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64 

 そういえばなんで俺はこんなにもあの人のことが気になるのだろう。
 嘘をつかれていて、騙されていたのが悔しかったから? それとも俺のことをよく見てくるから?
 本当の理由は分からない。ただあの人には確かに俺にはない何かがあって、もしかしたらそれを追いかけていたんじゃないかって思えるんだ。
 怖い存在であるということもまた事実。けど、会う度に感じる不思議な感触は恐怖さえも消し去ることがある。
 それになぜか沸き上がってきたあの親近感。
 やっぱり相手は前から俺のことを知ってたんじゃないんだろうか。
 俺は知らないのに相手は知っている。一見不公平に見えるかもしれないけど、俺は何も覚えていないんだから仕方がない。
 そう思うのは逃げてるだけなのかな。
「だから、あいつの言ったとおりに別の世界へ行けばいいんじゃないのか」
「それは分かってるけど、じゃあどうやって行くつもりなのさ? その世界の名前も分かってないくせに」
 目の前で小さな喧嘩が繰り広げられている。場所は少しも移動せずに俺たちは次にどうするかを話し合っていた。
「あのシンとかいう奴はスーリに操られてたんだろ。だったらあの言葉はスーリのものだ。奴は異世界にいる。俺はあいつを捜すためにここまで来たんだからな」
 怒りを含んだような声でラザーラスは言う。
 ぼんやりとして別のことを考えてたから初めて知ったけど、あの人の言っていた言葉はスーリのものでもあるらしい。前ならもっと驚いたかもしれないけど、なんでかな、今は何も感じられない。なんだか頭が真っ白になったみたいにぼんやりして、何もする気力がなくて脱力したみたいに体がうまく動かなくって。
「樹はどうしたい?」
 ふと知っている奴の、外人の声がした。どこか遠くから話しかけられたように聞こえたが相手の顔を見たら一気に現実に呼び戻されたような気がした。
「俺はなんでもいいよ」
「なんでもって?」
「お前らの好きに決めてくれれば、俺はそれに従うからさ」
 第一、俺にはどうあっても決められないんだ。今後の計画を立てるにしても世界の知識が乏しすぎる。そんな奴が一体何を決められるというのだろう?
 それでも相手は不満そうに顔を歪ませる。
「君がそう言うならぼくは構わない。けど」
 構わないなら放っておいてくれればいいのに。なんでそんな顔をするんだ。
「そんなこと言ってアレートに何を言われても知らないからね」
 突然出てきたのは黄色い髪の少女の名前。
 どういう意味だか問いただそうとしても遅かった。それだけを言うと外人は俺に背中を向けて離れていく。追いかけようかとも思ったけど、ジェラーと話を始めていたのでやめてしまった。
 また一人になる。
 一人が淋しいわけじゃない。ましてや怖いわけでもない。
 なんだか変な気分だ。こんなにたくさんの人の傍にいるのに孤独を感じてしまうなんて。いや、たくさんの人に囲まれているからこそ孤独を感じているのか。
 自分が大勢の人の中で忘れられていくようで。
 大勢の人が自分の中で消えてしまいそうで。
 こんな時は何かにすがりつきたくなる。何でもいいから自分のことを見ていてくれるものが欲しくなって。どうか忘れないでいてって言いたくなるから。
 ああ、なんで俺ってこんなにも情けないんだろ。これじゃあただの弱い奴じゃないか。こんな奴が異世界にまで来て守りたいものがあるだなんて言うなんて、本当におかしな話だよな。
 本当に情けない。
 どうして。
「樹、どうかした?」
 一人でいる時に聞こえてきたのは少女の、アレートの声だった。ぼんやりと相手の顔を見てみると言葉と同じように心配しているような顔ではないことに気づいた。少しだけ淋しそうに、でも表情には笑みを見せながら優しく聞いてくる。
「なんだかぼんやりしているみたいだから、気になってしまってね」
「ああ、そうかもな。けど別に気にしなくても大丈夫だからさ」
「だったらいいけど……」
 笑みはおずおずとした表情に変わる。しかしそれも一瞬だけで、今度は俺から目線をそらして言ってきた。
「今後のことはあなたが決めてよ」
 それは優しい命令。
 だけど、納得できるものではなくて。
「なんで? アレートが決めればいいってこの前言ったばかりなのに」
「そうだけど、そうじゃないの!」
 張りのある声が返ってくる。
「私はあなたの意見が聞きたいだけなのよ! どうしてそうやっていつも人に譲ることばかり考えるの? どうして自分というものをもっと見せようとしないの! それじゃただの臆病者じゃない!」
 これは叱られているのか。俺は怒られているのか。
 正直言って驚いた。でも、同時に別の気持ちもあふれてくる。
「あの人は……ううん、スーリはあなたに対して話をしていた」
 落ちつきを取り戻した声が告げるものは真実なのか。
「彼はあなたに話をしていたのよ。私ではなくて、あなたに」
「そんなわけない」
「ううん、そうだから」
 否定したいのに相手は首を横に振る。俺の意見は通らない。
 そんなわけない。そんなわけないだろ。
 俺はこの世界の人じゃないのに、こんな異世界の人から何を言われなきゃならないんだよ。何も関係ないんだから何も言われることなんてないはずだろ? そうだよな? この考え、間違ってなんかいないよな?
「あいつが俺に話しかけるわけがない。きっと俺の名前を知っていたからなんだ。そうでなきゃ、何のために俺に対して言葉をかけてくるのか分からないじゃないか」
 相手に説明するというよりは自分を納得させるために俺は一人で呟くように言う。それはもう一つ、そうだと信じさせる効果もあった。
「それはただの言い訳よ。だったらどうしてあなたの名前を相手が知っているの?」
「それはあっちから聞いてきたから――」
「相手はあなたに少なくとも注目していた。でないと名前を聞くことなんてしないはずよ」
 飛んでくるのは普段の様子からは考えられない言葉ばかり。強くて厳しくて、でも人一倍優しくて。
 大きな空色の瞳がほんの少し細くなる。
「認めたくないのは分かる。それでもあなたは相手に知られてしまったのだから仕方がない」
 少女の言葉が意味するものは何なのか。
「呼びかけに答えるべきなのは――あなたなの」
 よく考えるとそれは単純なこと。
 つまり相手は最初から俺のことを知っていて。
 つまり相手は今から俺に本当のことを知らせようとしている。
 これが何を示すか分かるだろうか。

