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16

「よう樹! 何をそんなに疲れた顔してるんだよ! エフって奴に会いに行くぞ!」
 輝かしい笑顔を見せつけながら視察から戻ってきたグレンは、疲れ果てている俺に容赦のないことを言ってくれた。
「もうちょっと休憩させて……」
「あれくらいの運動でへばるなんて、君やっぱりガーダンを止めるなんて諦めた方がいいんじゃない?」
 横から俺を蹴り飛ばした張本人であるリヴァの声が聞こえてきた。誰のせいでこんなに疲れたと思ってるんだ。すました顔をしている外人が恨めしくなってくる。
「エフに会わなきゃ何も始まらないだろ? いつまでもこんな場所でじっとしてたら、またガーダンの連中に襲われちまうぞ」
「それは分かってるけど、休憩は大事だろ」
 正直言って今から洞窟を進んでいく気力など残っていなかった。俺は彼ら異世界人と違って繊細な若者なんだから、彼らの基準で行動を決められても困る。このままここを発ったとしたなら、きっと俺は途中で歩けなくなってしまうだろう。そうなったらそうなったで文句を言ってくるだろうし、だったら最初からちゃんと休息を取ってから行動した方がいいってことだ。
「そんなに動きたくないって言うなら、仕方ないな……俺たちだけでエフの所に行ってくるか」
「うんそれがいいと思う! 行ってらっしゃい、グレン!」
「急に元気になったなお前」
 呆れた顔を見せられた気がしたが、グレンは俺を連れ出すことを諦めてくれたようだった。これがリヴァならなかなか引き下がってくれないんだろうなぁ。
「そういうわけで、あんた、俺と一緒に来てくれよ」
「……え? ぼく?」
「当たり前だろ。あんたは樹の保護者なんだからな、樹の代わりとして俺と同行する必要があるのだ」
「ちょっと――」
 あろうことかグレンは外人を引っ張って道の先へ消えてしまった。残ったのは俺と子供二人だけであり、突然不安が押し寄せてくる。
 俺はここにいても大丈夫なのだろうか。先程までの妙な度胸はリヴァが隣にいてくれたからあったもので、俺を守ってくれるはずの存在が消えた今となっては不安しか残っていない。聞いた話によるとクミもルクも呪文が使えるらしいが、それでも青年二人に比べると頼りないのは確かであり。
「や、やっぱり俺も行こうかな」
「駄目です、樹さん!」
 立ち上がろうとしたら全力で止められた。俺の両肩を押さえ付けてきたのはクミであり、何やら真剣そうな眼差しでこっちを見ている。
「疲れたままの身体で無茶をしては駄目です。まずはゆっくりと休憩して、体力が回復してからグレンさん達の後を追いましょう」
「で、でもあんまり離れちまったら、道とか分からなくなりそうだし」
「それなら私が知っているので安心してください!」
 自信がありげな表情でぽんと自身の胸を叩く女の子。地味に厄介なことになってしまった気がする。
 まあ静かにさえしてればガーダンにも見つからないかな。それに一人きりじゃないだけマシだ。いざという時にはこの二人に守ってもらおう。
 ……子供に守られるだなんて、俺は一体何を考えているのだろうか。でもクミとルクは俺よりもずっと強そうに見えるから不思議だ。それに比べて俺は、無駄に年を重ねてきたように思えて虚しい。
 そうして洞窟の壁に背をくっつけたなら、計ったかのように地面が揺れた。
「な、何だ? 地震か?」
「落ち着いてください、樹さん。これはきっと――」
 俺を置いて行ったあの二人が無茶なことをしているのではないかと思ったが、あたふたしていると床にひび割れができていることに気付かなかった。それを発見した時には既に遅く、俺は子供二人と共に遥か彼方へと落下していく。

 

