前へ  目次  次へ

 

 

 ただひたすら前へと走り続ける。
 そんな中で見えてくるのはいつものあの風景で。
 正しいことと、悪いこと。
 俺はそれをちゃんと理解できているのだろうか。

 

第三章 守り守られ

 

44 

「精霊よ、三つの属性を司りし聖なる精霊よ……」
「ちょっと君うるさいよ」
「なんだよ、お前が覚えろ覚えろってうるさいからだろーが! 文句言うなよな!」
 こつん、と外人の頭を叩く。
 俺たちはとにかくガルダーニアへ近づくために東へとひたすら歩いていた。その道では今までと同じように魔物に襲われることがよくあったのだが、人数が増えたせいか俺の疲れは以前よりましになっていた。そういうわけなので召喚呪文でも覚えようかと思ってみたのだが。
「燃えつきろ、バスカルート……だっけ?」
 呪文は最後に精霊に使ってもらう呪文名を言わなければならないらしいのだが、これがなかなかの曲者(くせもの)で全然覚えられなかった。
 また間違えたのか、何も起こらない。
 本当にこんな調子で覚えられるのか? 不安はつのるばかりで虚しい。
「あのさ、樹」
「ん?」
 声の先には久しぶりに見る顔があった。なぜなら俺が召喚したからであり、呪文の名前を教えてもらっているからだ。
「なんでエナやエミュに頼まないんだよ。俺じゃなきゃいけない理由でもあるのか?」
 不満そうな目をしているのは月の精霊のスルクである。
「別にいいじゃん。お前らって皆暇そうだし」
「暇じゃない! 誰が全世界の呪文の制御をしてると思ってんだよ!」
 怒られた。しかしそう言われてもなぁ。俺だって一人でできるならそうしたいっての。
「まあまあ、いいではないですか月の精霊様。どうぞゆっくりしていってくださいよ」
 後ろから変な声が聞こえてきた。声の主は聞けば分かったが、その喋り方はあまりにも普段とかけ離れすぎていて最初に聞いた時には誰だか分からなかったほどだった。
 振り返ってみると相手は手にお茶を持って立っている。すごい笑顔で立っている。この上ない晴れやかで嬉しげな顔で立っている。
「さあさあ、このお茶でも飲んで」
 一体どこから出してきたのか。にこやかな顔でスルクにお茶を渡しているのは呪文使いのリヴァだった。すごい態度の変わりようである。
「あ、ありがとう……って、そうじゃない! 俺はもう帰るからな!」
 のばしかけた手を引っ込め、月の精霊は大声をあげた。それに反応したのはやはり外人であって。
「駄目だよ、駄目駄目! そんなすぐに帰らないでよ!」
「痛てててて!」
 スルクの服を思いっきり引っ張り、外人は帰るのを阻止していた。なんでそこまでこだわるのかは知らないが、結局最後にはスルクは腕輪についている石の中に帰ってしまった。あーあ。
「なんで帰るんだよ月の精霊様……」
「まあまあ。そんなに落ち込むなよ。俺がお茶飲んでやるからさ」
 どんな慰め方だ、と自分でもつっこみたくなる。
 これでもう七回目だった。同じことを飽きもせずに繰り返してる俺やリヴァって一体。
「何を馬鹿なことやってんの。早く行くよ」
 冷ややかな視線が突き刺さってくる。俺の前方には腹が立っているような顔をしているジェラーとロスリュがいた。
 俺はやはり置いて行かれ組なのか。しかしこの組には意外な人が混じっていて驚く。
「シンさんも早く行かないとジェラーに叩きのめされるぞ?」
「私のことならお構いなく。それよりあなたこそ早く行かれては?」
 さっきのリヴァのように爽やかな笑顔で返された。ゆっくりとした足取りで俺の後ろを歩いているのは慈善家であるシンさんだった。
「そうだよ。第一、君は無駄にお人好しすぎるんだよ」
「うるさいなー」
 嫌味を言ってくる外人を軽くあしらう。俺がお人好しなんじゃなくて俺の周りにいる奴らが自分勝手すぎるだけじゃないのか? しかしそんなことは口が裂けても言えない。
「皆さん、早く早く! ロスリュさんが怒ってますよーっ!」
 張りのある明るい声が響く。その先には金色の髪を持つ自称武器商人のラスがいた。ジェラーの横に並んで大きく手を振り、空色の瞳をきょろきょろとしきりに動かしている。
 ラスに適当に手を振って応え、少し足早に皆の元へ向かう。
 それにしてもずいぶん賑やかになったもんだよな。初めてこの世界に来た時なんて俺と外人の二人だけだったもんな。こんな短時間でここまで賑やかになれるのも珍しいのかもしれない。まあ、そのせいで苦労が増えたりもするんだけど。
 そんなことを考えつつも、今のこの状況が気に入っているというのは紛れもない事実であった。

