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51 

「おーい。そこの兄ちゃん」
「ん?」
 学校からの帰り道。俺は自転車をこいで家へと向かっていた。
 そんな時に聞こえてきたのが気の抜けるような声であって。
「俺、ですか?」
 自転車を止めて振り返る。しかし後部座席には外人が座っていて自転車から降りなければ相手が見えなかった。
 そこにいたのは一人の男の人だった。
「何ですか?」
 見覚えのない若々しい人だった。俺より背が高くて見上げる格好になってしまう。相手は深く帽子を被っていたが、その奥から見える青い髪の毛を見るとそれを隠しているようにも見えなくはなかった。
 どこからどう見てもその辺にいる普通の人である。
「ちょっとさあ、こっち来てくれないかなぁ」
 人がよさそうににこりと微笑む。しかしそこから醸し出されるのは怪しさ以外には何もなかった。
「いや、その」
「いいから来いっての」
 ぐいっと手を引っ張られる。ってちょっとちょっと!
「何なんすか! 俺別に怪しいことなんてしてないですよ!」
 とか言いつつも頭の中をよぎるのは家に置きっぱなしにしてある二本の剣のことであって。まさかとは思うがそれが警察か何かに見つかったんじゃないだろうな? それだけは勘弁してくれよ?
「リヴァ、助けてくれよっ!」
 自転車の後部座席に座ったままぼんやりしている外人に助けを求める。しかし一体何を考えているのか、全く何もしてくれそうになかった。
 なんだって俺がこんな目にあわなければならないんだよ。
「まあまあ落ちついてお兄ちゃん。俺は別に君に危害を加えようってわけじゃないんだから」
 そんなこと言われたって信用できるかよ。たった今会ったばかりなんだから怪しいったらありゃしない。
「じゃあこう言ったら分かるかな。俺も向こうの人間なんだ」
「――へ?」
 耳元でそんなことをささやかれると暴れる気にもならなくなってくる。幸いここには俺とこの人と外人しかいなかったので、俺はその先を言うことができた。
「向こうって、じゃあ」
「そ。ここじゃない世界のことさ」
 なんとまあ。リヴァ以外にもそんな奴がいるんだな。
 男の人は人のよさそうな笑顔を崩さないまま、にこやかに再び俺に話しかけてきた。
「ちょっとこっち来てくれないか?」
 今度は俺も素直に従うしかなかった。
 一度外人と顔を見合わせ、まだ怪しさが抜けきらない男の人について行くことに決めた。

 

「ここでいいか。じゃあそっちの君、そう、そこの黒い君。ちょっと手伝ってくれ」
「え……」
 男の人について行っていると人気のない広場までやって来た。広場と言っても空き地のようなもので、整備されていないので草が伸び放題である。昔は俺もよくここで遊んでいた。なんか懐かしいな。
 いや、そんな感慨にひたっている場合じゃなかったか。
 帽子を被った男の人は広場の片隅へ行き、そこから外人を手招きしていた。リヴァは俺の自転車から降りてこちらを見てくる。その表情からしてかなり相手のことを疑っているようだった。いつもならそれに文句を言いたくなるところだが、今回は俺も同じ気持ちだったので何も言えない。
「おーい。早くしてくれないか?」
 相手は声をあげて呼んでくる。
「どうしようか?」
「俺に聞くなよそんなこと」
 完全に困ってしまった。何かあった時に頼りなると思っていた外人もこれなので、どうしていいのか全く分からない。
「まあ、そんなに怖そうな人じゃないからいいんじゃねーの?」
「簡単に言わないでよね」
 まだ文句を言いたげな外人を連れて男の人に近づく。怪しいとは思うけどそんなに恐ろしいような人ではないのだ。多分、大丈夫だろう。
「ん。じゃあここで移動呪文使ってくれ。場所を言うから」
「呪文って。使っていいの?」
 リヴァはためらっていた。なぜならこの世界では呪文は使わないようにしていたらしいから。当然だ、だってこの世界には元々呪文なんてなかったんだから。そういうあたりでは常識があって俺も安心できたんだが。
「あー、まあ大丈夫だろ」
 男の人はそんなことを言っていた。おいおいなんか適当な奴だなぁ。本当に大丈夫なのか? だんだん不安になってくる。
「よし、じゃあ場所を言うからな。あ、そっちの兄ちゃんも来てくれよ」
「へ? なんで俺が」
「いいから君も来るの! ぼくを見捨てないでよね!」
 み、見捨てるってお前。いきなり飛んできた外人の声にうろたえながらも俺は仕方なくリヴァの隣に立った。
 それから外人は目を閉じて呪文を唱え始める。
「精霊よ、我に――」
 異世界で見た光がそのままこの世界に現れた。この世界でまでこの光を見るとは思わなかったので、なんだか妙な気持ちが心の中にあふれてくる。
「場所は?」
「アメリカ」
 短い言葉のやり取りが聞こえると光は輝きを増す。やがて視界に影は消え、気がつけば目の前にはまったく違う見たこともない景色が広がっていた。

