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61 

 深い森の中に二つの足音が響く。本当ならば三つでなければおかしいのだが、三つ目の足音は完全に消されたものだったので二つしか聞こえないのだ。
「あの、ラザー」
 ふと気になったことがあったので前を歩く青年に聞いてみる。まだ以前の恐怖が抜けきれていないのでおそるおそるという形になってしまったが。
 相手は歩きながら何も言わずにこちらを振り返ってきた。その顔はいつもと変わらない、厳しそうで真面目そうな表情だった。じっとこちらの目を見てくる。
 なんかそんなことされたら逆に言いにくいんですけど。
「ラザーって師匠に過去に飛ばされたとか言ってたよな」
「それがどうした?」
「いやその」
 やはり相手は怒っているように思えてならない。俺の隣を歩く外人は周りの気配に気を取られていて、俺やラザーのことはどうでもいいらしく助けを求めることもできない。仕方がないのでそのまま続ける。
「過去で……何してたんだ?」
 ラザーはぴたりと足を止める。
 う、なんかやばそうだ。聞いちゃいけなかったんだろうか。
「師匠の本質を知ることになるぞ?」
 やがて聞こえた声には心なしか恐怖と焦りが混じっているようで。
「いいよ別に」
 短く答えた。っていうか本質って何なんだよ。そういう風に言われたら余計に気になるんだけど、相手はそれを知らないんだろうか。
「過去で……自分を見てた」
「は?」
「ずっと動けないようにされて嫌でも自分の姿を見せられたんだよ!」
 怒鳴られた。だけど本気で怒っているようには見えない。
「これがどういうことかお前には分かるか? あいつは自分の姿を見させてそれで反省しろって言ってきたんだ。毎日毎日飽きもせずにずっと自分の行動を見る。それで自らの行動の過ちを認めさせようとして、何日も何ヶ月も何年も……」
 続けざまに言う青年の顔には何とも言い様のない悲しみがあふれている。俺にはあまりよく分からないことだったが、それってやっぱりつらいことなんだろうか。
「だけど師匠は修行させるって言ってたけど、それは?」
 横から口を挟んできたのはリヴァ。魔物のことはもういいらしく、話の中に割って入ってきたのだ。
「そんなこと言ってたのかあいつは。はっ、どうせ心の修行だとか言いたかったんだろ!」
 ざっ、と地面を蹴る。ラザーは再び機嫌が悪くなったらしい。
「あいつは人のよさそうな顔してるけどこんな奴なんだ。本当に意地が悪い。人の嫌がることを平気で実行するただの――」
 青年の声はだんだん小さくなっていき、最後の一言は俺には聞こえなかった。でもだからと言って聞き返すこともない。人の悪口を聞くのは嫌だったから。
「分かったら行くぞ! 早くしろ!」
 ぶっきらぼうにそう言い捨ててさっと歩き出す。俺と外人はその場に残された。
「なんか、ラザーは勘違いしてる気がする」
「俺もそう思った」
 珍しく意見が合致した。それがなんだか嬉しい。
 ラザーは師匠のことを悪く言っていたけど、その師匠の行動はラザーのためにやっていることなんじゃないかと思えるものだった。そうでなければ普通は時間を無視して過去に飛ばすようなことなんてしないだろ。聞いた話によれば本当ならラザーは警察に行かなければならないのに師匠はそうさせなかった。それだけで充分ラザーのことを気遣ってやってるんじゃないかと思える。
 気づいてないなら教えてやるべきかもしれないと思った。だけどきっとラザーだって分かってるんじゃないだろうか。分かってるけどそれを認めたくなくて、だから苛々してるんじゃないんだろうか。
 そう思うのは俺がお人好しだからなのかもしれないな。どうしても悪くない方へと考えてしまう。本当のところは本人に聞かなければ分からないことなのになぁ。ジェラーじゃないんだから。
「でもなんか格好いいね。憧れちゃうな。上官にはかなわないけど」
「なんだよそれ」
 あれを格好いいと言うのはちょっと怖い。どういう性格してるんだよこの外人は。
「ぼくねぇ、今の上官の前にも上官がいたんだよ。その人がぼくと同じ仕事してたからラザーみたいな人は好きなの」
「意味分かんねえぞ、それ」
 他愛ないことを話しながら歩き出す。隣でくっついてくる外人はにこにこと笑顔を浮かべながら上官の自慢話を始めていたが、それはすべて聞き流すことにした。だって俺には関係ないことだしな。

