世界は閉ざされている。
世界からは出られない。
世界には入れない。
誰も世界の外へ行けない。
誰も世界の外を知らない。
そんな人々の夢や願いを俺はまだ見たことがない。
それでも俺は世界を開く。
恨みや後悔はない。
全て自分の意志だ。
自分の為に。
第三章 三つの希望
18
まったく最近はろくなことがない。
勝手に移動させられるわ、貝に偉そうにされるわ、子供に馬鹿にされるわ。
思い出せばきりがないほど出てくるのは嫌な思い出ばかりだ。
そして今のこの状況もその内の一つと化すのだろう。
俺、川崎樹十五歳は現在、大勢のガーダンに取り囲まれているのであった。
時を遡ること三分ほど前、俺は気が付けば別の洞窟の中にいた。ついさっきまでいたあの冬島の洞窟でないことは明らかだった。その理由としては気温が違うからで、冬島は寒かったがここは暖かいのだ。それに壁の質も違っていた。冬島はごつごつとしていかにも硬そうだったが、ここはそのまったく逆で、土のような壁で柔らかそうに見える。
この場にいるのは俺と藍色の髪の少年のみ。他には誰もいないし何もなかった。
俺は目の前にいる子供と少しばかりの会話を交わす。
「どこに連れてきたんだよ今度は」
「冬島から出られたんだから感謝してよね。あそこの周りには海しかないんだから」
「どこかって聞いてんだけどな」
「……」
俺にはよく分からなかったが、少年はそれには答えたくないらしかった。何も言わずにじっとしている。
「そういえば。君、僕の正体を知りたがっていたっけ」
「え、なんだよ突然」
唐突な言葉に俺はたじろいでしまう。どうしていきなりそんなことを聞いてくるんだろう。
「知りたい?」
「それは」
藍色の髪の少年は言い寄ってきた。俺は相手の気迫に圧されて後ろに下がってしまう。
そりゃ俺だってこいつが何者なのかってことは知りたかった。知りたくないと言えば嘘になるだろうけど、それだけの理由で聞いてしまっていいのだろうかとも思う。だって誰だって人には知られたくないことの一つや二つは常に持ってるようなものだから。
「別にこんなこと、誰に知られたって構わないし。むしろ君には知っていてもらった方が何かと便利だから」
「そ、そう」
少年はすかさず口を挟んできた。相変わらずあなどれない奴で、一瞬たりとも油断することができない。
「僕はね、樹君。君が思っている通り『敵』なんだよ」
「……」
俺は驚かなかった。
そんなことは分かっていた。いや分かっていたんじゃなくて気付いていたと言うべきか。ここまで分かりやすく敵のような存在の少年が、敵以外の何に見えるというんだ。
それでも何も言えなかったのはなぜだろう。
「僕はガーダンを作っている人の部下ってところかな。だから君にとっては敵」
「ガーダンを作っている人?」
少年はふっと笑った。まるで俺を見下しているかのように。
「そう、ガーダンを作っている、彼は。そして僕はその人の部下。それだけのこと。だから僕にとって君達はものすごく邪魔な存在なんだよね、彼の行動を止めようとしているわけだから。でも君だけはまだ邪魔じゃない。なぜだか分かる?」
何を言っているんだこいつは。
何が言いたいんだこいつは。
なぜだって? 俺が弱いからだろ。それ以外に何がある?
「うん、それもあるね。でも」
そう言うと少年は微笑んだ。首を少し傾け、その反動で藍色のふわっとした髪が揺れる。
「君が予想以上にお人好しだから」
お人好し。まさかそうくるとは思わなかった。俺ってそんなにお人好しなのか? 自覚なんてそんなにないんだけどな。
「お人好しは嫌いじゃない。でも弱い人は嫌い」
呟くように少年は言う。やはり俺は嫌われているらしい。初めて会った時にも言われたし、今更悲しんだりはしなかった。
「だから少し見せて」
少年はまた無表情の顔に戻り、一歩近付いてきた。その瞳から恐ろしいものを感じた――気がした。
妙に思えるほど嫌な予感がする。なんだかこの展開って危なくないですか?