 

 

 体中に衝動が走る。それによって剣を握る力が普段よりも増していく。
 目の前の景色には何十匹もの魔物がいた。この世界ならではの獣の姿をした魔物で、もう何度も見ている姿である。
 いつものごとく何もしない役のラスと外人は後ろに下がり、俺は先頭に立たされていた。俺の後ろにはジェラーとロスリュが並んで立っており、周りを気にしながら前方を睨んでいた。しかしまだ魔物との距離は大きい。
 心臓の高鳴りが聞こえる。当たり前だ、だってこんなに大勢に襲われたことは今までに一度もなかったのだから。
 今回の相手の数は異常だった。いつもなら多くてもニ、三匹程度だったので何とかなったのだが、こんなに何十匹もの数えられないほどの数に襲われたことなんかない。正直どうなるか分からなかった。
 落ちついて長く息を吐く。とにかくここで取り乱したら駄目だ。
 もう一度ぎゅっと剣を握りなおすと前方から向かってくる魔物の群れを見た。
「あなたがあれら全てと相手をするのですか?」
 俺がこんな状況に立たされても落ち着いていられる理由。それは前と違って先頭に立たされているのが俺一人ではないからである。
「ひどいだろ。特にジェラーなんかさあ、俺の数倍は強いのにやられそうになってから戦うんだぞ? こっちの苦労も分かってくれって感じだし」
 そもそもなんで俺が戦わなければならないんだよ。俺って運動音痴だし戦いには向いてないと思うんだけどなあ。
「あなたはそれが嫌なのですか?」
「いや、もう慣れた」
 本当なら嫌だと答えるところだけどこの人相手ではそう答えてしまう。
 隣にいるのは質素そうな布を頭から被っている慈善家の青年だった。失礼だが見た感じは弱そうな人だけど、ラスが言うにはとっても強い人らしい。そういうわけで俺と同様先頭に立たされているのである。
 魔物の唸り声が耳に入ってくる。気がつけば群れとの距離が小さくなっていた。あと数秒で襲いかかってきそうに思える。
 頭の中で呪文を思い出す。まだ完全に全部は覚えられていないけど三つくらいなら覚えることができた。いざという時には精霊に頼るしかない。
 ……よし!
 腹を決めて目の前を凝視する。何度も戦ってきた相手なんだ、きっと今回もうまくいく。そう自分に言い聞かせながら一歩前へ足を出す。
 しかし。
「下がっていなさい」
 前方で短い金色の髪が風でなびいているのが見えた。頭に被っていた布を取り、魔物の群れの前に一人で立っているのは慈善家のシンさんであって。
「ちょっ」
 いくらなんでも無理だ。一人で相手をできる数じゃない。
 何とかして止めようと思ったがすでに魔物は目前にいる。俺が走って止められるような状況ではなかった。
 こうなったら精霊を召喚して――、
「ジャッジメント」
 聞こえたのは低く冷たい声。
 辺りにこの世のものとは思えないほど眩しい光があふれ、その眩しさにぐっと目を閉じる。視界が真っ暗になっても光が見えるようで気持ち悪い。
 数十秒たってから目を開ける。そこにはすでに何もなく、ただ一人の男の人が立っているだけだった。
 赤い瞳が俺を見ている。その目からはいつものような優しさは感じられない。むしろ何かを見下しているような冷たさを感じる。
 が、それはほんの一瞬だけだった。ぱっと表情が変わり、あの善に満ちた顔に戻る。そこからは冷たさなんて微塵も感じられない。
「大丈夫でしたか? お怪我はありませんか?」
 穏やかな声。
「俺なら、大丈夫」
「よかった」
 相手はにこりと微笑んだ。
 やっぱ、さっきのは見間違いかなぁ。
「さすがはシンさんですね! この調子でこれからも僕を守ってくださいね!」
 おい。まだ言うかこの商人は。
 相変わらずな商人のラスのことは無視し、手に持っていた剣を鞘に収めた。そうすると気持ちが落ちついてくる。
 剣を握るといつも気持ちがどきどきした。日本では剣なんか持ってたらすぐに捕まるもんな。こんな経験してる奴なんてきっと俺くらいしかいないだろう。
「なんで君ってそんなに平気そうな顔で魔物を見られるのさ」
「お前がびびりすぎなんだろ」
 相変わらずな人はここにもいた。
 リヴァセール・アスラード。こいつはいろんな呪文が使えてかなり強そうに見えるのだが魔物相手ではただの腰抜けになる。このスイベラルグの世界ではほとんどが魔物相手なので、この世界に来てからはずっとこんな調子だった。せっかく呪文が使えるんだから援護くらいしてくれてもいいのに。
 いつかジェラーが言っていたが、外人は過去を引きずっているらしい。でもあいつはもともと口数が少ない方だし、自分のことはあまり喋らない奴なのでそれが何なのかはまったく分からないままである。それが魔物のことと関係あるような気がするのは推測にすぎないけど他には考えようがないのである。きっとそうなんだろう。
「ほら、いつまでもぼんやりしてないで。早く行かなきゃならないんでしょう?」
「あ、うん」
 いつも俺を急かしてくるのは扇を片手に持った少女だった。すでに俺の前方に立っており、行動が早いったらありゃしない。このメンバーの中では人を引っ張るのが一番上手いようである。
 そして再び歩き始める。ちゃんと全員がいることを確かめてから光の散ったこの地をあとにした。

