45
いつも頭の中に浮かんでくるのは白い景色。
そんなものは見たことがないけど、自分はそれを知っているのかもしれない。
どこで見たのか、どこで知ったのか。
分かりそうで何も思い出せなかった。
ずっとそんなことばかりで頭が混乱してくる。
だけど、それが妙に気になるのは気のせいなのだろうか。
ひたすら前へ向かって走り続けていると何度かガーダンに襲われた。しかしその都度ガーダンを無視するかのようにすりぬけていき、立ち止まって剣を振るようなことはしなかった。
そんな調子で進んでいると行き止まりに辿り着いた。道がそこで完全に終わっている。先がない。
「ジェラー、これはどういう」
「壊して」
少年の声に反応して壁が爆発する。呪文を唱えた本人である外人はすました顔をしてこっちを見てきた。
おいおい街を壊すなよな。何考えてるんだよこいつらは。
「行くよ」
単語で促してくる藍色の髪の少年。
はあ。
「そうだな、行こう」
壊された穴を通ってさらに奥へと走りだす。
だけど俺にだって分かっていた。今は街の心配をしている場合ではなく、街の人たちの心配をするべきなのだ。だから壁を壊してでも前へ進まなければならない。ゆっくりじゃなく、ずっと早く。
壁の先には狭い道が一本あっただけだった。それに沿って進んでいき、途中にあった曲がり角を躊躇することなく曲がる。そんなことをしたら道が分からなくなるんじゃないかと思ったがジェラーがそちらを指さしたのだからきっと大丈夫なんだろう。
そしてその先に待っていたのは、また行き止まりだった。
「おい?」
どういうことですかこれは。こっちじゃなかったのかよ?
この道を指さした少年を見てみる。ジェラーはちらりとこちらを見上げたかと思うとすぐに視線をそらし、行き止まりの壁をじっと見つめた。気づけばロスリュも外人もそうしており、俺も真似をして見てみる。
しかしそんなことをしても何も分からなかった。だって目の前にはどこにでもありそうな壁しかないんだし。これで何かが分かるっていう方がおかしいって。
狭い道を風が吹き抜ける。ほんのわずかに音を立て、各々の髪と服を小さく揺らした。
何やってるんだろうこいつらは。何かあんのかな? 全然分からない。
「なあ、何がある」
「しっ、静かに!」
質問してみたが見事に言葉を失う。外人は俺の質問を聞いてもいないように返してきた。いや、これは無視されたとでも言うべきなのか。
まったく、なんだよみんな揃って警戒みたいなことなんかして。俺にも教えろっつーの。なんか疎外感感じるだろ。
あーあ、誰も教えてくれやしない。しまいにゃ泣くぞ。そして帰るぞ。ったくこれだからこのメンバーは。
「ああ、誰かと思えばまたお前たちなのか」
聞き覚えのある声にはっとする。その声は壁の向こうから聞こえてきた。
鼓動が高まるのが分かる。
「どうもこんにちは。覚えておいでで?」
それは落ちついた、人を嘲(あざけ)ったような声色で。
目の前で音もなく壁が崩れていく。分厚い煉瓦(れんが)が砂のように粉々になり、まるで最初からなかったかのように消えていく。
視界に飛び込んできたのは、やはり見覚えのある人物であった。
「……スーリ!」
青い髪の若い青年。かつて対立したことのある、脅威を感じる恐ろしい人物。それがこのスーリという名の人だった。
「おや、俺の名前覚えててくれたのか。嬉しいなぁ。あんたの名前は?」
相手の青年は人がよさそうにふわりと微笑む。でも、これに騙されちゃいけないことを俺は知っている。
「そんなことはどうでもいい。アレートはどこだ!」
この人に会えばアレートにも会えると思っていた。しかしここにはその少女の姿はない。相手の青年がアレートを連れ去ったのは確かなことだ。それこそ他に考えようがないほどに。