誰もいなさそうな人気のない洞窟。薄暗くて向こう側の壁がはっきり見えない明るさ。そして目の前には自分から敵だと言った少年。
「こんなところでくたばらないでね、川崎樹君?」
次に聞こえてきたのはそんな言葉。それと同時に少年の姿が消え、洞窟内がぱっと明るくなった。
かくして現在に至るというわけである。
周りにはガーダンがいた。横にも正面にも後ろにも上にもいた。もうどこもかしこもガーダンである。俺は今、そのど真ん中で立っているのだ。
ガーダンはこっちを見ている。いや正確には兜を被ってて分からないんだけど、その兜が全てこっちを向いているんだ。奴らの標的は間違いなく俺なのだろう。
俺はのんきそうに今の状況を確認しているが、内心ではかなりびくびくして、身体は硬直したように動かなかった。俺は呪文も使えないし剣だってろくに扱えないんだからそうなっても仕方がない。いわば丸腰のような状態なのに、そんな奴が敵の集団に囲まれて怯えないわけがなかった。
「ふざけんなよあの子供。俺を殺す気か」
ガーダン相手に呟いてみる。無論、相手が答えてくれるはずもなく。
「大丈夫。殺されそうになったら助けてあげるから」
予想だにしなかった方向から声が聞こえてきた。思わず俺はそちらへ顔を向ける。
「なんだ、まだいたのかよ」
言うまでもなく先程の言葉は藍色の髪の少年のものだった。
相手は壁にもたれかかって立っていた。ただその場所は俺が立っている地面より数段高いところであり、ぐっと顔を上げなければ相手の姿が見えない程だった。ここからじゃよく見えなくて詳しいことは分からなかったが、おそらくこの洞窟には二階や三階があるんだろう。彼は二階から俺の姿を見物しているということか。
「ほら、のんきに構えてると襲われるよ?」
「お前っ!」
少年の見下したような態度に無性に腹が立った。俺は弱いって知ってるくせに。
「お前がこいつらを呼んだのか!」
「そうだよ。あははっ」
あいつは敵なんだ。余計な感情を抱いてはいけない。
しかし俺は無駄なことを考えている余裕さえ失いつつあった。少年の笑い声と共にガーダンが一気に飛びかかってくる。
ガーダンは鎧の塊である。中身はない。鎧の中は空っぽで、どういう理屈で動いているかなんてさっぱり分からない。それでもその動きには特徴があり、つまり全部のガーダンが同じタイミングに同じ間隔で同じ動作をするのである。それはまるでコピーのようだった。その動きさえ捉えられれば、俺にだって奴らを倒す機会が見えてくるかもしれないと思っていた。
でも正直その望みも薄れてきたような気がする。
あの藍色の髪の少年が言っていた「彼」――つまりガーダンを作っているという奴。少年の話しぶりからしておそらくその彼という奴は、ガーダンのような空っぽのコピーではないはずだ。しかしそれは俺を困らせる要素にしかならなかった。
俺は今までコピーの鎧集団を相手にしていたと思っていたが、真相はまるっきり違う方向にあったというわけだ。人間を相手に戦いを挑んだところで、こんな俺なんかがまともな方法で勝てるわけがなく。
考えただけで嫌になる話だった。もうやめようかな。
そもそも俺のせいでガーダンが世界に進出したような雰囲気だったのに、実際は昔からいたなんて言われたんだよな。まったくもってそれって俺のせいじゃないじゃん。ねえ。
「なんて、そんなこと考えてる暇もないんだけどな」
そんな声が口から出ると再び目の前の世界が動き出した。
前方にはガーダン。後方にもガーダン。右手にもガーダン、左手にもガーダン、挙げ句の果てには上方にもガーダン。いやお前らどうなってるんだよ。上方にいるなよ。ガーダンがいないのは下方だけだった。下方?
それでどうしろと?