 

「ここに闇の精霊はいるらしいんだ。行くぞ」
「へぇ。じゃあ行こうか樹」
「いや……あの」
 ちょっと待ってください。
 しばらく歩くと崖みたいなところの真下に辿り着いた。その崖にはぽっかりと穴が開いており、中には道が続いているらしい。しかしその中はかなり暗く、光なんて少しもないような状態だった。
「あ、そっか君って暗いの怖いんだったね」
「うるさいなー」
 情けないがどうにも暗いのは苦手だ。だから夜に一人で出歩くこともしないし、寝る時もうっすらとした明かりをつけないと寝られないのである。別に過去に怖いことがあったからというわけでもないし、自分でもなぜ怖いのかよく分からないままである。原因が分からない以上どうすることもできない。
 こうなったらもう情けなさなんて気にしないでおこう。それがいい。
「また腕持っててあげようか?」
「……う」
 駄目だ。やっぱり情けない。横にラザーがいるから尚更。
「なんだ、お前は暗いのが怖いのか」
「笑わないでくださいラザーラスさん」
「別に笑ってないだろ」
 何か変なものでも見るような目で見られる。そんな顔をされたのは初めてだった。そんなに意外なのかよ。
「大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫さ。なあリヴァ?」
「なんでぼくに聞くの」
 こういう時は何でもいいから大丈夫だと言ってほしいところだ。
「いつまでもここでいても仕方がない。中に入るぞ」
 口火を切ったのは仕切っているラザーであり。
 ラザーの言うことは間違っていなかったので、俺はいつかの時と同じように外人の腕を掴んだままおそるおそる中へ足を踏み入れたのだった。

 

 闇を見るのは怖い。それは正直な気持ち。
 だけど本当に俺は闇を怖いと思っているのだろうか、と疑問に思うこともある。
 普通に怖いと思うならそれなりの原因というものがあるものだ。だけどこの暗闇に対して抱く思いにそれはない。
 今まであまり考えたことがなかったこと。
 知らなかった生まれた場所のこと。
 本当の親のこと。本当の家族のこと。
 もしかしたら、それが関係しているのかもしれない。

 いつも見える知らない景色。
 いつか呼ばれた白い光。
 何かが変わっていくのを感じる。
 何か、知ってはいけないことを知ろうとしているように思える――。

 