 

 魔物との戦いに疲れてきた頃、やっとの思いで俺たちは目指していた街に着いた。もっとも疲れていたのは毎度毎度戦わされていた俺だけだったに違いないのだろうけど。
 しかしこの街は来て早々、何か様子がおかしい。
「ここって街だよな」
「そりゃあ街でしょ」
 そうは言っていたが外人もこのおかしな様子が気になるらしく顔をむっとさせていた。
「いつもこうなのか? この街って」
「さあ。少なくとも僕はまだ一度も来たことがないので分かりませんよ。シンさんはどうです?」
 商人の少年は隣にいる慈善家を見上げる。頭から布を被っている青年は、彼にしては珍しく表情のない顔で街の様子を見つめていた。
 この街の様子がおかしいという理由とは異常なほど静かすぎたのだ。街とはもっと活気があって騒がしく、賑やかなものばかりである。だけどこの街は静かすぎた。人の声も何もなく、ただ風が建物の間を抜けていく虚しい音が響いているだけだった。人が生活しているようには思えない。
 それなのに街自体は綺麗なまま残っていた。ついさっきまでこの場所で人が生活していたかのように、風化もしていないし何かに襲われた跡もない。まるでいきなり人だけが消えたような印象を受ける他はなかった。
「何かあったんでしょうかねぇ。僕ちょっと様子見てきます」
「え? あ、ラス」
 呼び止めようとしたがラスはそれよりも早く街の奥へと走っていく。あいつに恐いものはないのかよ。まったく、好奇心旺盛というか何というか。
「待って、何か近づいてくる」
 商人に呆れている場合ではなかった。警戒したようなロスリュの声を聞くと、確かに何かが近づいてくる足音が聞こえる。
 もちろんこれは魔物の足音ではない。だけど人の足音でもない。
 俺はこの音を別の世界で聞いたことがあった。そう、これは久しぶりに聞く鎧の塊の動く音だった。
「ガーダン? どうしてここに?」
 疑問の声を上げたのは藍色の髪の少年だった。そういえばこいつは以前ガーダンを作ってる奴の元で働いてたとか言ってたよな。それはどうなったんだろうか。
 以前に見た時は鎧集団は等間隔に並び、大勢で行進していた。それはどこかの兵士のようにきっちりしていて少しの乱れもなかった。とは言えコピーみたいなもんだからそれは当然といえば当然か。
「なんか、近づいてきてるけど」
「そうだな」
 足音は確実にこちらへと近づいている。それがどの方向から聞こえるのかはまだ遠くてはっきりと分からないのだが、俺も外人のように顔をむっと歪ませたい気持ちになってくる。
「街に、ガーダン?」
 難しい顔をしているジェラー。心の中だけで会話ができるとはいえ俺の場合は相手から話しかけてこなければ何を考えているのかなんて分からない。不便なもんだな。
「ガーダン、ガルダーニア……王族、犯罪者……」
 一つ一つの単語をぽつぽつと吐き出している。その顔はいつも以上に不満そうな顔をしていた。やっぱりこいつって感情あるんじゃないのか?
「なあ、ジェラ――」
「危ない!」
 口を開いたら押し倒された。そして目の中に入ってきたのは剣が空振りした光景だった。
「――風刃よ、リィ!」
 真横から声が響く。空気中から刃物が出てきたように何かを切り裂き、空振りした剣が地面に落ちるのが見えた。
「あ、悪い……リヴァ」
