前へ  目次  次へ

 

43 

 白い景色。
 白い色のない景色。
 その真ん中に赤い塊が見える。
 塊は誰かに手に取られ、運ばれていく。
 辿り着いた先から聞こえたのは一つのメロディ。
 いいや、一つなのに何重にも聞こえる複雑な旋律。
 重々しくて、圧力があって、それでいて妙な感覚を覚えて――。
「うわあああっ!」
「わっ、何、何!?」
 俺は目を覚ました。

 

「びっくりしたぁ。いきなり叫ばないでよ」
「わ、悪い」
 目を覚ませばそこはどこかの部屋だった。俺はベッドに寝かせられ、隣には外人が同じように寝ていたらしい。今は体を起こし、ベッドの上に座り込んでいる。
「あ、目が覚めたんですね」
 ちょうど後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ってみるとそこにはリンゴを剥きながら椅子に座っている武器商人のラスがいた。
「どうぞ。甘いですよ」
 すでに剥き終えたリンゴを渡してくる。お皿にきれいに盛られ、見るからに美味しそうだった。
 受け取って手で一つ取り、食べてみる。甘い。
「いっぱいありますから頑張って全部食べてくださいね」
 ラスの隣の机の上には剥き終えたリンゴが山のように置いてあった。とてもじゃないが食べきれる量ではない。それに起きたばかりなので食欲もわいてこなかった。
 そんなにいらねーよ。
「あのさぁ。ここ……どこ?」
 リンゴを食べながら正直な質問を投げかける。ラスは笑って答えた。
「ここは宿ですよ。あなたたちが倒れていた場所からそんなに離れてない所です。まったく苦労したんですよ? やっと見つけたと思ったら全員倒れて意識がないし」
「倒れてた?」
 商人の言葉にだんだんと頭が冴えてきた。
 そうだ、確かアレートと話をしていて、急に見たことのない青年に襲われて。戦っていたけど適わなくて、たくさん傷ついて。
 あの後どうなったのか覚えていない。どうなったんだ。みんな無事なのか? アレートはどうなったんだ?
「僕には詳しいことは分かりませんが、なんだか目が覚めたらロスリュさんが外に来いって言ってましたよ」
「ロスリュが? 分かった」
 何だか分からないが呼ばれたのなら行くしかないだろう。足をベッドの下に下ろす。床には俺の靴が並べて置いてあった。それを履いて立ち上がる。
「ほら、お前も来いよ」
 いつまでもベッドの上でぼんやりしている外人に声をかける。リヴァは一度こちらに顔を向けたがそれだけで、姿勢を変えようとはしなかった。
「何やってんだよ。早くしないとまた文句言われるぞ?」
「分からないんだよ」
 呟いたのは小さな声。
「分からないんだ、何も」
 同じことを繰り返し言う。目の焦点が合っていない。
「あの人、自分で名乗ってたよね、スーリだって」
「そうだな」
 ぼんやりとだが確実に印象に残っている名前。それがスーリという名前だった。忘れるわけがない。
「ずっと以前会ったあの人がそうなんだと思ってた。だってあんなに嫌な空気を持ってるんだもの。そう思うのが普通でしょ? だけど違ってた」
 それは俺も同じ気持ちだった。だけど心のどこかでこの事実に納得している部分があるというのも嘘ではなくて。
「怖いんだ」
 これは弱音。
「ぼくは他人と関わることが怖いんだ」
 そしてこれは本音。
 外人は完全に俯いてしまい、顔も表情も見えなくなってしまった。
「君はいいよね、何も知らなくて」
「なんで――」
「ごめん、一人にしてくれない?」
 そうやって言われたら反論することもできずに素直に従うしかなかった。
「ラス、お前も来い」
「あ、はい」
 いまだにリンゴを剥き続けていた商人を連れ部屋を出る。扉を閉めると、一気に疲れが押し寄せてきた。
 長く息を吐く。後ろの扉にもたれると楽になってきた。
「樹さん、外はこっちですよ」
 気のいい商人は行くべき道をわざわざ指で指し示してくれた。しかし逆の手にはリンゴを剥いていた包丁を握ったままである。もしこんな格好で出歩いていたら不審者扱いされるだろうな。
「…………」
 そう考えるとなんだか可笑しくなってきた。思わず顔が笑ってしまう。ラスはそれを不思議そうに見ていた。
「外はこっちなんだな。分かった、ありがとな」
「いえ、どういたしまして」
 そこでラスとは別れ、外へと続いているらしい廊下を歩いていった。商人はなぜ俺が笑っていたのかが分からなかったのか最後まで不思議そうな顔をしていた。

