前へ  目次  次へ

 

23 

 一体、今何が起こっているのだろう。
 エミュはヨスに手を掴まれ、ヨスは悪役の面に戻って嬉しそうに笑っている。そして俺とグレンはまったく状況が理解できずにただ傍観するだけだった。
 何なんだよこの変な展開は。当たり前なのだがさっぱり分かんねぇ。
 ヨスはエミュの手を掴み、けらけらと満足そうに笑いながらこんなことを言った。
「これであと二人だ、俺さまってやっぱりすごいぜぃ」
 今までされるままになっていたエミュははたと何かに気づいた表情になった。今までがぽかんとしすぎていたのか、表情が変わったことが見たらすぐに分かったのだ。分かりやすい顔なんだろう。
 その表情のままエミュは言葉をかけた。誰にかけたのかというとそれはなんとあのヨスにだった。
「そうだヨスさん、大変なんです! 赤き星が」
「あ? 赤き星がどうなったって俺さまには関係ねーんだよ。俺さまは今俺さまがやってることの方が大事なんだ」
「でもあなたは」
「そんな過去のことは忘れちまったぜぃ」
「どうして……」
 うーん。どうやら俺には話についていけないらしい。グレンは分かってんのかな。
「樹。どうやら俺はまったくのよそ者らしいぜ」
 やはり分かっていなかったか。こいつ結局何も知らないんじゃないのか?
「よしでは、分かる話をしよう」
 次にグレンはそう言った。なんだそりゃ。分かる話なんてあるんだろうか。そっちの方が怪しい。
「樹。世界が閉ざされた原因がどこにあるか知ってるか?」
 何を言い出すのかと思えば、なんだそんなことか。いやそんなことと言えば軽く見ているように思われがちだけど、もっと何か違うことを聞かれるのかとひやひやしたのだ。心配して損したというかちょっとだけがっかりしたというか。
 それにしても世界が閉ざされた原因か。
 うーむ。
「俺が思うに、それって青き星ってところが原因なんじゃないか?」
 まだその青き星にも行ったことがないし国のことなんてなんにも知らないわけなのだが、あまりいいように言われていない国なんだ、そう思うのも仕方ないだろ。実際どうなのかは分からない。けどエナさんの話とか聞いてたらその可能性が一番高い気がするのだ。
 その答えを聞くとグレンは言葉に詰まったのか、しばし何も言わなくなった。しかし首を横にぶんぶんと振ると笑顔になってこう言ってきた。
「大正解! お前すごいな樹!」
「え、本当にそうだったのか」
 まさか当たるなんて、そんなこともあるんだな。実はあまり自信がなかったのだ。
「まあな。でもそれはまだ確実にそうだとは言えないんだとよ。謎な空白とかがかなりあるらしいぜ」
「へぇ。よく知ってんだなお前」
 ちょっと見なおした。世間知らずじゃなかったんだな。
 しかしそう思ったのも一瞬だけだった。
「いや、ここに来る途中クミとルクに聞いたんだ」
 グレンはそんなことをおっしゃった。なんだよ。人に聞いたのかよ。しかもクミとルクかよ。どうせなら見知らぬ人に聞いたとでも言ってほしかったな。
「じゃあ結局は青き星へ行くことになるんだな」
 ま、もともとそうするつもりだったんだけど。でも気のせいだろうか、目的の場所がその青き星に集まりすぎている気が。
「そこでだ樹君。青き星へ行く道を君は知っているかね?」
 まるでどこかの教授のような言い方だなおい。
「俺が知ってたら苦労しないだろ。グレンは知らないのか?」
「知ってたら聞かないっつーの」
 そりゃそうだけど。そこまで知ってるんなら道くらい知ってるのかと思ったんだけどな。やはり世間知らずなのか。それとも情報収集が苦手なのか。
 あ、でも。
「エミュなら知ってんじゃねぇの? ほら、なんかよく分かんねえけどいろいろ知ってるんだし」
 少なくとも俺やグレンよりかは知ってるもんな。俺らが知らなさすぎるだけなのかもしれないが。
「なるほど。じゃあエミュとやらに聞こうじゃないか」
「うん。で、エミュは」
 横を見てみるとまだエミュとヨスは口論をしているようだった。何を話してるのか知らないがよくそんなに話が続くな。敵同士っぽいのに。
 聞いても分かりはしないだろうけどちょっと耳を傾けてみた。
「ではヨスさん、あなたはなぜこの国がこうなったのかを知ってるんですね?」
「俺さまのことはヨスさまと呼べぃ! それからそんなものは知らん!」
「嫌です。あなたに様は付けません。知らないはずないでしょう? だってあなたはこの国の」
「ええぃ、もういい!」
 一度口論が止まった。ヨスは痺れがきれたように突拍子もないことを言い放った。
「とにかく! 俺さまはお前を連れていく! これでいいだろ、文句あるか!?」
 そう言い歩きだそうとするヨス。エミュは手を引っ張られ、よろけながら連れていかれそうになる。
 ってちょっとちょっと! 待てよ!
「それは困る!」
 一人で言ったつもりの台詞だったがそれは見事にグレンと重なってしまった。しかしそれに驚いたのかヨスは行動を停止し、こっちを向いてきた。
 俺はグレンと顔を見合わせ、一つ頷くと腰から二本の剣を抜いた。グレンは剣の代わりに鞘を握り締める。
「お前だけで行け!」
 再び声が重なると俺は右からグレンは左から、剣と鞘で思いっきりヨスを叩いた。
 ヨスの手はエミュから離れ、そのまま開け放しにされていた窓から外に放り出された。ひどいように見えるかもしれないがどうせ一階建ての家なんだ、落ちても大丈夫だろ。
 そしてまた中に入ってこられないよう窓を閉めた。おまけにカーテンも。おかげで外が見えなくなってしまったがそれは我慢することにしよう。
「やれやれ。結局弱いんだなヨスって」
 剣を鞘に入れながら俺はそう呟く。
 今思えば俺、初めて敵を倒した。
 しかもかなり余裕で。
 これならガーダンも恐くないかな?
「あの、お二人とも」
「ん? エミュか」
 心なしか申し訳なさそうな顔をしている。少し下に俯き、目線を合わせようとしてこなかった。
「……すみませんでした」
 エミュはぺこりと頭を下げた。
「いーよ、別に」
 そんなことを言ってほしくて助けたんじゃなかった。だから俺はそう言うことしかできなかった。

