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21

「人捜し?」
「そう。どうしても捜し出さなければならないんだ」
 お人好しな男の人はそう言いながら下手な絵の描かれている紙をしまった。そしてまた足元に置いてあった剣を取り、花も同時に取る。
「捜しているのはこの国の王族だ。誰か一人でもいい。知らないか?」
「王族ねぇ」
 適当に相槌を打ってみるも俺が知っているわけがない。そもそも俺は今この国に着いたのに、そんなに国に詳しいわけないだろ。王族なんて名前も知らないし顔も知らないんだからさ。
「残念だけど分かんねぇな」
 他に言い様がなかったのであっさりと答えた。
「ま、そうだろうとは思っていた。あまり世間には知られてないことだしな」
 お人好しはそう言ったが、だったら最初から聞くなよと思ってしまう。
「それでは、俺はもう行くからな。道中、気を付けろよ」
「え? あ」
 相手は歩き出した。最後まで俺のことを心配してくれたのか、優しげな台詞だけを残し、そのまま振り返りもせず去っていってしまう。霞んだ空気の中へ入ると相手の姿はすぐに見えなくなってしまった。
 残ったのは足跡だけだった。

 

 元来た道を戻り、入り口付近に行くと、そこにはエミュが当然のようにいるはずだった。いなかった。
「は?」
 エミュはいなかった。その場所には誰一人いない。
 なんでいないんだ。せっかく戻ってきたのに。
 仕方ないな、捜すか。さすがに国から出るなんてことはしてないだろうし。もし出てたら怒るぞ。怒って泣くぞ、まったく。
 そんなわけで人を捜すことになったのだが、さてこの荒涼とした国の中を捜すにしても、ここは膝以上に高いものなんて城壁以外にないのである。ちょっと辺りを眺めただけでも遥か彼方、とまではいかなくとも向こう側の城壁が見えるほどだった。もしこの宙に舞っている埃さえなければ人捜しなんて一瞬で終えられるところだっただろうに。
 あいにく風に乗った埃は多く、風が吹くたびに目を閉じなければならなかった。しかも埃が目に入って痛い。
 やっぱりこの国は駄目だ。駄目すぎる。昔は好かったのかもしれないけど、俺は昔を知らないから好いなんてことは言えなかった。まあ今は何とも言えない、ってところだろうか。
 とりあえずまだ行ってなかった場所へ向かい、俺は埃の中を掻き分けるように進んでいった。

 

 三十分が過ぎたが、エミュは見つからなかった。いや、見つけられなかった。俺は人捜しの才能がないのかもしれない。
 そんなことはどうでもいいとして、これからどうすべきなのか。ここにいないなら家に帰ったとかだろうか。俺に一言も告げず消えたのなら淋しいが、勝手に凹んでいても相手には何も関係ないのだ。
 仕方がないので一旦入り口に戻ることにする。
 俺は一人でそう決め、すたすたと入り口へ向かっていった。
 いつの間にか空は暗くなり始めていた。

 