「こんなところで何をしているのです? ここは人の来るべき場所ではありません。お帰りください」
 気づけば俺は最深部まで歩かされていた。余計なことを考えていたのでそれまでの過程を少しも覚えていない。
 目の前にいるのは多分、闇の精霊なのだろう。暗闇の中なので姿はよく見えなかったが、男か女か分からない中性的な顔立ちの長い髪が印象的な人だった。それだけで、あの光の精霊のオセほどのインパクトはない。
「闇の精霊様。ぼくたちはあなたに頼みがあって来ました。どうか話を聞いてください」
「光の精霊があんたに会いたがっている。そのために過去にまで来たんだ、少しは俺たちのことも気遣え」
 ここで引き下がる奴を俺は知らない。やはりと言うべきか、俺の隣にいる二人は闇の精霊の言葉を無視したことを口走っていた。それにしてもラザーは口が悪いな。命令するなよ。
「光の精霊――オセのことですか? それに、過去に来たとは?」
 相手の口調が変わった。これなら大丈夫かもしれない。
 しかしそこで会話が止まった。心なしか横から視線を感じる。それも両方から。
 ったく。分かったよ。
「実は、未来の俺の世界の扉が閉ざされたんです。それで精霊に助けを求めたんですけど精霊たちは光の精霊の力が必要だって言いました。だから光の精霊に会ったんですけど、オセは闇の精霊に会わせてくれないと契約しないと言ったんです」
 結局は俺が説明しないといけないんだな。説明なんて面倒でしたくないのに、この二人ってやっぱり自分勝手だ。あーあ、なんで俺の周りには自分勝手な奴しか寄ってこないんだろう。
「では、私に未来へ行けと言うのですね」
 そんなどうでもいいことを考えていたら闇の精霊が口を開いた。
「いいでしょう、オセも何か考えがあってあなたに依頼したのですね。あなたの言葉に嘘は見えない。あなたを信じることにします」
 なんだ、やけにあっさりと決めたんだな。そりゃこっちとしてはこの上なく嬉しいけど。
「じゃあ決まりですね。よろしくお願いします、闇の精霊様!」
 嬉しそうなのは俺以外にもいた。もっともこいつに関しては喜ぶ理由が違うのだろうけど。
「そうと決まれば長居は無用だ。帰るぞ」
「そーだな。早いとここの洞窟から抜けよう」
 言うまでもなく本音は最後の言葉である。さっさとこんな暗闇からはおさらばしたい。ラザーの厳しさもたまには嬉しいものになるんだなぁ。それが妙に嬉しい。
「あ、言い忘れていましたがこの洞窟の中で魔法の類は使えませんよ。ご注意を」
「なら、また歩いて出てからでなきゃ未来に帰れないってことか。本当に嫌味な場所だな、ここは」
「すみません」
「謝って何かが解決するわけでもないだろ」
 これが精霊と人との会話なのか。なんだか横から聞いていてラザーは偉そうだった。まだ機嫌が直ってないのかな。俺でもそこまで根に持つことはないぞ。
 ってそうじゃなかった。何? また歩いて道を逆戻りしないと帰れないわけ? それってなんかすごい疲れそうなんですが。
「やだなーもー……」
 誰に言うでもなく一人で呟く。
「大丈夫だよ樹。ここに魔物は出ないはずだから」
 腕を掴んだままの相手が俺の呟きに答えてきた。その自信は一体どこから出てくるのやら。
「心配しないで。もし何かが出てきても、ぼくが守ってあげるから」
「無理だろ」
「……魔物以外なら」
 なんか安心できた。言い直すあたりがこいつらしくて。
 暗いのが怖いなんて情けないかもしれない。でもそこから見えるのは仲間からの思いだった。こんな情けない奴のことでも守ってくれると言ってくれる仲間からの思いは、俺の中から恐怖を消す助けになることは言うまでもないだろう。

 

 帰り道は嫌なことばかりだった。なぜなら周りは真っ暗だし道のりは長いし魔物は出てくるしで、ろくなことがなかったからである。
 特になんで魔物が出てくるんだよ。ここには出てこないとか言ってたんじゃなかったのかよ? あれは嘘だったのか?
 相変わらず魔物が出てくると外人は俺を盾にしてくるし、ラザーは魔物を倒してくれるけどまだそれに慣れられないでいた。やっぱり呪文じゃないから生き物の命を奪うという行為が目の前に突きつけられたように感じられて、どうしても慣れることができないまま自分の身を守ることしかできないでいた。命を奪うことは呪文でも刃物でも同じことであるのは分かっているけど、それでも呪文よりも後ろめたい気持ちが押し寄せてくるものである。
 そんなことを考えながら長々と道を歩いていると、やっと外に繋がる穴が近づいてきたらしく光が見えてきた。ようやく外に出られるのかと思うとほっとする。
「でも、本当によかったのかなー」
 ほっとするのはいいけど他にも問題はある。外に出る少し前に誰に言うでもなく一人で呟く。
「過去って変えちゃいけないものだと思ったんだけどな」
 俺が今しようとしていること。それは過去を変えることになることである。闇の精霊の力を借りるために現代まで連れて行くことになったけど、それって誰も何も言わないけど駄目なことなんじゃないのだろうか。だってよくある話では過去は変えちゃいけないって言うしさ。
「そのことなら心配はいりませんよ」
 声が頭の上から降ってくる。
「私を連れ出したことで変わる過去などありませんから」
 見上げると、闇の中だったのでよく見えなかった顔が微笑んでいた。
 闇の精霊、ソイ。この人がオセの依頼の、オセが会いたいと言っていた人。何のためなのかは知らないけど、そうしないと契約してくれないと言うから仕方なく連れてくることになった人。
「なんでそんなこと分かるんですか?」
 気づけば知らない間に本音が外に出ていた。言ってしまってから気づいても遅い。失礼なこと言っちゃったかも。
「私には未来が見えるのですよ。ほんの少し先の未来だけですけど」
 それでも相手は丁寧に答えてくれる。
 この丁寧さ。前にも見たことがある。だけどそれは偽りのものだった。
 いや今はそれを思い出してる場合じゃない。そんな余計なことを考える前にしなければならないことを考えるべきだろ。俺って実は根に持つような奴なのか?
「樹、ラザーが早くしろって怒ってるよ」
「あ、うん」
 そら見ろ。ちょっと考え込んだらすぐこれだ。やっぱこの癖直さないとなぁ。
 とにかくいろんなことがあったけどこれで過去の世界からはおさらばできるらしい。よかったと言えばよかったのだろうけど、まだ気になる問題も残っているので妙な気持ちのまま現代に帰ることになったのである。