 

 +++++

 

 翌日。
 昨日閉めたカーテンのせいで朝日に照らされて起きることはできなかったが、意外とすっきりと目が覚めた。服装は昨日のままである。なぜなら一着しか持っていないから。なんか貧乏人みたいだなこれじゃあ。
「おはようございます樹さん。お茶をどうぞ」
 部屋を出て広間へ行くとそこには机を囲んで全員が座っていた。俺って一番遅かったのかよ。時計もないから時間が分からない。
 早速エミュにお茶をすすめられたが、朝っぱらからお茶なんか飲めるかよ。俺は毎朝水を飲んでいるわけでお茶を飲んでいるわけではない。要するに飲みたくないわけである。
「そんなことより。エミュ、俺たち青き星へ行きたいんだ。道を知ってるなら教えてほしいんだけど」
 椅子に座り話を始める。あまりゆっくりしすぎるといつになっても行きたくなくなるので早いうちに話を決めてすぐに出発するのがいいのである。
「青き星なら、私も行くつもりでした。一緒に行ってもかまいませんか?」
「そっか。なら一緒に行こうか。な、グレン」
 グレンは食パンを口の中に押し込めながらこくこくと頷いた。その姿は貧乏性そのものだな。
「樹さんたち、青き星へ行くんだ」
 今まで黙っていたクミとルクは何やら困ったような顔を見せた。
「お前らは行かないのか?」
「わたしたちは行けないの」
「そっか。じゃあ、これからどうするんだ?」
「ぼくらはここにいるよ。ここで待ってたら駄目?」
 よく分からなかった。
 でも二人には行かないと言うならそうする権利がある。そもそもこの二人がここまで来たのって俺のせいだったんだもんな。本当ならちゃんともとの冬島まで送ってやらなきゃならないところなのだ。
「でも大丈夫なのか? この国、本当に何もないぞ」
 俺だったらこんな国で生活したくはないんだけどな。飢え死にしそうだし。
 二人はそれには答えなかった。ただ返事の代わりにか、静かに笑ってみせただけだった。

 

