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第二幕
―手をのばした先に―

 

 俺は川崎樹。自称平凡高校生。
 だがこの紹介文も無理があるものへと化してきたことは言うまでもないことであろう。
 人違いで異世界へ飛ばされ、世界を開けと言われ、精霊と契約したりもしながら一つの世界を救った。
 しかしまだ俺にはやることが残っている。
 再び追いかけるのはガーダンを作っていたという人。
 だがその人を追いかけていく中で周りでは何かが起こっているのを感じるのであった。
 はたしていつになったら平凡と常識が返ってくるのか。
 それは誰にも分からないことである。

 

第一章 出会いと再会

 

37 

 時刻は早朝。太陽がようやく空に見え始めた頃、何もない丘の上に二人の人の姿があった。一人は俺で、もう一人はリヴァセールである。俺たちの後ろには不自然に見える古めかしい扉がぽつんと立っていた。その扉をくぐってここへ来たのである。
 風もなく、しんと静まり返っている。そんな中を歩く足音が辺りによく響いていた。
「本当にここがスイなんとかって所なのか?」
「スイベラルグ。ここには来たことがあるんだ、間違いないよ」
「ふぅん」
 かつての記憶を思い出す。あれはガーダンを作っていたという人を倒しに行った時のこと。その人物の姿はなくメモだけを見つけたこと。そこに書かれてあったのがスイベラルグという世界の名前だった。
「どうでもいいけどずいぶん寂しくなったよな」
 前の世界――オーアリアではたくさんの人に囲まれながら探索していたが今は俺と外人の二人だけである。一気に人数が減ると隙間風でも吹いていそうでなんとも寂しいものだった。
「でも精霊がいるじゃない。まったく羨ましいよ君ってば。常に精霊と行動を共にするなんてめったにできないことなんだよ?」
 嫌味のように外人は言ってくる。その言葉につられ、俺は右腕に目を落としてみた。
 服に隠れていたが俺は右腕には腕輪をしていた。それの中央には精霊たちのいる石がはめ込まれてあり、その土台となる腕輪は二人の少年と少女から貰ったものである。気づかないうちに外人に加工され、気づいた頃にはこんな姿になっていたのである。まあポケットの中より落とす確立は低いと思うからいいんだけど。
「それよりこれからどこに行くんだ?」
 無事にスイベラルグへ来ることはできた。しかしそれから先にどうすればいいかなんて分からない。
「それはね、樹」
 ごおっ。
 外人の声と重なるように強風が吹く。それだけなら問題ないのだが風は異常なほど強さを増していく。
 いやちょっと待て。これ強すぎないか?
「げっ! 飛ばされそう!」
 声をあげてみても時すでに遅し。俺の足は地面から離れていった。
「なんて強い風なんだろ。こんなの初めてだ」
「何のんきなこと言ってんだよリヴァ! お前どうにかしろよ!」
 風に飛ばされながら空中を浮く。そのスピードは台風にでも巻き込まれた時のように速く、俺にどうにかできるようなものではない。だから頼れる奴に頼んでるのに当の本人がこれである。これじゃあ全然駄目じゃないか。
 そうこうしているうちに丘の上から移動し、崖のような所へ落下していった。その速度は尋常じゃなく何が起こってるのかまったく分からなかった。
 とにかくやばいことには変わりない。それだけがはっきり分かっていた。
「樹、手を」
 隣から聞こえる声。相手の顔を見ると勝手に手を掴まれた。そのまま俺が何か言う前に一人で続ける。
「精霊よ、風を――」
 ごおっ。また強風が吹く。
 今度の風は下からのものだった。上からの風と下からの風に押されて変な感触がする。しかしやがて弾かれるように横へ体が投げ出された。
「うわっ!」
「あれ」
 その先にあるのは崖。さらにその崖にはぽっかりと穴が開いていてちょうどそこへ放り込まれてしまった。
 穴の中へ入るとまず壁に激突し、ようやく風から解放された。そのまま下へずるずると落下していく。かなりの高さを落ちていくと洞窟の中のような場所に落ち着いた。
「いってぇ」
 壁には背中を打ってしまった。かなり痛い。その場で寝転んでやりたいほどだった。
「ごめんごめん、ちょっと失敗しちゃった」
 そして俺の隣で軽く謝ってくる奴はぴんぴんしていて。
「どこがちょっとだよ! 大失敗だろお前!」
「まあそう怒らないで。とにかくここから出よう。話はそれからってことで」
「な、お前――」
 すたすた。外人は俺を無視して先へ進んでいく。
 上を見上げてみるとかなり高い。入ってきた穴から出ることは無理のようだった。
 仕方ない。
 俺は一つため息を吐き、リヴァの後を追った。