 

「おかえりー」
「……は?」
 現代に帰ると全員が出迎えてくれていた。なんでそんな大勢で。
「君たちがのろのろやってるうちに扉を開く準備をしてたんだよ」
 ああ、そういうわけね。
 出迎えるにしては明らかに嫌そうな顔をしている人もいた。何のためにいるのか不思議だったがどうやらそういうことらしい。理由を説明してくれた当の本人であるジェラーも嫌そうな顔だったので余計に納得できる。それもどうかと思うんだけど。
「その人が闇の精霊?」
 聞いてきたのは今まで外出中だったらしいアレート。どこに行ってたのか知らないけどきっと呼び出されたんだと思う。それほどまでに重要なことなんだと思うし。
 って今思えば精霊って簡単に人前に姿を現さないんじゃなかったっけ。これって駄目なんじゃないのか?
「あの」
「まあ大丈夫だから」
 不安になって誰かに聞こうとしたら先に答えを言われてしまった。そう言った相手、師匠はこちらに歩み寄ってきて俺の右腕を触る。
「君は何も心配しなくていい。どうせこれから全員が精霊に会うことになるんだから。……それより早く契約を済ませた方がいいんじゃないか? 過去を変えるのはなるべく短く、だろ?」
「分かった」
 言っていることが全て正しいのか間違っているのか俺には判断できない。でももうここまできてしまったのは紛れもない事実なので、今は自分のやるべきことだけを考えるしかないのだ。
 それにしてもまた召喚呪文を唱えないといけないのか。面倒だよな、毎回毎回話をするだけでもあの長い文句を読まなければならないなんて。
 と愚痴っていても仕方がないので召喚呪文を唱える。相変わらず自分がすごいことをしているという実感がないので唱えても嬉しくなんかない。だって呪文を使うにしても精霊が勝手に使うだけだし、魔物を倒すにしても俺の力で倒したことなんて一度もないし。
「あらぁ、今日はずいぶん賑やかなんですねぇ」
「まさか過去に行ってまでソイを連れてくるなんて思わなかった……」
「あんたも変な知り合いができたもんよねー」
 真っ先に口を開いたのは星と月と太陽の精霊の三人組だった。相変わらず各々の言いたいことを言いたい放題である。ここはあえて何も言わないでおくのが得策だ。
「じゃあ後はオセを呼んで契約するだけだな。そしたらこのオレ様の力をとくと見せてやろうでは――」
「エフ、あまり自画自賛ばかりしていては嫌われますよ」
 こっちはこっちで漫才してるし。
「ではイツキ、オセを呼びますが準備はよろしいですか?」
 エナさんはすぐにエフの相手をやめてこちらを見てきた。準備と言われてもどうせ契約するだけなんだから。
「いつでも」
 断る理由なんてない。今までだってすんなり、と言ってもいいのかどうか分からないけど契約できたんだから今回だってできるはずだ。
「分かりました。では、――オセ」
 名前を呼んだと思ったら視界が真っ白になる。それは何度も見てきたものより強い光であり、ぱっと消えると一度会ったことのある光の精霊の姿が見えた。
「連れてきたか」
 まるで敵でも見ているような目で見られる。
「約束どおり」
 対抗するかのように相手を見上げた。なぜか顔に笑みが浮かんでしまう。
「契約の前に、闇の精霊と少し話をさせてくれないか」
 ふっと相手の持つ空気が変わった――ように思えた。実際には何も変わっておらず、無表情の顔をしている。
 俺は相手に場所を譲るために一歩引く。光の精霊は俺から目を離すと、隣を通って闇の精霊の前に立った。
 そして俺には理解できない話が始まっていく。