 それから間もなくして俺とグレンとエミュの三人はクミとルクを残して小屋を出た。それだけならまだよかった。しかし、とある問題が同時にくっついてきたのである。
 その問題とは。今まで忘れがちであったあの貝のことである。
 貝。名前をエフという。とにかく生意気、自信過剰、うるさい。呪文が使えるとか使えないとか。エナさんとは大違いだがクミの話ではエナさんとお友達らしい。
 この貝がどうしたのかというと。簡単である。ついてきたのだ。
 こいつは以前は水槽の中に入っていた。そしてその水槽はクミが持ち歩いており、クミが小屋に残るのなら当然貝も小屋に残るのだとばかり思っていた。
 それがどうだ。ついてきやがったではないか。
 水槽はどうしたのかというともちろん持ってなんかいない。ならばどうやって来たのかと聞かれれば跳ねて来たと答えるだろう。
 もうやだこんな非常識な貝!
『なんだー? えらいテンション低いなー。もっと気合い入れていけよー。オレとエナとで漫才でもしてやろーか?』
「やめてくれ」
 相変わらずの貝の言葉にため息が出そうになる。貝は今はエナさんと同じように俺の上着のポケットの中に収まっている。
 なんでこいつまで連れていかなきゃならんのだ。俺の苦労を増やす気かよ。
 あーあ。早く帰りてぇな。そのためにもさっさと世界を開かなきゃ。
 そうこう考えているうちに赤き星を出たらしい。壁がなくなり埃っぽい空気から清々しい空気へと変わっていった。
「お。国を出たみたいだな」
 グレンはいつものように上機嫌で。
「ちょっと遠いですけど頑張れば今日中に着きますよ、きっと」
 エミュはいつものようににこやかだった。
 なんで俺ってこんなに苦労してるんだ。しかしだんだん分からなくなってきたのは言うまでもないことだった。

 

 しばらく荒涼とした草の一本もない道を歩くと、道が三つに分かれているところへ着いた。その道は壁で仕切られており、先は別々の方向へのびている。
「エミュ、どの道に行くんだ?」
 そこで立ち止まってしまったエミュに聞いた。
 エミュは黙っている。
 まさかとは思うけど。
「忘れちゃいました」
 そのまさかであった。振り返り、にこやかな笑顔を見せながらエミュはそう言った。
「ってじゃあどうするんだよ」
 こんな場所で足止めを食らうのもごめんだった。どうせならさっさと行きたい。でも道が分からないとなればなあ。どうしよ。
「まあここは一つ、一人ずつ別々の道へ行くのが効率がいいだろうな」
 横からそんな言葉が聞こえてきた。それこそまさにかなり危なっかしい内容の言葉が。
「というわけで。俺は行くぜ。じゃあな!」
「あっ、おいグレ――」
 呼び止めようとしたが無駄だった。グレンはすたすたと一人で行ってしまった。
「そういうわけで樹さん。私はこっちに行きますね」
「あっエミュ」
 すたすたすた。エミュも行ってしまった。
 一人残された平凡高校生の俺。
「どないせーというの」
 もうどうしようもなかった。
『だぁいじょうぶだ樹! オレがついてるではないか!』
 上着のポケットの中から妙に明るい声が聞こえる。
「お前なんていたって何もできないじゃねえかよ。なんでお前がそんなにはりきってんだ」
『なんでだと? いーい質問だ樹君! それはなあ、オレが的確なアドバイスをしてやるからだ! アドバイスというのはこれがなかなか神経使うことでなあ……』
 あーもう。うるさいったらありゃしない。ったくこの貝は気楽でいいよな。
『それにだな、オレが呪文を使えるのは知ってるだろ。ほら、水属性の呪文を使えなくしてたのも呪文の力だし』
「じゃあ何か出たら呪文で倒してくれるのか」
 それならただの邪魔者じゃないな。そうでなかったら本当に役に立たない非常食になるところだった。
 しかし貝はこんなことを言った。
『あほか。こんな体でそんなに魔法を連続で使えるわけないだろ。せいぜい使えて一日に一回だ』
「なんだよそれー! やっぱただの役立たずだなお前!」
 それじゃあ非常食として食っちまうぞ。意味ないじゃんかよ。
『誰が役立たずだ! だからアドバイスをしてやると言ってるだろうが!』
「うるさいな、役立たずは役立たずだろ」
『てめー、せっかくオレがスペシャルな魔法をかけてやろうと思ったのによお』
 スペシャルな魔法? なんだろ。
 ちょっと興味を惹いたので聞いてみることにした。
「何それ?」
『ふふふのふ。聞いて驚くがよい。と言いたいのだが、ここで言ってしまっては面白みがないので言わないことにするぜぃ』
「てめえはヨスかーっ! 思わせぶりなことすんなよ!」
 思わずつっこんでしまった。
「はぁあ。もういいや。何でもいいから行こう」
 いつまでも悩んでても仕方ないし貝は何かしてくれると言うので、とりあえず残った一本の道へ進むことにした。

 

