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第三幕
―世界を求めるのは―

 

 ただ、自分の責任に片をつけたかっただけだった。
 本当にそれだけだった。本当にそれだけだったのに、どうしてこんなことになってるんだろう。
 考えもしなかった現実は、やはりそう甘くはなくて。
 そして俺はやはりお人好しだと自覚しなければならなくなるのである。

 

「いーつーきーっ!」
「うっさい! 俺についてくんなっつっただろっ!」
「しょーがないでしょ。ぼくも同じ学校に通ってんだから」
「うっ」
 まだ日が昇り切っていない早朝。俺は必死に自転車をこいで高校へ向かっていた。
 それだけなら問題ない。問題ないのだが。
「まったく、いいよね君は自転車があってさ。ぼくなんか歩きだよ、歩き! ひどいと思わない?」
「だったらそんな走ってついてくんなよ!」
 残された問題のせいで朝っぱらからひどく疲れる。
 問題とは他でもない、俺の家に勝手に転がり込んできた外人、リヴァセールのことである。忘れていたがこいつも高校へ入学していたのだ。だからこんなことになっているのだが。
「じゃ、走らなければいいんだ?」
「言っとくけど呪文も禁止だからな」
「違う違う。ぼくが思いついたのはねぇ……」
 がんっ、という変な音と同時に後ろが重くなった。
 こいつまさか。おそるおそる後ろに目をやる。
「あー、楽」
「てめえリヴァ! こら!」
 案の定外人は後ろに乗っている。洒落(しゃれ)にもならないぞそれは。誰が自転車こいでると思ってんだよ。
「降りろよっ! 二人乗りは駄目なんだぞ!」
「ほらほらぁ、そんなに喋ってたら遅れるよ?」
 こんなに時間に余裕があるのに遅れるわけないだろ。いいかげんなこと言うなってんだ。
「畜生、お前後で見てろよ!」
 文句を言いながらも自転車をこぐ。だけど外人はそんなに重くなかったので、それほど疲れるということもなかった。
 これが俺の日常。
 おかしなことも数えきれないほどあるけど日常は日常として受け入れることにした。
 要するに、もう諦めたのである。

 

第一章 現代社会を生きる

 

49 

「何だって、時間が経ってないだって!?」
 それは今から一時間ほど前のこと。
 飛ばされた先が俺の世界だと分かってからはいろいろな問題が頭の中をちらついていた。その中の一つが時間の問題だったのだが、それは意外にもあっさりと片づいてしまった。
「どうしてだかは分かんないけど、今日は君が高校の入学式を終えた日の次の日みたいだね」
「おいおい」
 じゃあ何だ? 俺だけ向こうの世界に行って歳をとったとでも言うのかよ。それはそれで嫌だな。
「ここどこだか分かる? 君の家の近くだよ」
「えっ」
「えっ、じゃなくて。今日のところは家に帰った方がいいよ? 学校もあるんでしょ?」
 こんな時だけはリヴァは頼りになった。いや、この言い方は変か。とにかくこいつはどういうわけかこの世界に慣れすぎているんだ。
「けどさ。ちょっと待てよ。俺とお前はいいけど三人はどうするんだよ? 俺の家はもういっぱいで駄目だからな」
 これが問題の二つ目。外人は俺の家にいてもすでに違和感はないけど、異世界からやってきたジェラーとロスリュとアレートはこのまま放っておくことはできないのだ。だからと言って俺の家に住んでもらうわけにもいかないし。
「そう、それなんだよねぇ問題は」
 難しいよなぁ。どうしようか。
「ねぇ。私たちのことは後でいいからあなた達は目的の場所へ向かいなさい」
 今まで黙っていたロスリュが口を開く。
「けど――」
「あら、私が信用できないの?」
 そう言って微笑まれると何も言い返せなくて。
「……じゃあロスリュ。ジェラーとアレートのこと頼むな」
「ええ。いってらっしゃい」
 こうして俺は心配事を残したまま家へ帰ったのだった。なんで見送られなければならないのか分からなかったが、とにかく今はこの少女を信用するしかなかったのだ。

 