 

「やっと起きたのね」
 出迎えてくれたのは冷たいようなそうでないような声だった。
 外に出るとひんやりした空気を感じた。なかなか寒くて今は冬のような気がしてくる。なんだか風邪でも引きそうなシチュエーションだな。
「彼は?」
「一人にしてくれってさ。ほっといてやれよ」
 この場にいたのはロスリュだけではなかった。何も言わずにいたがジェラーもいる。どうやらロスリュは全員を集めたかったらしい。そしてそれは見事に失敗した、と。
「まあいいわ。あなたが伝えておきなさい。話を始めるから」
 水色の髪の少女は早口に話し始める。
「もう気づいたと思うけど、彼女……アレート・ガルダーニアはガルダーニアの国の王族よ」
 へ?
「なんですかそれは? そんな話聞いたことないし。ロスリュ冗談きついぞ、それは」
 悪いがそれは信じられる話じゃなかった。だっていくら綺麗な顔立ちをしてるからって王族であるわけないだろ。実際俺なんかより何十倍も強かったし。王族って言ったらそんなに強くないだろ。どこぞの別の世界の王族がいい例だし。
「あなた気づいてなかったの?」
 相当驚いているのか、あの堅い顔のロスリュが顔を崩していた。なんだよ、そこまで驚くことないだろ。
「気づかないなんて馬鹿じゃないの?」
 そしてとどめにこの一言。厳しい言葉は今まで黙っていた藍色の髪の少年からのものだった。
 普通分かんねえって。まだ会ってそんなに時間がたったってわけでもないんだしさ。分かる方がおかしいっつーの。
「……まあいいわ。話を進めましょう」
 心なしかロスリュはどっと疲れているような顔をしていた。これって俺のせいなのか? そうなのか?
「あのスーリという男は言っていたわ、いずれまた会おうと。これがどういう意味だか分かる?」
 いずれまた。意味なんて考えなくてもすぐに分かった。
「俺たちが向かう先にいるってことだろ、あいつが」
「そのとおり。もしくはあちらからまたこちらに会いに来るという可能性も捨てられない」
 ロスリュはそう言うが俺はそうだとは思わなかった。だってあのスーリという人が俺の前に来たからといって、それで一体何があるというんだ。少なくとも俺なんか眼中にもなかったんだろう。特別な力を持っているわけでもないし強い魔力を持っているわけでもない。そんな俺に何を求めるっていうんだよ。情けないとは思うが、俺にはなんにもないじゃないか。
「気を取られないでね。私たちの目的は何?」
「それは」
 もう決まってるだろ。ガルダーニアへ向かうこと。元々の目的はガーダンのことだけだったけど、今はもう一つの理由が突き動かしてくれる。
「ガルダーニアへ向かう。ガーダンを止めるためにもアレートを助けるためにも」
 ふと気がついた。なんだかこれはRPGみたいだ。
 一人の勇者が悪者に捕らえられた姫を救い、最後には悪の帝王を倒して世界を救う。ありがちなシナリオ。子供が夢見る物語。
「目的地はただ一つ。そこへ行けばすべて分かるわ」
 すっと前へ手を差し出す少女。顔には普段は見られない笑みが現れている。
「私には直接関係ないけど興味がわいてきたのよ。そこまでなら付き合ってあげると言ってるの」
「ロスリュ、ありがと」
 俺はその手の上に自分の手を乗せる。
「まあ、他に行く所もないしね」
 さらにその上に乗ったのは藍色の瞳の少年の手。
 よし。
 ばらばらなんじゃないかと思っていた仲間たちは本当は皆同じことを考えていた。目的も一つになり、仲間も一つになった。これならどんな問題でも解決できそうな気がする。
 ただし忘れてはいけない。俺たちの仲間にはあと一人いるのだ。
「俺、ちょっとあいつの様子見てくるよ」
 その一番心配な仲間の様子を見るべく、俺はその場を後にした。
 こんな性格の人たちでもまとまることはできるんだ。もう怖いものなんてない気がしていた。
 しかしそれが間違いであったということに何度も思い知らされることとなる。

 

