呆れたようなため息と共に思いっ切り腹を蹴られた。そのまま後ろに飛ばされ、壁に激突する。
「酷えなお前。少しは手加減しろっての。はあ」
 壁と背中合わせに座りながら、俺は精一杯の文句を言ってやった。

 

 

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