 目を閉じていたのでどれくらい落ちたかは分からなかった。だけど何かにぶつかった感覚もなく、おそるおそる目を開けてみると、俺はどうしてだか海の上に浮かんでいた。
「なんでいきなりこんな場所に……」
 とにかく状況を理解する為に周囲を見回してみた。しかし人影はおろか、さっきまでいた洞窟も見当たらない。ぐいと顔を上に向けてみたが、天井ではなく青い空しか見えなかった。
 明らかにおかしかった。最近はこんなことが多い気がする。グレンに崖から蹴落とされ、変な子供に強制移動させられ、そして今度は落下したら海の上か。どうやらこの異世界という場所では常識が通用しないらしい。
「うおーい、クミーっ! ルクーっ! どこ行ったー?」
 一緒に落ちたであろう二人を呼んでみたが、虚しいほどに返事はなかった。
「もしかして海に沈んでたりして」
 まさかそんなことはないだろう。この俺でさえ浮かんでいられたんだから、あの二人が沈むようなことは考えにくい。
 ……。
「本当に沈んでなんかないよな?」
 急に不安になってきた。大丈夫だとは思うけど、なんだか確かめないと落ち着くことができない。
 俺はとりあえず海に潜ってみた。こういう時、運動音痴でも泳ぎだけは人並みでよかったと感じられる。他の運動はてんで駄目なのが悲しいんだけどな。
 海の中は静かだった。魚の一匹さえ見当たらない。あるとすれば海藻くらいで、不気味なほど静まり返っていた。もちろんそんな場所に二人の姿はなかった。それはよかったが、だったらあいつらはどこに行ってしまったんだろうか。
 海上へと引き返そうとした刹那、黒くて小さめの岩の影で何かが光ったような気がした。この不思議な海の中でそんな自己主張をされたら嫌でも気になってしまう。人の気を引くのが上手い奴だな。
「ぷはあっ。あぁ疲れた」
 再び海の上に顔を出して心地よい風を浴びる。その光景は先程と変化がないように見えるかもしれないが、そういうわけでもなかった。
「結局持ってきちまったけど」
 海中で見た岩の影にあった物は、今は俺の手の中にあった。特に意味はなかったが、なぜか持ってきてしまったのだ。
 それはただの石だった。どこかその辺に転がっていそうな、何の変哲もないまるで俺のような石ころ。光ったように見えたけどそれは幻覚だったのだろうか。
 どう見ても石だしな。特に変わったところもないし。こんな物持ってても仕方ないし、捨ててしまおうか?
『……キ』
「ん?」
 声が聞こえた気がした。この近くに誰かがいるのだろうか。
 ざっと周りを見てみるが、誰一人として見つけられなかった。これも幻覚――じゃなくて幻聴だろうか? 俺は一体どうしちまったんだ。
『イツキ……私の声が聞こえますね』
 今度ははっきりとした声が耳に届いた。
「あー、はい。聞こえますよ」
 なんだかこれはものすごくRPGでありがちな展開だった。このままだとまた何かよからぬことに巻き込まれるような気がするぞ。
 俺のそんな不安もよそに不思議な声は話を続けた。
『私はエナ……イツキ、あなたが今手にしている石が私なのです。今はこのような姿ですが、いずれは元に戻ることが可能でしょう。イツキ、よく聞いてください』
 不思議な声の主、エナさんは静かな口調で俺に語りかけてきた。その声色はとても穏やかなもので、彼女の声を聞くとあらゆる負の感情が鎮まり、意識せずとも落ち着くことができた。
『あなたはまだ知らないかもしれませんが、この世界は今、閉ざされています。それはあなたがここに来る前からそうでした。本来ならば現在、この世界に足を踏み入れることも世界の外へ飛び出すことも不可能なのです。しかしあなたはここに来た。何かに導かれたのか、それともただの偶然か』
 なんだかエナさんはとんでもない話をしているようだった。世界が閉ざされてるだとか偶然だとか、俺にはついていけないような話だ。
『イツキ。あなたはガーダンを止めるつもりなのですね?』
「えっ、あ、えと」
 唐突に質問される。でも俺はまだ何も言ってないはずなのに、なぜエナさんはそれを知ってたんだ?
『何も言わなくても分かります。しかしもしガーダンを倒したとしても、この世界の扉が開かれることはありません。――もうお分りですね?』
 なるほど、そういうことか。
「つまり、俺に世界を開いて欲しいってことだよな?」
 世界は閉ざされていて、それでも俺はこの世界に入ることができた。だからなのかエナさんは俺に望みをかけたのだろう。本当は俺が自力でここに来たわけじゃないんだけど、それでもエナさんは俺を選んだんだ。
 しかし急激に話の規模が大きくなった気がするな。ガーダンを止めるくらいなら大したことじゃないと思っていたけど、さすがに世界を開けと言われたら考え込んでしまう。いつの時代も主人公は苦労するものなんだな、まったく。
『ではイツキ、引き受けてくれるのですね?』
 エナさんの声からは俺が引き受けると決められているような雰囲気があった。でもよく考えてみると、もしガーダンを止めてもこの世界から出られなかったら意味がないし、どうやるのかは知らないけどやるだけ無駄ってことはないだろう。いやむしろ、素直に引き受けていた方が後々困らずに済むかもしれない。
 だから俺はエナさんに返事を示す。
「ああ。俺、やってみるよ」
『分かりました、イツキ――感謝します』
 まだ何もしていないのに感謝されても困るだけだった。だけどそう言われても悪い気はしないのはなぜだろう。
『心に、これだけは覚えていてください』
 エナさんの声は徐々に小さくなっていた。幸い周りは静かだったので、彼女の声を最後まで聞くことは不可能ではなかった。
『忘れないでください。この願いは私だけのものではない、このオーアリアに住む人全員の願いなのです。扉が閉ざされ、様々な思いが世界中で交差しています。あなたはその中心地に立ったのです――』
 それだけを言い残し、エナさんの声は聞こえなくなった。