 久しぶりに帰った我が家は何も変わっていなかった。当然だ、だって時間は経っていないというのだから。
 時計を見ると四時前を指している。姉貴はまだ眠っているらしく、家の中は静まり返っていた。
 自分の部屋に入り制服を取る。今まで着ていた服は土だの泥だので汚れていたので帰ってから洗濯することにした。自分で汚したんだから自分で洗濯するべきだよな。
 机の上に投げ出されている鞄を覗くとちゃんと今日の準備ができている。俺って昔は几帳面だったんだなぁ。
 ……いや、昔って言ってもこっちじゃ昨日ってことになるんだよな。なんか微妙だ。
「――あ」
 鞄を覗いていて突然思い立つ。
「やばい」
 すっと右腕の袖をめくる。そこにはリヴァが作った精霊の入っている石がついている腕輪があった。まさかこれを学校に持っていくわけにはいかないよな。
「って、それだけじゃないだろ」
 さらに危ない物が腰に吊されている。それも二本も。
「どうすりゃいいんだこれ」
 このまま持っていたら警察に捕まる。こんな若い歳で警察のお世話にはなりたくない。だけど隠す場所もないし、どうしたら――。
 とりあえずそれ――剣を鞘ごと床の上に置いてみる。なかなか大きくて隠すにしても隠せなさげだった。
 仕方がない。家に帰ってからジェラーにでも頼んでどうにかしてもらおう。今はとりあえず、そうだな。ベッドの中にでも入れておくか。
 ベッドの上に剣を二本とも置くとその上から布団をかぶせる。これで見ただけでは何もない。誰も気づかないはず。
 腕輪をはずして机の上に置き、制服に着替える。久しぶりに着る制服は重くて、だけどそれでも軽く思えて変な気持ちになった。
「樹ーっ、準備できたー?」
「ああ、今行く」
 部屋の外からの外人の声に軽く返事をする。鞄を肩に掛け、自転車の鍵を持って部屋を出ていった。

 

 そんなこんなで俺は今、学校にいる。
 一時間目はホームルーム活動。言うならば自己紹介の時間。そしてそれは俺の最も苦手で最も嫌いな時間である。
 一人が名前と好きなものと、あとは適当に好きなことを言うというごく簡単なものだった。俺は出席番号が一桁なので回ってくるのが早い。まったく嫌だったらありゃしない。
「俺の名前は川崎樹。好きなものは……読書? です。えっと、よろしくお願いします」
 型通りの紹介文を口にするとぱらぱらと拍手が起こる。そして次の奴に順番が回っていく。
「俺の名前は川崎薫(かわさきかおる)。この俺の前に座ってる地味地味君と同じ名字なんだよなー、これが。あ、こいつとは幼稚園からの仲なんだよ。腐れ縁もいいとこだよなー。ははは」
 はははって。
 俺の後ろに座っている奴は俺の幼なじみだった。気づいてないわけではなかったが気づかないふりをしていたのだ。高校にまで来てこいつと一緒にはいたくない。
 しかしばれてしまった。なんだってこんなことになるんだよ。世の中不公平にも程がある。
 さらにこいつのせいで視線が俺に集まり恥ずかしい。なんでこんなに目立たなければならないんだよ。俺は普通がいいんだ、普通が!
「まあそんなわけで、よろしくおねがいしまっす!」
 ふざけた終わり方で紹介を終わると妙に大きな拍手が起こった。俺の時とはえらい違いだな。
 それからも似かよった自己紹介が続く。疲労のあまり疲れて眠りそうになったが、ある一人の人物の自己紹介で眠気が全部吹っ飛んでいってしまった。
 それはこんな内容だった。
「俺の名前はラザーラス・デスターニス。外国から来ました。よろしくおねがいします……」
 思わず顔をそちらに向けてしまった。まさかリヴァの他にも外国から来た人がいるなんて予想もしなかった。っていうかなんでこんなに俺のクラスにばっかり変な輩(やから)が集まってんだよ。
 ラザーラスと名乗った外国人はかなり外国人っぽい容姿をしていた。髪は輝かしい白銀で短く、顔は白人のように色が白くて年上のように見えた。全然日本人じゃない。その人の周りの空気だけ別のものになっているような印象を受けた。
 あれが本物の外人かぁ。リヴァも外人だけど出身地がおかしな場所だったもんな。俺は本物の外人を見るのは初めてだった。
 自己紹介は続き、最後に先生が自己紹介をする。先生は男の先生でなんだか気の抜けたような顔をしていた。かなりだらけているように見えるのは気のせいだろうか。
 そういうわけで自己紹介は終わり、次の時間からは授業が始まっていった。一番最初の授業が数学だったのでつまらないことこの上なかったのは言うまでもないだろう。