だから誰に言われなくとも分かっていた。
「まあそう急かすなよ。ゆっくり落ち着いていこう。名前は?」
答えてくれない。それにしつこい奴だな。
「なんで俺があんたなんかに名乗らなきゃ――」
「勘違いするなよ。俺は以前お前に名乗った。だから聞いているだけだ」
ふっと相手の持つ空気が変わった。髪と同じ色の目を細め、じっとこちらを睨むように見てくる。この視線を俺は以前も受けたことがあった。
体が強張ってくる。
「……川崎、樹」
そして答えることしかできない自分がいて。
「そうか樹か」
また相手は微笑んだ。その顔からは以前のような恐怖は感じられない。
「あのお姫様なら心配はいらない。ちゃんと家まで送り届けたからな」
「家? 家って」
ちらりと横を、ロスリュの顔を見る。
「ガルダーニアの城のことね。だけどそれもおかしな話だこと」
少女は癖か何かのように片手に持った扇で口元を隠した。
「おかしい? ……ああ、なんだ。お前らは俺がもっと悪いことをすると思ってたのか」
反応するのは青い髪の青年で。俺から視線をそらすことなくはっきりとした声で言ってくる。
「失礼な人たちだな。いくら俺が悪人だからってそれだけで人を決めつけるのはどうかと思うけど? 俺だってそんなに何でも殺して終わりってわけじゃないさ」
それだけを言うと顔から笑みが消える。
何なんだこの人。何を言っているんだ。
相手の考えが分からなかった。どうしてこんなに親しげに話してくるのか、どうして聞いてもいないことを話してくれるのか。
次第に俺の中の憤りさえも消えかかってきた。
「まあ、せっかく来てくれたんだし。また潰してやろうか」
スーリは合図か何かのように片手を少し上に上げた。それに答えたのか、周囲に鎧の集団が集まってきた。
なるほど、こいつがガーダンを操ってたんだな。だったらガーダンを止めるには。
「樹。お前は剣を使うんだな?」
は? 何を聞いてきてんだあいつ。スーリの意味の分からない質問に思わず意識が別の方向へ飛んでいきそうになった。
「使ったら何なんだよ」
そんなことまで指図されたかないわ。そもそもなんで敵にいちいち教えなきゃならんのだよ。
「そうか、使うんだな。なら」
蹴りを一つ。鈍い音が周囲に響く。
「な……?」
だけどその標的は俺たちではなかった。あまりにも予想外だったので息を呑む。
「これで充分だろ」
スーリは一体のガーダンを壊していた。そしてその壊れて床に転がったガーダンから一本の剣を奪い取る。
なんて奴だ。自分で操っておきながら。
今は憤りよりも何よりも驚きしか出てこなかった。
壊されたガーダンは動かない。地面の上に横たわったまま、中身のない空洞を隠すことなくさらしている。
鎧の集団に意志があるわけがない。あるわけがないのだが、どういうわけか、一体のガーダンを壊されると残りの集団はスーリへと剣を向けた。
「なんだ、何か文句でもあるというのか?」
大勢に囲まれても動じることもなく青年は普段のように見下したような口調で言う。
ガーダンの集団は答えない。当然だ、だって鎧は喋ることもできないのだから。しかしその代わりにというように集団は一斉に同じ動きでスーリに斬りかかる。
「仕方ないな」
一つ長い息を吐いたのは見えたが、そうすると少し下に俯いて相手の表情が見えなくなる。スーリは剣を握ったまま動かなくなった。
鎧の集団はそれにも構わず剣を振り上げる。
ずっと俺はその様を見つめていた。何をするでもなく、自分には無関係だと言わんばかりに。
それでもこの光景は痛かった。誰に対してそう感じたのかは自分でもよく分からなかったのだが、一人の人が大勢に襲われているところを見るのは耐えられないものがあった。相手が敵だと分かっていても、こんな感情があふれてくるのを抑えることができない。
