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27 

「ここが近道への道よ。この扉を抜けていけば青き星の中に出られるってわけ。どお? 便利でしょう!」
 コリアはそう言い、無駄に大きな赤い扉をばんと自慢げに叩いた。
 俺たちはコリアに連れられて一つの扉の前に立っていた。どうやらその扉が近道とやらに続いているらしい。しかしどうにも疑わしかった。
「じゃあさっさと行こうや。この先に青き星があるのならこんなところでいつまでも居座ってたって意味ないしさ」
「あ、ちょっと待って」
 扉を押そうと触れたとき、コリアが腕をがっしりと掴んできた。この金持ちのお嬢さんは見かけによらず力が強く、俺はぴたりと止まったまま動けないようになってしまった。
「この扉は合い言葉を言うのよ。全員でね」
「合い言葉ぁ? なんでそんな面倒なこと」
「いいから! ほら!」
 俺の反発をさらりと流したコリアは何やら小さな紙切れを渡してきた。それを見てみるとつらつらと長い文字が書かれてある。
 なんだこれ。これが合い言葉ってやつなのか?
「そうか。この紙に書かれてあるのが合い言葉なのか」
 そう言ったのはお人好しさんで、俺の隣から覗き込むように紙を見ていた。その隣にはまたもや無言になった外人がいる。
「そーよ。これなら覚えやすいでしょ?」
「長すぎて覚えられねーよ」
「だから、いいのよそれは! じゃあいくけど! いい!?」
 この金持ちのお嬢さんは俺の呟きにまで反応してきた。なかなかあなどれない。よし、今度からはもう少し小声にしよう。
「では。さんはいっ!」
 コリアの声と共に俺たちはまるで国語か何かの授業のように声を合わせて紙に書かれてある文字を読んだ。
「――天よりいでし神秘なる使いよ、その力を我の前に示せ。バラナーガルトユサキシムライザ」
 あれ? この文句どこかで聞いたことがあるような。
 そう思い言葉を言い終わった瞬間、扉の隣で何かが爆発でもしたような音がした。それと同時にそこから煙が出てくる。
 音が止んで煙が晴れるとそこには扉が一部だけ壊れた跡があった。
「な、なんだ? 今の」
 まさかまた敵役の誰かが来たのか? それとも合い言葉が間違ってたとか?
「ちょ、ちょっと待って! 何よ今の! スルクあんた説明しなさい!」
「なっ、なんで俺が」
 どうやら合い言葉を教えてきた当の本人にも分からないらしい。じゃあやっぱり敵が?
「なんで急に爆発しないといけないのよ! こんなこと今までなかったわよ!? どうなってんのよ!」
「お、落ち着けってコリア」
 この二人には緊張感というものがないのだろうか。きっとないのだろうな。でなきゃこんな時までお笑いはしないだろう。
 そういうわけで唯一頼りになるのはあいつということになるんだが。
「なあリヴァ、今のって」
「……ばっかじゃないの!?」
 は? 何だって?
 外人は俺の手の中から合い言葉が書かれてある紙を取り上げ、それを皆に見えるように広げてみせた。
「これ呪文の詠唱じゃないの。こんなものが合い言葉だって? そうなら呪文唱えて扉壊した方が断然早いに決まってる!」
 あ、そうか。どこかで聞いたことあると思ったら呪文だったのかそれ。そういえばクミやルクが使ってたような。
「呪文――って。うそ? 全然知らなかった」
「知らなかったってコリアお前なあ。それくらい知っとけよ」
「あははー? ま、気にしないで気にしないで」
 金持ちのお嬢さんはけらけらと笑っていた。なんとも開き直りが早いというか、気にしなさすぎるというか。
「で、扉は?」
 最も扉から離れた位置にいる外人の言葉を聞き、皆は一斉に扉を見た。扉は爆発みたいなもので一部が壊されたとはいえ人が通れるほどの隙間はなかった。これでは向こうに行けそうにない。
「もう一回、合い言葉言う?」
 やや控えめにコリアは聞いた。それにリヴァは答える。
「また呪文が発動するから。それでもいいなら」
 しかしその言葉にコリアは不満を感じたらしく、眉間にしわを寄せたのがよく分かった。
「あんた扉壊す気?」
「その方が楽でしょ? ねえ樹?」
「えっ? 俺?」
 いきなり話を振られて少したじろいだ。なにしろ俺にはついていけない話なのだ。どう答えてほしいんだよ。
 外人は俺の顔を見て、はあとため息を吐いた。そうかと思えば次には背中を向けて扉の真正面に立つ。
 そのまま右足だけを前へ出し、それと同時に右手をまっすぐ顔のあたりまで上げた。そしてそこでぴたりと止まる。
「属性は?」
 止まったままのリヴァにコリアが静かに聞いた。腕を組んだその姿はもう怒っているようにしか見えなくて恐い。
「火属性。いいでしょ? これくらい」
 それだけを言うとリヴァは目を閉じた。
 床に模様が現れた。丸くてあまり大きくない模様が何もない空間から現れ光っていた。その模様が現れたのはちょうど目を閉じた外人の足元である。
 俺は何かが起こりそうな気がしてごくりと唾を呑んだ。自分が何かをするというわけでもないのになぜか緊張する。
「精霊よ、我の願いを……」
 静かな空間からリヴァの小さな声が響いた。そして目を開け、続ける。
「――炎よ、エン!」
 ばっと響き渡った声と共に床の模様が光りだす。そしてその光が模様と共に消えた頃、扉はすでに炎に包まれていた。
 炎は扉を蝕(むしば)むように燃え、しばらくするとひとりでに消えた。扉はそこにあったのかどうか分からないくらい壊されており、残った部分は灰になっていた。そして驚いたことに壁はまったく燃えていなかった。色が変わっていたり黒い灰がついていたりもしていない。完全に無傷であった。
「ま、こんなもんでしょ」
 リヴァはそう言い肩をすくめてみせた。それからまた俺の顔を見てきた。
「驚いた?」
 あいつは笑った。
「まあ、な」
 それは本当の気持ちだった。あれを見て驚かない奴なんてそういるもんじゃない。
「でもお前そんなことできるなら魔物だって倒せるんじゃねーのか?」
「無理に決まってるじゃない。君って馬鹿?」
 笑顔でひどいことを言ってくる外人。まったく、こいつは。