 国の入り口は非常に近い場所にあった。意外とこの国は狭く小さいのかもしれない。今まで埃の中を歩いたり走ったりしていたので、そんなことは全く気付かなかったのだ。
 相変わらず高い壁は天にまで届きそうな勢いを持っており、意味もなく強い風にさらされている。よく見てみると赤茶色に荒んだそれは風化でもしたようにでこぼことしていた。
 などと余計なことを考えてる場合じゃない。問題ははたしてここにエミュがいるかどうかだ。
 ちょっと期待をしていたが、入り口付近にはまるで当然のように誰もいなかった。
 しかし、それとは別としてある物を発見した。
 見えたのは一つの小屋だった。もちろんだが膝以上の高さがある。そしてなぜこの小屋をこの国に入った時に見つけられなかったのかと考えると、小屋は例の無駄に高い壁にぴったりと張り付いたように建っており、入り口からは真横を見ないと見えない場所にあったからのようだ。要するに死角にあったということだ。
 更に見にくいことにその小屋は影の中にあり、色も壁と同じような色合いをしていた。これは注意して見なければ到底気付きそうにない。何のヒントもなく気付けという方が無理な話だ。
 そしてその小屋は明らかに怪しかった。
 だってそうだろ。国の中には建物らしいものなんて一つもないのに、あんな見るからにすぐ潰れそうな小屋が一つだけ残っているなんて怪しいの他に言い様がないだろう。それとも何だ、この国がこうなってから建てられたとでも言うのか。余計に怪しいじゃないか。
 さて、どうするべきかと俺は悩んだ。あの小屋に勝手に入っていって、敵役の人のアジトか何かだったらもうどうしようもない。そうでなかったとしても、中にいる人が恐ろしい人だったりしたらそれも駄目だ。かといって誰もいないのも意味がない。なんとも難しいものだな。
 俺は悩みに悩んだ末、様子を見ることにした。小屋に近付いて耳を澄まし、中からの音を聞くのである。もちろんそれだけで全てが分かるというわけではないが、中に人がいるかどうかくらいは分かるだろう。
 そう心に決め、それを実行するためにそろそろと小屋に近付いていった。そして小屋の壁に背中を貼り付けてじっと耳を澄ましてみる。
 音は聞こえてきた。聞こえてきたのは時計のような、一定の間隔で聞こえる小さな音。それだけだった。
 誰もいないのだろうか? いやいや、中にいる人はただ寝ているだけなのかもしれない。
 壁に耳を貼り付けて聞いてみたが結果はやはり同じだった。時計が時を打っている小さく消えそうな音だけが響いている。
 どうしよう。入っても大丈夫だろうか。
 でも誰かがいたら恐いし、いなかったらいなかったでそれもまた虚しいし。
 なんていつまでも悩んでても仕方ないから、さて入ってみましょうかね。
 埃は宙を舞い、風がそれを運んでいく。
 その風が吹き止まないうちに、俺は怪しげな小屋の扉を開けて中に入っていった。
 しかし中に入るだけのことにいつまでかかってんだろうか。用心するのもいいけど、もうちょっと勇気を持っててもいいのになぁ。自分で言ってて悲しいけどさ。
 太陽は既に沈んでおり、辺りは暗闇に包まれていた。

 

 心を決めて入った先に普通なら一体何が待っているべきなんだろう。
 例えるならそう、それこそさっき俺が考えていたようなことが待っているべきだ。それが普通というもの。
 だったらこれは何なんだ。
 このぼろくなった怪しげな小屋の中には、なんとまあ俺が捜していた人々が勢揃いしていたのだ。そりゃあ確かに星にいるという情報は聞いたけど、こんな展開はまず考えられないだろ。
 小屋の中は外からは見当もつかないほど和やかな雰囲気で包まれていた。
「樹さん、無事でよかったです。グレンさんがすごく心配してましたよ」
 にこやかな笑顔で出迎えてきたのは黄色いワンピースを着た少女、クミだった。そんな明るい笑顔で言うなよ。
「樹兄ちゃんってどこに行っても不死身っぽいよね」
 誉めているのか嫌味なのか。そう言ったのは緑の髪を持つ少年、ルクである。しかし今のは嫌味にしか聞こえなかったぞ、おい。
「本当、無事でよかったですね。一人で出歩いていっちゃって心配したんですよぉ?」
 最後に声をかけてきたのは、俺がついさっきまで捜しに捜していた少女のエミュ。そんなに皆に心配されたらすごく情けないように思えてくるなぁ。まったく。
 いや、そうじゃなくて。
「なんでエミュまでいるんだよ」
 意外とエミュはちゃっかりしている。どうせ国の中にいるなら外で待っていて欲しかった。何の為にあんなに捜したんだ俺は。ああ、虚しい。
「え、いちゃ駄目でしたか?」
「いや駄目っていうか」
 せめて一言くらい言って欲しかったというか。
「なぁんだ。樹兄ちゃんとエミュのお姉ちゃんって知り合いなんだ」
 のんきそうに口を挟んでくるのは少年だった。ものすごくリラックスしちゃって、お茶なんて飲んでいらっしゃるし。
「まあ知り合いと言えば」
「知り合い……ですよね」
 どこまでが知り合いでどこからが他人なのか。俺には分からねえや。
 いつまでも立って話していては体力がもたないので、とりあえず俺は座らせてもらうことにした。奥の椅子がたくさん並んでいる部屋へ行き、ぼろの椅子に腰を下ろす。
 よく見てみると椅子だけでなく机や棚も古そうで、この小屋全体が歴史的価値のある代物なのかもしれない。
 やっと落ち着きを取り戻せたのはいいものの、俺が捜していた人物で見当たらない者が約二名ほどいることを忘れてはならなかった。
「なあ、グレンとリヴァは? あいつらはいないのか?」
 あのうるさい二人組はどこをどう見てもこの場にいないようだった。あいつらのことだし、また勝手な行動をしてるんじゃないだろうか。
 その質問にはお茶を飲んでいるクミがすぐに答えてくれる。
「グレンさんなら隣の部屋で寝てるよ」
「寝てる?」
「はい」
「はあ」
 なんだか拍子抜けした気分だ。行方不明になられるよりはマシだが、だからってなんであいつは寝てるんだ。
「じゃ、リヴァは? あいつも寝てるのか?」
「それが、まだ会ってなくて」
「そうか」
 クミの言葉に俺は納得してしまいそうになった。あの外人、協調性なさそうだもんな。一人で行動してるのかもしれない。だけどあいつは一応俺の連れということになっているし、さすがに放っておくわけにもいかないのが現実であって。
「あ、そうだ。樹さんお茶をどうぞ」
「え? あ」
 俺が答え終わらないうちにエミュは慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。ほわほわと湯気の出ている見るからに熱そうな湯呑みを俺が座っている前に置く。中を覗くと少し濃い緑の色がよく見えた。
 正直言って俺、お茶ってちょっとばかり苦手なんだよな。あの苦さとか特に。
 だからといって飲まなかったら気まずいので一口飲んでみる。
「は、はは。ありがとござまずい……」
 それはとんでもなく苦かった。