 

 一分くらいだろうか。エナさんの声が聞こえなくなってから俺は適当に進行方向を決め、そのまま真っ直ぐに泳いでいった。不思議と疲れは感じず、聞き覚えのある声を聞いたときはほっとした。
 しかし俺が見つけたのは捜していた人たちではなかった。そのうちの一人はクミだったが、少女の隣にいたのはルクではなく頭が燃えているグレンだったのだ。海の底で出会わなかったことは良かったものの、クミと一緒にいたはずのルクはどこに行ったのか、そしてグレンと共に出発したリヴァの姿がないことも気になる。
 ただ、今ここにリヴァがいないのは救いだったかもしれない。もしエナさんのことをあの外人に話したら、またどうのこうのと文句を言われたに違いない。彼には申し訳ないとは思ったが、俺の話を黙って聞いてくれそうなこの二人と最初に会えて良かったと感じた。
「おお、樹じゃないか。お前もここに落とされてたんだな」
「お前は相変わらず燃えてるんだな……それよりクミ、ルクはどこに行ったんだ?」
「えっと、私は気が付いたら海に浮かんでて、周りを探したけどルクは見つからなかったの」
 あの地割れによる落下は明らかに不自然な現象だった。おそらく単なる地割れではなく、魔法だの呪文だのが関わっていることなのだろう。だとすればここにいるはずのルクがいなくて、いないはずのグレンがいることも納得できる。
「一応聞いておくけど、グレンはなんでここにいるんだ?」
「そんなもん俺だって知りたいわ! 普通に道を歩いてたら突然地面が揺れ出して、巨大な落とし穴に落ちたんだよ。そしたら海の上に飛ばされてさぁ……」
 どうやらここに集ったメンバーの身に起きた現象は共通しているらしかった。何か見えない力が俺の周囲に潜んでいるみたいで、正直言ってすごく怖い。
「樹さん、エフはおそらくこの近くにいるはずです。エフは昔から海が好きで、お引越しをする時も海の見えるところに行くと言ってたんです。だからきっとこの近くですよ!」
「そ、そうなのか?」
「きっとそうです!」
 クミはやたら笑顔で答えてくれたが、言っていることはかなりいい加減だった。こんな調子で本当にエフとやらと会うことはできるのだろうか。
「あっちの方に洞窟があるみたいだぜ。とりあえずあそこに行こうや」
「はい!」
 グレンが指差した先には陸地があり、その上には穴の開いた岩山が見えていた。せっかく明るい場所に出られたのに、俺の未来には暗闇しかないらしい。などと愚痴ってても仕方がないのでグレンたちと共に洞窟を目指して泳いで行く。