 

 これは一体どういう事なんでしょうか。
 一体何がどうなって、俺は飛行機にも乗らずに海外旅行をしているのでしょうか。
「はい、お疲れ様。まあゆっくりと休めよ」
 そう言ってやや無理矢理どこから出してきたのか、コップに注がれた飲み物を渡してくる。しかしそれはよく見ればただの水だった。コップの中に零れそうなほど注がれている。
「アメリカって言ってたけど、ここでよかったんですか?」
「ん? いーよいーよ。かなり近くに着いたから」
 外人の少し堅い質問に帽子の男は答える。相変わらずにこにこしており愛想だけはよかった。片手に持った水を一人でがぶがぶと飲んでいる。
「って言ってもなあ。これがアメリカかよ」
 アメリカと言えばもっとたくさんのビルが並んでいて大都会というイメージが頭の中にあった。しかしここにはそんなものは微塵もない。外国っぽいといえば外国っぽいのだが、遥か彼方まで続く草原は外国というよりも異世界を思い出させた。
 本当にここから近くにこの人の目指していた場所があるのか? 到底そうは思えない。
「よーし。じゃあ歩くか」
 水を全部のみ干した男の人は大きく伸びをし、そのままぱさりと帽子を頭から取った。そこから見えたのはやはり青い髪の毛であって。
 なんかこの人、見た目がスーリと似ている。
 青い髪も、癖のように曲がった髪も、やけに若々しい印象もスーリとよく似ていた。そればかりか顔つきさえも似ているように見える。
「二人ともちゃんとついてこいよ?」
 振り返って人がよさそうに笑う。そんなことをされても怪しさは抜けきらないが、また外人と顔を見合わせてからついて行くことにした。

 