 

「なんかさぁ、またあいつの機嫌が悪くなってる気がするんですけど」
「あいつ?」
 光と闇の精霊が話をしているあいだ、俺たち一般人は暇を持て余していた。そんな時に寄ってきたのは人のよさそうな顔をしているけどどこか怪しい師匠である。
「ほら、あんなところで一人でたそがれてるし」
「たそがれてるって……」
 一つの方向を指差す師匠。そちらに目をやると白銀の髪の青年が立っている姿が見える。
「また変なことでもしたか? あいつ」
「いや別に――」
 とは言ってみたもののその意見をつき通す自信はさっぱりない。だってまだラザーと知り合ってから少ししか経っていないからよく分からないし。
「変わったと思ったんだけどねー。……やっぱ俺だけじゃ無理か」
 はあ、と一つのため息。
 それだけを言うと師匠は隣から去っていった。俺は一人取り残される。
 なんでだろう。
 なんでここにいる人達って、こうして俺に寄ってくるんだろう。
 それが嫌だと言っているわけではないけど、なんだか不思議な感じがした。だって俺が異世界に行ったのもただの人違いからだったわけだし、よくある話のように何か特別な力を持っているというわけでもない。そんな自分を卑下しているってわけでもないけど、俺の傍にいたって何の利益もないように思えることはまた事実だから。
『ふーん。君はそんなことを考えるんだね』
 へっ? な、何……って。
 なんだジェラーか。びっくりしたな、もう。
『これあげるよ』
 すっと何かを手渡してくる。何だか分からないまま受け取ると、それが一輪の花だということが分かった。
「で?」
 これを俺にどうしろって言うんだよ。
『君が倒れた場所に咲いてたから、あげる』
「はあ」
 答えになってないじゃないか。
『どうして君の傍にこんなにも人が寄ってくるのか。分からないなら直接聞いてみれば?』
 そして言いたいことをはっきりと言ってくれる。
「お前、やっぱり嫌味な奴だな」
「そうかもね」
 あっさりと認めた。が、そのまま口を閉ざして俺の横から去っていった。またその場に残されてしまい、することもなくなって暇になる。
 直接聞くねぇ。
「ま、暇だしな」
 ここはあいつの言うとおりにしてみるか。
 ざっと周りを見回してみる。異世界からの客人たちはそれぞれ暇そうに空を眺めたり話をしていたりしていたが、精霊たちはオセとソイと共に何やら話をしているらしい。まさかその話を台無しにするようなことはしたくないので精霊に聞くのはやめておくことにしよう。となれば、聞くのは。
「なあ、そこのお二人さん」
 一番近くにいた二人、アレートとリヴァに話しかける。なんだか妙な組み合わせだがそれは気にしないでおくことにしようか。二人は話をして暇を持て余していたらしく、話しかけたらその話の中に取り込まれそうな気もした。
 いやしかしストレートに聞くのは恥ずかしいな。こういう場合はさりげに聞くべきなのか? でもそんなことできんのかなー。
「何を話してたんだ?」
 とりあえず他に気になったことを聞いてみた。この二人の会話ってどんなものなんだろ。予想が難しいからかなり気になる。
「何って言われても」
「それはね、ぼくが彼女に精霊の素晴らしさを教えていたんだよ」
 アレートの言葉に外人のものが重なる。そのせいでアレートは口を閉ざしてしまった。話の内容については、もういいや。
「樹があの光の精霊と契約したら、すぐに扉を開くことになるのかな」
 負けじとアレートは話を切り出す。外人も精霊の話だったので機嫌は悪くならなかったらしい。
「そうなると思うんだけど、なんか俺、変な感じがするんだよな」
「変な感じ?」
 相手側は二人して同時に首を傾げる。おまけに言葉まで重なっていた。
「そう。なんかさ、なんで俺ってまだ向こうに行きたいって思うんだろうかって。だってそうだろ。普通の奴なら変な世界から自分の世界に帰れたらそれで終わりにするはずだろ。でも俺は」
「お人好しだからでしょ」
 口を挟まれた。そうしてきたのは今まで同じことを何度も言ってきた外人であって。
「何を今更言ってるのさ? 君がお人好しなのは分かり切ったことなんだから。そんなこと言って何かが変わるわけ? どうせ何も変わりはしないでしょ」
 う。そう言われたら何も言い返せない。
「そうだよ。お人好しなのはいいことだよ、樹。多分ね」
「多分って」
 聞いてて不安なことをアレートは言ってくる。
「多分でもなんでもいい。あなたはあなたのやりたいことをすればいいから。今から家に帰っても私はあなたを責めたりはしないよ。元はと言えば、これは私だけの問題なんだし」
 付け加えるかのように少女は続きを口に出す。
 ……うーん。
「そうだよ。ぼくだって本当はもう関係ないんだからね。それでも君たちについて行こうと思ったのは自分の意志からくるものだし」
「じゃ、お前もお人好しってことか」
「えっ」
 えっ、じゃないだろ。
「とにかく。いいならいい、嫌なら嫌でいいっていうことだよ。あ、ほら精霊たちの話も終わったみたいだし」
 外人に促されて後ろを振り返ってみる。集まって話をしていた精霊たちはどうやらもういいらしく、それぞれ様々な表情をしてこちらに歩いてきていた。
「これから契約するんだね、君。まったく羨ましいよ」
 横から聞こえてくる言葉はもはや嫌味にしか聞こえない。
「じゃあ俺行ってくるから」
 とりあえず二人に向けて声をかけ、俺はそれぞれの顔を見てから精霊たちの元へ歩いていった。