 

「あーあ。なんか疲れるなー」
 放課後、誰もいなくなった教室で一人で呟く。
「思ったら俺って寝てないんじゃん」
 思い出すのは異世界での出来事。ガルダーニアの国に行って、炎の中を歩き回って、スーリに襲われたと思ったら逃がされて、挙げ句の果てにはシンに騙されていたと分かって。本当にろくなことがなかったけど、得たものは大きかった。
「どうするかなー。このままここで平凡を取り戻すか、それとも――」
 真実をつきとめに再び向こうへ行くか。
「どっちがいいかなー」
「何を悩んでるのかなぁ? 親愛なる幼なじみさんっ!」
「うわぁっ!」
 び、びっくりした。もう少しで椅子ごとひっくりかえるところだった。
「なんだよぉ。そんなにびっくりしてくれなくてもいーのにさぁ」
 後ろに立っていたのは幼なじみの薫だった。なんでまだ残ってんだよこいつは。用事もないくせに暇そうな奴だな。
「あっ樹、お前、疑ったろ!」
「何を」
「俺がまた変なことを企んでるんじゃないかって!」
「うっさいなぁ。今ちょっと考え事してたんだよ。人だって待ってる――」
「樹ー、帰ろー」
 教室の扉が開いてリヴァが入ってくる。なんだか妙なタイミングで来てくれたな、こいつ。
「えっ、何? 樹お前いつの間にこんな外国人とお友達になったわけ?」
 すかさず薫は口を挟んでくる。
 俺は好きでお友達になったんじゃない。
「俺もう帰っから。いつまでもふらついてないでお前も早く帰れよ、薫」
「話をそらすなよ」
「じゃあなっ!」
 まだ何か言いたげな薫を無視し、リヴァをつれて教室を出る。
「どこ行ってたんだよお前は」
「ん? 社会見学ってやつかな?」
「なんだそりゃ」
 昔はあまりこいつと話したりしなかったけど今ではよく話をするようになった。それがなんだか嬉しかったので一緒に帰ることにしたのだ。
 こうなったのってやっぱり向こう、つまり異世界に行ってたからだよな。
 ろくなことしかなかった異世界。けど、得たものはたくさんあった。
 その一つというのがこのことなのである。
「今度は二人乗りは禁止だからな」
「なんでさ。ずるいよ君」
「俺は知らねえっつーの。嫌なら自分でなんとかしろよな」
「うわ。ひどい人だ」
 しかし嬉しいと言えども限度はある。
「なんでそんなことでひどい人になるんだよ! 俺のせいじゃないだろ!」
「あ、怒っちゃった」
 ……こいつ。
「分かったから、帰るぞ!」
「はぁい」
 心底腹が立ったままだったがいつまでもいがみ合ってても仕方がない。ここは抑えておこう。
 こうして俺はリヴァをつれて帰路についた。

 