「げっ」
 部屋に戻ると外人はいた。しかし何を考えているのかのんきに毛布もかぶらずにベッドの上で寝ている。
「おいおい」
 そんなんじゃ風邪ひくだろ。
 意外なことに病弱だったことを思い出し、横に放り出されていた毛布を上にかけてやった。すると同時に埃が空気中に舞う。
「げほっげほっ! ったく、掃除しないのかこの宿は」
 むせたついでに文句を言ってやった。
 しかしそれに反応するかのように扉の外からノックの音が聞こえてきた。妙に慌ててしまったが、落ちつくように気をつけながら返事をする。
「どうぞ」
 声を出してから何拍かおいてから扉が開いた。扉を開けたのは知らない若い男の人だった。
 誰だろ。まさかとは思うがさっきの文句を聞いて怒りに来た宿の主人じゃないだろうな?
「すみません、私は旅のものです。道を伺いたく参ったのですが」
「え? あ」
 驚いた。なんて礼儀正しい人なんだ。
 この人の礼儀正しさは言葉だけではなかったのだ。その態度自体が相手に尊敬を表しているというか、持っている空気がすでに善に満ちているというか。
 少なくとも俺はこんな空気を持っている人に会ったのは初めてだった。
 ただ、その容姿は一度見たら忘れられないようなものだった。短い金色の髪が右の瞳を隠し、少し黒い色が混じった赤い布で髪の下から同じように右の目を隠している。頭から貧相そうな布を被り、頭と同じ素材の布で全身が隠れていた。そして隠されていない左の瞳は深い赤色の光を帯びていた。
「すみません申し遅れました。私の名前はシンといいます。よろしければ、あなたのお名前を」
 若い男の人、シンさんは深く頭を下げた後質問してきた。
「俺は、川崎樹……です」
 何も考えずに無意識のうちにそう答えてしまった。後でまたフルネームで答えてしまったことに気づき後悔するが、相手はにこりと微笑んでくれた。
「良い名前ですね。あなたにこめられた優しさが見えてくるようです」
 ――優しさ?
 こんな名前からどんな優しさが見えるんだろう。普通なら考えられないことだったが、なぜだろう、この人が言ってくれたら本当のように思えて嬉しくなってきた。
 そして、また言われてしまったな。いい名前だって。思えばこれで三度目だ。
「えっと、シンさんはどこへ向かってるんですか?」
 俺に答えられることは限られていたけど、この人の力になりたいと強く思っていた。
「私に敬語は使わなくて構いませんよ。普段どおりにお話しなさい。……座っても?」
「あ、どうぞ」
 慌てて椅子をひっぱり出し、シンさんにそれをあげた。そして自分も近くにあった椅子に座る。
「私は今、ガルダーニアへ向かっているのですよ。あそこには多くの苦しんでいる人がいると聞きましたから、その人たちの力になれればと思いまして」
 静かに語る姿は、やはり優しい空気を持っていて。
 この人、慈善家だ。困っている人に助けを差しのべるという人だ。
 こんな人初めて見た。
 ただの善人なら何人か見たことがある。けどそれは善人であって慈善家ではない。慈善家は善人の上をいく人なのだ。
 目の前で微笑む姿はやわらかい空気を作ってくれて、その空間がとても気持ちいいものになりつつあったことに気づいた。

 

「そうなのですか。彼に会ったのですね。そしてあなた方もガルダーニアへ向かっている、と」
 結局俺はシンさんにすべてのことを話してしまった。スーリという青年に会ったことや、目的地がガルダーニアに決まったこと。隠す必要もなかったし何よりこの人なら力になってくれそうな気がしたのだ。
「あんたはスーリを知ってるのか?」
「ええ、もちろん。彼のことは知らない人の方が少ないほどですから。それに、何度か直接会ったことがあるんですよ」
 微笑んだままシンさんは言った。それに少し驚くが気づかないのかわざとなのか、俺が何か言う前に相手は続ける。
「ひどい人です、彼は」
 率直な意見。だけど否定はできないことであって。
「また会った時には話をしたいと思っています。それがいつになるかは分かりませんが」
「あんた、会いたいのか?」
「いけませんか?」
 そう聞かれたら言い返すこともできない。むしろ相手の言っていることの方が正しいように思えた。
「俺は会いたくないんだけど」
「ええ、それが普通ですね。でもあいにく私は普通ではいられませんから」
 なんでだよ?
 そう思ったが聞くことはできなかった。なぜなら相手の持つ空気がだんだんと変わってきていたことに気づいたから。
「私は平凡であることを失いました。いや、奪われたと言うべきでしょうか。自分の帰るべき場所もないし生きている意味もありません。けれども私にはやらなければならないことがある。それが私の命を維持しているようなものなのです。もし私がその思いもないただの人形のような人だったなら、今頃この世で私の姿を見ることは不可能だったでしょう」
 喋り終えて一呼吸。
 赤い瞳には不思議なほど強い意志が宿っている。それはもはや善とも悪とも呼べない、何かを必死に求めている人の持つような輝きだった。
 この人はただの慈善家じゃない?
「……すみません、感情的になりすぎました。今の言葉は忘れてください」
 気がつけば以前の表情に戻っていた。
 相手は静かに立ち上がった。
「樹、といいましたか」
「あ、はい」
 名前を呼ばれてどきりとした。
 なぜだろう。俺はこの感覚を知っている。
「もしよろしければ、共に目的の場所まで向かいませんか?」
 出てきた言葉はごく単純なものだったが、その奥には何かが隠されているような気がした。
「俺、みんなに話してくる」
 この場にいたくない。なんだか妙な感覚がして気分が悪くなってくる。
 少し俯いて立ち上がり、俺は善人の男の人を部屋に残して外へ出た。
 一人になると疲れが押し寄せてきて、力が抜けたように床の上に座り込む。
「なんなんだ、これ」
 知らないうちに汗が流れていた。それを腕で拭うとなぜか胸の鼓動が高まった。
 遠くから足音がする。
 廊下を歩くときに出る独特の音が頭に響いた。無意識のうちにそちらに顔を向ける。
 目を向けた先にはこちらへ向かってきている金色の髪の少年、ラスの姿があった。