「おぉっと! 家が見えてきたぞ!」
「はぁ……?」
 帽子を脱いで手に持ったままの男の人は妙にテンションが高かった。俺はどうやらまた変な人と関わり合いになってしまったらしい。後からひどく後悔する。
 結局俺たちは十分以上は歩かされた。それも歩く速度が速いのでほとんど走っているようなものだった。全然近くないじゃないかと文句が言いたくてたまらなかったが、そう言いかけた時に目的の場所らしき所に着いたのである。
「やぁやぁお疲れだろう君たち。まぁ中に入ってくれ」
「はぁ」
 もう気のない返事しかできなかった。
 目の前にあったのは草木に囲まれた一軒の小屋だった。木造建築だということが見たらすぐに分かるほどであまり大きくなく、中はかなり狭そうに見えた。言っちゃ悪いが台風とかが来たらすぐに壊れそうな家である。
「じゃあ、お邪魔します」
 さすがにここまで来て帰るのもどうかと思うのでお邪魔することにする。外人を連れて家の中へ入っていった。男の人はその後から中へ入る。
 家の中はこれまた狭かった。中に入るといきなり狭い部屋いっぱいにスペースを取っている机があり、その横にはいくつかの椅子が並んでいた。これはまるで食卓みたいだ。洒落(しゃれ)たことに机の上には一輪の花が花瓶に入って置いてあった。それによっていくらか明るくなっている。
「ほら座って」
 そう言って椅子をさしだしてくる。
「あ、すんません」
 俺はそのまま椅子に座った。隣には外人が座る。
「んーじゃあ、まずは何から聞こうかねぇ」
 俺の前に座った男の人は机に肘をつき、急に真面目そうな顔になる。それを見た瞬間どきりとした。
「名前は? 出身の世界は?」
 ここは素直に答えた方がいい。そう思った。
「俺は川崎樹。出身の世界はここ。日本人だ」
「ぼくはリヴァセール・アスラード。出身の世界は正しくは分からないけど、小さい時に暮らしてたのはアダイトの世界だよ」
 俺もリヴァもすぐに答えた。なんだか分からないがこの人が相手では嘘を言ってもすぐにばれてしまいそうだったのだ。だから本当のことを言う。
「ふぅん。川……君と、アス……君か」
 相手の男の人は妙なニックネームを付けてくれた。それもどうかと思うんだが。何なんだよ川君って。
「川君にアス君。君たちは今回の扉が閉まった件に関して何か知ってんだろ? それを教えてくれないかな」
 見透かされている。やっぱり嘘は通用しなさそうだった。
 ちらりと横に目をやるとリヴァは困ったように頬を掻いていた。だけどだからといって俺が答えてもいい問題ではない。一番の適任者はジェラーかロスリュなんだけど、二人ともここにはいないしなぁ。
「それよりさ、あなたは?」
 急に口を開く外人。だがその意味はどういうことか分からない。見ると、聞かれた本人も頭上に疑問符が浮かんでいるような顔をしていた。
「んーだから、あなたの名前はって聞いてるの」
 ああ、そうか。俺たちは教えたけど相手は教えてくれてなかったもんな。
「お、俺の名前? ああ、そうだな、俺の名前か。名前なぁ……」
 なぜか急に焦ったようなうろたえたような態度になる男の人。見ていておかしいほどその変わり様は明らかだった。
「名前か。名前はなぁ、名前は――」
「ただいま……」
 男の人の台詞を中断させたのは静かな一つの挨拶だった。
 俺の後ろにあった扉が嫌な音を立てながら開き、誰かが中へ入ってきた。驚いて振り返ってみると俺はさらに驚くことになる。
「お、お前は」
 見覚えのある顔だった。だけどどうしてここにいるのか分からない。だってこの人は――。
「あんたら、誰?」
 口を開いたかと思うとそんな言葉が。
「お前、ラザーラスとかいうんだろ。俺と同じ高校にいるだろ?」
「……ん」
 相手は少し目を大きくした。
 そう。今俺の後ろで立っている青年は俺の高校に通っている白銀の髪を持つ外国人なのである。リヴァのように黒い服を上下に着て見るからに暑そうな格好をしていた。だけど確かここはアメリカだよな。なんでこんな所にいるんだよ。
「なんだ、お前の知り合いなのかラザー。だったら話が早いな」
「別に知り合いなんかじゃないさ。高校で同じだというだけだ。それより何やってんだ? またくだらないことでもやってるのか?」
 白銀の髪の青年、ラザーラスは男の人の隣に立った。椅子には座ろうとせず表情のない顔で立ったまま腕を組んで会話をする。
「くだらなくないだろぉが。俺はいつでも真面目なんだから」
「嘘つくな」