ガーダンは全員すごい勢いで飛びかかってきていた。しかし今だにここまで届いていない。それはなぜだかは知らないが、全員のろのろとスローモーションみたいに飛びかかってきていたからだ。それにしては迫力があったが、いかんせん遅いのでのんきにいろいろ考える暇もあった。
いくらなんでも暇がありすぎだろう。もし全方向囲まれてなかったら即行で逃げ出すぞ。
しかしそれももう不可能であるようで、連中は俺の傍まで迫ってきていた。さてどうしたものか。とりあえず相手は遅いし、この手には剣もあるし戦ってみようか。でも俺の実力で勝てるのだろうか。俺は皆がびっくりするほど極度の運動音痴なので、こういう争い事はてんで駄目なのだ。だから戦いたくなかったんだけど、グレンやリヴァが無理に戦わせようとするしさぁ。
考えただけで疲れる話だった。もうやめようかな。
「じゃあやめれば?」
突然背後から声が聞こえた。ガーダンに夢中で忘れていたが、そういえばまだここには俺の他に人がいたんだ。俺の真後ろには背中合わせのような位置で立っている藍色の髪の少年がいた。少年の頭は俺の肩辺りまでしかない。こうして見れば、本当にただの子供なんだな。
「なんでこんなとこにいるんだよお前。上にいたんじゃなかったのかよ? あ、もしかして助けてくれるとか?」
少年はくるりと振り返ってきた。大きな瞳でじっと睨み付けるように見上げてくる。
「な、なんだよ」
いつまでたっても相手は何も言わない。気付けば全てのガーダンの動きがぴたりと止まり、俺たち二人だけがこの世に存在しているようだった。
少年は黙ったままだった。しかし俺の声を聞いてか、すっと片手を俺の顔の前に上げてきた。そしてそのまま人差し指を立てて俺の額を小突いてくる。
「あんたは人に頼りすぎ。馬鹿にしてんの?」
珍しく少年は早口に言った。馬鹿にしてるだって? こんな明らかに敵である奴を煽るような真似なんかするわけないだろ。いや、もしかしたら心のどこかで馬鹿にしていたのかもしれない。だけど今の言葉に悪気がなかったことは理解してくれないだろうか。
「うるさいね、少し黙ってよ。せっかく選択の余地を与えてあげてるのに。君はそれをも無駄にする気?」
「選択の余地?」
「そうだよ」
少年は怒ったように言った。それでも本気で怒っているようには見えなかった。こいつはいつも心が見えてこない。
「たとえ今君にこいつらを倒すほどの力がなくともいいと思っていた。君が望むならそれでもいいと思っていた。でも勘違いしないでね、僕にとって君はなんでもない人だから。味方でも危険人物でもない、いわばどうでもいい人」
なぜ少年が今そんなことを言うのかはさっぱり分からない。しかし何気に傷付くことを言われてしまい、どう言い返していいか分からなくなってしまった。
俺は何も言わず、何も考えずに少年の次の言葉を待っていた。相手は子供で自分より年下だったが、もうそんなことは関係なかった。いやそう思うことができなくなっていた。俺の頭の中では少年はもはや少年ではなくなっていたのだ。じゃあ彼は何なのかと聞かれると、さあ何だろうな。今の俺じゃ正確に答えることができない。
「別にいいんだ、どうせ最後には邪魔になる存在なんだし、先の光が見えない勇者様なんてあてにならない。それに君はお人好しすぎる」
少年は一つ一つの言葉を噛み締めるように呟きながら俯く。
「勇気か、正義か――?」
最後にそんな色のない声が聞こえ、それが終わると急にくるりと俺に背を向けた。彼は俺を放置してそのまま歩き出してしまいそうだった。
慌てた俺は勢いのままに呼び止める。
「ちょっと待てよ!」
少年は振り返らなかった。しかし返事だけは示してくれた。
「何?」
「お前、このまま帰るつもりかよ」
「どこへ?」
「だから、そのガーダンを作ってるっていう奴の所へ」
「だったら何?」
「いや、俺が言いたいのは――」
「もう君には呆れた。勝手にしてなよ」
それだけ言うと少年は歩き出した。それと同時に周囲のガーダンも再び動き出した。
「お、おいっ!」
再び呼びかけてみたが今度は返事さえ聞こえなかった。何事もなかったかのように少年はガーダンの間をぬって歩き続ける。俺は完全に無視されてしまった。それもまた悲しい。
しかし先程とは違い、今はもうそんなことを考えている暇さえなかった。俺の周囲を取り囲んでいるガーダンたちはスローな動きではなく、変に聞こえるかもしれないが普通の動きをしていた。それが当たり前と言えばそうなのだが、今までおかしなことばかりが続いて俺は頭がおかしくなっているのかもしれない。だからこそ俺は何が起ころうとも決して驚いてはならなかった。そうでなきゃ身が持たなくなってしまいそうだから。
一斉に鎧集団が剣を振り下ろしてくる。どうにかそれをかわしたものの、服が斬れて嫌な汗が全身から溢れ出てきた。もう俺の力じゃどうしようもないことになっている。あの子供は俺が危なくなったら助けてくれると言っていた。きちんと助けを求めればきっと応えてくれるはずだ。