 

「あれ? 誰かと思えば樹さんじゃないですか。こんな所で何やってるんですか? もしかして追い出されたとか?」
「別にそんなんじゃねーよ」
 会っていきなりひどい奴だな。追い出されたわけないだろ。ってか、自分の部屋からなんで追い出されなきゃならんのだ。
 自称武器商人の少年は目をぱちくりとさせ、不思議そうに俺を見上げていた。その動作には子供っぽさが出ているが、言ってくる言葉はあまり子供のようには思えないものばかりだった。
「あ、もしやシンさんと会ったのでは? そうでしょう? そうですよね!」
 なんで分かるんだよ。怪しいなぁこいつは。
「ふふふ、なぜ分かるか不思議ですか?」
 人差し指を一本立てて片目を瞑り、自信に満ちあふれた顔になる。金色の髪がふわりと揺れ、きらりと光っていた。
「なぜだかお教えしましょう。ずばり! 僕はあの人と一緒にあなたたちをここまで運んだからですよ! ほーらびっくり!」
「へぇ、そうなのか。でもそりゃそうだよな。お前一人ではこんな大人数運べないだろうしな」
「あ、ちょっと! 今の微妙にひどいですよ樹さん!」
 軽く言った嫌味にも大声で反応してくれる。俺の周りにはこんな反応をしてくれる奴はいないのでなんだか少し嬉しく、楽しかった。
「あなたは知らないでしょうけど、僕は今まで何度も危険な場所へ行ったことがあるんですよ。言うなれば僕は旅の先輩なんですからね! ほーらびっくり!」
 胸に手を当て自慢げに胸を張るラス。顔は清々しさにかけては一番だった。
「どうせその都度危険な目にあって誰かに助けられてきたんだろ」
「あ、……もう! それは言わない約束でしょー!?」
「ははは……」
 笑みがこぼれる。
 和やかで朗らかで、心が暖かいもので満たされていることがよく分かった。武器商人の少年は怒ったり笑ったりとすぐに感情が面に出ていて分かりやすい奴だったが、きっとこれがこいつのいいところなんだと思う。口を尖らせて怒る姿も、胸に手を当てて自慢する姿も、少し憧れを抱くほど素敵なものだったから。
「やっと、穏やかになりましたね」
 え? 何だって?
 大人のように落ちついた、それでも静かに笑みを携えた顔が俺を見ている。
「さっきまで本当どんよりしすぎですよ。見てるこっちがまいっちゃいそうでした。やっと元気になってくれて、ようやく僕の調子も元に戻りそうです」
 語る姿は子供のようには見えなくて。
 俺、そんなにどんよりしてたのか? 自分で自分のことが分からない。
「さあ、そろそろ出発しましょう。僕も次の街まで同行しますからね!」
 ふっと背中を向け、ラスは勝手に一人で歩きだした。二、三歩進むと一度振り返り、にこりと微笑む。
「また守ってくださいね」
 それだけを言うとまた前を向き、機嫌がよさげに軽い足取りでどこかへ行ってしまった。その後ろ姿は肩より長い髪が特徴的で少女なのか少年なのか分からないほど中性的だった。

 