 恐い。ものすごく恐い。
 何が? とは聞かないでくれたまえ。
 たった一人で草の一本も膝以上の高さの物もない高い壁に囲まれた小道を歩く気持ち。それが今の気持ちなのだ。それを恐いと言わずに何と言えと?
 だって考えてもみろ。もしこの小道でガーダンやら魔物やらに出くわしたら逃げ道がないだろ。こんな一本道で両幅も狭苦しい足場の悪い道、引き返したらそれこそ意味がない。つまり何かに出くわしたら嫌でも戦って倒さなければならないのだ。
 しかしそんなことがはたして俺にできるのだろうか。最大の問題はそれである。
 今のところまだ何にも出くわしてないので無事なのだが、もし何かが出てきてからどうしようと考えていたらすぐにやられてしまいそうだ。これがただのゲームならやり直しがきくけど実際に体験するとなるとやり直しなんてできるわけがない。
 なんで俺がこんな経験しなきゃならんのだろう。これもどれも何もかも全ては奴のせいだ。
 はぁ。さっさとその奴を見つけて世界開いて帰りたいなあ。最近つくづくそう思う。
 そんなことを考えながら一人で進んでいくと目の前に洞窟らしきものが見えてきた。いや洞窟と言うよりかは、
『ほぉう。トンネルだな』
 そう。貝の言うとおりそれはトンネルだった。そのトンネルは壁に挟まれている。道はその暗い暗いトンネルの中へ続いている。
「この中に入るのか……」
 他に道はなかった。行くしかないようだ。
 やだなあもう。こんな暗い場所行きたくねえよ。こういう場所へ行くとまたあの子供、つまりあの藍色の髪の少年に会いそうで嫌だった。
『ここはこれを使うべきだな』
 貝はそう言いポケットの中から出てきた。貝の殻と殻の間に何やら液体の入った瓶が挟まっている。手の平サイズの無色透明の液体だった。それをとりあえず手に取り、見てみる。
「今度はなんだよ」
 くだらないもんだったら捨てちゃる。使えるようなら使わせていただくけど。
『何かって? 聖水だ。使い方くらい分かるだろ』
「へえ」
 なんだ。ろくなもんじゃないのかと思ったが使えそうじゃん。聖水か。
 聖水というのは魔物やらを一定時間だけ遠ざける働きを持つ液体である。RPGでは定番の物だ。まさかそれをこの目で見る日が来ようとは。異世界ってのは苦労するだけじゃないんだな。ちょっと楽しみが増えた気がした。
 しかしその聖水という物にもいくらかの欠点がある。
「なあ、知ってるか貝」
 聖水の瓶の蓋を開けながらポケットの中に戻った貝に呟くように話しかける。
「聖水というのはエンカウント率を下げるというだけで、つまり一定時間魔物やらの敵を遠ざけるだけであり、必ずしも敵と遭遇しないというわけではないんだぞ」
『そーだな。それがどうしたよ』
「さらにその効果は一定時間だけであって、このトンネルを抜けるまで効果が続くという保証はどこにもないんだぞ」
『そりゃ当たり前だろ。それがどうしたってんだよ』
 それが問題なんだよ! これだからお気楽な貝は困る。俺の問題を問題として見てくれていない。
『まあまあ。さっさと抜けちまえばいい話じゃねえか』
「そりゃそうだけどさ」
 そう言われれば言い返せない。けど不安だ。
 聖水を適当に体にふりかけ、空になった瓶をポケットに入れる。使い方が本当にこれであってるのかどうか少し怪しかったがそのままトンネルの中へ突き進んでいくことにした。

 

 そしてそれから一分もしないうちに俺はこのトンネル内で人を見かけた。
 中は岩でごつごつしたかなり洞窟に近いトンネルだった。外から見たらかなり暗そうに見えたが、実際中に入ってみるとそうでもなくなかなか辺りを見渡せるくらい明るかった。
 そのごつごつした岩の陰に人がいるらしいのだ。一人らしい。
 いつもならさてどうしようかと約十分くらい悩むところだが、何しろ今はたった一人で連れは石と貝で右も左も分からないまま乗り込んできた身なのだ。それにその人のいる場所の前を通らないと先へ進めないのでとりあえず話しかけてみることにした。
「こんにちは?」
 できる限りにこやかに話しかけてみた。相手は床に座り込んでおり、こちらを見上げてきた。
 そしてその相手の姿を見たとき、俺はこの上なく驚いた。
 暑そうな長袖の黒服のハイネックに布を巻きつけた黒の長ズボン。おまけに頭には何の意味があるのか、顔が隠れるくらい深く黒い布を被っている。
「お前、リヴァ!」
「君、樹!?」
 それは今まで行方不明になっていた外人であった。

 

 

前へ  目次  次へ

inserted by FC2 system