「なあおい、お前!」
背を向けたまま歩く少年に後ろから声をかける。その姿がまだはっきり見えるほど彼は近くにいた。
少年は止まらなかった。俺の声が聞こえなかったかのように歩き続けている。
「おい、待てって!」
再度呼びかけてみるもやはり反応は同じだった。相手は振り返りもしない。
剣先の光が視界の隅に入り、はっとして身体をひねらせた。ガーダンの長い剣が地面を容赦なく抉り取る。俺は焦りを覚えた。
「待てって言ってるだろ! 助けてくれるんじゃなかったのかよ!」
俺が力の限り叫んだその時、初めてある小さな疑問にぶつかった。
「あれ?」
時が止まったように感じられた。周りがしんと静まり、痛いほどの静寂が支配する。
ガーダンの集団も少年も止まったように見えた。
俺だけが動いているみたいだ。
「あれ?」
同じ呟きを繰り返す。それだけでは答えは出ないと分かっていたが、俺の口は自然に動いていた。
「あの子供、あの少年――」
ひとりでに口が動いたみたいだった。それでもその先は言葉にできず、心の中だけで続ける。
――そういえば俺はまだ、あいつの名前を知らないじゃないか。
その時、少年が振り返ったように見えたのは気のせいだったのだろうか。
はたと気付けば再び現実に呼び戻されていた。いや、この状態ははたして現実と呼んでいいのかさえ疑わしかったが、悔しいがこれは現実でしかなかった。
逃げる隙間もないほどにきっちりと並んでいるガーダン連中は、これまた気持ち悪いほどに同じ動きをしていた。その動きには非の打ちどころもないくらいで、逆に景色だけが動いているような感覚がした。とにかく何をどう言おうと奴らは妙だった。
俺はその真ん中に一人取り残されていた。少年もその場から去り、今はガーダン連中の向こう側に後ろ姿が見えている。本当に今度こそ駄目だと思ったが、それでもなぜだかあまり恐怖を感じなかった。なぜだろう、今ここにいるのは俺一人だけなのに。
俺はまだ信じているんだろうか。あの少年が助けてくれるだろうと。そうだ、きっとそうだ。俺はこんな状況の中でもあの「敵」を信じているんだ。
敵。
でも何の敵?
何の為の敵?
よく分からない。
頭がくらくらした。決まってそのくらくらは頭の中だけでなく身体にも影響を及ぼしてくるもので、足がふらふらしてどこぞの酔っ払いみたいによろめいた。なんだかすごく情けない気がする。
「わっとと」
危うく足元に躓いて転ぶところだった。もし転んだりしたら更に情けなくなるところだった、危ない。
前方にはまだガーダンがいる。剣をこちらに向け、今にも飛びかかってきそうな体勢をしている。
そして不思議なことにまた奴らは動きが止まっていた。なんだかこいつらは誰かに操作されてるみたいだ。だとすると考えられるのは一人だけであり。
「まだ僕に用があるの? 川崎樹君」
今ではすっかり聞き慣れた声が耳に届いた。子供はまだガーダン連中の向こう側に見えている。彼は足を止めて顔だけこちらに振り返っていた。
「お前、俺を助けてくれるんじゃなかったのか」
今度は奴のペースにはもっていかせない。もうあいつの質問なんて無視だ。
「そんなこと言ったっけ」
「お、お前!」
急激に腹が立ったが、今は抑えなければならなかった。ぐっと我慢して感情を落ち着かせる。
「とぼけんなよ」
「なんだ、冗談だったのに。面白くない人」
こいつ――人を腹立たせるのが上手い奴だな、まったく!
「勘違いしないでよ。僕は今日はただ挨拶しに来ただけなんだから」
ああそうかよ。ずいぶんと豪勢な挨拶だよなこりゃ。
ふざけるなよ。
「お前と遊んでる暇はないんだ、俺の質問に答えろよ」
少年はすぐには答えてくれなかった。何を考えているのか立ち尽くして目を閉じ、しばらくそのままじっとしている。そして俺はただひたすら彼が動く時を待っていた。
その時間は長くて永久に続くように思われた。目を閉じている間、少年は微動だにしなかった。まるで生きていないように見えて怖い。
「もう帰るから」
やがてぱたりと目を開け、少年はとても小さな声を吐き出した。
「それはいいけどこいつら消してから行けよな」
帰りたいなら勝手にすればいい。だけど俺まで相手のわがままに巻き込まないで欲しかった。
もう疲れた。寝たい。思えば俺って全然寝てないんだよな。そう考えたら余計に疲れてきた。
「なんで」
「は?」
何やら意味が分からない単語が聞こえた気がする。
「だから、なんで」
「なんでってそりゃ」
「何?」
「えーと」
会話がおかしい。なんだかとんでもなく喋りにくいんですけど。何を言ってるのか自分でも分からなくなりそうだ。
「だから、ここにいるガーダンを消して欲しいんだよ、俺は!」
相手に分からせる為に叫んでみたものの、少年は無表情で何を考えてるのかさっぱり分からない顔になっており、逆に俺は恥でもかいたような気分になった。少年の冷たい視線が痛い。
「嫌だ」
こ、この無愛想な餓鬼はっ!