 相手に軽くお礼を言っておく。
 剣を振ってきたのも呪文に切り裂かれたのもガーダンだった。気づかないうちに奴らは背後まで迫ってきていたのである。もしあのままぼんやりしていたら間違いなく大怪我を負っていたところだ。
「お礼は後でいいから。今はこの状況をどうにかしなきゃ」
「それもそうか。魔物相手じゃなかったら頼りになるな、お前って」
「ほっといてよ、うるさいなぁ」
 後方にばかり目を奪われていたがガーダンは前方にも左右にも待ち構えていたように並んで立っていた。早い話が囲まれているのである。
 だけど所詮ガーダンはコピーにすぎない。こいつら相手なら俺にだって勝機はあるはずだ。今までだって遊んでいたわけじゃないし、ガーダンより強い魔物を相手に何度も無謀にも立ち向かっていったんだ。おかげで変な精神が身につき、運動音痴も少しは直ったはずだ。きっと。
 それに今は一人じゃない。戦ってくれないジェラーやロスリュはいいとしても、隣には外人とシンさんがいるのだ。この二人と共に戦うなら負ける気はしなかった。
「よし、相手してやる!」
 腹を決めて声を出す。これも今回で何度目だろうか。
 俺の声に反応したように集団が一斉に剣を構える姿が見えた。それに合わせるように俺も剣を抜く。
 久しぶりだな、こいつらの相手をするのは。だけどこいつらは魔物より弱いはず。そう簡単にやられてたまるか。
「待って、樹。ガーダンを操っている人がいる」
 何だって?
 まさに今からガーダンへ斬りかかろうとしていた時に聞こえたのは、すましたような顔をしている藍色の髪の少年の声だった。そのせいでいくらか決意が鈍ってしまったが、それはまあいいとして。
「どういうことなんだ? こいつら誰かに操られてるのか?」
「そう、操られてるよ。多分その操ってる人は……あっち」
 周りを取り囲んでいるガーダンには目もくれずに一つの方角を指差す。そちらは街の奥へ続く、ラスが走っていった方角だった。
「じゃあ、その操ってる奴ってのを倒せば」
 この鎧集団はいなくなるってことか。話が分かりやすくていいな。
 再び気持ちを引き締め、ガーダンに向かって剣を構える。とにかくこう囲まれては身動きがとれないのだ。まずはこの数を減らすべきだ。
「行くぞ!」
 真正面から剣を振る。それはまっすぐガーダンの鎧の体に当たって弾けた。
 もう一回、さらにもう一回。適当な剣さばきだけど相手は単調な動きしかできないので攻撃は面白いように当たった。
 これなら余裕で俺でも勝てる。そう考えるとだんだんと気持ちが楽になってきた。
「伏せて!」
 どこからか聞こえた声に反応してさっと地面に伏せる。後でその声が外人のものであることに気づいた。
「水刃よ、サースイ!」
 呪文の言葉と共に現れたのは水の刃だった。空中を生きているように素早く飛び、一つも残らずにガーダンを切り刻んでいく。
 数十といた鎧の集団は一瞬にして消え去った。後に残ったのは切り刻まれた中身のない鎧だけで。
「ほら、奥へ行くんでしょ?」
「あ、ああ」
 あれだけの呪文を唱えていたのに外人は汗一つかいていない。それでも呪文を使うと疲れると言っていたことが気にかかった。
 剣を鞘に収めて全員無事であることを確かめると、街の奥へ向かうべく走りだした。

 