 時刻は真昼。太陽が空で輝いている時間に俺たちは全員揃って外に出ていた。
「よし、じゃあ行きますか。リヴァ、どっちが東なんだ?」
「ちょっと待ってよ」
 まだ眠そうに目を擦りながら外人は懐からコンパスを出す。こいつが起きるまで宿で居座ってしまったので、起きてすぐに出発しようとしているのだ。
 コンパスを確認し、黙って一つの方角を指で差す。どうやら喋ることもしたくないらしい。そんなに眠いのか。
「では皆さん、張り切って行きましょう!」
 案の定、真っ先に飛び出したのはラスだった。草を踏みしめて子供のように丘を駆けだす。
「皆さん、ガルダーニアまでですがお世話になります」
 一歩前へ出て頭を下げたのはシンさんだった。最終的にこの人とも一緒に行くことになったのだ。意外にも誰も文句を言わずに案外あっさり決まったので少々戸惑ったが、まあそれはそれでよかったとするか。
「いつまでも話をしてないで早く行きなさい。度が過ぎるようならまた置いて行くわよ」
 ずるずると衣服を引きずる音とささやかな嫌味と共にロスリュはラスの後を追い始めた。それに続いてまだ眠そうな外人がふらふらとついていく。シンさんもちらりと俺の顔を覗くと、三人の後を追って歩き始めた。
「俺たちも行こう、ジェラー」
「……ん」
 残ったのは俺とジェラーの二人だけだった。藍色の瞳が俺を見上げている。
 俺は歩き始めたがジェラーは立ったままついて来なかった。おかしいと思って振り返る。
 どうかしたのかよ? 早く行かないと誰に文句言われるか分かったもんじゃないぞ?
『なんでもないよ。今行くから』
 心の中だけのやりとり。これもすでに慣れたものになりつつあった。
 仲間になってからまったく感情を見せてくれなくなった少年。嘘だとは分かっているけどやはりずっと無表情でいられるよりは何か変化を見せてくれる方がよかった。
「ジェラー」
 呼びかけに反応し、少年は足を止める。
「笑ってみろよ」
 揺らぐことのない表情。
 少年の顔は変わらなかった。
「……馬鹿」
 言い捨てるように言葉を投げかけると歩きだす少年。あっという間に俺は取り残されていた。
 はあ。
 なんだか久しぶりにため息が出てきた気がした。

 

 +++++

 

「皆さん聞いてください!」
 それは宿を出てからすぐのことだった。先頭を張り切って歩いていたラスはいきなり足を止め、振り返って大声で話してくる。
「僕はこれから魔物とか危ないものに襲われたらシンさんに守ってもらうことにします!」
「はぁ?」
 何を言い出してるんだこいつは。そんなにいきなり決める奴があるかってんだ。
「あ、文句は言わせませんよ。だって樹さんたちは皆さん立派に役割を持ってるじゃないですか。それを邪魔しないようにと考えに考えて練り出した案なんですからね!」
 どういう理由だそりゃ。無理矢理にも程があるぞ。
 そもそも本人にちゃんと確認をとったのか?
「もう決めましたからね! 絶対に意見は変えませんよ!」
 くるりと前を向き、軽い足取りで前進を開始する商人。その姿からは微塵も気遣いが感じられない。
「いいのか? シンさん」
「私なら構いませんよ。人の役に立てるなら」
 なんか勝手に決められちゃって不憫だな。思わず同情してしまう。
「なんか自分勝手な商人だよねぇ」
「お前も人のこと言えないだろ、リヴァ」
 自分勝手なのは何もラスだけではない。むしろこのメンバーは全員自分勝手な性格をしているような気がする。
「君だって充分自分勝手だと思うけど?」
 魔物がいないとなるとすぐにこれだ。外人はいつものように俺に嫌味を言ってきてから歩きだす。
 なんだよ。俺だって本当は勝手に自由気ままな生活がしたいんだっての。そうさせてくれないのはお前のせいだろうに。
「あら、魔物が出たみたい」
「はい!?」
 いきなりかよ! びっくりしたなぁ、もう。
 ロスリュの言葉どおり魔物の姿が後方にあった。今回はツタや茎の化け物じゃなく、いかにも魔物ですと言わんばかりの獣のような生物が数匹いた。俺もうあんなんと相手するのやだよ。
「ロスリュ、ジェラー。……逃げるぞ!」
 こうなったら逃げるが勝ち。二人をつれて一気に駆け出し、外人やシンさんたちの元まで追いついくべく全力疾走した。
 以前とあまり変わらない構造にも何か新しいものがあるように思えた。それが何なのかはいいとして、こんな調子で再びガルダーニアへ向かって進み始めたのであった。

 

 

前へ  目次  次へ

inserted by FC2 system