「嘘だ」
 うそだ。
「そんなの嘘だ。思い違いに決まってる」
 おもいちがいにきまってる。
「俺はこんな世界で生きたことがないのに」
 べつのせかいでいきてみたいのに。
「知らないのに! 何も知らないのに! それなのになんでこんな世界の奴なんかに知らないことを教えてもらわなきゃならないんだよ!」
 おしえて。どうしてここからでたら、だめなの?
「俺はこんな世界知らない! 俺は地球で、日本で生まれた人間なんだ! 俺は何も関係ない! 何も関係ないんだよ!」
 だいじょうぶ。このせかいのためならなんでもできるよ。
「関係なんかない。関係なんか、ないんだよ……!」
 だからね。つよくなるからね。
「情けないんだよ、自分が……」
 なさけないよ。なんでこんなにがんばってもずっと『欠陥品』なの?
「知らないことがあったら目を閉じてしまう。耳を塞いでしまう。逃げようとしてしまうんだ。認めたくなくて」
 こわくなんかない。こわくなんかない!
「もし、もしも許してくれるなら――」
 おねがいだから。
「そばで、ささえていてくれないかな」

 頭が真っ白になったまま俺は思ったことをそのまま話していたらしい。
 気がついたときには隣にアレートがいてくれて、とても穏やかな顔を見せてくれた。
 それが単純に嬉しくて、ほっとして、落ちつくことができて。
 自分の知らない子供の声が聞こえたことなんて、そのまま忘れてしまえるんじゃないかと思うことができた。
 でもそれはとても難しいことだ。
 なぜなら一度思い出したことはなかなか忘れることができないからである。
 思い出したこと。
 そう、あれはきっと知らない誰かの記憶だったんだ。