 

「ねぇ樹。忘れてないよね?」
「は? 何がだよ」
 薄暗い洞窟の中、俺と外人は一本しかない道を進んでいた。俺は外人の後ろを追うような形で歩いている。
「何がじゃないよ。雇い主と上官に会うっていうことだよ」
「ああ、そんなこと言ってたっけ……って、何か増えてないか?」
「そう?」
 足を止めてくるりと振り返るリヴァ。何か言いたげな顔をしていた。
「会うのは雇い主とやらだけじゃなかったのかよ?」
「雇い主に会うということは上官にも会うということになるの。文句言わないの!」
 子供がわがままを言うように外人は言う。こいつは大人のようで子供のようで、どうにも決められない奴だとつくづく思う。
 でも何だよそれ。無理矢理こじつけてるだけじゃねえのか?
「とにかく。ぼくの上官に会えばきっと全部うまくいくはずなんだよ。ぼくの上官は唯一許せる大人で、強くて、優しくて、賢くて、格好よくて、頼りになって、それから――」
「わ、分かった分かった」
 どういうわけか急にリヴァの上官とかいう人の自慢話になっていた。それを話すあいつの顔も輝いたものになっており、声にも妙に思えるほど張りがあった。
 しかしこんな顔は初めて見たな。
「お前その上官って人のこと尊敬してるんだな」
 ここまで好かれる上司もまた珍しい。さらにその好いている奴がリヴァだということなら尚更。
 それを聞いた相手はにっこりと笑い、嬉しそうに言った。
「うん。ぼくは全世界の中で一番上官が好きなんだよ」
 本当にそれはこの上なく珍しいことだった。
「上官以外の大人はみんな嫌い。自分勝手で自分のことしか頭になくて。最悪だよ」
 俺の前で話す姿はどこか寂しげであって。
 しばらく黙り込む。じっと視線を合わせて放そうとせず、そのまま時間が過ぎていく。その時間は普段より長く感じられた。
「でもね、君のことを手伝ってあげている理由はね――」
 沈黙を破って相手が話し始めたその時。
「うわあああああ!」
 よく響く高い悲鳴が耳に入ってきた。
 もちろんそれは俺や外人のものではない。聞いたことのない少年のような声だった。俺はリヴァと顔を見合わせる。
「行ってみようリヴァ!」
「えっ、ちょっと」
 もう話どころではない。人がガーダンか魔物かに襲われているのかもしれないのだ。勇者になりたいなら助けなければならない。
 怖さも戸惑いも感じないまま俺は声の聞こえた方向へ走りだしていた。
「もう! このお人好し馬鹿!」
 誰かさんが俺のことを非難していたがこの際もう無視だ無視。腰に挟んである二本の剣に手を触れながら狭い洞窟の中を進んでいく。
 そして広い空間へ出ると。
「誰か助けてぇっ!」
 案の定と言うべきか、魔物に襲われている一人の子供がいた。
 魔物は以前見た奴よりいくらか大きくて強そうだったが種類があるのなら前に戦った奴とまったく同じだった。茎だかツタだか分からない緑色の塊が動いており、何本かの触手みたいなものが子供を取り囲んでいる。子供はその中央で腰を抜かして魔物を見上げていた。どうやらまだ俺の存在には気づいてないらしい。
 あの子を助けないと。
 ただその一心で剣を二本抜き、何も考えずに魔物へ走って斬りかかる。
 まっすぐ正面から剣を振る。右からの攻撃は魔物に直撃した。そこで魔物は標的を俺に変えてくる。さっきまで子供を取り囲んでいた触手を引っ込め、それをすべて俺に向けてくる。
 ってこれってやばいじゃんか!
「げっ!」
 一斉に触手で攻撃をしかけてくる。こんなものを俺が受けとめられるわけがない。ひとまず退散だ退散!
 回れ右をして一気に元の道へ駆け出す。細い道に入ってしまうと魔物は追いついてこれなくなった。やれやれ。
 じゃないだろ! これじゃあ助けに行った意味がない。駄目じゃないか!
 だけどどうすりゃいいんだ。精霊を召喚するにしても呪文を書いた紙はなくしちまったし、他には何も思いつかないし。かといってあいつを呼んできても魔物相手ではただの腰抜けになるし。
「くそっ、何かないのか!」