 

 先へ進む為に入らざるを得なかった洞窟は以前の場所より明るかった。しかし何やらおかしな雰囲気が漂っている。洞窟のごつごつした壁にご立派な扉が設置され、その周囲には透明なガラス玉が六つほど設置されていた。明らかに何かありそうな感が出ており、もう嫌な予感しかしなかった。
「エフはこの扉の先にいるんだと思います。開けてみますね」
 無垢なクミは何の疑いもなく扉に手を掛けた。そうして小さな手でそれを開けようとするが、当然のように扉はぴくりとも動かない。
「開かないようです……鍵が掛かってるのかなぁ?」
「なあクミ。このガラス玉に何かすれば開くんじゃねえかな」
「え?」
 俺の声にクミが振り返る。それと同時に、グレンが火だるまになった。つい先程までは頭しか燃えていなかったのに、思い出したかのように全身に火が回っている。
「しつこい呪文だな」
 グレンはもうすっかり慣れた様子だった。何に慣れてるんだよと突っ込みたくなってくる。
「だ、大丈夫ですか? グレンさん」
「大丈夫じゃありません」
「そうだよね……ごめんなさぁい」
 グレンの話によると彼が燃えたのはクミの呪文のせいだとか。しかしなぜクミがグレンに呪文を放ったんだろう。どうせグレンが馬鹿なことをして呪文を食らっただけだろうけど。
「あ! お二人とも、見てください! ここに扉を開く方法が書かれているようです!」
 全力で話題を変えたクミは扉の傍にある看板を指差していた。よく見てみるとそこには文字が書かれている。しかもあろうことか書かれているのは日本語で、俺は思わず目を疑ってしまった。
「なるほど、このガラス玉に六大属性の魔力を送り込めばいいんだな」
「えっ」
「……ん? どうした樹」
 全身が燃えているグレンは看板に書かれている内容を理解していた。それはつまりこの日本語を読むことができたということであり、俺はますますわけが分からなくなってくる。この異世界じゃ日本語が普通に使われてるのか? 思えばこっちに来てから言語の壁にぶち当たったことはなかったし、本当に日本語が主要言語となっているのかもしれない。あるいは魔法だの呪文だのが関連して俺でも理解できるようになっているか、可能性はその二つに限定されるだろう。とにかく常識が通用しない世界だから、つまらないことにいちいち驚いている暇はない。
「よーしじゃあクミ。手分けして魔力を送り込もうぜ。俺はこっちの三つを担当するからそっちは頼む」
「分かりました」
 当然のように俺を戦力外と判断し、グレンはこの場を仕切っていた。仕方がないとはいえちょっと面白くない。
 俺を無視した二人はガラス玉の前に並び、聞き取れないほどの小声で何か長い台詞を吐き出していた。よく分からないがおそらく呪文の詠唱というやつだろう。それを言い終えたグレンの手のひらに炎が宿り、それはガラス玉を赤く染めた。同じようにクミも詠唱を終え、ガラス玉を雷の黄色で染め上げる。
「さて、問題は水属性だが……」
 六つのうち五つのガラス玉を染め終えた時、グレンは考え込む仕草をして手を止めた。そういえば水属性の呪文が使えなくなったとか言ってたんだっけ。
「とりあえず試してみますか?」
「そうだな、案外どうにかなるかもしれなねえしな!」
 気楽そうにグレンはガラス玉に手を添えた。そしてすっと目を閉じ、無駄に長い詠唱らしき文句を唇に乗せる。言葉の端が訪れた時にグレンの手には何も出なかったが、ガラス玉は透明を失い青に奪われていた。
 全てのガラス玉が色彩を得たなら、扉の前の空間に光が集い、何もない場所から一つの鍵が現れた。不思議現象などもう慣れてしまったから俺は驚かなかった。ちょうどその前にいた俺は鍵を掴むべく手を伸ばす。
 しかし俺の手は空気を掴んだ。思わず手の中を確認してしまったが、そこにはただ肌色が広がっているだけだった。俺が見た鍵は幻覚だったとでもいうのだろうか。