 

 迷いが消えたというのは嘘だ。
「あいつの言うとおりにしてみよう」
「樹! 君までそんなこと言うの?」
「なんとかなるって」
 不満そうな声をあげる気持ちも分からなくはない。本当は俺もそんな気持ちなんだろうから。
 少し落ちついてから俺は自分の考えを皆に話した。考えとはあいつの、つまりスーリの言うとおりに別の世界へ行くということ。今ではこれしか手がかりがないのだからそれ以外の方法は見つからないんだ。仕方がないと言えばそれまでなのかもしれないけど。
「俺はその世界のことなんて知ってるわけがない。だから教えてほしいんだけど」
 ざっと皆の顔を見回した。それぞれ何か思うことがあるのだろう、一人一人違う表情を作っている。
 やがてその中の一人が口を開く。
「残念だが、俺たちの中でもその世界のことを知ってる奴はいない」
 そう言ったのは白銀の髪の青年。皆を代表するかのように一歩前へ踏み出し、俺に近寄って真実を告げてくる。
 表情の中には嘘は見えない。
「そっか。でも困ったな。だったらどこに行ったらいいか分からないってか」
 せめて世界の名前だけでもと思って聞いてみても、それも見事に空振り。誰もはっきりと聞こえなかったと言い、唯一聞こえたのは最初の文字が『ア』であることと最後の文字が『ツ』であることだけであった。それなら俺にも聞こえたので分かる。けど、それだけ。
「うー、どうすりゃいいんだ」
「何がです?」
 へ?
 何か変な声が聞こえた気がした。
 どこからかと聞かれたら後ろからと答える。誰のものかと聞かれたら商人のものだと答えるだろう。
「奇遇ですねぇ、また会えるなんて」
 目の前でにこりと微笑む姿は以前とまったく変わらない。
「なんでラスがこんな所にいるんだよ……」
 そう。目の前にいる奴とは突如として現れ、いつのまにか消えていった自称武器商人のラスであったのだ。
「何かお困りなら僕が助けてあげましょうか?」
 この商人は無駄に首を突っ込んできたがる。俺の周りで立っている人々は皆が皆変な顔をしていた。
 とは言っても何か知ってるようなら聞いておいても損はないよな。よし、じゃあいっちょ聞いてみるか。
「なあラス。アから始まってツで終わる世界って知ってるか?」
 少し背の低い商人の少年に質問を投げる。ラスは一つまばたきをして落ちついているように見えたが、数秒が経過すると笑顔を崩してなんだか変な顔になった。
「ちょ、ちょっと待ってください。何ですって? アから始まってツで終わる? って……その」
「何か知ってるの? ラス」
 少年の異様な慌て方を不思議に思ってか、俺に代わって外人が質問して続きを促す。それによってラスはますます落ちつかないようになってしまい、しきりに目を右に左に動かして焦っているようだった。
「言いにくいなら別に言わなくてもいいけど」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ樹!」
 俺のおずおずとした声は怒鳴るように大きな声にかき消されてしまった。そんなことをしてくるのは一人しかいない。
「知ってるなら何としてでも聞き出すんだよ。俺たちには何の手がかりもないんだから他人に聞くしか手はないんだって分からないのかよ!」
 相手、ラザーは腕を組んで不満そうに怒鳴ってくる。もう慣れてしまったと思っていたけどそれでもやっぱり怖いものは怖い。けど、そんなこと言われたって人には知られたくないことの一つや二つはあるんじゃないかって――。
『それは今は関係ないでしょ』
 冷ややかな注意。
 本当にジェラーって厳しいことばっか言ってくるよなぁ。少しは俺の味方してくれよ。はあ。
「この辺りの大陸に伝わる伝説みたいなもの、なんですけど」
「え? ラス、何か――」
「聞いたことがあります。スイベラルグの裏の世界、『アユラツ』という世界の話を」
 ふわりと風が少年の金髪をなびかせていく。
 穏やかな気候の中であるにもかかわらず、ラスの顔から不安の影のようなものは消えなかった。