 

 扉の先へ進んでいくとそこには地下に続く階段があった。下へ下りるにつれて暗くなっているいかにも怪しげな階段である。
「本当にこれが近道なのか?」
「いいのよ! ほら、さっさと進みなさい!」
 俺はコリアにそう言われ、おまけに背中を押された。危うく階段へ転げ落ちるところだった。危ない危ない。
 階段は薄暗かったが壁にランプがついていたので真っ暗で何も見えないということはなかった。しかし階段は家の広さに負けないくらい広大だったので下りるのにはかなりの時間がかかった。そしてそれと同時に疲れた。元から疲れてるというのに。これ以上疲れさせないでくれ。頼むから。
 やっと階段をおり切ったかと思うとそこにはまた前と同じような扉が道を塞いでいた。
「これはどうするんだ?」
 試しにコリアに聞いてみた。そして金持ちのお嬢さんから返ってきた言葉はというと。
「もちろんこれも合言葉を言うのよ」
 腰に手をあて、胸を張って偉そうに言われた。
 なんだかもうやっぱりな、と言う他はない気がする。
「じゃあまた壊そうか。下がってて」
 リヴァはそう言い、また呪文を唱える気らしい。俺は言われたとおり下がった。コリアはまだ不満がありそうだったが渋い顔をしながら何も言わずに下がった。お人好しさんはお人好しなので下がった。
 そして前と同じように呪文が発動する。
「――炎よ、エン!」
 まったく同じ呪文で扉は炎に包まれた。そして煙と共に壊れていく。
 煙が晴れると扉は完全に消えていた。今回は灰すら見えない。
「よし、じゃあ行こう」
 俺はこのままこの調子でこの家から抜けられると思っていた。だけど現実はそう簡単にはいかないらしいと実感することになるのであった。
 それはなぜか。なぜなら扉を壊して進んでもまた扉があったからであった。
 そしてその扉を壊して進んでもまた扉が。
 その扉を跡形もなく消し去って進んでもまた同じ大きな扉が。
 一体いくつの扉を壊しただろうかとか考えながら進んでいたがいいかげん飽きてきた。と同時にある考えがふとひらめきのように頭に浮かんできた。
 ちょうど呪文で扉を壊した後に、皆に聞こえるように呟いた。
「もしかしてこれ、無限ループの罠なんじゃないのか?」
 無限ループというのはRPGのダンジョンでよくあるものである。行っても行っても同じ場所に出て、特定の道を進んでいかなければ決して先へ進めないという罠だ。それを攻略するにはあらかじめ道を誰かから聞いておくか、もしくは正しい道を自分で調べる他はない。どちらにしろ面倒な罠なのだ。
「何それ? 少なくともあたいの家にはそんなもんないはずだけど」
「お前の『はず』はあてにならないもんなコリア。樹、説明してくれないか?」
 やはりこの二人は息があっているというか。コリアとスルクはすごく仲がいいように見えた。
「何さそれ? 知ってるんなら早く言ってよね。何のためにぼくがこんなに呪文ばっかり唱えなきゃならないのか分かってる?」
 それに比べてこいつは。つい今さっき気づいたんだっつーの。そんなに早く気づいてたまるか。
「無限ループってのはまあ簡単に言えば同じ所をぐるぐる回るようになっている罠だな。特定の道以外からは先へ進めなくなってるんだ」
 まさかこんなところでRPGの知識が役に立つなんて思ってもいなかった。今では素直にゲーム好きでよかったと思える。そしてこの世界がRPGっぽいつくりでよかったとも思う。
 しかし問題はこれからだ。
「あんたそう言うけどさ、ここはどう見ても一本道じゃない。どこに特定の道があるっていうのよ?」
 そうなのだ。ここはただ単に扉をくぐって先へ進んでいくという単純な作りになっている。ダンジョンのように道がいっぱいあるならまだしも、こう一本道だと特定の道を探すことなんて普通ならできない。
 そういう場合は何か特定の道具を使ったりするものなんだが。そんなものがあるとは到底思えない。
 やっぱり無理矢理扉を壊して進んでいくのがいけなかったのか?
「どうするの? ぼくもう無駄に呪文使いたくないんだけど」