 

 少し落ち着いてから二分後。俺たちは次にどうするべきかを話し合うことにした。まず決めることは目的地である。
「というわけで次に目指すべき場所を決めるのですが、約一名ほど行方不明の奴がいます。さて一体これをどうすればいいのやら」
 意気込んで話し始めたものの、余計なことをいろいろ知ってそうな外人がいないからには決められることも決められなかった。おまけにグレンはまだ寝ているのかここへ来ないしで、一体俺に何を話せというのだ。
「やっぱりまずはリヴァを捜すべきだと思うんですが。異存がある人は?」
 俺がそう言った後、誰もが黙っていた。よし、じゃあこれで決まりだな。よかったよかったスムーズに決まったぞ。
「でも捜すにしてもさ、やっぱり少しくらいは前に進みたいよな」
 そもそもどこを捜していいのかも分からないし、闇雲に捜すよりかはどこか目指すべき場所へ向かう途中で捜す方がいいんじゃないだろうか。
 俺はそう言いたかったのだけど、周囲でのんきそうにお茶を飲んでいる三人は無反応だ。はたしてこのぼけぼけ三人組に俺の意思はきちんと伝わったのだろうか。不安だ、かなり不安だ。
「えっと、どういう意味なんでしょう?」
 案の定と言うべきか、エミュの口から疑問の声が上がってくる。俺は彼女の言葉に冷ややかな失望を感じた。少しくらい察してくれてもいいだろうよ、エミュさん。
「んーじゃあ、世界が閉じちまったのは何が原因なんだ?」
 話を変えてとりあえず情報収集をすることにする。なんとなくエミュなら何か知ってそうな気がしたんだ。
 思えば俺って何も分かってないくせに世界を開くなんて言ってたんだもんな。それ以前に世界の開き方も分かってないし。よくそれで世界を開くなんてことが言えたもんだ。我ながら呆れてくる。
「詳しくは分かりませんが、原因は青き星にあると言われています。青き星に行けば何か分かるかもしれませんが」
「そっか。じゃあ次は青き星へ行こうか」
 目的地は決定した。やけにあっさりと決まって妙な感覚があるけど、きっとそれは気のせいだろう。
 しかし俺の推測通りとはいえ、エミュはグレンよりもこの世界のことについて詳しいらしい。あのお調子者はこの世界に住んでるらしいのに見当違いのことを信じ込んでいて、おかげさまでこっちが恥をかいてしまった。それに比べるとエミュの情報の方が信憑性が見えていて、何の条件もなしに信じてしまいそうになる。それは情報を発する本人が醸し出す雰囲気の違いか、それとも単に住んでる地域の違いから生じる違和感なのか?
 何はともあれ目的地だけは無事に決まったのだ。そこへ行く為にも俺たちは夜が明ける時を待つことにした。

 

 

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