「これは昔話です。この辺りに伝わる伝説のような、でも本当にある話らしくて」
 ぽつぽつとラスは話を始める。彼を囲むようにして立っている皆は各々違う表情をしていたが、誰もラスの邪魔をするようなことはしなかった。
 だからというわけではないけど俺も黙って話を聞く。
「どこまでが本当でどこからが嘘なのかは分かりません。でもこの世界には裏の世界があり、その裏の世界のことを人々はアユラツと名付けたそうです」
 誰も邪魔はしていない。でもそれぞれ話を聞きながら別のことに目が向いているようにも見えた。外人はどこか遠くを見つめ、アレートは自分の手を見つめている。ジェラーは相変わらずぼんやりしていたが足元に生えている草を見ており、ラザーラスは深く帽子を被って長い髪をその中に隠そうとしているのか必死だった。
 いや、こんな時に何やってんだよラザーの奴は。
「アユラツは風鈴されているんですよ」
 ん? 風鈴?
「なんかこっちのスイベラルグから行けないようにって古代の誰かさんが施したらしくって、それでですね」
 あぁ、なんだ風鈴って封印の間違いか。でもおっかしいなー、俺ってそんなに耳遠くないぞ? まだ若いんだし。
「封印を解くには二つの物が必要らしいですよ。一つは『白黒の書』っていう本で、もう一つは『虹色の水晶』って玉らしいです。あ、違った三つだった……ってそうじゃなかった! わ、わわっ、ごめんなさい今のは忘れてください!」
 また急にラスは慌て始める。自分で言って自分で忘れろなんて言うなんて、よっぽど慌ててるらしいな。どうしたんだろう。やっぱり聞いちゃまずかったのかな。
「と、とにかくそれら二つをこの付近の教会に持ってくれば扉は開かれる! という話なんです」
「へー」
 なんかRPGっぽい話になってきたなぁ。異世界って何だかんだ言ってもゲームの世界みたいだ。それなら少しは俺の知識も役に立つかもしれないな。
「それで二つの物のありかなんですけど、それはここからちょうど東と西にまっすぐ行けばいいらしいですけどね」
「東と西って、正反対の場所に一つずつあるってことなのか?」
「そうらしいです。今日はなんだか頭が冴えてますね、樹さん!」
 あっそう。
 しかし正反対となると二手に分かれた方が無難かな。あまり時間をかけたくはないし、何よりこの機会を逃したくはない。
 うん、やっぱそれがいい。
「ここは二手に分かれた方がいい。一方は東へ、他方は西へ向かう。それでいいかな?」
 考えを率直に言っても誰も否定しなかった。全員納得してくれたようで心底ほっとする。
「決まりだな。さてこのメンバーをどう分けるかが問題なんだけどな」

 