 男の人の軽い言葉もラザーラスには通用しなかった。冷たい言葉で見事に遮断されている。
「嘘だなんてひっどいなぁ。それが師匠に対する口か?」
「別にひどくなんかないだろ?」
 やはり変わらない。男の人は完全に負けていた。
「……あー。川君にアス君。こいつのことはまあ気にしないでくれ。話の続きなんだが、俺の名前のことだったかな」
 負けを認めたのか男の人はこちらを向いてきた。表情が前に比べていくらか暗くなっている。そんなにショックだったのかよ。
「実はさぁ。俺、自分の名前忘れたんだよなぁこれが。ラザーや他の人からは師匠って呼ばれてるけど」
「はぁ?」
 なんだって、忘れた? 一体なんで忘れるようなことがあるんだよ。しかしこれじゃあまるでジェラーだ。また名前を考えるのは嫌だからな、俺は。
「あー、じゃあ俺も師匠って呼ばせてもらうけど。弟子にはならないからな」
 気に入らない呼び方だけど仕方ない。
 ふとラザーラスの方へ目をやると白銀の髪の青年は少し俯いて目を閉じていた。その姿はやはり年上のように見えて。
「師匠さん。ぼくらには何も言うことはありません。何を知りたいのか知りませんが聞いても無駄です」
 聞こえてきたのは外人の声だった。なぜだか怒っているようにも聞こえる。
「だけどお前たちは関係あるんだろ、今回の件について。隠そうったってそうはいかないんだ。俺もこいつも、あいつに会わなければならない身だから」
「あいつ? あいつって誰なんだ?」
「お前たちもよく知ってる人物だ」
 男の人、師匠は真面目な口調になる。それだけ危ない話なのか、それとも。
「奴の名は――」
「師匠!」
 強い言葉が遮る。それを発した青年は目を開き、師匠を睨みつけていた。
 彼の瞳は赤い。赤い瞳からは恐怖を感じる。だってそれはあの人と同じものだから。
「ラザー、そんなに睨むなよ。お前が嫌がんのは分かるけどちゃんと話さないと駄目だろ。だから怒るな。な?」
 一つのため息と共に師匠は言う。まるで子供を諭すような口振りにラザーラスはかすかに顔を歪めた。
「さっきも言ったけど本当にこいつのことは気にしなくていいからな。こいつはただのわがままちゃんだから。こいつの話聞いてたら日が暮れちまうや。だから無視な、無視」
 それはちょっとどうかと思うんだけどなぁ。俺だったら絶対に言えそうにない台詞を言った師匠は少し困ったような顔をしていた。
「勝手にしてろ」
 本当に怒ったのか、ラザーラスはそう言って奥の部屋へと引っ込んでしまった。なんか今までにないタイプの人で行動の予想ができない。
「あのさぁ。ちょっと、俺たちよりよく知ってる奴を呼びたいんだけど、いいっすか?」
 話が再開する前にちょっとしたチャレンジをしてみよう。そう思ったのだ。
「呼ぶってここから?」
 聞いてきたのは外人だった。まあ無理もないんだけど。
「大丈夫だって。きっとあいつは来る――はず」
 とにかく呼んでみないと分からないもんな。
 師匠は一つ頷いて許してくれ、俺は小屋の外に出た。周りに誰もいないことを確認してから小声であいつの名前を呼ぶ。
「聞こえるか? ジェラー」
 言い終わるとすぐに目の前の地面に光が現れる。そしてその上に藍色の髪の少年は降りてきた。
「何か用?」
「みんなを集めてまたここに来てくれ。用事があるようなら強制はしないけど」
「分かった」
 再び光が輝く。少年はその場から消えた。
 やっぱりジェラーは離れている場所でも俺の声が聞こえるらしい。このことに気づいたのはスイベラルグの世界でアレートを襲っていた騎士の集団に見つかった時のことだった。あの時偶然ジェラーの名前を呼んだんだが、それでもちゃんと来てくれたんだ。だからこのことに気づいたのである。
 そんなことを考えているとジェラーは全員を引き連れてやってきた。もう呪文なんて使いまくりである。加減という言葉が消え去ったみたいだ。
「連れてきたけど」
 うん、よし。ありがとな。
 軽く少年の頭をぽんぽんと叩く。が、それは見事に払いのけられてしまった。ちょっと傷ついたぞそれ。
「なんか俺には答えられないような話になってきてるんだ。だからみんなを呼んだんだけど」
「でも私もきっと答えられないと思うよ」
 にこやかに言うアレート。いや、そんな笑顔で言ってくれなくても。
「ま、まあとにかく中に入ってみてくれよ」
 こうして俺は異世界の三人の住民を小屋の中へ押し込んだのであった。
 何か違う気もしたのだがそれはまあ気にしないでおくことにしよう。