「何が?」
 はい?
 気づけば目の前には外人がいた。魔物相手では腰抜けになる外人が。
 しかしその表情はいつもと何ら変わりがない。魔物が俺の後ろにいるというのに。
「お前なんでそんな平気そうな顔してんだよ?」
 あの時のは演技だとか言ったら蹴飛ばすからな。
「だから、何が?」
 ……。こいつ本気か?
 なんだじゃあこいつは魔物の存在に気づいてないだけなんだな。
 よし、これはある意味チャンスだ。
「リヴァ、俺の後ろの道に向って攻撃呪文放ってくれ」
「は? なんでそんなことしなきゃ」
「いーから! 頼むよ!」
 とにかくもうこうするしかないのだ。そうでないとあの子供も助けられないし何より自分たちの身も危ないのである。そりゃあ情けないような気もしないわけではないのだが。
「何だか知らないけど仕方ないね。下がってて」
 まだ文句を言いたげな顔をしていたがとりあえず呪文を使ってくれるらしい。俺は言われた通りその場を離れ、外人の後ろまで下がった。幸い外人のいる場所からでは魔物は見えない。
「精霊よ、我の願いを……」
 リヴァは顔の前へ手を出し、その足元に模様が現れ赤く光りだす。気のせいだろうか、それは以前見たものより大きい気がする。
「――火炎よ、エンダー!」
 足元の模様の光が増したかと思うと前方が炎の海になる。その炎は魔物まで届いたのか、ばちばちと何かが燃える音がしばらく聞こえてきた。
「ところで、何かあったの?」
 振り返って聞いてくる外人。その表情を見る限りではまだ分かってないらしい。
「気にすんなよ。それより……あ!」
 はたと気づく。こんなところでのんきに話をしている場合ではなかった。あの子供を助けるために外人に頼んだのに。
 炎が完全に消えたのを確認してから外人を連れて奥へと進んでいった。道が広くなっている所にはさっきまで魔物に襲われていた子供が同じ場所で座り込んでいた。
「あ、あなたは」
 俺たちの姿を見ると子供は立ちあがり、こちらまで歩いてやってくる。そして目の前で足を止めるとぺこりとお辞儀をした。
「助けてくださりありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
 やたらと礼儀正しくお礼を言われてしまった。まだ子供で俺より年下そうなのにしっかりしている子だな。こんなことされたら少し戸惑ってしまう。
「まさかこんな所に人がいるなんて思いませんでしたよ。とりあえず叫んでみるものですね」
 顔を上げるとそんなことを言っていた。ちょっと人を馬鹿にしているようにも聞こえる気がしたが何も言わないでおいた。
「あ、すみません自己紹介が遅れましたね。僕の名前はラス・エルカーン。武器商人です」
 そう言ってまた頭を下げる。その姿は到底子供のようには見えなかった。
 一目見ただけでは少年か少女か分からないほど中性的な容姿をしていたが声などからしてどうやら少年らしい。髪は輝かしい金色をしていて、それは肩より下までのびていた。瞳は明るい空色をしていてぱっちりと大きく、年は俺より二つか三つくらい下のように見えた。首に薄汚れた布を巻いており服も質素そうなものであって、頭には同様に質素そうな帽子を被っている。
 しかしその容姿は子供なのにどうしてもそれより年上のような雰囲気を感じ取ってしまった。なぜだろうか。
「あなたのお名前は?」
 今度は質問された。何も考えずに素直に答える。
「俺は、川崎樹」
「かわ……?」
 目の前の少年は訝しげな顔をする。
 あ。またフルネームで答えちまった。だから変な顔されてるんだ。
「い、樹でいいから」
 慌てて訂正する。それを聞いて少年はこくりと頷いた。しかしそれで納得しているようには見えない。
「では、そちらの方は?」
 次に聞いてきたのは外人のことだろう。
「こいつはリヴァセール・アスラード。さっきの呪文はこいつが放ったものなんだ」
「へぇ」
 視線は俺から離れ、外人へと注がれていた。
「さっきのは中級でしたよね?」