 辺りには光があふれていたのに、そこへ入るとさっと暗闇が襲ってきたようだった。でもそうは言ってもうっすらとした明かりがあったため怖くはなく、目が闇に慣れてしまうと昼間とあまり変わらないほどよく見えることに気づいた。
 足を踏み入れたのはどこかの遺跡のような場所。ラスの話によるとこの中に『虹色の水晶』という物があるらしいのだ。俺はそれを見つけるためにここまで歩いてきた。
「本当にこんな場所にあるのか」
 疑っているのか、隣から不満そうな声が聞こえた。遺跡内は広いのでそんな何気ない声でも大きく響いて聞こえる。
「まあまあ。ラスが遺跡にあるって言ってたんだからきっとここにあるんだって」
「その自信はどこから出てくるんだよ」
 ああ、俺まで疑われちまったよ。
 この遺跡にいるのは俺を含めてたったの二人。隣にいるのは厳しいのか優しいのか分からない白銀の髪の青年であり、他の三人とラスは正反対の方角にある遺跡へ向かっている。なぜこんな事態になっているのかというと、そもそも何もかもを運任せにするのがいけなかったんだ。
 なんて今更後悔しても遅いけどな。こうなってしまったものは仕方がない。いつまでも文句ばかり言っていてもそれで何かが変わるというわけでもないしな。そうやって自分に言い聞かせているのだけど、やっぱり完全に諦めきれない。どう考えてもこんなの不公平だよな。
 誰がどちらへ行くか話し合っているうちに面倒だからくじ引きで決めようということになっていた。こうなったら運に全てを任せてやると思ったのが間違いだった。くじを引いたら見事なまでに二人で行動する班に分けられ、ラスは俺とラザーだけでは頼りないからとか何とか言って他の三人の方にくっついて行ってしまったのだ。まったくラスが羨ましいや。へっ、どーせ俺は運が悪いですよ。
「あいつらに負けないように早く済ましちまおう、ラザー」
「それはそうだ。負けるなんて洒落にもならないしな」
 ここまで来てしまったんだ。こーなったら絶対にあいつらより先に必要物資を見つけてやるんだから。
 妙な負けん気を二人で燃やしながらも闇の中へ一歩踏み出す。
 遺跡の中は霧がかかったみたいに薄ぼんやりとしている。何メートルか先の様子は全く分からなかったが、それでもなぜか怖いという感情は出てこない。いつもならこんな場所は苦手でどうしようもなくなるのに変だな。今日は調子がいいのか、それとも。
「気をつけろよ樹」
 風化したような地面の上を歩きながら他愛ない会話を交わす。
「何に?」
「周りに魔物みたいな奴らが集まってきやがった」
 会話の内容はとんでもないものだったが。
「って、魔物みたいな奴ってことは魔物じゃないのか?」
「多分違うな」
 冷静に俺の問いに答えながらもラザーは背中に背負っていた鎌に手をのばす。それは以前から使っていたあの大きくて邪魔そうな鎌に他ならない。
 すっかり俺は奥へと押しやられ、ラザーは戦闘体勢に入った。俺は後ろからの傍観者ってか。確かに戦いたくはないけど誰かに何もかもを押しつけるのも気が引けるよな。
「俺も手伝おうか?」
 知らない間にそう聞いてしまっていた。だけどあまり後悔はしなかった。
「無理して加わらなくても構わない。お前はお前のできることをしていろ」
「でも」
「うるさい、奴らが来るから黙ってろ!」
 ばっと遺跡内に不気味な音が響き渡った。そして目の前の光景を見ると俺はすっかり驚いてラザーを手伝うどころではなくなってしまった。
 青年の言うとおりそれらは魔物ではなかった。よく似ているけど違う。なぜ分かったのかというと、俺とラザーの前に立ちふさがってきた相手は生き物ではなかったからである。
 生き物ではない、つまりは息をしていないのに動いている物体。遺跡と同じような質の物質からできており、岩を集めて作った人形のようなものや武器の形をしたものが大勢いた。どちらかというとガーダンに似ているかもしれない。ただ、ガーダンは全て同じ動きしかしなかったけどこいつらはそれぞれ違った動きをしている。似ているようでやっぱり違うんだ。
 ラザーはそいつらを相手に立ち向かっていく。一見勇敢そうに見えるかもしれないがそうではない。ラザーは戦いに慣れすぎている。だから勇敢でも何でもない、ただの邪魔なものを排除する掃除をしているような感じに見えた。
 あっという間に敵は片づいた。少しのあいだラザーは倒した相手を見下ろす。また復活するってわけでもないのになんでそんなことしてるんだろう。
「こいつらは遺跡を守るために作られたらしいな。同じ素材でできている。それにしては弱すぎたが」
 あれ?
 少し驚いてしまった。ラザーがそんなことを考えているとは思わなかったからだ。敵なんかどうでもいいと、倒すことだけを考えてるのかと思ってたけどそうじゃなかったようだ。俺よりもよく観察して考えているようで、なんだか追いつくことのできない遠い存在のように思えてならなくなってくる。
「まあくだらないことだ。さあ早く行くぞ」
「あ、うん」
 いつものように急かしてくる相手でも、自分よりも遥かに勝っている。
 俺もいつかは誰かを守るだけでもいいから他人から必要とされる人になりたいと思った。

 

 

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