横一列に並んだ鎧の集団が一気に乱れることもなく剣を振り下ろす。だけどその程度であの青年がやられるわけがないということも分かっていて。
スーリは少し腰をかがめ、なぎはらうように剣を一回だけ横に振る。それは到底俺には真似できないようなもので綺麗な一直線ができているのが俺でもよく分かった。
一瞬のうちに鎧集団は団体ごと真っ二つになる。上半身が床に落ちるのと同時に動かなくなった下半身も崩れるようにして倒れた。
洒落(しゃれ)にもならない。
「切れ味の悪い剣だなこれは」
笑うでもなく怒るでもなく青年はガーダンを壊していた。その無表情の顔にはジェラーのような無関心や、ロスリュのような冷淡さとはまた違ったものがあった。
それでもその姿は恐ろしくて。
「ねえ、ちょっと。逃げないの?」
後ろから服を掴まれ、小声で話しかけられた。そうしたのは言うまでもないだろうがリヴァであり、ひどく心配そうな顔をしている。
逃げるって言ったってお前なぁ。
「逃げられるとでも思ってんのかよ? もう見つかってるってのに」
「思わないよ。でもさぁ」
緊張感のかけらもない普段の口調で話す。本当ならこんなことしてる場合じゃないのになぁ。何やってんだろ俺ってば。
「逃げるなんて馬鹿なこと考えないで。あなたたちの目的は何?」
この場をまとめたのはやはりロスリュだった。この少女の言葉で外人はすっかり黙り込み、仕方がないというように前を再び見始める。ロスリュはその様子を気にしながらも敵に聞こえないように小声で全員に話し始めた。
「このまま安全に事が終わることはありえないわ。各々覚悟をしておいて。いい? 戦闘になったらいつも通り樹とジェラーは前、リヴァセールと私は後ろ。前の二人は攻撃を仕掛けて、後ろのあなたは二人の、特に樹の援護をお願い。ただ」
そこで一度言葉を切る。しかし状況がゆっくりすることを許してくれないのでロスリュはすぐに話を再開した。
「今回は私も少し手を貸すから」
「え? 手を貸す、って」
思いがけない台詞に目を丸くする。
少なくとも俺はロスリュが戦いに参加している姿は一度も見たことがなかった。見たことがあるのは戦闘終了後の回復呪文といつか見た敵を眠らせる呪文のようなものだけであり、攻撃役というよりは援護役のようなものだった。そんなロスリュが手を貸すと言うのなら、それはどういうことなんだろう。やっぱり援護とかをするのだろうか。
「ほら、のんきに話している時間はなくてよ?」
背中をひと突き。よろめきながらも地面に踏みとどまると見事なまでに前衛に立たされていた。振り返らずとも後衛の二人の表情が目に浮かぶようだ。畜生。
仕方がないので剣を抜く。この剣を握ることにもすっかり慣れてしまい、以前のように重さに気をとられるようなことはなくなっていた。
「話はそれで終わりか?」
前方からは青年の声。片手にガーダンから奪った剣を握り締めている相手がいる。
正直、二度と会いたくなかった相手であって。
「見逃してはくれない……よな?」
「当然だろ?」
笑って返された。また背筋が凍りそうだ。
相手は地面を蹴り、まっすぐに俺の前へ走ってきた。それはこの世のものとは思えないほど速かったが辛うじて見ることができ、その勢いのまま振り下ろされた剣を右の剣で受け止めることができた。だけど相手の攻撃はそれで終わりというわけではなくて。
スーリは剣ごと俺の受け止めた剣を下へと下ろした。上から強い力で押されて抗うこともできずに、俺の片方の剣は完全に地面についてしまった。同時に体のバランスも崩れる。