「あっ、皆さん大変です! 街の中にガーダンが」
「知ってるって! それより無事だったんだなお前」
 街の奥へ向かっていると先に一人で走っていっていたラスを見つけた。どうやら運がいいことにガーダンに襲われることもなく引き返してきたようだった。無事なら何よりだ。
 けど、この先は。
「ラス、俺たちはこの先へ行くけどお前はここに残った方がいい」
 危険だと分かっている場所にこの商人をつれていくことはできない。本当なら俺自身もそうしたいところだが、周りの視線と目指すべき目的がそうさせてはくれないのだ。だから俺は退けない。
 大きな瞳をより大きく開き、商人の少年は何度かまばたきをした。
「だけど、でも」
 何かを言いたげに口の中で呟いていたが、やがて分かったというように顔を俯けてしまった。
「分かりました。皆さんに迷惑はかけないつもりです。それに自分の身も心配ですしね」
「あ、ああ」
 自分の身、って。心配するのはそれだけなのか。商人の言葉に少し驚いてしまった。
「ならば私もここに残りましょう」
 そう言ったのは慈善家の青年で、一歩前へ踏み出してラスの隣に並んだ。ラスは顔を上げ、布に隠されたシンさんの顔を見上げる。
「いいのか?」
「この人を守るのは私なのでしょう?」
 それはラスが勝手に決めたことだろ。何もシンさんがそれに従うこともないはずだ。
 俺はそう思ったが、やはりこの人が相手では言いたいことが言えなくて。
「じゃあ、ラスのこと頼むよ」
「ええ。あなた方は早く奥へ向かってください」
 申し訳ない。
 なんだかすごく申し訳なかった。
 それでもここで止まっているわけにもいかないので一歩先の地面に足をつける。
「お気をつけて」
 相手の言葉に一つ頷くと前へ向かって歩きだし、全員がついてきていることを確かめてから一気に走りだした。

 

 街全体は静かだったが、それは街の中に誰もいないからというわけではなかった。この街の住人達はガーダンに襲われたので一つの場所に集まっていた。そしてそれがちょうど目指していた街の奥にあたる場所だったのである。
 住人達の集まっている場所にはガーダンはいなくて、代わりにと言うべきか中身のない鎧が何体か床に転がっていた。きっと街の人たちが戦ったのだろう。なんて勇敢な人たちなんだろう。俺だったら絶対に真っ先に逃げ出すのに。
「あんたたちどこへ行くんだ?」
 その住人のうち、若い男の人が声をかけてきた。穏やかそうな声色だったのだが、その顔は緊張しているのか妙に歪んでいた。
「えっと、俺たちはこの奥に」
「喋ってないで行くよ」
 答えようとしたら後ろから服を掴まれ、そのまま住人の集団を避けて奥へと引きずられた。住人から離れると服を掴んでいた手を振りほどき、そうしていた相手、ジェラーの前に立つ。
「こら」
 ぱかん、と頭に軽く拳を一つ。
「人の話し中にそーいうことはしない、人の話は最後まで聞く。自分勝手な行動は集団で行動する時はしない。これ常識だぞ、常識」
 悪いがこれだけは譲れない意見だった。集団で行動してるんだから少しは自分勝手な行動はひかえてくれよな。
 俺に怒られたのが意外だったのか、相手はぽかんとしてしばらく何も言ってこなかった。その間に外人とロスリュが追いついてくる。
「……君だって充分自分勝手じゃない」
 反発する代わりになのか少年はそう言ってきた。悪かったな自分勝手で。けどお前よりましだろ。
「ほらほら君たち、喧嘩してないで早く行くよ?」
 次に急かしてきたのは意外にも外人だった。こいつが人を引っ張るようなことをするのは珍しい。なので俺は文句も言えずにそのまま奥へ向かって走りだした。
 その直後。
 大地に響くような爆発音が背後から聞こえてきた。
 言うまでもないだろうが、それはこの街の住人達がいる場所から聞こえてきたものであって。
 走りながら振り返って見てみると建物の向こう側にこの世のものとは思えないほどの光が輝いているのが見えた。そしてそれに続いて何かが壊れる音が響いてくる。
 一度音が止むと次に風に乗って聞こえてきたのは住人達の安堵の声だった。
 どうやらこの街の人々は偶然居合わせたあの慈善家の青年に助けられたらしい。シンさんにはラスのことを任せていただけだったけど、さすがだな。この調子なら街の人に被害が出ずに済みそうだ。
 さて、そうと分かったなら俺も腹を決めなければならない。ガーダンを操っている奴が誰だかなんて知らないが、そいつと話をして止めなければならないんだ。
 たくさんの人の望み。街の人だけじゃなくて、もっとたくさんの人の願望を背負っているように思えてくる。
 お人好しだと笑われるかもしれない。無謀だと呆れられるかもしれない。けれども現に俺は今ここに立っている。
 だからこそ俺は前へ進まなければならないのだ。この決意が鈍らないうちに早く相手を止めに行こうと足を速めた。

 

 

前へ  目次  次へ

inserted by FC2 system