 外人はそう言うし。でも俺だってリヴァと同じ立場だったらきっとそう思うだろう。だからこいつに文句を言うことはできない。
 うーん。
「どうしようか?」
 考えてみたが何も思いつかなかった。これはゲームではなく現実なんだ。ゲームなら戻れば見落としていたものがあるはずなんだが現実にそれがあるとは限らない。今回に限っては何もなさそうな気がするし。
「でもそもそも、誰がここをその無限ループにしたんだろうな。コリア、思い当たることとかないのか?」
 お人好しさんはそう言い腕を組んだ。そういえばそれも一つの問題だったな。誰がここを無限ループにしたか、か。
 ってか、そんな簡単に無限ループって作れるものなのか? あんな面倒な罠をつくるなんてなんて嫌な奴なんだろう。
「んーそうねぇ。やっぱあいつじゃない?」
「あいつ? って?」
 俺の言葉にコリアはやや俯いていた顔をあげた。
「それは、タ」
「コリア!」
 金持ちのお嬢さんの発言をスルクはぴしゃりと止めた。おかげで聞けなかった。
「あまり軽々しく他人に教えるなと言っただろ。気をつけてくれよな」
「何よそれ! いーじゃない別に。それだからあんたはいつまでたっても何も変わんないのよ。少しは『他人』を信じてみたらどうよ?」
「なっ」
 コリアはまるで嫌味でも言っているような口調だったがそれはお人好しさんのことを心配して言ったんじゃないかと思えた。コリアはくるりとスルクに背を向け、俺とリヴァの方を向いて話してきた。
「あたいの予想ではタシュトって奴の仕業だと思うんだな、これが。そいつってばしつこいくらいあたいらのこと狙ってきてるのよ」
 初めて聞く名前だ。聞いたことがない名前。
 名前を知らない人には何度か会ったことがあった気がするが、その中の誰かと決めることはまだできない。けど、あいつではないような気がした。あの藍色の髪の少年ではないような気が。どうしてそう思ったのかと聞かれれば、それははっきりとは答えられないけど。
「なんで狙われてるの?」
 話に口を挟んできたのは意外にも外人だった。こいつはいつも自分には関係のないことにはとことん無関心だったのになぜか今は積極的だ。どうしたことだろう。
「え? えーっとぉ、それは」
「お前とスルクと、もう一人の奴が星の希望だからだ」
 突然背後から聞こえてきた聞いたことのない声。その声はそれだけ言うと少し時間をおいた。
 その隙にコリアとスルクが同時に一人の名前を呼ぶ。
「タシュト!」
 なんという偶然か。いや、偶然ではないのかもしれないがコリアの予想とおそらく一致していたのだろう。タシュトという人物が無限ループを作った人なんだろうな。
「よお。久しぶりだな」
 そしてその人物は俺たちの前に姿を現した。
 明らかにその人は敵役だった。俺たちにとってはどうか知らないが少なくともお人好しさんや金持ちのお嬢さんにとっては文句のつけようがないくらい敵役だった。その人はまだ若い男の人で、紫の長い髪を肩のあたりで一つに束ねている少しヨスに似ている人だった。
「いい加減こっち側についたらどうだ? もう分かってるんだろ?」
 いかにも悪そうな顔立ちで薄く笑みを浮かべながら相手は言う。そしてその言葉を聞き、俺はある事を思い出した。
 それはいつだったかエミュと一緒に行動していたときのこと。俺には見えなかったが、確か壁の向こう側で誰かと話していた。その時に聞いた声と今聞いている声が妙に似ている気がする。
 もしかしたら――いやきっと同一人物なのではないだろうか。
 あの時はエミュと多分このタシュトって人の声しか聞こえなかったが、あの場には三人いたはずだ。何も喋っていない三人目がいた。もちろん俺が実際に見たというわけではないので絶対にそうだとは言えないのだが。
 でももしそうだったとしても今は相手は一人。もう一人がどこかに隠れているのかもしれない。
「そうさ、樹。よく分かってるじゃない」
 まさにその時だった。その声が聞こえてきたのは。
 聞き覚えのある忘れたくても忘れられない声。人を馬鹿にしたような見下したような喋り方。
 振り返ればそこには案の定と言うべきか。あの例の藍色の髪の少年が立っていた。