それが狙いだったのか、俺が少しよろけた瞬間を相手は見逃してはくれなかった。そのまま肘で胸の上を押され、仰向けに地面の上に倒された。背中を打って痛い。けどそれよりも――。
「ちょっ」
ぎらりと光るのは俺に向けられた剣先。体の上に乗っている相手は見下しながら両手で剣を構えていた。
待て、と言う暇もなく。剣が風を切る音が耳元で聞こえてくる。それはだんだん大きくなっていって、そして。
「……あれ?」
剣の音が止んだ。その代わりに俺の心臓の音が大きくなっていく。一気に汗があふれて出てきた。
そして上を見て驚く。
スーリの剣は完全に止められていた。前衛のもう一人の存在を忘れてはならない。専門は呪文だと思っていたがジェラーは武器の扱いにも慣れているらしい。その証拠となるのが、今ここで相手を止めている藍色の髪の少年の姿なのである。
持っているのは剣ではなく杖だった。一見弱そうですぐに折れてしまいそうな物なのだが、そんな木でできた棒がガーダンの使っていた剣を止めている。きっと丈夫な木でできてるんだろうな。うん。
しかし俺の上で戦うのはやめてくれねーかな。二人ともとりあえず俺を踏んづけるようなことはやめてくれてるみたいだけど、なんでこんな間抜けな格好で観戦しなきゃならんのだ。これじゃあ道行く人に笑われそうで嫌だ。絶対嫌だ。
真上で剣が弾かれるような音が響く。ジェラーが巧くやったらしく、一瞬スーリの姿勢が崩れた。
これを逃すほど少年はお人好しではない。すかさず早口に呪文を唱え、眩しい光が一気に輝く。これは命中したな。こんな近距離なんだ、外すなんてことは考えられない。
よし、この隙にこの状況をなんとかしないと。
体を引きずってできるだけ相手から離れ、起き上がろうとする。だが。
「甘い。非常に詰めが甘い」
相手は何の傷も負っていなくて。
剣を持っていない方の手をジェラーの呪文を吸収でもするかのように開いている。呪文の光はすべてそこに集まっていた。
青年は開いていた手をぎゅっと閉じる。光が弾けたように辺りに飛び散り、辺りがよく見えるようになってきた。
そのまま片手で剣を振る。まっすぐジェラーに向けられたそれは避ける隙も与えずに突き出され、風を切る音がまた聞こえてきた。
藍色の髪の少年は剣を杖で受け止めたが、何しろ呪文を放った後だったのでいくらか反応が遅れていた。受け止めたまではよかったがそこでバランスを崩し、俺から遠のいて地面の上に背中から倒れ込んだ。
相手はそんな隙を逃さない。すかさず次の攻撃を仕掛けていく。杖から剣を離し、勢いをつけてまたそれを振り上げる。
やばい。あれじゃあいくらジェラーだって避けるのも無理だ。俺がなんとかしないと。なんとか。
「――風刃よ、リィ!」
遠い場所から声が響いた。それと同時に風が巻き起こり、それはスーリの動きを止めるのには充分な力を発揮した。
「忘れないでくれる? ぼく達もいるんだから」
呪文を唱えた本人のリヴァはロスリュと並んで立っている。スーリは剣を地面に下ろし、ちらりと二人のいる方向を見た。しかしそれだけでまたこちらを見てくる。
視線が痛い。
何だろう。俺はこの感覚を覚えている。
これは怒りじゃない。これは憤りでもない。もっと違う、別の何かだ。だけどそれがどうしても分からない。
以前にもこんなことを考えていた。同じことばかり何度も何度も考えてしまう。そしてその答えが出せないまま次へ次へとのばされて、忘れかけた頃に再び思い出すように考え始める。
もしかして相手はこのことを知っているのか?
いや、そんなはずない。そんなはずないだろう。だって俺はそんなこと一言も口に出したことがないのだから。知っているわけがない。
でも、だったらどうしてこの人は、俺の顔ばかり見てくるのだろう?