 

「初めに言っておくが、あまりわたくしの力をあてにするようなことはやめるように」
「はあ」
 顔を会わせていきなりそんなことを言われた。
 目の前にいるのは偉そうな光の精霊。聞けば闇の精霊はすでに帰ってしまったらしく、残ったのは自分勝手な人が多い精霊たちだけになっていた。
「光の力とは本来は闇があってこそ成り立つもの。闇の精霊が亡き今、わたくしに光の力はほとんど残っていない。よってわたくしを召喚しても何もできぬということだ。それでも構わないか、川崎樹?」
 いつのまに聞いたのか、偉そうな精霊に名前を呼ばれてしまった。それもフルネームで。そんなこと聞かれたって契約する他にはないんだから。
「いいんじゃないでしょうか」
「はっきりしろ」
 …………。
「いいです」
「分かった」
 やっぱ偉そう。腹が立つ。
「わたくしの前に言葉は不必要だ。お主の軽い言葉など聞きたくもないのでな」
 あっそう。
「そう機嫌を悪くするな」
 相手は無理があることを言ってきた。しかしそうかと思うとふっと近寄ってくる。相手は宙に浮いているので足音はなく、それがなんだか怖かった。
 そして頭をなでられる。
「……ちょ」
「わたくしは人は嫌いだが、お主は人に好かれているようだな。主(あるじ)よ」
 驚いたまま相手の顔を見上げてみると、やはり表情は変わっていないことが分かった。だけど、なんだかこれは――。
「オセ」
 落ちつけない。焦っている。だってこれは。
「契約は?」
「もう終わった」
「そう、か」
 その時になってやっと手が離れた。
 落ちついていられなかった理由。焦ってしまった理由。
 それはきっと、あの時と同じだったからなのだろう。

 

 

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