 

「久しぶりだね。何か分かった?」
 ぎこちない笑顔で少年は言う。俺はそれには答えない。
 うるさい。黙ってろ。今はお前の相手をしている場合じゃないんだ。
「ひどいね。せっかくわざわざここまで来てあげたっていうのに。君に会うためだけに」
 それはご苦労なことだったな。でも俺はお前に会いたいなんて思ったこともないんだ。お前に会ったってろくなことがないからな。
「そう思ってるんだ?」
 ふっと空気が変わった。藍色の瞳は俺に向けられたままじっとこちらを見ている。しかしその表情からは先ほどまで見せていた笑みが消えていた。
「じゃあ今回は、助けてあげようか?」
 次に出てきたのはそんな言葉で。
「信じられるかよ。あの時だってそうやって言ってたのに結局助けてなんかくれなかったじゃないか」
 そこで俺は初めて口を開いた。
 あの時というのは冬島から別の洞窟内へ移動した時のこと。あの時あいつは俺のすぐ近くにいたのに、助けてくれると言っていたのに、かえって危険な目にあわせてきた。そんな奴のことがそう簡単に信じられるかってんだ。
「そうだっけ?」
 おどけたように少年は言う。しかしそれが本心なのかどうなのかは本人にしか分からない。
「大丈夫。今回だけは特別だから」
 それだけを言うと少年は立ったままの俺に向かって歩き出してきた。隣に来た時、背の差が妙に気になった。だけどそれだけ。少年は何も言わずに無表情のままで通り過ぎていった。
 振り返ると少年はタシュトの隣にいた。どうやら二人は知り合いらしい。だとしたらやっぱりあの時黙っていたのはあいつだったってことか。
「知り合いとの話は終わったのか?」
 タシュトの問いに少年はこくりと一つ頷いた。俺って知り合いってことになってんのか。まあ別にいいけど。って、そうじゃないだろ! なんで敵に知り合い扱いされなきゃならんのだ。
「じゃあもういいな。消えろ」
 その言葉が聞こえたかと思うと急に視界が真っ暗になった。いやそうじゃない、辺りが真っ暗になったと言うべきか。
「って、おい! なんだよそれ!」
 あまりにも唐突な事態に思わず叫ぶ。よくよく見てみればなんと誰もいないではないか。俺一人なのか?
「樹! こっち来て!」
 いやそうではなかった。ちょっと離れた所に外人がいた。何やら慌てている様子だ。どうかしたのか?
 来いと言われたのでとりあえず行ってみるか。そう思って外人に近づこうとしたがなんと足が動かない。
「は?」
 まるで足に重りか何かをつけられているように重くて一向に動けなかった。足を見てみても何もなかったが、これじゃあ歩くのも無理だ。
「樹、何やってんの! 早く!」
「ちょ、ちょっと待てよ! 足が」
「いーから! 死にたいの!?」
 そんなこと言われても無理なものは無理だ。足が動かないのに歩けなんて無茶言わないでくれ。
「何のろのろしてるんだよ! 馬鹿!」
 誰が馬鹿だ誰が!
 心の中でそう叫んだ時。ふっと足の重みが消えた気がした。
「あれ、軽い?」
 足が持ち上げられる。さっきまでとは比べ物にならないほど足が軽くなっていた。
 どうしてだかは分からない。けど、それならそれでいいだろう。俺はさっきから慌てたり馬鹿にしてきたりしていた外人の元へ向かった。
「遅い! けど間に合った。精霊よ……」
 何をするのかと思えば外人は俺の手をぐっと握ってきた。いきなり何するんだと思ったが、空いている方の手で前方の空中に円を描いている姿を見たら何も言えなかった。
 その円はやがて光を放ち始め、どこかで見たことのある模様が浮かんでくる。そこに空いている方の手を当ててリヴァは俺にも聞こえる声ではっきりと言った。
「行くよ! ――イラー!」
 そして俺の意識は途切れた。

 

 

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