「樹、だったか。お前の名前は」
話しかけられても頭が混乱していて答えることができない。隣にいるジェラーがこちらを気にしているのが分かった。
「まあ立てよ」
スーリは親しげな表情になり、持っていた剣を地面に置いた。
「何のつもりだよ」
ようやく言えたのはそれだけで。
相手は嬉しそうにふわりと微笑んだ。そしてわざとらしく地面に置いた剣を足で踏みつける。
警戒を解け、と言いたいのだろうか。だったら口で言えばいいのになんでわざわざそんなことをするのだろう。
いつまでも床に寝転んでいるのもどうかと思ったので相手の思うままのようで嫌だったが立ち上がった。スーリは俺よりも背が高く、少し見上げなければ顔を見ることができなかった。相手は相手でこちらを見下ろしてくる。
「本当ならこのままお前らを潰してやってもよかったけど、今はあまり時間がないんだ。だから、今日は挨拶だけ」
「挨拶?」
眉をひそめる。
何だったっけ、これは以前も聞いたことがあるような。
「これでも暇じゃないんだ。そうだな、もしあのガルダーニアのお姫様に会いたいなら彼女の家に行けばいい。もっとも中に入れてもらえるかどうかは分からないが」
足で剣を踏みつけたままスーリは言う。そしてすっと手をこちらにのばしてくる。
逃げようと思ったが俺は動くことができなかった。いくら相手の持つ空気が穏やかなものになったとは言え、その存在自体が恐ろしいものだったから体が勝手に硬直していたのだ。我ながら情けない。
ふっと相手の手が触れるのが分かった。また締めつけられるのかと思ったが、それはそんなに怖いものじゃなかった。
「だから、そんなに硬くなるなよ」
俺は青年に頭をなでられていた。
わしゃわしゃと髪が乱れて、それでも優しくなでてくる。
それはまるで親が子供を可愛がるようななで方であって。
「…………!」
恥ずかしい。
何をやってるんだ相手は。
いいや、何をやってるんだ俺は。
「じゃあ、またどこかで」
気がつけばスーリの姿は消えていた。それでも頭をなでられた感触が生々しく残っている。
頭に手を触れ、乱れた髪を直す。
「樹、大丈夫だった?」
「……リヴァ」
外人は俺のことを心配してくれているらしい。傍に駆け寄ってきて顔を覗き込んできた。その気持ちは素直に嬉しかったが今はお礼を言う気分になれない。
「何なんだよ、あいつ」
代わりに出てきたのは大きな疑問。
「あいつは俺の頭をなでてきた」
それはつまり、俺はあいつにとって子供でしかないということであって。
見下されたようで悔しい。
悔しくて、他のことが考えられないくらい情けないような気がした。
俺は大人じゃない。それは分かってる。けど、俺はもう子供でもない。自分でものを考えて行動できるし、何がいいことで何が悪いことかというのは理解できているはずだ。それなのにスーリは俺を子供扱いしていた。それが無性に気に食わなかった。
だけど、でも。
物騒な話だけど、相手はとどめをさそうとすればできたはずだ。いくら時間がないとはいえあんなに無駄な行動をする暇があるくらいなんだし、相手にとって俺なんかはどうでもいい奴だったに違いない。それでも逃がしてくれたのは一体どういうことなんだろう。
それに、あの行動。
どうしてあいつは頭をなでてきたんだ? そしてどうして俺は動けなかったんだ?
どうして。
「あ、見て……」
俺の後ろでロスリュが声を上げる。振り返って見てみると前方を指でさしていた。その視線を追って俺も前を見る。
壊されたガーダンの集団の後ろの方に、どこかで見たことのある大きな黒い機械が置かれてあった。今はどうやら動いてないらしく、何の音も出さずに静かに置かれてある。俺はそれの使い方を知っていた。
「何なの? あの機械」
知らないのか、外人は訝しげに黒い機械を見つめている。珍しいな、俺は知ってるのにこいつが知らないなんて。
「あれはガーダンを作る機械だよ」
藍色の髪の少年は親切にもリヴァに教えてあげていた。こんな光景を見るのもまた珍しいものだ。
俺は一歩前へ踏み出す。
あんなものがあるからいけないんだ。いや、あんなものがあってはいけないんだ。
壊されたガーダンを踏みながら機械へ近づいていく。片方の剣を抜き、大きな漆黒の無気味に光っている機械の前に立った。
剣を振り上げ、打撃を一つ。
思ったよりも機械は脆(もろ)くてすぐに壊れてしまった。以前のように爆発はしなかったが、大きな穴が開いてもう使えそうになかった。その穴の中から白い煙が音を立てながら流れるように出てくる。
「ジェラー、これでいいか?」
最も詳しい人に確認を取っておく。
「大丈夫。もう使い物にならないし直すことも不可能だから」
「そうか」
だったら、よかった。
「これでこの街は大丈夫なんだな」
「そうだね」
ただ単純に嬉しかった。そう思っただけだった。
「行こう。もうここに用はないから」
振り返って見てみるとジェラーも外人もロスリュも普段と変わらない顔をしていた。普段と違うのは、俺だけだった。