「あっ、おかえりぃ、樹」
「ずいぶん遅かったのね。暇だったわ」
「…………」
 家に帰るとまるで当然だと言わんばかりにくつろいでいる異世界の住民たちがいた。誰が教えたのか、しっかりと俺の部屋の中で座り込んでいる。
「何やってんだお前ら」
 姉貴は夜まで帰らないからよかったものの、近所の人に見られたら何を言われることか。近所の力を見くびってはいけないのだ。それで何度か痛い目を見たことがあるし。
「あら、私に任せてくれるんじゃなかったの?」
 軽くウィンクして見せるロスリュ。
 ……このやろ。
「なーんで俺の部屋が分かったのかなー? ロスリュさんよぉ」
「さぁね。直感ってやつかしら?」
 嘘だ。絶対嘘だ。顔がそう言っている。
 ロスリュのすました顔の頬をつまむ。
「何も盗んでないだろうな」
 思い出したのは少女と初めて会った時のことだった。頬をつままれても少しも表情を変えずに軽く睨みつけられる。
「盗むものなんてないじゃない。あなたって貧乏だったのね」
「うっ、うっさいな!」
 悪かったな貧乏で! ってそれじゃあ盗む気だったのかよっ!
「はあ。で? ここで何をしてたんだ?」
 怒ってても仕方ない。手を放して一番まともに答えてくれそうなアレートの顔を見た。
 黄色い髪の少女は座ったジェラーを後ろから腕で抱いており、なんだか妙な図ができあがっていた。そのままの体勢でアレートは口を開く。
「今までね、これからどうしようかってことを話してたんだけど、なかなか意見がまとまらなくて。だから二人が帰るのを待ってたんだよ」
「そうか」
 俺としては待たれても困るんだけどなぁ。
 肩に掛けていた鞄を机の上に置く。ついでに制服の上着も脱いで楽な格好になった。それから床に座り込む。
「今の状況。説明するけど」
 口を開いたのはジェラー。後ろからアレートに抱かれているのでかなり子供みたいに見えた。いや、見た目は子供なんだけど、性格があれだし。
「ちょうど昔のオーアリアみたいになってるね」
「昔の……って、まさか」
 世界が閉ざされてるってやつか? おいおい、なんだよそれ。冗談にしてもきついぞそれは。
 藍色の髪の少年は表情も変えずに次々と続ける。
「一時的にだけどこの世界の扉は閉ざされた。それは人為的なもので、樹の話からするとスーリの仕業だと思う。あの人は僕らをここに飛ばして扉に鍵を掛けた……なぜだか分かる? 樹」
「えっ? なぜって言われても」
 そんなこと聞かないでくれよ。俺に分かるわけないだろ。
 軽くジェラーに睨まれた気がしたがそれは気のせいだということにしておこう。少年はすぐに続ける。
「彼は――スーリは何か目的があって動いている。そしてそれを成し遂げるには僕らの中の誰かとシンが会ってはいけないということだと思う」
 シン、か。
 あの偽善者のことを思い出すと悲しくなる。どうしてあんなに優しくしてくれたのかいまだに分からなくて、いつになってもどうしても偽善者だと認めたくなかった。頭ではちゃんと分かっているのに、知識と理解は違うんだ。
「これからすることは、スーリに会うこと……」
「違う、シンに会うことよ! どうしてガルダーニアを破壊したのか聞きたいって言ってるじゃない!」
 ジェラーの言葉はアレートのものによってかき消される。ああ、それで意見がまとまらないって言ってたんだな。
 だけどそれってまとまってないようでまとまってるんじゃないだろうか。
「どっちにしろこの世界の扉を開けないと駄目なんだろ? だったら目的は同じじゃないか」
 俺の言葉に全員が顔をあげる。その表情は全てを分かっているような強い意志の宿ったものだった。
「うん、じゃ、そういうことで。決まり決まり!」
 なんだか意見が受け入れられるのって清々しいな。誰も反論してこなくて気持ちいいったらありゃしない。ずっとこんな調子だったらいいのに。
「よしじゃあこれで――」
「あ、ちょっと待って」
 止めたのは今までおとなしくしていた外人だった。ごそごそと懐を探り何かを取り出す。と同時に聴いたこともない音楽が聞こえてきた。
「何やってんだよお前」
「携帯。電話だよ」
 け、携帯って。異世界にはそんなもんまであるのかよ。異世界の文明、恐るべし。
 確かに手に持っているのは携帯電話だった。この世界で見るものと何ら変わりがない。そっくりだ。色は黒で通常よりいくらか小さいサイズだった。しかしこいつは本当に黒ばっかりだな。