「ハハハハハ!」
 戸惑っているとうるさい笑い声が聞こえてきた。とてつもなく敵っぽい香りがするが、ここはどう反応すればいいのだろう。
「誰だ!」
 ぱっと態度を切り替えたグレンはさっと身構えた。さすがは格好いい頼りになる人役だ、俺より主役のようなことをして目立っていらっしゃる。
 グレンの声が終わらないうちに相手は姿を現した。俺たち三人の後ろに立っており、堂々とした様子でこっちを見ている。
 相手は若い男だった。しかしその風貌は妙だった。髪もコートもマントも長く、見るからに暑苦しそうな格好をしている。腰には剣が見えたが、何よりもおかしかったのはそれら全てがみんなオレンジ色をしているということだ。
 変な男はにやりと笑い、やたらと偉そうに喋った。
「この鍵はもらったぜぃ」
「何が『ぜぃ』だ! 返せ!」
 相手の言葉にすかさずグレンが反発する。相手は容姿だけじゃなく性格も変であるようだった。こういう人には関わりたくないのだが、それはもはや叶わない夢となりつつあるらしい。
「鍵を返せだと? そんなもん駄目に決まってるだろ」
「なんでだよ!」
「エフがお前らに取られるから、理由はそれだけだ! 文句あっか!」
「ある! あるあるある!」
 まるで子供の喧嘩のような、見ているこっちが恥ずかしくなるような会話を二人の男は交わしていた。何をしてるんだこいつらは。
「ふん、まあいい。とにかくこの鍵はもらった――ん?」
 ひんやりした風が俺の隣を駆け抜ける。そのすぐ後、変な男は氷の呪文を真正面から食らって吹っ飛ばされた。天井にぶつかって壁に激突し、グレンの足元に落ちる。それはクミの呪文だったらしく、少女の腕の周りに氷の粒が渦を巻いていた。
「さあ、大人しく鍵を返すんだな!」
「くそう……」
 変な男はすっと起き上がった。飛ばされたくせにずいぶん元気そうに見える。
「俺さまの名を知りたいか?」
 非常にどうでもいいことを聞かれてしまった。
「俺の名は!」
 誰かが何かを言う間も与えず、変な男はいきなり叫ぶ。
「あの人、何も答えてないのに言ってる……」
「また変な奴が出たな」
 クミもグレンも言いたい放題だった。
「おい! このヨスさまの台詞を聞け!」
 あの変な男はヨスという名前らしい。しかしはっきり言ってそれはどうでもいいことだった。
「よし、ここは俺がヨスを倒そうぞ。樹! お前の剣を貸してくれ」
 グレンは一歩前へ踏み出し、前方を向いたまま手をこちらに差し出してきた。それはなんとなく格好よさげな動作だった。
「ここで必要なのは鍵だけで、別にあいつを倒す必要はないだろ」
 言いたいことは他にもあったが、とりあえず俺は剣を相手に渡しておく。
「なに言ってんだよ樹。あいつを倒さずに鍵を取り戻せると思えるか?」
 グレンは一本の剣を両手で持ち、慣れた様子でさっと構えた。
「それはそうだけど、手加減してやれよ。あのヨスとかいう奴、見るからに弱そうだし」
「俺さまは弱くねえぞ!」
 いきなり口を挟まれ驚かずにはいられなかった。心臓に悪い奴だな。
「私が相手をしましょうか?」
「いいや、俺がいく」
 グレンを気遣ってかクミが前へ出たが、すぐに後ろへ下がった。俺とクミを庇うかのような位置にグレンが立つ。ヨスと真正面から向き合い、場の空気が色を変えた。
「ほほう、これは面白い。炎人間がお相手か」
「うるせえな! 炎、炎って!」
 やはり気にしているのか、グレンは真面目そうな顔を崩して怒っていた。もし一生あのままだったらどうするつもりなんだろう。
「うりゃあああ!」
 後ろからのんきに観察していると、何の前触れもなくいきなりグレンに突進するヨスの姿が見えた。

 

 

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