「別にいいでしょ中級呪文使ったって」
 いつの間にか外人の機嫌は悪くなっていた。そう言ってそっぽを向く。何が気に入らないんだか。
「まあまあ、そんなに機嫌を損ねないでくださいよ。樹さんとリヴァセールさんですね。さあ、お二人とも座って座って」
 金色の髪の少年、ラスは真っ先に地面に座り込んだ。こういう場合普通は言い出した奴が最後に座るもんだよな? まあ別にいいんだけど。
 俺もその場に座り込む。地面は硬かったが今まで立ちっぱなしだったのでずいぶん楽になった。俺の隣には外人が座る。まだ機嫌はなおってないようだが。
「僕は武器商人ですからね。何か必要なものがあるならお売りしますよ?」
「必要なものって」
 そんな曖昧なことを言われても困る。俺にはそういう知識はまったくないので何が必要で何がいらないかなんて分からないんだけどなあ。
 ちらりと横を見てみる。隣には腕を組んでむっとした顔をしている外人がいた。
「まあ見るだけ見ていってくださいよ。これなんかどうです?」
 商人の少年はどこに隠してあったのか分からないが後ろから大きな袋を手に取り俺の目の前にどっかりと置いた。中にはかなり多くの物が入っているらしく、見るだけで重そうだった。
 そんな袋の中から取り出したのは一本の剣だった。非常にシンプルな作りで、俺の持っている物とよく似ていた。
「これはですね、ただの剣じゃないんですよ。この剣を持って呪文を唱えるとその効果が剣に反映されて属性攻撃が可能に」
「俺、自分では呪文使えないんだけど」
「え」
 話がぴたりと止まる。凍ったように固まって動かない。
「だ、だったらこれはどうです!?」
 さきほどまで握っていた剣を床の上に放り、別の剣を取り出す。それもまたシンプルでセンスだけは良かった。
「これは持っている人の力を最大限に引き出してくれますよ! なんと言っても切れ味が非常にいいですからね! 非力な人でも一撃必殺ですよ!」
「なんだ、よさそうじゃん」
 これなら俺にも使えそうだ。非力だという単語が少々引っかかるがとりあえず値段を聞いてみようという気が起きてきた。
 しかし俺には金がなかった。
「なあリヴァ」
 金貸してくれないかな。隣で機嫌の悪い顔をしている外人にすがってみる。
「何? お金を貸してほしいって? 値段も聞いてないくせによく言うよ」
 返ってきたのはそんな返事で。
「えっと、ラスっていったっけ。それ、いくらなんすか?」
「これは百ドラル――」
「え? そんなに安いの? いいよ樹、お金貸してあげる!」
 値段を聞いて飛びつくようにそう言う外人。なんだそんなに安い物だったのか。
「何言ってるんですか。そんなわけないじゃないですか。百ドラルにゼロを十個つけた値段ですよ」
「はあ!?」
 ラスの追加した言葉により、俺と外人は一斉に声を上げた。タイミングぴったりで同じ言葉を言ってしまった。思わず顔を見合わせてしまう。
「そんなの駄目だよ、駄目駄目。さっきの話は無しね。却下。分かった?」
「あー、うん」
 さすがにそんな大金を借りれるわけがない。ここは引き下がる他はなかった。
「というわけでラス。俺たちはもう行くから」
 やっぱり商売の話なんか聞くんじゃなかった。何も買わずに去っていくことが非常に気まずいことこの上ない。
 さっと立ちあがって外人の腕を掴み奥へ向かって足早に歩き出す。
「この洞窟を抜けて」
 背後からの声。思わずその場で立ち止まってしまう。
「まっすぐ行けば街がありますよ。まあそこまで辿りつけるかどうかは知りませんがね」
 その声にはいくらかの刺が含まれているようで。しかし反面、心配してくれているようで。
「道、分かってるんですか? 必要なら案内しますよ」
 振り返るとそこにはすでにラスが荷物を持って立っていた。
 大きな瞳を少し細めて笑う姿からは、相手が何を考えているのかなんてまったく見えてこなかった。

 

 

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