「俺を殺す気かよ!」
「知らない。死んじゃえば?」
少年はかすかに口元を緩め、俺に背を向けた。そのまま光があるかないか分からない暗闇へと歩いて行き、何も言わずに姿を消してしまう。それと同時に周囲が時を取り戻し、ガーダンたちが一斉に動き出した。
俺は何とも言い様のない妙な気持ちに襲われた。あの子供は敵で、最初から助ける気なんてなかったのかもしれない。俺を馬鹿にして楽しんでいただけなのかもしれない。そうだとすると腹が立つが、同時に分からないこともあった。あいつはこれは挨拶だとか言っていたり、助けるだとか好きだの嫌いだのとよく喋っていた。そこがどうも腑に落ちない。普通、敵となる存在ってあんなに余計なこと喋るものなのか? 確かに例外はいるだろうけど、自分の好みや価値観を敵に教えたりして何の意味があるんだろう。
考えても答えは出なかったが、俺が危ない場所に逆戻りしたことだけはよく分かった。
ガーダンの青い鎧が同じ間隔で並び、連中は同じ体勢で剣を構えている。今は少しだけ距離を開け、俺の様子を窺っているように見えなくもなかった。
もう頼れるものは何もなかった。ここにいるのは俺一人だ。こんな場所は誰も通りかからないだろうし、俺は自分の力でこの危機を乗り越えなければならないんだ。だって決めたじゃないか、世界を開くって。こんなところで止まってちゃ駄目だなんだ、きっと。
「おらぁ、てめえらこらぁ! 俺が相手してやるよ、かかってきやがれ!」
主人公っぽい振る舞いをしてみるが、ちょっと言葉遣いが悪すぎた気がする。改善しなきゃな。
冗談はさて置いて、この状況をどうするべきか。まさか一体ずつ相手をしていくわけにはいかないよな。そんなことをする体力は俺にはない。だとすれば、残る道は一つだけだ。
敵の集団の後ろには先の見えない暗闇が続いている。もうあそこにかけるしかない――そう、逃げるしかない。それが今の俺にできることだ。
「いくぞ!」
右手で左腰の、左手で右腰の剣を勢いに任せて抜き、そのまま闇に向かって突っ込んでいった。こいつらの特徴は同じ動きをすること。機械のように決められた動きしかできないのなら、そこに必ず突破口が存在するはずだ。
「どおりゃっ!」
まだ使い慣れない剣を適当に振り回し、前に立ち塞がっていたガーダンに叩き付ける。硬い物がぶつかり合った音が洞窟内で響き、正直うるさくて耳を塞ぎたかったが我慢した。両手が塞がっているというのもなかなか不便なんだな。今ならリヴァが言っていたことも分かる気がする。
「二発目!」
倒れたガーダンの後ろから出てきた鎧を叩く。まともに剣を扱えない俺では斬ることができず、ただ叩くことしかできなかった。
ガーダンはよろめいたように見えた。何しろ表情がないから何も分からない。その隙を逃すものかと俺は思いっ切り足を持ち上げた。そのままいつかの外人のように相手を蹴り飛ばす。思ったよりガーダンは重くなく、面白いくらい遠くまですっ飛んでくれた。
なんだ、俺だって頑張ればこれくらいできるんだな。同じように周囲のガーダンに剣を振り回し、隙を見つけては蹴り飛ばしていく。
しかしいい気になったのがいけなかったのか、それとも足元を確認するのを疎かにしていたせいか、剣を大きく振りかざした刹那に世界が回った。
そう、俺は転んだのだ。誰かの足が俺の足に当たり、見事なまでにすっ転んだのだ。
誰だよこんな所でふらついてる奴は。……あれ、もしかして誰か人間がいるのか?
俺は床に寝そべったまま上を見上げてみた。そして思わず驚愕する。
人がいた。おそらく俺を転ばせた犯人であろう人がばさばさとガーダンを倒している。青い鎧は枯れた花のように次々と散り、俺の周囲に残骸が降り積もっていった。
一通りガーダンが片付くと、相手はこちらに近付いてくる。
そしてこれが、三つの希望の始まりだった。