 

 家の中に入ると誰もいなかった。
「は?」
 な、なんで? だってあの師匠とかいう人はともかく、あいつが勝手に出ていくなんてありえないだろ。外人もさすがにそこまで無責任な奴じゃないんだから。
「どこにその人がいるのかしらね?」
 横から冷ややかな視線を感じる。そうしたのは言うまでもないだろうが長い髪の少女であって。
「ど、どっか部屋にでも入ったんじゃねーのか?」
 家から出ていったとは考えられない。だったらあのラザーラスのように部屋の中へ引っ込んでいったんじゃないだろうか。俺は慌てて奥の部屋の扉を開ける。
 その先にはちゃんと師匠がいた。やれやれこれで一安心。しかしなんでそんな急に部屋に入るんだよ。それじゃあ分かんないじゃないか。
「ああ、川君か。連れてきたんだな」
 師匠はこちらを振り返り、俺に声をかけてくる。でもその顔にはいつもの笑みは見えなかった。
「どうかしたんすか?」
 それが妙に気になった。だから聞いてみた。
「どうもこうもないよ、助けて樹……」
「は?」
 助けてって。
 そう言ったのは間違いなく外人だった。しかし姿が見えない。声は聞こえるのに姿が見えないなんてなんだかエナさんを思い出した。
「これって俺のせいだよな。何も知らなくて呪文を使わせちまって、ごめんな」
「えっ」
 頭を下げられた。けど、俺にはこの人がそうする理由がだんだん分かってきた。
 この世界に来てから呪文から少なからず遠のいていたから忘れていたんだが、リヴァは呪文を使っちゃいけないんだったのだ。ロスリュが言うには誰かの呪いを受けており、呪文を使ったら熱が出るらしい。だから異世界ではあまり使わないように言ってたんだけど今回は俺も気づかなかった。
 気づいてやれなかったことが悔しい。あんなに向こうでは気を遣っていたのにこっちに来たからといって忘れるなんて、なんてこった。
「だからぁ、大丈夫だって言ってるでしょ、もう」
 声が聞こえるのは師匠の後ろ側からだった。そちらに目をやるとそこには大きなベッドがある。そこに寝かされているんだろう。
「みんな気を遣いすぎなんだよ。心配しすぎ。今回なんてちょっと咳が出ただけなんだからさ」
 外人はがばりと起きあがった。確かにその顔はいつもよりも顔色がよくなかったが、異世界で倒れた時よりははるかに健康そうだった。
「大丈夫なのか?」
「さっきからそう言ってるじゃない」
 俺の問いにもいつものように答えてくる。本当に大丈夫らしい。
「駄目だろ寝てなきゃ」
 しかしそんなことにもお構いなしに師匠は外人を押し倒して上から布団をかけた。ここまできたらいい迷惑のような気もするんだが。
「ま、まあこれはこれでいいとして、だな」
 ベッドの横に置いてあった椅子に座り、師匠はわざとらしく咳をした。
「全て話してくれないか。俺とラザーはどうあってもあいつに会わなくてはならないんだ」
 いつになく真面目そうな顔をする師匠。だけどその顔にももう慣れてしまった。
「その前に教えてくれない? あなたのことを」
 逆に質問を返したのは藍色の髪の少年だった。すっと俺の前へ出ていき、師匠と向き合う。
 それは俺も知りたいことだった。
「俺のことって言っても。別にそんな大層なことはないんだけどなぁ」
 そう言う姿からは本当に大層なことがなさそうに見えるので困る。きっと話の相手をしているのが俺だったらこの話題はここで終わっていたに違いない。
「んー分かったよ。話すからさ。だからそんなに睨むなや。どこぞの誰かさんを思い出しちまうだろ」
 睨むな、って。ジェラーの奴、睨んだのかよ。相変わらず怖い奴だな。
「俺は、まあなぁ、見てのとおり異世界の住民だ。で、なんでここにいるのかって聞かれたらそれは偶然ってことになるんだけど、この世界から向こうに行った奴に会ったからなんだよ。ラザーがこっちにいる理由も同じ。それでたまにそいつと連絡を取り合うためにここにいるんだけど、目的は前も言ったよな、ある人物を捜すためだと」
 諦めたのか、師匠はぺらぺらとよく喋った。やはり真面目そうに見えるがあまり重大に考えていないように見もえる。要するにこの人は軽い性格をしているんだろう、きっと。
「じゃあその人物は誰なの?」
 聞いたのはロスリュだった。ジェラーの隣に立ち、少年と同じように師匠と向き合う。
「言っちゃっていいのかな?」
「さっさと話してくれない?」
 なんだか子供の会話みたいだ。そう思ってしまう。
 師匠は目を閉じ、長く息を吐いた。それからゆっくりと目を開け、口を開く。
「奴の名前はスーリ」
 思わず絶句する。
 スーリ。その人は俺たちをこの世界へ飛ばした張本人。悪人なのに妙な穏やかさを持っており、あの人と知り合いであった人。
 この人が捜してるのは俺たちが捜している人と同じだったのか。
「ここまで言ったら充分だろ? 今度はそっちのことを聞かせてくれないか」
「うん、いいよ」
 意外にもあっさりとジェラーは答えた。こいつは動揺しないのだろうか。俺は戸惑ってしまって何も言えなくなったのに。
「ちょうどよかったんだよ。扉を開くためにはこの世界での協力者が必要だったから」
 少年は意味深な言葉を残してこれまでのことを話し始める。俺はそれを聞きながら、改めて今の状況を確認したのであった。

 

 

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