「もしもし? もしもし? 誰? ……あっ」
 電話に出たと思ったら変な声を出すリヴァ。なんだ、いたずら電話か?
「えっ、嘘っ! 上官? 番号変えたの? 先に言ってくれないと分かんないですよ! もう!」
 しかし事態は一変する。どうやら相手は知り合いらしい。
「あ、別に怒ってないですよ? っていうかすごい嬉しいなぁ、上官と話すの久しぶりじゃないですかぁ。……え? あ、ああ。うん、それはね、昨日まで異世界に行ってたから時間がおかしくなってるんですよ。……ん? ええ、そうですよ。ちゃんと見張ってますから任せてください」
 一人で外人は落ちつきがないように話す。その顔は普段からは考えられないほど輝いていて、かなり嬉しそうに相手と話していた。
「上官に会いたいなぁ。会いに行っていいですか? だってずいぶん会ってないじゃないですかぁ。淋しいですよ。声だけじゃなくって上官の顔が見たいんですよ! だってこんな機械を通した声なんて偽物だし、こんなの耐えられないですよ! 上官っ! ねえっ!」
 次第に声が大きくなり、聞いてて恥ずかしいことを平気で連発する外人。なんだかそれは誰も口出しできないほどすごかった。俺だって引いてしまう。
「とにかく会いたいんですよ、いいでしょ!? 今からそっちに――」
『うるさいって言ってるだろアスラード! こっちは仕事中なんだ、静かにしろ!』
 こっちにまで聞こえてくる大きな声が携帯から聞こえた。それは男の人の声で、かなり怒気を含んでいるようだった。
 なんだよ、怒られてるぞ? 何やってんだこいつは。
「じょ、上官。でもぼくっ」
『そんなに会いたいならこっちからそっちに行ってやるよ! 仕事中だから余計なことは喋れないんだよ馬鹿! それくらい察しろ! いいか!? お前は引き続き奴を捜せ! 上からの命令は全て無視してもいいから今の目標だけを気にしていろ! 用件はそれだけだ! 切るぞ!』
 ぶつり、と電話の切れる音が響く。
 リヴァはその手から携帯電話をぽろりと落とした。そのまま放心したようにしばらく動かなくなる。
 な、何なんだろうこれは。ものすごく声がかけづらい雰囲気だ。俺って何か言ってやるべきなのか?
「リ、リヴァ――」
「うわあああああっ! 樹ぃいいいっ!」
「うげっ!?」
 声をかけようとしたら大声を上げられ、そのまま前から倒れこんできた。しっかりと服を掴まれて身動きがとれなくなる。
「どっ、どうしたんだよ」
 ぎゅっと握っている手に力を入れられて痛い。とにかく放してほしくて落ちつかせることにした。が、それでも手は放してくれない。
「嫌われちゃったんだ」
 握る力が強くなる。痛いってのになんでそんなこと――。
「どうしよう。上官に嫌われた。どうしようどうしようどうしようっ!」
 相手は震えていた。
「ひ、独りにしないでよ、ぼくを! お願い樹、助けて!」
「助けるって……」
 そんな大げさな。
 けど、いつもと様子が違う。ふと見せる弱さとも、まっすぐな告白とも違う顔。きっと本当にその上官って奴のことが好きなんだな。
 だったらやっぱり落ちつかせないと。
「お前は嫌われたわけじゃないだろ。話聞いてたか? 会いたいならこっちからそっちに行ってやるよ、って言ってただろ?」
「……あ」
 リヴァは顔をあげてこちらを見てきた。俺は安心させるために笑ってみせる。
「ほら」
 床に転がっていた携帯電話を渡す。リヴァは受け取ると、じっとそれに視線を注いだ。やがてぎゅっと握り締めてかすかな笑みを作る。
「そうだよね。上官がぼくのこと嫌うわけない」
 なんだかそれはちょっと違う気がしたが、まあそういうことにしておこうか。
「会えるよね?」
「きっと、な」
 確証なんてない。だけどそう思えた。
 多分きっと、リヴァの上官は会いに来る。そうだと信じたい。
「うん。待ってるよ、ぼく」
 そう言って笑う顔からは、どうしてなのか分からないけど深い深い哀しみを感じた。

 

 実際には俺にはもうこいつらと一緒にいる理由はない。
 それでもどうしても放っておけなかった。心配で心配で仕方がなかったのだ。
 これはお節介なのかもしれない。けど、このまま別れたらきっと後悔する。
 だから俺は、もう少しこいつらに付き合うことに決めたのであった。

 

 

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